処分
翌日、朝。イグニディスは会議室へと赴いた。部屋では既に、フレデリカとプディルが座っていた。
「どうぞ、腰かけてくれ」
イグニディスは、彼女達と斜めに向かい合って着席する。腹の傷が少し痛むが、この程度なら問題はない。
「君への処分だけど、口頭での厳重注意と、二十四時間の位置特定になる。期限は、異精霊契約の解除法が確立するまでだ」
「……?」
少し間をおいて、イグニディスは疑問符を返す。
「不服かな? 申し立てがあるのなら聞くけれど」
「いえ! 寛大な処置に感謝しております。ただ、特殊魔法研究部の目的は、異精霊契約の解除方法を探し、国の平和を守ることで……僕はそれに違反して、国家反逆罪になるかもしれないと思っていたので」
こんな軽い処分でいいのだろうか、が本心だ。居場所を追跡されるようだが、どうせ王城の外には出られないし、困らない。
「事の重大さが、きちんと理解できているのはさすがだね」
フレデリカは深く頷く。
「君が述べた通り、我々の目的は、異精霊契約の解除方法を知ることだ。つまり、どこかの段階で、必ずテストを行う必要がある。つまり研究部は、職員が異精霊契約を会得することを禁止していない。できない、といった方が正しいね。もちろん、それは責任者――私の指示により行ってもらうものだ。以降、勝手な行為は、くれぐれも謹んでもらいたい」
「はい」
「契約した魔法の行使は、実験の他、自分や人の生命に危機が及んだ時に限定する。それと」
羊皮紙を差し出された。何行にも渡る文章の後に、機械のイラストが描いてある。
「先程も述べた通り、君の居場所は常に特定させてもらう。といっても、ずっと張り付くことはできない。だから機械を導入することにした。これは国復部(こくふくぶ)――国防復元部の発明品で、魔力を動力源に、所有者の位置情報を発信する。試作段階だけど、少なくとも現在のところ、人体に対する悪影響は報告されていない」
イグニディスは少し迷った。というのもこの機械、図を見る限り、体内に入れる形だからだ。ちょっと怖い。それに、どの程度魔力を削られるのかも気になる。
(でも、僕はそれだけの事をやらかしたんだ)
断れるはずがない。プディルからペンを借り、書面の内容を確認してサインを行った。
「あとはどうすればいいですか? 国復部に行けばいいですか?」
「ああ。ィユアとルベス君に付き添ってもらってくれ」
「分かりました」
イグニディスは立ち上がった後、今一度、深く謝罪をして部屋を後にする。研究室に顔を出してィユアとルーベウスを呼び、三人で一緒にE棟へと向かった。そこが国復部のラボなのだ。オーパーツを復元・改良し、国防に役立てようという研究室で、特殊魔法研究部よりも規模が大きい。F棟とは渡り廊下で繋がっているため、外に出ず行き来することができる。
「ィユア。えっと……お茶、ありがとね」
歩きながら、イグニディスは、ィユアに自分から話しかけてみた。
「プディルと一緒に飲んだよ。変わった味だったけど美味しかった」
「それは良かったですぅ。叔父貴に伝えておきますねぇ、あれ、彼のセレクトなので」
「そうなの? んんっと……ィユアは外国出身だって聞いたけど。叔父さんも?」
「ボクは外国だけど、叔父貴はユグドラ国出身です。ボクの一家は、ボクが生まれる前に外国に行って、ボクは十八でこっち来ました。言葉とか、今も勉強してるです。読むのはいいけど話すの変かも。悪いこと言ってたらごめんなさい」
「大丈夫だよ。でもそうか。ィユアは毎日外国語を使ってるわけか。凄いね」
「凄いのはアナタですよぉ。あの、ほんとはこれ、褒めちゃダメだけど、異精霊契約……実行するなんて凄いです。魔法陣、未完成だったのに完成しちゃいましたねぇ」
「僕も研究には携わっていたし、あれはルーが描いたやつだから、どこに何が足りないのか、分かりやすかったんだ」
「おいイグ、その言い方だと俺がアホみたいじゃねぇか」
横からルーベウスが突っ込んでくる。
「あ、ごめん。そういうつもりじゃないんだけど」
「分かってる。しかし、まさか、あんな力が手に入るなんてな。異精霊契約で得られる力は、その人の思いに呼応するのか?」
イグニディスが得た力は、生命を殺す力である。魔力を少し消費するだけで、生物を任意で、一瞬で斬首できる。対象の位置さえつかめれば、隠れていようが遠くにいようが、防御魔法を使っていようが、数が多かろうが関係ない。
己の能力を知った時、イグニディスは、すぐにでもヴァーゴ領に殴り込みに行こうと思った。だがヴァルハラードの能力が分からない。村での出来事や彼の悪行履歴から、洗脳ではないかと推測がつくが、そうだとすれば、近づくのは危険だ。いいように利用されてしまう。
「ほんと凄いですよぉ」
ィユアが、少し重たい扉を開けた。ここから先はE棟だ。
