闇
メーナカーが男のもとへ通うようになり、ひとつきが経った。メーナカーは決まったように昼ごろ地上へ降りてきて、夕暮れ前に天上世界へ戻っていく。
なぜ、夜は天に帰るのかと、ようやく男は天女に聞いた。
「夜は、天の方々のお相手をせねばなりませんので……」
合点がいった。これまで気づかなかったことが不思議なくらいだ。
同時に、雷雲に似たどす黒い嫉妬が轟々と男の腹に膨れ上がった。
「もし帰らねば、どうなる」
メーナカーは少し困ったふうに小首を傾げた。これまで苦行の妨害に出たときも、地上で夜を過ごしたことはない。
「さあ、どうなることか……天帝は天軍を動員し、わたくしを取り戻しにくるかもしれません」
その日男は、天女の足首を縛り上げた。
こんなことは正気ではないと自分でもよくわかっている。だがそれを上回る激情が男をつき動かしていた。
一度抱いてしまえば、もう二度と会えない。そう思って耐えてきた。
だが、他の男に抱かれることのほうが、心底耐えがたい。
重い夕暮れ。生白い足首。覆いかぶさる闇に息が詰まる。
帰りたいと願えば帰したはずだ。だが女はされるがままになっている。
すでに日は落ちている。もう引き返せない。
女の肌に指を這わせ、その腰帯を一気に解いた。
地上に落ちた哀れな朧月。
触れるのをためらうほど神々しく、触れずにはいられないほど艶かしい。
抱くのか? ほんとうに? 抱いてしまえばもう――
男の逡巡を見透かすように、天女は自ら手を伸ばした。
「……来て。わたくしの王子様」
王子様だと? この痩せこけた不潔な男の一体どこが――
男の脳裏に、あの日の光景がありありと蘇る。泉のほとりではじめて出会った日のことだ。
まだ子どもだった。この世の何ひとつ、自分の思い通りにならなかった。
けれどひとつだけ、すべてを捨てても欲しかった。
そのくびれた腰を押さえつけ、深く奥へと分け入っていく。天女はかすかな呻きを漏らし、柔らかにたわんだ。
中は若い泉のように芳潤で、頭を鈍らす甘い匂いがさっきより濃厚に鼻をついた。
ようやく俺のものになる。天帝など糞食らえだ。
この女が欲しいのなら、堂々と奪いにくればいい。
ゆっくりと動きはじめる。
次第に激しく、執拗に。
白い裸体が波のように揺れる。
これは汗か、涙か。
視界が滲む。
女が自分の名を呼ぶ。
喘ぐ合間に。
重い熱が襲う。
女が身を捩(よじ)る。
声を漏らす。
雫が水面(みなも)に落ちるように。
駆け上る――――――天へと。
「ああっ……」
男はついに三十年の苦行の熱を、天女の奥へ放った。
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