第2話


 土日をダラダラと過ごし、忌まわしき月曜日。いつも以上に憂鬱なのは、あの人のせいだろう。同僚からも、機嫌が悪そうだとか、何かあったのかだとか、口々に聞かれた。適当に濁して誤魔化したが、またうちの部署に押しかけられた時には、もう限界が来ていた。


「席外します」


 一言告げてトイレに逃げ込む。さすがに男子トイレまで入ってこないだろう。男子トイレで何して時間をつぶそうかと、何となくSNSを開いた。そういえばあれ以来見ていなかった。


 ハルちゃんに出会って夢中になり、ハルちゃんがいなくなって焦がれて、完全に勝手に振り回されているイタい男だ。


 SNSのリプ欄を見ていけば、比較的『帰ってきてほしい』という内容のコメントが多かった。まだ好意的な存在が多くて安心する。でも、中には酷い内容も……


 これって本当ですか、という問いのリプがあった。どうやら誰かの投稿を引用しているらしい。そのリンクに飛んでみれば、俺にはまったく覚えのない部屋の写真が貼られていた。まるで俺と同棲しているかのような言葉を添えて。


 なるほど、あのよくわからない噂の出どころはここか……。そのアカウントの投稿をさらに見てみる。一番最近の投稿は、『同じ会社だから、仕事中会いに行っちゃおうかな』というものだった。


 まさか、と一瞬頭をよぎった可能性があった。どうだろうか、その可能性はどれくらい……それをどうやって確かめればいいか……どうしたら止めてもらえるだろうか……


 誰かにこの不安と不満をぶちまけたい。正解が出なくてもいい、誰かに相談したい。でも、誰にしたらいい? 会社の人たちは活動のことを知らないし、勝手に休んだ手前、活動者の友人にも言いにくい。


 ああ、やっぱりどうしても、金曜日が待ち遠しい。その気持ちを抑えられなくなって、悠未ゆうみさんにメッセージを送る。いつ返ってくるかはわからないが、マメな人だ、見たらすぐに返信をくれるだろう。



「なるほど、それで私が呼ばれたわけですね」


「ごめん」


「いえいえ、大丈夫ですよ。私もここまで調べていなかったので知りませんでした。まさか捏造匂わせ女が存在したとは……」


 捏造匂わせ女……なるほど。言葉の通りだな。


 月曜日にも関わらず、いつものバーで落ち合えたのは、悠未さんがハルちゃんを呼び出してくれたからだ。


「なにか対策を練ろうかと思うんだけど、アドバイスとかある?」


「私別にアドバイザーとかではないんですが」


「思いつきでもなんでもいいから、色々聞かせてよ」


 味方がいるんだってことが、何よりも大事だから。なにかおかしな策を練りだしたら止めてほしいし、溢れるものは受け流してもいいから、横で聞いていてほしい。


「そうですね……会社に相談が一番現実的だとは思いますけど、活動のことはあまり話したくないんですよね?」


「一応副業みたいな感じで上には報告はしてるんだけど、こういう場合はあんまり言いたくないよね」


「ですよねえ……とりあえず、写真には絶対写らないこと。ストーカーの戯言、ストーカーの写真としかとられませんから」


 ハルちゃんの指につい視線が動く。ゆっくり折られるそれは、細くて長くて器用そうで、ハルちゃんらしさを勝手に感じた。


「あとはストーカーの証拠集めですけど……こっちはあんまり期待出来なさそうですしね……」


「たしかにね」


 決定的に証拠とできるようなものがあまりにもなさすぎる。そもそも、会社を出た後追けられたのはあの日だけで、他の日は気配を感じたこともない。訴えにくいやり方をされている。


 会社もだめ、警察もだめとなれば、あとはもう自分でなんとかするしかない。


「直で喋るか」


「話通じるタイプですか?」


「わかんない。ああいうことしてる時点で、望み薄な感じするけど」


 話が通じるくらい、常識が通じる相手ならば、きっとストーカーなんてものになっていないだろう。そんなことはわかってる。


「ですよねえ。せめてうまくやり方さえズラせれば」


「やり方をズラせる?」


「やめさせるんじゃなくて、やり方を変えさせるっていうか……ただの片想い社員にして、ただのファンにして、他人にしていくっていう」


「そんなに上手くいくもの?」


 それまでずっと黙っていた悠未さんが珍しく口を挟んだ。


「いかないでしょうねぇ。ただ、一番差し障りのない案かと。会社に言うのは最終手段で」


 会社に言いたくない、っていうのは俺のワガママだ。だから、最悪言うしかないというのは、理解してる。それでも、そうしない手を考えてくれるのがただただ嬉しい。


「ごく普通の一般人なら、彼女をつくっちゃえばいいんでしょうけど」


「やっぱ、俺の立場じゃ微妙だよね」


「まー、自分が彼女だと主張してた人間が、他の人を彼女だとリークしたところでって感じではあるので、ストーカーに宣言するだけなら問題なさそうですけど」


 まあ、確かに同じアカウントでリークしても信用されないだろうし、新たにアカウントを作ってリークしても見る人が少なければ広まる力が足りないだろうし……すでにフォロワーを獲得しているアカウントを所持していれば話は別だが。


 正直、プライベートのことは別にしてほしい。活動内にプライベートを持ち込むことはしていないのだから。


「彼女がいるって言っちゃうか……」


「それなら、わざわざ見せる必要はないですけど、ユキさんの中には具体的な人がいたほうがいいかもですね」


 なるほど、と素直に納得した。嘘をつくときに有効なやり方として聞くよな、嘘の中に本当を混ぜると、上手く嘘が吐けるって。


 思わずちらりとハルちゃんのほうを見る。笑顔で首を傾げられる。ああ、可愛いなと思うと同時に考える。この場を失いたくない、守りたい、と。


「よし、しっかり考えまとめて挑むよ」


「覚悟が決まったのね」


 今まで黙っていた悠未さんが口を開いた。その言葉には、ストーカーと向き合うという意味とは別の意味まで含まれているような気がした。

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