佐伯蓮の夢 ー2024/7/3 Wed 23:59
おそらく七人。
彼らは不安げな表情でみなこの状況に戸惑っている。けれど、佐伯は違っていた。
「うぉぉぉぉ! ゲームがなんじゃ、殺し合いだとぉ! 上等だ、拳で相手してやるわ!」
「ちょ。やめろよ、やめろって!」
佐伯は近くにいた
「なんだよっ、俺は別に平気だって」
「お前が平気でも! 見ろ、周りをよ! みんなドン引きしてるぞ」
「えぇー、そんなの俺は気にしないって」
「俺が気にするんだよ!」
秋葉は『お前と同類だと思われたら嫌だ』とか、『だからお前はいつもキャプテンに怒られるんだ』とかぐちぐち小言を言っている。
陸上部で同じチームメイトの秋葉勇大はいつもこうして世話を焼いてくる。履修登録が出来てないだの、講義室はどこだだの、寮の部屋での家事まで。なんでもぐちぐち言いやがる。けれどここまでとは。世話焼き根性もここまでくるとドン引きだ。
「へいへい」
「おまっ、なにも聞いてないだろ!」
聞いている。けれどこうもうるさく言われては、ますます聞いてやるものかと開き直りたくなる。
実家の母親よりもうるさいぞ、お前。
「……お願いだから、静かにしてくれ」
と、秋葉は懇願するように頼んでくる。秋葉は近くにいた女性に視線を向け、チラチラと様子を伺っている。その女性がこっちに向かってくる。秋葉はなんだか顔が赤い。
おいおい、熱があるんじゃないだろうな。
「君たちと一緒に行動しても良い?」
「良いっすよー」
「わぁよかった。一人じゃ心細くって」
「ですよねー。俺ら陸上部なんで。筋肉もあるし体力もあるから、じゃんじゃん頼ってくださいっす」
「ほんと! よかったぁ。じゃあ頼っちゃおうかな。よろしくね?」
「うっす」
女性は
大人のお姉さんは好みだ。
けれど、どことなく気が強くておっかなそうで、佐伯は初見の印象を改めた。向こうのグループを一瞬だけ睨んでいるように見えたのもあるだろう、けど。
その瞳は、冷ややかで涼やかで、ゾッとするほど美しい。
「佐伯。佐伯ってば、どうしたの」
「え? あ、あぁ」
秋葉が肩を叩いていて、その振動で我に帰る。秋葉は怪訝そうな顔をしてこちらを覗き込んでいる。なにを見ていたんだ? と、同じ方向を見る秋葉。その視線の向こうに志麻がいることに気づいた秋葉は頬を赤らめて慌てたようにこう聞いてくる。
「まっ、まさか、佐伯も」
「ばか。違うよ。お前の恋敵になんかならないから安心しな」
「ひぇ! な、なんでそれを」
佐伯は秋葉をじっと見つめる。いやどう見てもお前、その視線は恋しちゃったんです僕みたいな感じだったぞ。どこの少女漫画のヒロインか……いや、この場合はお前はなんだ、ヒーローなのか?
