ゲームスタート ー2024/7/9 Tue 23:59

 このゲームには大きな落とし穴がある。誠也はそう思って、ここにいる七人のうちの六人を殺すことに決めた。人間は、殺せと言われて易々と殺せる人なんていない。どうしても躊躇ってしまうものだ。

 だから、少しでも躊躇って一人しか殺せなかったものは、死ぬ。

 日和ったから。

 敗者だからと捨てられて二度と這い上がることはない。


 ――死にたくない。絶対に死にたくない。

 自分が生に執着しているなんて思ったことはなかったけれど、無意識に自分が生き延びる術を探した。幼い時から親には見捨てられ、唯一の救いは可愛がってくれた伯父だけ。その伯父が例え自分の継手としか思っていなかったとしてもそれでも良かった。


 目を閉じるとモニターの前にいた。さっきまで自室のディスクトップパソコンの前に座っていたのに。確かレポートは書きかけで少し休もうと思ったのだ。

 画面の向こうには七人の大学生。あの時、カフェテリアにいた大学生を無作為に選んで参加者にした。

 一度、スキャンしてしまった人物は削除することができないらしく、大和を参加者に入れざるを得なかったのは心残りだが。仕方ない、大和が絶対に死なないゲームにしよう。

 それ以外の人間は全員死ぬゲームを。


「さて、と」

 こうして考えついたのが吸血鬼のデスゲーム。ルールにさりげなく隠したイカサマは、最後まで見破られることなく完了した。大和の演技は完璧。なんだかんだで大和を入れて正解だったのかも、と思っていた。

 我ながら残虐で我ながら上手くいきすぎて怖かった。盤上の駒を自由に動かし、支配する。

 それがどんなに甘美なのか。――それを、身をもって体験した。


「誠也くん。ルールはこうね」

 夢。夢、夢。夢の中。


「私たちはゲームをして、どっちかが負ければ次の日に切り替わる。目を閉じれば次の夜。こうして三回ゲームを行なって負けた方は買った方の永久奴隷。なんでも命令して良いしどんな扱いをしても良い」

「……断れば?」

「断るなんてできないよ」


 榊優奈はテーブルの向かいに座っている。ニッコリと妖艶な笑みを称え。テーブルは普通のテーブルではない。カジノでよく見るプレイヤーテーブル。誠也の身体は椅子に足首を固定され胸元と腹の辺りを縛られている。完全な拘束状態だ。


「こんなの不公平だ」

「イカサマをしておいて? 君が言えることかなぁ? 私はね、君にお説教も兼ねてゲームをやろうと言ってるんだよ。君のゲームはとてもとても面白かった。まんまと罠に嵌った彼らが悪い? そうだともそうだとも。罠に嵌った彼らが悪いよねぇ!」

「お前がゲームをしろと言ったんだろ」


 榊は箱からトランプを取り出す。タネも仕掛けもありません、そう見せびらかすようにこちらに見せてテーブルに置いた。

「そう、私の指示。君はちゃんと私の命令を聞いて隠れた罠に気づいた唯一。君って頭が良かったんだね、まぁそうか。あの大学にいるんだもんね。それも附属上がりだから……」

「そんなことはいいだろ」


 榊の言い方は言葉の端々に棘を感じる物言いでなんだか居心地が悪い。嫌味ったらしい小姑みたいな小言だ。なんだろう。なにか榊の気に触るようなことをしてしまったんだろうか。

 そんなことはない、だって今まで話したこともなかったんだから。

「俺、榊になにかしたっけ?」

「誠也くんのそういうところ、」

 榊がそのあとに何を言ったのか聞き取れなかった。聞かせる気もなかったんだろう。聞き返してもそれを無視して続ける。


「このゲームで賭けるのは今まで殺してきた人数」

「どう考えても俺の方が不利」

「すごい。大正解。でもなんで?」

 いいや、そんなことは考えるまでもないだろう。榊がいつからデスゲームをやっているのかは分からないが、誠也よりは確実に長いはず。一週間しか開催していない誠也の方が圧倒的に不利だ。

