第2話 本番はここから


 筆記試験の次の日、昨日と同じようにGSW本局ビルまで足を運んでいた。叶も含め約二十名が辞退することなく、試験2日目に突入するということ。


 そんなことを考えていると、一人の人物が俺の方へと向かってくる。


「下手したらアナタは今日来ないかとも思っていたわ」


「どうしてそういつもちょっと喧嘩売ってくるわけ? 叶さん」


 整った顔立ちと、神が与えた素晴らしい身体。どうして性格がこうなってしまったんだ……。


「叶でいいわ。――中村君」


 俺は上の名前かよ、って思ったのは口には出さないでおこう。

 昨日気がかりだったアレ、聞いてもいいのだろうか。答えが決まる前に俺の口は動き出す。


「あの、さ」


「何?」


 叶のサラッとした髪と豊満な胸、加えて大きな大きな水色の瞳、男にとって癒しというか、色々と害でしかないというか……。一瞬そんなことが過るが、俺は何とか心の中で話の路線を元に戻した。


「昨日俺の名前を聞いてびっくりした様子だったけど、あれってなんなの?」


「――別に、これといって深い意味はないわ。同じ名前の知人がいたってだけのことよ」


 嘘だ。さすがの俺でもわかるくらいわかりやすい。今まで、一度合った目線を先に逸らす方が負けゲームをやっているんじゃないか、というレベルで目を逸らさなかった叶が、一瞬にして視線を下に向けた。これ以上掘り下げるのはかなり危険か。


「お待たせしました、皆様どうぞ中へお入りください」


 しばし沈黙が続いたが、昨日と同じ案内人が現れ、試験二日目の開始が合図された。

 約二十名は待たされたことからの苛立ちなのか、少々不機嫌な様子が見てわかる。俺も後れを取らないよう、叶の後ろにぴったりと付いて行った。


 筆記試験の会場と同じ部屋に案内され、全員の着席が完了すると、前から順に一枚の紙が配られ始めた。

 その紙を目にした者たちが、若干ざわつき始める。俺と叶は後ろの方の席だったため、紙が手元に来るまでに少し時間があった。

 ――俺はこの紙を受け取ったことを後悔した。


「まぁ、大方予想はしていたけど、これは私も少し驚くわ」


 叶はそう言いながら「アナタは大丈夫なの」という視線を送ってきた。何故か言葉にされなくてもわかった。

 大丈夫なわけがない。用紙に記されていた内容はこうだ。


 ――二次実技試験、これから行われる試験に関しての他言は、合格者、不合格者問わず一切を禁ずる。これより先、命の保証は一切なく、その命をGSWに預けること。日本政府、JIG公認の元、この試験を行うことに賛成もしくは拒否。


「こんなことって……」


 六年前の出来事は事件なんかじゃない。毎年これが行われていたんだ。何かの不手際でそれが公になっただけだ。GSWは六年間、反省や改善なんてするつもりはなかったんだ。

 この一枚の用紙の破壊力は恐ろしいものだった。


「ねぇ中村君」


「な、なに、今はちょっと冗談なんて言える気分じゃ――」


「覚悟決まってるぜ、みたいな顔面で昨日は居たくせに、こんな紙切れ一枚見せられただけでその焦りよう、やっぱり帰った方がいいと思うわ」


「だから冗談を――ッ?!」


 恐ろしい誓約用紙に気を取られてた俺は、周囲の様子を見て呆気にとられた。俺以外の約二十名は、内容に恐れることなく、名前の記入と誓約完了の拇印を済ませていた、隣に座る叶も含め。


 右手に握ったペンの震えが止まらない、いや右腕、いや全身の震えだ。死を連想させる強烈な誓約書、数秒で終わるはずの、自分の名前の記入と拇印で人生が終わるかもしれないだなんて、とても俺にはできない。


 恥ずかしさと悔しさがこみ上げ、叶の方へ視線を向けられない。一体どんな表情で今の俺を眺めているのだろうか、そう想像すると吐きそうなくらいだ。


 ――俺の肩に手が乗る、そう、叶の手だ。


「ねぇ、アナタ何の為にここにいるの?」


「な、んのって……」


 鼻と鼻が接触しそうなくらいに叶が詰めてきた。今までの俺だったら、男としての反応を見せてしまうような状況だった。だけど「何の為に」、その言葉を聞いた瞬間、病室で今も寝たきりの泪奈の姿が頭の中で溢れた。


「俺は……」


「俺は?」


「お前等みたいな半端な人間を――」


 え、なんだこれ、俺はこんなことを言いたいんじゃ……。


「お前等みたいな半端な人間と、感染者共々、死んだ方が楽だと思わせながら、ぶっ殺してやるためにここに来たんだよ――」


 何だろう、すごく心地の良い瞬間だ。昔にもこんな感覚があったような気がする。俺の知らない己の真実って感じだ。


「中村君……」


 叶はそんな俺を目の当たりにして、平然を装ってはいるけど完全に動揺を隠しきることはできず、急ぎ足で書類を提出して会場を後にした。


 それを聞いていた叶う以外の連中も同じ。今この瞬間、俺という男は一瞬頂点にいた。いやこの後もそうだ。


「ま~た一人になっちゃった」


 会場に一人、俺は適当に名前の記入と拇印を済ませ試験官に書類を提出した。


「では、明日からは実戦形式の試験となりますので、今晩はゆっくりとお休みください」


「死人が出る、それはきっとあなた達にとっては、既に確定事項なんですよね?」


「明日の試験に関する内容は、一言もお話しすることはできません」


「まあ、そうですよね」


 出口まであと一歩のところ、俺の足取りは止まりまたしても口が勝手に動いた。


「明日は六年前の騒ぎどころじゃ済まないかもしれませんよ」


 俺の知らない俺は、その言葉を残さずにはいられなかった。

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