「この状況で一目惚れとか、お前結構余裕だろ」
「ひっ、一目惚れじゃないしッ」
「あー、はいはい。ソウデスネ。お前、いつか女に騙されるぞ」
違うしっ、と秋葉は反抗しているが、そんな秋葉を無視して佐伯は今後の行動を模索する。あのモニターの向こうの男は言っていた。
――図書館の中には吸血鬼に関しての情報が明記されている。探すと良い。
「まずは情報を探るか」
「え? あ、あぁ」
なんだかこの状況、RPGゲームの中みたいだ。実家にいた頃、弟と一緒にやったことがある。村人たちから情報を集めてゲームのシナリオを進めて行く……みたいに。
問題はこれがデスゲームで、RPGゲームならばプレイヤーが必ずゲームを攻略するように出来ているが、モニターの向こうの主催者は俺たちをあの手この手で殺そうとしてくるだろうということだった。
罠が仕組まれている可能性もあり得なくはない。
それこそ、理不尽に、根本のルールに穴があるなんてことも。
「秋葉、まずは図書館に行こう。どっちみち、二手に分かれる必要があるだろ。固まってちゃむしろ相手の思う壺だ」
この、図書館で情報を探れという明らかな誘導が、むしろ罠だっていう可能性もなくはない。
あのルールの中で唯一、こちらに指示をする記述だったことが尚更そのように思える。
これは普通のゲームではなくデスゲームなのだから。
しかし、二手に分かれて情報を探すことにこちらのデメリットはないはずだ。吸血鬼がもしこちらにいるならこの中の誰かが死に、向こうにいるなら向こうの誰かが死ぬ。それは少し体当たりな戦法かもしれないけれど、その結果が次の戦法につながるのだからウィンウィンだろうさ。
「じゃあ。さっさと行くぞ。置いて行くからなー」
「お前はまた、考えなしにっ」
秋葉が文句を言っている。
ははっ、どうだかね。考えなしか。俺はそれなりに考えてるし、この行動も理由があってそうするんだけど。というか、ここでごちゃごちゃ考えても仕方ないだろ。
「俺もそれなりに考えてるよ」
少なくともこんなところで色恋にうつつを抜かす、真面目ちゃんよりは。
◆◆◆
「で、誰が犯人なんだよ」
最初の事件は俺たちのグループではなかった。志麻絢子が睨んでいたのは、どうやらこの出島菜絵というらしい。
彼女のそばにはもうすでに事切れた中村英美里。そしてその側で狼狽えている柳瀬裕人だ。
「こいつだっ! こいつが犯人だ、私の目の前でえみりをっ」
「違うっ、僕じゃない。僕じゃないんだっ」
柳瀬は必死に抵抗する。
あー、犯人ってこう抵抗するんだな。なんだかお手本のように柳瀬は反論している。それを感情でねじ伏せようとする出島。
ミステリーで何度も見たテンプレート。
それを貼り付けたような現実に眩暈がした。
「それは分かったから。で、どうすんの。殺人事件が起きたんなら、お前たちのグループの誰かが吸血鬼で決まりだと思うんだけど」
俺の読み通り、事件はどちらかのグループで起きた。
『吸血鬼がもしこちらにいるならこの中の誰かが死に、向こうにいるなら向こうの誰かが死ぬ』
――そのため俺の推理は、この二人のどちらかが吸血鬼である。
「佐伯……それは、ちょっと早計すぎるよ。確かに、この中でどう見ても怪しいのは柳瀬さん、だけど」
出島菜絵はハッキリと柳瀬裕人が犯人だと告げている。けれど、それは感情で押し切っているようにも見える。主張が強くない柳瀬はどうしても押され、声もどんどん小さくなって行く。それが自信がないように見えてしまう。
――どっちが、犯人だ?
「出島さん、だから嫌いなのよね」
「え?」
背後で誰かがボソッと呟いた。その声質が、志麻絢子のものに聞こえたのだけれど。志麻の顔を見ると変わらず涼やかで佐伯は聞かなかったふりをして前を向く。
……本当に柳瀬が犯人なのだろうか。
でも、それでも。
これは普通のゲームではないのだ。
「落ち着こう、みんな。まず状況を整理しようよ」
そう言ったのは橋本大和だった。
大和はその後に柳瀬としばらく話していて、柳瀬の表情が少し和らいでいた。大和はこの場の情報整理を名乗り出てくれた。慣れているのだろうか、リーダーとしてテキパキとこの場を納めている。
でも俺の答えは決まっていた。
「俺は柳瀬を殺すべきだと思う。これは人狼ゲームの亜種みたいなものなんだろ。なら言ってたじゃねえか、主催が。疑わしくは罰せよ、――俺はあのグループの誰かが吸血鬼で、そいつが中村英美里を殺したんだと思う」
「佐伯。柳瀬さんは眷属なんじゃない? このゲームは人狼ゲームの亜種だから、普通の人狼ゲームじゃないんだ」
「それも込みで言ってる。俺も柳瀬は吸血鬼ではないと思う。……でも、眷属であることは確実だろ。なら、まず確実に眷属である柳瀬をここで殺す。そして、次のターンで出島を殺すんだ」
「え? なんで?」
秋葉はキョトンとこちらを見る。秋葉は真面目だがあまり頭が良い方ではない。真面目バカってやつだ。この大学によく入れたなって思う。あー、でもスポーツ推薦ってのもあるか。
俺もそうだし。
キャプテンは猪突猛進な俺をバカだと思って、一見真面目に見える秋葉が頭がいいと思っているけれど。
仕方ない、秋葉にも分かりやすく説明するか。
「眷属は吸血鬼に逆らえない……ということは、生かしておけば、吸血鬼の命令で次の殺人を犯すかもしれない。だからここで殺す。このゲームは一日一人しか殺せないから、次の日に出島を殺す。そうすれば、吸血鬼の疑いがあるものを全員殺すことができる」
「柳瀬は分かるけど、なんで、出島さんまで?」
秋葉は不思議そうにこちらを見る。
秋葉って本当、頭が硬いなぁ。
「バカだなぁお前。人狼ゲームで人狼対抗が起きたら、まずは疑いが強い方を殺し、そして相手が人狼だと主張した方を次に殺すのが鉄板だろ。もし出島のそれが完璧な演技で、犯人が出島だったとしたら、俺たちはみんな騙されて俺たちはみんな殺される。だからそれを防ぐ」
え、と秋葉が息を飲む。
「お前それって」
「俺は、あの二人を犠牲にしなければならないと思う」
秋葉の目がどんどん焦点を失っていく。そうだよ、この選択はかなり冷酷だ。結果的に向こうの二人を殺す選択。でもこうでもしなければ。
――俺はこのゲームを生き残れない。
「分かった。俺も佐伯と同じことを考えてた」
橋本大和は佐伯の顔をじっと見つめる。その黒い瞳は穏やかで。俺と同じ。自分だけは生き残りたい。――そう思えて仕方なかった。
けれど、遠回しに『その選択は間違えていない』と肯定してくれているようにも見えて、俺はとても安心したのだ、と思う。
◆◆◆
俺の選択はきっと間違えてはいなかった。柳瀬はきっと眷属で、出島もこのゲームに踊らされていた。それはそう。ゲームなのだから誰かが勝利し、その
それは決して、逸れることを許さない。
「ちがっ、違うのっ」
言い訳のように彼女は叫ぶ。きっと自分が何をしたのかもわからないまま。柳瀬もきっとこうだったんじゃないだろうか。
いいや、俺の立場からすれば中村英美里はこの光景を見ていたんじゃないか。
「佐伯っ!」
柳瀬裕人は俺の選択によって処刑されて日が超えた。目が覚めた時には俺は志麻絢子に銃口を向けられ射殺されていた。
あ、とか、えっ、とか思う時間もなかった。
――これは自分だけは助かろうとして罰なんだろうか。
犯人じゃないと訴える声を無視したから?
分からない、分からない。でも結果はこうだ。
「体が勝手にっ」
床は冷たく硬い。打ちつけた体が痛む。血を流し続ける心臓からは真っ赤な血が流れ続ける。きっとこの光景はテレビ画面で見るよりもずっと、どんなドラマよりも鮮やかで、忘れることはないだろう。
それが例え胡蝶の夢であったとしても。
――あれ。
そういえば中村が殺された時、アイツはどこにいたんだろ。
あぁ、やっぱりこのゲームには穴があって。このゲームはどうしようもなく、俺たちの不利になるように初めから仕組まれていたのだった。
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