「今のイグニス君、その気になったら、軍隊一つでも絶滅させられますねぇ」
「できるだろうけど、やりたくないな。いたずらに人を殺すなんて、ヴァルハラードと同じじゃないか。それに相手も契約者だ。この力だけには頼れない。素の戦闘力も取り戻さなきゃ」
「ストイックな姿勢いいですねぇ。戦うといえば、剣の振り回しとかやってます?」
「素振りのこと? いや……できない。右手は握りが甘いし、左肩は上がらないんだ」
「そうですか。でも、不安の必要ないですよ。医療部の人が前に言ってたですけど、移植ができるみたいですぅ」
「移植?」
「何だ、それ」
「他人の腕や足をくっつけるです」
「ひえっマジ? 本当に、そんな医療技術があるのか?」
「いいね! さっそく右手を切って、代わりに動きのいい手を――あ、ダメだ。僕の場合、抗魔物質があるから、繋ぐのは、きっと凄く難しいね……」
「そもそも、簡単に切り貼りするもんじゃねぇだろ。人形じゃないんだから」
「そうですよぉ。でも、いよいよとなったら、そういうこともできるってことで」
「ありがとう。ちょっと希望が持てたよ」
と言ったところで、前方にいきなり女性が現れた。本当に突然で、身構える余裕すらなかった。
「だ……誰?」
「イグ、下がれ」
ルーベウスに引っ張られ、イグニディスは二、三歩後退した。入れ違うように、ィユアが無言で前に出る。彼は自分を取り囲むように、青い液晶画面を複数浮かべていた。数字やグラフなどが表示されている。彼が得意とする分析魔法。あらゆる情報を感知し、まとめ、結果を瞬時に叩き出す。
「血圧なし、脈拍なし、呼吸なし、脳波確認されない。一応、光魔法の気配はあるですが、ここまで精巧な幻影なんて知らないですね。もしかして、機械で作ってます?」
「ご名答!」
女性がふっと消え、柱の影から男性が一人、姿を現した。年齢は四十代ほどか、鉱油染みのついたツナギを着ている。黒髪は無造作に束ねられ、まばらに無精ひげを生やしていた。両手に箱を抱えている。イグニディスはそれを見、不思議な工作物だなと思った。金属製で、あちこちにレンズが埋め込まれ、触覚のようなアンテナを生やしている。
「あれ、叔父貴」
「ようィユア。隣にいるのはイグニディス君とルーベウス君かな。初めまして。俺はギルバルト=アユイ、ィユアの叔父だ。所属は国復部」
「は……じめ、まして」
イグニディスはたどたどしく挨拶をする。知らない人を相手にするのは、どうもやはり慣れない。
「イグニディス=ツキカゲ……です」
「俺はルーベウス=ツキカゲです。ルベスって呼んでください」
「了解。なぁどうだ、三人とも、驚いたか。凄いだろ。なぁ、本物の人間かと思ったか? なぁ?」
相手はぐいぐいと迫ってくる。幸い、主にィユアに対してだが。
「そうですねぇ、見た目だけなら人間です。でも、バイタルサイン全然ないです。あの人、その装置で作り出したですか?」
「そうだ。三年前に発掘されたオーパーツの復元品。ようやく形になってきた。ゴーストビジョンっつってな、立体製造を作り出すんだ。本物そっくりだと自負してるんだが、一度、先入観のない奴の意見を聞いてみたくて。あんた達に試す許可をもらったんだ」
「あ、許可もらってたですね」
「そりゃ勝手にはできないさ。うちの発明品は極秘のモンばっかりだ」
ギルバルトがそう答えた時、どこからか騒音が聞こえてきて、イグニディスは顔を上げる。バタバタバタ、バババババ……と、壊れた換気扇にも似ていた。
「あ~、うるさくてごめんな」
思いが顔に出たのか、ギルバルトは謝ってきた。
「開発中の、ヘリコプターの模型がなぁ」
「ヘリコプター? 何すか、それ」
「かわいい名前ですねぇ」
「垂直離着陸航空機。通称ヘリコプター。古代の文献にあった名称そのままだ。実は行き詰まっている部分があって、三人に知恵を借りたいんだ。機体の飛行安定化と、熱暴走の回避について、何かいいアドバイスをもらえたらと思う」
イグニディスはルーベウスと顔を見合わせた。
「俺らでいいんですか? 機械に関しては素人っすよ」
「大丈夫、必要としているのは魔法知識だ。ィユアは分析、イグニディス君は氷、ルベス君は風魔法が得意だろう? ちょうどいいと思ってな」
「確かに、俺は風魔法をよく使うけど……俺やイグの得意分野、どうして知っているんですか?」
「二人は機動隊員だっただろう。入隊時の試験成績を見た。あれは色々な研究部が目にするんだ。……と、立ち話はこの辺にしておこう。こっちに来てくれ」
ギルバルトに手招きをされ、三人で、「実験室Ⅱ」と書かれた、騒音を醸している部屋へ足を踏み入れた。
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