第十六話 同窓会


「たしかここ、だよね?」



 翌日。


 雨が降る中、朝から家を出て向かった目的地。

 それは、雨でけぶる小さなビル。

 僕の住むお婆ちゃん家からほど遠い場所にあって、まだ新しい記憶の中にもあった場所。



 通りに面した三階建ての古びた小さなビル。

 その脇に回り、中への出入口がある場所に向かうと、少し先に裏口みたいな出入口があった。



「あ、あったよか~くん!」



 幼馴染の中でただ一人、一緒に来てくれた琴音がピョンピョンと跳ね、差していたカラフルな傘も上下に忙しなく動く。



「ほら、早く早く♪」

「ま、待ってよ琴音」



 パシャパシャと水溜まりを気にせず小走りな琴音。

 なんでそんなにテンション高いのかな?



 琴音に引っ張られる様にして出入口の前に立って傘を畳み、遥姉から預かった鍵をポケットから出すと、ドアノブの真ん中にある錆びの目立つ鍵穴に差し込む。



「ん? けっこう力を入れないと入っていかないな」



 鍵穴が錆びているのか、中々素直に入らない鍵を何とか差し込んでいくと、カツンと奥まで入った。


 ガチャリと回し、同じ力と時間を掛けて引き抜くと、ドアノブをゆっくりと回す。



 キィと、小さな悲鳴を上げて開く扉。



「お邪魔します」

「お邪魔しまーす」



 琴音を連れ立って中に入り、近くにあった電気のスイッチをパチリと入れる。



「うわ~」



 僕たちを迎えてくれたのは、埃っぽさと乱雑に置かれた色んな物。

 そして、どこか日向ぼっこを感じさせる匂い。



 三階建てのビルの一階。

 ここは、遥姉が言うには貸スタジオだったらしい。


 だからだろう。

 シャッターの閉められた本来の玄関近くには、小さくも可愛い造りの受付があって、通路の奥には部屋の扉が6つほど見える。



「埃が凄いねぇ」



「うえぇ」と口を押さえてパタパタ手を振る琴音。

 そんな事をしたら、余計に埃が舞いそうだけど。



 近くにあったスピーカーに指を走らせると、白い面に黒い線が入る。

 琴音の言う様に、かなり埃が積もっているな。



 遥姉が言うには、もう2,3年は中に入っていないらしい。

 ちゃんと戸締りしているとはいえ、長い時間人が入らないとこんなになっちゃうんだなぁ。



 「ちょっと掃除しようかな」



 どこかに掃除道具が無いかな?と受付まで行くと、受付の後ろにはコルクボードがあり、そこには少しだけ古びれた写真が貼られたままになっていた。



「なになに?」



 琴音も後ろから首だけをひょいっと出して、写真を見る。

 色んな人が写っているけど、全員が笑顔。



 この人たちはスタジオで練習した後かな。

 こっちの人はこれからスタジオで練習する時かな。

 この人はただただ遊びに来ただけの人っぽいな。


 まるでタイムカプセルみたいだ。



 琴音がそれらの写真を見て、「うわぁ……」なんて感動していた。

 


「……どこかの部屋に、掃除道具が無いかなぁ」



 琴音の邪魔をしないようにゆっくりと後ろを回って、受付の引き出しを引っ張り出して、中に入っている物をガサゴソ物色。

 スタジオに掃除道具がありそうなんだけど、部屋の鍵とか無いかな。



「こら、か~くん。勝手に触っちゃダメじゃない?」

「あとで戻しておけば大丈夫だって」

「ほんとぉ?」



「じゃあ琴音も探すぅ」と、僕の隣に立って、別の引き出しをガサゴソし始めた。



 すると、「あ! ねぇねぇか~くん、これ見てよ!」と、嬉しそうに何かを見せてくる琴音。

 それはかなりくたびれた、一枚の写真だった。




「……これって……」



 そこに写っているのは5人の男女。

 年齢はバラバラだけど、大体20~30代くらい。

 その人たちが肩を組あい、笑顔でピースとかしている。



 ──そして、写真の枠縁には擦れた字で【Lien】



 あぁ、これって……。



「……父さん、母さん……」



 その写真に写っていたのは、僕の父さんと母さんだった。

 二人が仲間内で撮った一枚。



 もう、家にある一枚しか残っていないと思っていたのになぁ。



「良かったね、か~くん♪」

「……うん」



 熱いモノが込み上げて、目から溢れそうになる。

 もう大丈夫だって思っていたんだけどな。


 

「あ、これって遥ちゃん?」



 気遣ってなのか気付いていないのか。

 琴音が明るい声で写真を指差す。


 あ、本当だ。遥姉も居る。



「あはは、若ーい♪」



 拳骨されるから、決して本人の前では言わないでね?



 埃にまみれてはいるけれど、どれも僕にとって宝物がまた一つ増えた。



 もう一度写真を見る。


 ほんと、楽しそうに。

 幸せそうに。

 笑っている。



 その顔が。

 気のせいかも知れないけれど……。




 おかえりって言ってくれている気がしたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る