先行した99人の転移者は上手くいかなかったようですので転生の僕はあべこべ世界を慎重に生きます

ありし

プロローグ ある日の「異世界ラジオ『ふぃくしょん』」





「おはようございます。本日も異世界ラジオ『ふぃくしょん』、はじまります。男女比1:1のあべこべ異世界からやってきたchi-haチハです」


 オープニングの優しい系フリー音源の後、いつもの挨拶でスタート。

 PCの画面にはリスナーからの匿名ショートメッセージが流れてくる。



:おはようー

:おはようございます

:今日もおはです!

:おやすみー眠い・・・

:朝イチ眠たいネキはさっさと寝てもろて?



 今の時間は朝の7:30。

 コメントの多くが「おはよー」の中、「おやすみー」と書いている人もいる。徹夜組か夜勤明けだろう。

 おやすみの人は良い夢をーとフォローすると、今度はおやすみーと一斉にコメントが流れだした。

 チャンネルを開設してからまだ半月あまり、それなのに、僕のリスナーは朝からノリがいい。

 今日は天気が良くなりそうで気温も上がるーといった軽い雑談に続けて、常設の今日は何の日のコーナー。毎日なにかしらネタが用意されているので話をするのにうってつけだ。しかも、同じ日にだいたい複数ネタがあるのがいい。


「今日もいろいろ記念日があるけど……そうだね、手羽先の日とかよさそう。まだ今日の夜ご飯を決めてないリスナーは手羽先とかおすすめ。なんで手羽先の日なのかは、尾張様のところのチェーン店の1号店が開店した日だからだそう。あのチェーン店は今では連邦全体で有名だから、みんな知ってるかな?」



:おわりしばさましんみんのワイ大勝利w

:不敬不敬不敬!!!

:しわ様さま、な?訂正して?しろ?

:ヒェッ

:斯波様警察いつもお疲れっす

:ホントの臣民たちもよう見とるw

:すみませんでした!おだ様の臣下辞めます!

:おた様って言ってるだろうが金柑頭!!!

:織田様からの流れ弾明智様はいつ見ても草

:明智様は織田家のフリーコンテンツだから

:幹部のなかで一番新参なのでしゃーなし

:東京府民のワイ、低みの見物



 尾張公爵様のところのリスナーは何故か毎回よく聴いてくれていて読みかた警察的突っ込みも光速なので、いつもこうしてプロレスしている。もはや、様式美だ。

 とはいえ、厳密にいえば身分社会がしっかりと残っているこの社会において、尾張公爵斯波家――華族に対しては不敬が適用される可能性はゼロではない。リスナー同士がわちゃわちゃやっている分はプロレスでよくても、僕が絡むのはよろしくない。敬して遠ざけるのが吉である。

 最後のコメントと同じく僕も東京府民ということもあり、低みの見物もとい、スルーして話題を続けた。


「あとは球音を楽しむ日でもあるみたい。これは以前、プロ野球でトランペットや太鼓などの鳴り物を自粛した日が理由。あ、そうだね。鳴り物のない野球をみながらビールと手羽先、これはなかなかいいと思うよ」


 自分としては手羽先の日からの流れでうまくまとまったと思ったのだが――



:発想がおばさんのそれw

:可愛い男の子のはずだって!!!!

:外見云々じゃなくて喋る内容が、ね?

:そう。発言内容がおばさんなんだよなあ



 残念感ましましな否定的コメントであふれていく。

 たしかに手羽先とプロ野球観戦まではともかくとして、ビールというチョイスは未成年男子らしからぬ発言だったかもしれない。

 それが「おじさん」ではなく「おばさん」と連呼されるのは、転生してたこの世界が男女比が大きく偏った、いわゆる「あべこべ」であるからだ。

 転生前の世界と異なっているのは、男女比だけではない。一般的に「男性は慎ましく大人しくしているもの」といった風潮であり、出産を除いた男女の役割や貞操観念も逆転気味である。

 かくして、ビールと手羽先でプロ野球観戦というのはこの世界的に男子の発言ではない――発言内容がおばさんだとコメントされることになる。

 リスナーはほぼ全て女性なので、なおさらありえないと感じるのだろう。


 ちなみに、僕が前世の記憶を思い出したのは、ほんのひと月半ほど前のことだ。

 それまでの9年間の記憶も保持しているとはいえ、価値観はすっかり前世の基準に戻ってしまっている。

 前世で男女の比率が歪なあべこべ世界を題材にした小説などは読んではいても、その世界で実際に生活してみるのとでは大違い。

 こういう些細なところでも以前の世界との違いを感じる毎日だった。

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