落ちる。
今日も窓の外を眺めている。
学校の授業は退屈で、初夏の陽射しがカーテン越しに僕を外へと誘う。窓の向こうには校庭があり、体育の授業の真っ最中だ。生徒たちのかけ声が時折、ガラスを通り抜けて教室内に響く。教師が黒板をチョークでひっかく音よりも少しだけ大きな音は僕たちから興味を削ぐのに十分な効果を発揮している。
眠気が次第に強くなっていく。でも、今日の内容はテストに出る。だから頑張って起きていないと。
小さく頭を振って、先生に気付かれないよう伸びをして、不意に窓の外を見て。
目があった。
逆さまの、女生徒と。目が。
虚ろで、穴のようで、ぽっかりと真っ黒で、何もかもを吸い込みそうな瞳と。
目が、あった。
僕が思わず大きな悲鳴を上げる。教室中のみんなが僕に視線を送る。奇異の目も気にならないくらいの恐怖に包まれる。
だって。人が。
落ちて。
「どうした」
教師が怪訝そうな顔をして聞く。みんなも不思議そうな表情で僕を見る。
「外に、人が」
呂律の回らない口で言葉を繋いでいく。
「落ちて」
そう、落ちて。
そう言った瞬間、教室がざわつく。
何人かのクライメイトが窓の下を覗き込む。
そして、ほとんど同時に外から、窓の向こうから、僕の発した声と似た金切り声が上がる。
甲高い悲鳴を皮切りに、次々と口々に叫泣が教室に供給されていく。溢れんばかりのそれは遂に、隣のクラスへ、そして学校全体を揺らすに至る。
その間にも。
人が。
落ちる。落ちる。落ちる。落ちる落ちる落ちる。
落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる。
滝のようにどばどばと人が屋上から逆しまに流れ落ちていく。
皆、一様に、眼を剥いて。口を半開きにして。何が起きたのかも解らないようで。
それでいて、どこか安堵したようでもいて。
落ちていく。
どれくらいの時間が経ったろうか。
チャイムが空疎に響き渡る。
人の滝は既に涸れ、生徒たちの悲鳴とも咆哮とも取れる声は同じく止まっていた。
誰かが恐る恐る、下を覗き見る。つられて僕も続く。
そこには、真っ赤に染まった校庭が広がっている。夕空に染まった茜が、いつもと変わらず佇んでいる。
「なんだ……」
と、誰かが言った。
「見間違い……?」「集団ヒステリーとか?」「さぁ……でも、下になんにもない」「じゃあ、やっぱり」「誰も落ちてない……よね?」
恐る恐る、全員が全員の顔を覗き込む。
大丈夫、誰も欠けていない。そう先生は言う。
「大丈夫だ、大丈夫、何も無い。何もなかった!」
先生がそう言うと、皆が皆、同じ顔で笑う。胸を撫で下ろすように弛緩した表情。
ただ一人、上を見上げた僕を除いて。僕を覗いて。僕を覗いたそれは、皆と似た貌で、にたりと嗤った。そいつも、たった一人で。僕とだけ、目が合ったんだ。
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