「一週間で六人を殺した誠也くんは、凄いよ?」

「確実に俺よりも多いだろ」

「そうかなぁ?」

 けれど、一週間に一人を殺したとしても、六人を殺すには六週間かかる。その人数が分かれば榊が主催者として何週間目なのかが判明する。

 その人数は確実に多い、けれど、榊の謎は解ける。――俺をなんでここに呼んだのかも分かる、かも。


「誠也くんは六人」

 榊はスマートフォンに表示された数字を見せる。

「誠也くんにはハンデをつけてあげる。さすがに私のリンチになっちゃうからね」

「……にひゃくごじゅっう……」

 あの例の怪しいアプリには画面の右端にカウンターというものがついていた。どうやらリアルタイムで更新されていくらしく、日付を跨ぐごとにその数は増えていった。けれど榊のスマートフォンに表示されたその数は一週間に七人を殺したとしても数週間はかかる。

 ――あれ。今、一つカウンターが増えた。


「お友達の橋本大和くん。彼をここに呼び寄せてディーラーをさせてもいい」

「大和を?」

「彼は演技がとてもお上手。きっと私は騙されちゃう」

 あぁ、これはなるほど。イカサマを俺たちにさせても勝てるという自信があるからか。

「ゲームの指定は私にさせてね」

「良いけど」

「じゃあポーカーで」

 榊がトランプをテーブルの中心に置く。


「じゃあ、大和くんを呼んでくれる?」

「どうやって?」

「あ、そっかぁ。誠也くん知らないんだった。でも、やってたよね。指をパチンって弾く」

「そうか、あれって」

 指パッチン。擦り合わせるように音を出すと、軽い音と共に橋本大和が登場した。大和は目を瞑って棒立ちをしている。人形のように見えたけれど、すうすうと寝息を立てていたからただ寝ているだけだ。

 SF小説のアンドロイドみたいで気味が悪かったけれど。


「さっきのゲーム。インディアンポーカーにしてくれないか?」

「大和くんにカードを読ませるつもりなんだ?」

「そうしないと俺の方が圧倒的に不利だ」

「いいよ」

 榊の表情は余裕綽々。これから『イカサマをする』と堂々と宣言しているのにも関わらず、だ。よっぽどの自信があるのだろう。イカサマをさせてでも余裕で勝てるというような。

 榊がパチンと指を鳴らすと大和が大きな背伸びをした。


「ふ、ふぁぁあ……え。ここどこ」

「大和。何も言わず、ディーラーをやれ」

「…………え? あ、うん」

 大和は周囲をきょろりと見渡す。真っ暗な空間に、カジノテーブルのみの異質な空間。大和は少し不安そうな顔をしたが、すぐにこちらに向き合って誠也を見て軽く声を出して笑った。


 デスゲームに巻き込まれた時もそうだったが、大和の順応の高さには目を見張る。演技部ではアドリブが多い役者と言われているらしい。あのデスゲームの時も簡単なシナリオのみを伝えたのにも関わらず、あとはすべてアドリブでこなした。

 自信があればとことんなんでもこなす役者なのである。自信さえあれば。


「誠也、首。あと拘束激しくない? なんのプレイなの」

 もうすでにスイッチが入っている。それを気配で感じながら榊の顔を見た。榊はじっとりとした視線をこちらに向ける。小悪魔じみたその顔は可愛らしくも恐ろしい。負ければ俺は彼女の奴隷になる。

 それだけは嫌だ。それだけは避けなくては。


「いいから、カードをシャッフルして」

「え? 榊さんもいるじゃん。なんで?」

 この状況がどういった場面なのか伝わった、のだろう。与えられた役も理解した。

「大和。俺を絶対に勝たせろ。――

「なるほどねぇ」


 大和はテーブルに乗ったカードをシャッフルする。大和がカードを読み、それを伝えられるようなルートが作れたならこのゲームは勝てる。


「仰せのままに、藤ヶ谷誠也様」

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