第54話

 若い男は、このビルの最上階である三十五階のボタンを押す。エレベーターボーイのように、入り口付近にひっそりと立った彼は、同じエレベーターに乗り込んだ他の客の行き先を親切にも聞きつつ、その階のボタンも彼らの代わりに幾つか押した。

 その間、初老の紳士は、エレベーターの奥中央で、各階を表示する数字を、じっと見つめたままだ。

 エレベーターが上がり始める。

 最上階に向かいながら、乗客は少しずつ減っていき、三十階を過ぎた辺りから、エレベーター内には老紳士と若い男だけになった。


「今日のが、最終報告かな?」

「は。そのように聞いております」

「時間はどのくらいある?」

「本日は、午前中は他にご予定は御座いません」

「なら、じっくりと聞けるな」


 エレベーターが三十五階に着いた。

 ドアが開くと、正面に受付がある。

 二人がエレベーターから降りて其方に向かうと、受付嬢が二人、すっと立って二人を迎えた。

「株式会社 岸コーポレーションですが」

と、若い男が告げた。

「お待ちしておりました。ご案内致します」

 と、受付嬢の内の、髪をアップにした細身の女性がそう言い、良く訓練された動作で二人を案内した。


 二人は、その女性の後を歩いていく。

 三十五階にあるのは、たった一社だけだ。広いフロアをこの会社だけが使用している。

 物音や人の声が一切しない静かな空間を、二人は黙々と歩いていく。

 やがて、この社内で最も広い応接室に、二人は通された。

「こちらでお待ちください。直ぐに参りますので」

 と、その細身の受付嬢は、優雅な物腰で、彼女が勤める会社の重要顧客に対し、恭しく頭を下げた。

「ありがとう」

 と、老紳士は軽く右手を挙げて、彼女に告げた。

 二人は、高級な革張りのソファーに腰を下ろし、約束の相手が来るのを待った

 

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