道場での手合わせ

 自宅に学校、お気に入りの店。現在のイグニディスの行動圏は、すべて、ユグドラ国・王都の城下町にある。もちろん道場も。

「失礼しまーす」

「失礼します」

 二人で声をかけ、建物の中に土足であがる。返事はないが、いつもの事なので気にしなかった。


「イグ、どの部屋にする?」

「どうしようかなぁ」

 個人用の手合わせ部屋は、玄関から入って左、廊下にそって四部屋設けてある。生徒が自由に使えるよう、日中は常に解放されていた。

 どの部屋も作りは同じだが、四番の部屋だけは、先日ドアが破損したため、扉が新調されている。といってもモノは中古品だが。金属製で、神話の魔獣などが彫られており、お偉いさんの執務室のような雰囲気になっていた。せっかくなのでそこを選び「使用中」の札を下げて中に入る。


 室内は、何も知らないと異質に感じられる空間だった。天井は高く、いくつかの照明が光っている。壁は分厚く頑強で、窓は鉄の板で塞がれていた。物は少ないが、壁際には、デコイの人形が複数並べてあった。

「よぅし、始めようぜ」

「よろしくね、ルー」

 それぞれ部屋の両端に移動し、手持ちの剣に空気をまとわせ、切れない仕様にした。ルーベウスは一本の剣を両手で支え、イグニディスは左右の手それぞれに剣を持つ。

「先行はどうぞ」

「じゃあ早速行かせてもらうぜ――風・刃・疾斬」

 ルーベウスが魔法で風を操作し、真空の刃を作り出す。相手が消費した魔力を推定しつつ、イグニディスは同量の魔力を放出しながら、大気の流れが霧散するところを想像する。ただし、イメージだけでは指向性や強度がブレてしまう。それを補うのが魔法陣や古語で、

「散・電解・消」

 唱えると、空気中の不穏な流れが消えた。だがこの間に、ルーベウスが一気に距離を縮めてきた。

「でやっ!」

「……っ」

 考えるより先に体が反応した。イグニディスは、相手の剣撃を両手の剣で受けとめる。そのまま蹴りを繰り出した。しかし動きは読まれており、当たる直前に相手は身を引く。彼は十分に距離を取り、素早く詠唱した。

「複・風・刃・疾斬」

 切り裂かれた風が複数、縦横無尽に襲いかかってくる。反対呪文で解除することもできるが、この攻撃は、手数は多いものの、一つ一つの威力は低い。これなら、剣でいなす方が消耗を抑えられる。イグニディスは二剣を舞わせて攻撃を弾いた。

「複・凝氷・連・乱射」

 防御しつつ、やや多めに魔力を消費して攻めに転じる。空中の水分を硬く凍らせ、複数の氷塊にして相手に飛ばすのだ。ルーベウスは「風・纏剣」と短く唱え、剣の周囲に渦巻く風を発生させて、ブォンッ、と得物を大きくふるう。イグニディスの放った礫は、風と剣に弾き飛ばされて散った。

 それなら次は――と、思った時。いきなりドアが開いた。何だと問う間もなく、氷塊の一つがそちらに飛んでいく。

(あっ、まずい!)

「うおぉっ!」

 イグニディスが魔力の発散を止めるのと、ルーベウスが雄叫びをあげて剣を投げるのと、ほぼ同時だった。氷塊は剣にぶつかると同時にかき消え、盾の役割を果たした鋼は、床に落ちて数回跳ねる。刃に空気をまとわせていなければ、下に深々と突き刺さっていただろう。


「あっぶねぇな! 使用中の札がかかってただろ、いきなり開けるなんざ――あれっ」

「……どなた?」

 相手は二人組だった。一人は、スーツをぎっちり着込んだ体格の良い男性。その後ろに、ローブをまとった人物がいる。男物なので、おそらくこちらも男性だが、フードを深く被っているため、顔はよく分からない。

(道場のチビっ子達の保護者、って感じじゃないなぁ)

 眺めていると、ルーベウスが足早にやってきた。彼に腕を引っ張られ、イグニディスは一歩下がる。

「失礼しました」

 前に出たルーベウスは、相手に軽く頭を下げた。

「お怪我はありませんか?」

 やけに丁寧な問い方だ。そこでイグニディスは気がつく。後ろの男性のローブ、かなり質がいい。

「問題ない。こちらこそ失礼した」

 スーツの人物が一礼して答える。

「この部屋ではないようだな」

 彼の後ろで、ローブの男が低く呟いた。声に聞き覚えは……あるような、ないような。

「行くぞ」

「はい」

 スーツの男性は返事をした後、こちらに会釈をし、そのまま二人で部屋を出ていった。


 扉が閉まった後で、イグニディスは首を傾げる。

「ねぇルー、フードの人の顔、見た?」

「いや。ジロジロ見て不興を買っても嫌だし。誰だろうな。ウィクトリア教のお偉いさんか。それとも王族か」

 ありえない話ではない。道場の師範・ロシュミットは九年前まで騎士団の団長を務めており、皇太子の剣術指南も担っていた。国教・ウィクトリア教の大司教が寄せた縁談を断ったため、やっかまれて職を辞すことになり、民間に下ることになったが。現在も、お偉方に顔が利く。

「もしかしたら、俺らが出した推薦状の確認に来たのかもな」

「あー!」

 機動隊の入隊試験では、申込みの際に推薦状が必要となる。推薦者は成人であれば誰でも良い。だが、これも選考材料になるのだからと、イグニディスとルーベウスは、師範に書いてもらっていた。

「いや待って。もう試験結果は出たんだよ。今頃確認って、遅くない?」

「ま、ただの適当な予想だし」

 ルーベウスは肩をすくめる。


「何だか冷めちまったな。イグ、連携技の練習しねぇか?」

「いいよ。何の技にする?」

「踏み斬り」

 片方が片方の背中を踏み台にし、高い所を斬りつける技だ。師範の命名センスはさておき、なかなか使い勝手がいい。例えば、障害物を飛び越えて攻撃したり、誰かの背後に隠れた人間を切りつけたり。


 ルーベウスが剣を鞘に収め、部屋の隅にあったデコイを引っ張ってくる。それを手伝いながら、イグニディスは、人形をヴァルハラードに見立てて睨んだ。

(機動隊には無事入れた。あとは、活躍して出世する。そうすれば、お前の前に立つ機会が出てくるだろう)

 王都にいても、ヴァルハラードの噂は色々と耳にする。彼は子供が嫌いなのか、十歳以下の少年・少女を全て殺害していた。忌むべき悲劇が、国の至るところで繰り返されているのだ。

(許さない。ヴァルハラードだけは、何が何でも始末してやる)

 機動隊の仕事は多岐に渡る。機密性が高いため、どんな仕事を与えられるかは、指示が来るまで分からない。危険かもしれない。逆に退屈かもしれない。ルーベウスと一緒にいられる保証もない。だが、どんな仕事を振られようとも全力でかかる。イグニディスはそう決めていた。

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