第33話【龍治】

33話【龍治】



「りゅ、うじ……」


 俺の名を小さく呟く孝弘(たかひろ)。


「……ごめ、ん。泣くつもりじゃねーのに……」


 言って、孝弘は俺の手を離すと制服の袖で涙を拭った。


「俺も、いきなりで悪りぃ……」


 俺も同じように手の甲で涙を拭う。



「ーー俺も同じだから」


「は?」


 二人無言で涙を拭いたあと、俺が呟くと孝弘が怪訝な顔をする。



「俺もお前と同じように直(なお)のこと好きだから」


 そう言うと孝弘は一瞬だけびっくりしたように目を丸くしたが、


「やっぱりそうだったんだな……」


 納得したように頷いた。


 それには今度は俺がびっくりした。まさか孝弘が気づくほど、俺は直が好きだって表に出ていたんだろうか。



「……お前、知ってのか?」


「知ったって言うか気付かせられた」


 呆れたような、すべてを見透かされたように返される。



「なんかもう、これは俺の負けだなって言う感じ。だってお前のことずっと見てたもん、イヤでも分かっちまうてーか」


 半ば呆れ笑いになる孝弘。


「それもあったのかな。直往(なおゆき)に酷いことしちまった……。それは悪いからちゃんと謝るよ、あいつに」


 孝弘は意外にもすっきりした表情で笑顔になってそう言った。


『これで、お前に嫌われてもいい』


 そんな覚悟が聞こえそうな、爽やかな笑顔だった。



「……でも俺は孝弘のこと嫌いじゃない」


 このまま、この瞬間、孝弘と縁が切れそうに感じた俺は反射的に思わずそう言った。


「…………」


 少しの間を開ける孝弘。その後に、


「そっか。ありがとな」



「まだーー俺ら友達だよな?」


 俺が確認するように孝弘に聞くと、


「龍治(りゅうじ)が良ければ俺はずっとお前と友達でいたい」


 真剣な眼差しで見つめてくる孝弘。目の前に右手を差し出される。それは小学校の頃からやってきた、お互いの誓いを示すポーズだった。


 俺も右手を差し出し腕相撲するように孝弘の手を握る。そうすると孝弘も俺の手を握り返してきた。それはまるで互いの友情を再確認するようだった。


「懐かしいよな、このポーズ」


 俺が言うと孝弘も同調するように、


「お前よく覚えてたな」


「こういう感じ嫌いじゃねーから」


 言って俺はいたずらっ子みたいに笑った。こういう、【男の友情】ってみたいな感じが俺は好きだった。孝弘とはそれができるってのもあって、まあ気が合うところもあって、(直にした事は許せないけど)俺自身は孝弘のことは別に嫌いじゃないから。



「ありがとな、龍治」


 手を離す孝弘。帰宅しようと踵(きびす)をかえし俺に背を向ける。その背中越しに俺に手を振ってきた。


『またな』


 そう言う孝弘の背中に『じゃあな』と返して、俺もまた家に帰ろうとした時携帯が鳴った。ズボンのポケットから取り出して着信先を見れば倉田からだった。


 同時に時刻を見ると十九時を過ぎていて、


(ヤベェ、どこに行くとか伝えてなかったな。直のやつ心配してるよな)


 そう思い、足早で家に帰ることにした。

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