閑話 台風の目な2人その1
「ルティ、こちらに!」
風の弾丸が荒れ狂う夜会の会場を一人の女の手を引き、会場の外へと駆け抜けていくのはこの国の第2皇子であるレオネル・ミカス・アルカディアであった。
「お願い、レオ!」
「流れ纏え、ウィンドメイル!」
自分達目がけて襲ってくる無数の風の弾丸。しかし威力はグラスに軽くひびを入れる程度のものでしかなく、その程度の威力であったからこそ彼はトリガーのみで発動した魔法でその防ぎきることが出来たのである。
(セリナ嬢、すまない。けれど私は……ううん、僕はこの人と幸せになりたいんだ!)
愛称である『レオ』、『ルティ』と呼び合う程の仲である二人はそのまま会場を後にして王宮の廊下を共に走っていく。この愛が許されざるものであることは彼とてわかっている。けれどもお互いの燃え上がった情熱は止まらない。止められなかったのである。
「どうして、どうしてこんなことに……私はただ、家族から祝福されたかっただけなのに」
そしてレオネルが心の底からほれ込んだのはルティーナ・ヴァンデルハート。彼の婚約者であったセリナの母である……しかもその夫であるジョシュア・ヴァンデルハートもこの夜会に出席しており、娘と夫の目の前で婚約破棄をしたのである。
「仕方がないよ、ルティ。この愛が許されるものだとは思ってない。けれど、だからってこの思いは止められないんだ!」
そう熱弁してはいるが、実際は婚約者の母親に乗り換えたということだ。しかも夫と娘の目の前で脳と情緒を破壊しといてしれっと逃げているのだから、控え目にいってクソ以外の言葉が出てこない。
「えぇ。レオ。あなたと一緒ならどこまでも行けるわ!」
そして頭に
しかも彼女は昔から男漁りが激しく、これは周知の事実であった。その上元夫もその色香に引き寄せられただけの男のひとりである辺り実に救いが無い。金と地位目当てでこの女は結婚を決意したのである。
「行こう、ルティ! 僕達の輝かしい未来へ!」
「えぇ! 私を連れて行って、レオ!」
情熱を交わしながら語り合う2人。レオネルとルティーナは王宮の外に出ると、手はず通り留めていた馬車に乗り込んでいく。レオネルの言う通り輝かしい未来へ向けて馬車は進む……かくしてある少女の運命を思いっきり狂わせた2人はこの場では見事にトンズラを成功させたのであった。
◇
「では奥様。お元気で」
娘と元夫より早く屋敷に戻って旅支度を終えたルティーナは執事長のピートから別れのあいさつを聞き、振り返って最高の笑みを浮かべながら誓いを立てる。
「えぇ。ピート、ありがとう。私、絶対幸せになるわ」
娘の幸せを思いっきり駄目にしてる癖にこの言い草。中々に図太い女であった。そんな恥知らずなことを平然と言ってのける女にピートは目を潤ませながらゆっくりとうなずいて返す。
「はい。私も貴女に仕えられて幸せでした」
心の底から幸せを願う男の顔を浮かべ、感謝を述べる――この執事長、実はルティーナがヴァンデルハート家に嫁いだ際に真っ先に篭絡されていたりする。お察しの通り理由は夫に隠れて男漁りをするための協力者にするためだ。
もちろんピート含めて色んな男をとっかえひっかえしてたのは当主であるジョシュアにもレオネルにも隠していた。とんだクズである。
「元気でね。それとあまりお金を工面できなかったけれど、許して」
「いいえ。十分過ぎるほど私達はルティーナ様からいただきました」
そしてルティーナが用意した逃走資金は彼女に言い寄ってきた男から貢がれた貴金属類をこっそり換金してもらったものだ。それもレオネルが娘の婚約者になった時から計画して少しずつ蓄えたものであり、この計画に自発的に協力してくれた者達全員にたっぷりと渡している。立派な悪女であった。
「ルティ、もう支度は終わった?」
「えぇ。最後の別れも済ませてきたわ――行きましょう」
そうして自分の手元にもすぐ使える資金として200万ケイン、換金目的で持ってきた貴金属類で総額3000万ケインほどのものを持ちながらレオネルの待つ馬車へと向かった。
「まずは別邸に向かおう。そこに逃走資金を隠しているんだ」
「流石よレオ。私のために用意してくれてありがとう」
レオネルの方もしっかり逃げるための資金を用意していたりする。しかも今の時期ならほとんど寄ることのない別邸に信用できる人間を使ってちょこちょこと貴金属類を移していたのだ。これにはルティーナも感激し、彼の行動を褒め称えた。
かくして2人は無事に邸宅を訪れ、そのまま諸国漫遊の旅へと移る。2人の人生は未だまばゆい輝きを放っていた。
◇
「しかし、いい加減ルティーナ様にも自重というものを覚えてもらいたいものだ」
……しかしそれは当人だけの話。彼らにつき従う人間全員が何の不満も抱いていないという訳ではなかった。2人と行動を共にするようになって数日、レオネルにつき従う数名の従者達の間にわずかながらも不満が募り出したのだ。
「あぁ。おかげで私達が稼いだお金も湯水のように使っていく。今はまだいいが、その内首が回らなくなるぞ」
まず槍玉に上がったのはルティーナの散財であった。元々そこまで浪費が激しいという訳ではなかったのだが、各地の珍しい物品に興味を惹かれて買い付けたり、衣類をあまり持ってこなかったことからよく上流貴族が訪れる店で好きなものを買うなどしている。
「レオネル様もご指摘されればよいのだが、いかんせんなぁ……」
「厳しいだろう。あの方はルティーナ様以外見えておられない様子」
その上レオネルは彼女に首ったけのままであったため、何一つ注意しない。それどころか彼女のためならば、と逆に色々と買い与える始末だ。そのことには彼の従卒も頭を抱えていた。
「……次からは長閑な田舎に行くのを提案しようか」
「いや待て。宿の質はあまり落とすな。今が悪いとは言わんが、あまりにも悪いと過ごすのが辛いだろう」
……それに加えて彼ら一行が泊まる宿も選んでいるのが余計に響いた。従う相手が元がつくとはいえ王子であることを考えれば最高の質のもの以外選べないし、彼ら自身無意識に生活の質を落とすのを避けているのだ。
「今はまだ資金があるから問題ないが……」
「頭の痛い問題だな……いつ追手が来るかもわからんのがまた」
抑えられない出費だけでなく、国王陛下が差し向けてくるであろう追手を避けるために場所を点々と移動しなければならないこと。それらを考えるとため息が止まらない。
何もかもを捨てて旅する2人が放つ輝きは、さながらろうそくの火のようであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます