レイカ


「なん………だと。」



おれの鼓動はさっきから早くなり続け、その音はドンドンと胸を叩きつけるようだ。



「なに……触りたくないの?」



少し照れているような、でもちょっと期待しているような、


夕陽に映る彼女の姿は神秘的で、俺は思わず息をのむ。


今まで見たことの無い彼女の表情に困惑し、


何を言ったらいいのか分からず、上手く言葉が出てこない。



「いや…その…あの…えー、あー、えーと、ん-、」



「…どうするの?あんたがいいなら別に二の腕だけじゃなくても………いいよ。」



頬を赤くしたまま見つめるレイカ…


目の奥がキラキラと光っているように見え、唇も艶っぽい。



「は……?」



…え、なに、なにナニ何なにナニ何NANI!?


どうしちゃったの急に!?急に世界観変わっちゃったじゃん、尾崎世界観!


ドラマティックが止まらないじゃん!


ドラマティック?ティック?…ティックトック!?


はあ~~~……お茶がおいしいね~。


ためになったねえ~、ためになったよぉ~、うんうん。



まず俺は出っ張ている柱に向かって思いっきり頭を叩きつけた。



「ふう、よかった。何とか現実世界に戻ってこれたようだ。」



今日何度目かの頭部出血、明日輸血行こう…


おれは頬をパンパンと叩くと、再びレイカを冷静に見据える。



「…どうするの?」



ぐっ!!いつもの100倍は色っぽいレイカに再び意識が飛びかけるが、


必死の思いで踏みとどまる。冷静に、落ち着いて…



「レイカよ……お前自身がいったはずだ、


 好きでもない相手にそういうことをしてはいけないと…」



「だからイイって言ってるの…」



「いや…だから――



「あんたはアタシの身体に興味ないの……?」



遮るように俺に言い寄ってくるレイカ。



「え………いや…ちょっと待ってくれ…展開が急すぎてついていけていないという 

 か…」



少し不満そうな表情を浮かべ、ゆっくりと俺に近づいてくる。


そのスピードに合わせておれもゆっくりと後ずさりする。



「なんで逃げるの?」



「いや逃げてなど…」



直ぐに後ずさりはできなくなり、おれは部室の壁に背中をへばりつける。


…レイカとの距離が近い…いくら日頃から近くにいる存在だったとしても、


こんな顔と顔がぶつかりそうな距離で停止している時間など無かった…



「ほら……触んなよ…」



今は分かる…夕陽を背にしているのにレイカの頬は赤いままだ…


手を伸ばさずとも触れられる…なのに、俺の手は動かない。


…怖い…もし触ったらこの後はどうなってしまうのだ。


恐ろしくて、怖くて…おれは手を伸ばせなかった。



「レイカ……すま―



「なーんてね!冗談!ぷぷぷっ、引っかかってやんのー、バーカバーカ!


 あんたに触らせてあげる訳ないじゃん…」


 

「レイカ…」



「ごめん、アタシ先帰るね!また明日!」



レイカは置いていたバッグを拾い上げると、うつむいたまま足早に部室から出ていった。


レイカの足音がしばらくして消えた後、おれは「はあーっ」と息を吐き、


そのまま壁に寄りかかりながらずるずると地べたにへたり込む。



「どうするのが正解だったんだ…。」



俺は間違えたのか?…少なくとも正解では無さそうだ。


だったらどうすればいい…あそこで好きと言っておけばよかったのか?


いや…俺のレイカに対する気持ちはまだ整理がついていない。


なら、いや…ここで考えたところでどうすることもできない。



「チャン蔵が待っている…いつまでも待たせる訳にもいかないだろう。」



おれは重い腰を上げ、自分の荷物を回収してとぼとぼと校舎を後にする。


校門の直ぐ近くでチャン蔵が待っていた。



「坊ちゃまお帰りなさいませ。」



「…ああ、帰ろうか。」



「先ほど、レイカ様が足早に去っていくのを見かけました…


 いつもなら挨拶をすれば返してくれるのですが、何か神妙な様子で…


 何かあったのでしょうか。坊ちゃまはご存じですか?」



「ああ…その原因はおれだ。」



「なんと…そうでありましたか。ケンカをされたので?」



「ケンカ……いや、ケンカではないが…何だったんだろうな、あれは…


 正直なところよく分からんのだ。」



チャン蔵は俺をじっと見つめた後、ふと、問いかける。



「…坊ちゃまにとって、レイカ様とはどんな存在でございましょう?」



…唐突な質問だとは思ったがチャン蔵のことだ、何か感づいたのだろう。


だが、その答えはまだ出ていないのだ…



「…一言では言い難いな、単なる友人では無いし、親友と言うにも語弊がある。


 美人だとは思うが完全に異性として見ることはできないし…


 幼馴染とか腐れ縁とかそんな言葉が近しいような気もするが、それもしっくり来な 

 い。」



「はい、事柄の全てを言葉にすることはできません…それで良いかと。」



「どういうことだ?」



「…考えすぎでございます。…大切なものは大切、

 

 それだけで十分なのでございます。」



「…なるほど。」



シンプルな言葉だったが、妙に腑に落ちた。



「はい、ぼっちゃまのレイカ様を大切に思う気持ちはきっと伝わるはずです。」



「…そうだろうか、正直不安なのだ。どうしたら良いのか分からなくて…


 なんと言ったら正解なのか分からないのだ。」



「それはレイカ様も同じ…どんな言葉でも、どんな態度でも良いのです、


 ただ今はお傍に…きっと大切に思う気持ちが勝手に言葉を生み出すでしょう。


 自然に身を任せているだけで…きっとそれがお二人にとっての答えになります。」



………そうか。



「………お前はやはり最高の執事だ。」



「それは当然でございます。最高の主に仕えていますので。」



「ありがとう…俺はレイカを追いかけるから、今日は帰っていいぞ!」



「はっ、おカバンお預かりします。」



「すまない!よろしく頼む。」



「はい、お気をつけていってらっしゃいませ。」



チャン蔵に背中を押され俺は走り始める。足が軽い、


今は、ただ会いたい…レイカに。


レイカにあって、伝えたい…お前が大切だと。


まるで青春ラブコメの主人公になったようだと思いながら


レイカの帰り道を俺は猛スピードで駆け抜けていった。


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