第19話 口封じ

「トジ!」


 ベッドの上で、ひらひらと手を振るリージョを見て、トジは安心したように笑う。


「リージョ。無事じゃったか」


「うン。私、元気だヨ」


「そうかそうか。よかった。本当に良かった」


「でも、あんまり思い出せないんダー」


 どうやらリージョは、廊下を歩いていたことまでは覚えているが、その後のことはすっかり記憶から抜け落ち、気づいたらトジに抱きしめられていたらしい。


「ふむ、どうしてあの廊下を歩いておったのじゃ」


 あそこは普段から人気が少なく、今日は雨なのでますます通る理由がない。


「私、普段からあそこ使ってルヨ。雨だと水の香りが心地いいんダー」


 窓に叩きつけるような雨を音楽のように楽しみながら歩くリージョの姿は容易く想像できる。


「あ、そうだっタ!」


 そう言ってリージョは、バックを取り出してゴソゴソと中を探り始めた。


 だが、首を傾げる。


「あれ? ない」


 ないないと言いながら、どこにそんなに入っていたのかというほどバックの中身を外へと出していく。


 リージョのベッドはあっという間に、謎の小瓶や勝手に回転する天体図。本物そっくりのミニチュアドラゴンに何冊もの本。そうゆう不思議なもので埋まってしまった。


「何がないのじゃ」


「神秘の聖杯がないノ」


 予想は出来ていた。


 祭礼は開かれる。秘宝を差し出せ。さもなくば―――。


 リージョを襲った何者かは、あのマグカップが目当てだったのだろう。


「あ、でも、こっちはアッタ」


 そう言って、トジに手紙を渡す。


「おばあちゃんからの手紙だヨ」


 なるほど。それを渡すためにあの廊下を歩いていたということか。


 人通りも少なく、雨で誰も通らない場所なら、見つかる心配もないだろう。


「ありがとう。しかし、リージョ。これからは余り人通りの少ない場所を歩かないようにするのじゃ」


「うーン。わかった。そうすル」


 リージョが頷いたところで、医務室の先生が時間ですとやってきた。


「では、また明日来る。今日はよく眠るのじゃぞ」


「ウン。また明日」


「うむ。また明日じゃ」


 別れを告げて、トジは寮の個室へと足早に向かうのであった。




「祭礼と秘宝」


 物語の中の話だと思っていた。


 ミントはまだ帰ってきておらず、トジは一人机に向かう。


「祭礼は開かれる。秘宝を差し出せ。さもなくば―――」


 壁に書かれていた言葉を反芻する。


 リージョが襲われたのだ。


 もはや、他人事ではない。


 一刻も早く、犯人を見つけなければならない。


 そして、それは何となく、ミラ先輩にも繋がっているような気がするのだ。


「……今は手紙を見るとするか」


 魔法の封がしてある手紙は一度も開かれた形跡はなく、封を開けると一枚の紙が出て来た。


 折りたたまれた紙を開くと、最初は何も書いていなかった紙にじんわりと文字が浮かび上がってくる。


「新魔力会?」


 トジが読むと、浮かび上がった文字は消えていき、そして紙はひとりでに千切れて、修復不可能になってしまった。


「新魔力会か」


 リージョのおばあさんは、たった一言。その言葉だけを送って来た。


 それは何故だろう。


「知られたくないのか。それとも後ろめたいのか」


 手紙の厳重さと言い、何かに怯えているようにも思える。


 正直、もっと具体的な話が分かると思っていただけに、ガッカリである。


 しかし、同時に同じくらい疑問が湧き上がる。


「新魔力会とは何なのじゃ」


『ワユヨ』


 散らばった手紙をゴミ箱へと飛ばしていると、丁度よくミントが帰って来た。


「おかえり」


「ああ、トジ。ただいま」


 ミントは疲れた様子でベッドへと座る。


「どうしたのじゃ」


「いやーなんか上の人達が騒がしくて、オレって新米だから雑用が多くってさ。ま、でも途中で上の人がオレは特別だって、解放してくれたんだ」


 ふぃーと息を吐いてベッドへ倒れこむ。


「のう、ミント」


「ん、なんだ」


「新魔力会とは、何をしておるのじゃ」


「何をって、前言った通り、会議みたいのして、魔法を使って色々やったり、よく分かんない実験したりしてるだけだ」


「もう少し詳しく話してくれぬか」


 トジが頼むと、ミントは上半身を起こす。


「どうしたんだトジ。まさか、新魔力会に入りたいのか?」


「いや、そうゆう訳ではなく。単なる興味じゃ」


「ふーん。まあいいけど」


 なんだか怪訝な顔をしながらミントは話してくれる。


「今日騒がしかったのは、前から研究してた魔法が一歩進んだんだって。それで、新しい道具とか場所が必要で、色々移動したりしてたんだ」


「前から研究してた魔法とな。それはどんな魔法なのじゃ」


 トジの質問に、ミントは顔をしかめる。


「絶対に言うなって言われてるんだけど、まあ、トジならいっか。それに、オレもよくわからんねーの。ただ、オレには適性があって、完成したら凄い魔法使いになれる可能性があるんだって」


「どうゆうことじゃ」


「たしか、神人っての力を借りることで、オレの力をもっと凄く出来るとか。その神人を召喚する儀式みたいなのが必要で―――」


 突然、ミントの口が閉じた。


 部外者に話し過ぎたと思ってミントが閉じたのだと思った。しかし、ミントは自分の口に手を当てて、何やら唸っている。


「まさか」


 ミントの口は見えない何かで塞がっていた。


 トジは急いで唱える。


『ウィ・ヒリ・ウルヒモ・ヒリルソ・シビオ・ラワムリ』


 すると、何かが弾けるような衝撃が走り、ミントの口が開いた。


「はあ、はあ、はあ、い、息が、止まる所だった」


 大きく口を開けて、もう閉じていないことを確認したミント。


「トジ、助かったぜ」


「ミント、今のは何じゃ」


「ちょっと、話し過ぎただけだ」


 そう言って、そっぽを向くミント。


「ミント。もしや、新魔力会とやらで魔法をかけられたのか」


 ミントは何も言わないが、その顔で分かる。


「ミントよ。今の魔法は下手したら死んでおったのだぞ」


「分かってるって。だから、助かったって言っただろ」


「そうではない。何故そんな魔法をかけられて、普通にしておる」


「それは、オレが悪いからだ。元々、説明は受けてたんだ。部外者に話し過ぎないようにって」


「だとしても、やり過ぎじゃ。新魔力会は危険じゃ」


「トジ、何言ってんだよ。今のはオレがへましただけで、普通はこんな事にはならないって。もしなっても、すぐに解除されてるはずだ」


 言いながら、そこまでの自信がないのか。ミントの言葉は尻すぼみになっていく。


「ミント。今すぐ新魔力会を辞めるべきじゃ。これ以上何かが起こる前に」


「何かがってなんだよ。大袈裟だな。たかが喋り過ぎただけだろ」


 まるで気にしていないという風に言うミントに、トジは今の話を聞いてある予感があった。


「……リージョが襲われた」


「はあ? 大丈夫なのかよ」


「今のところは何もない。ただ、物を盗られた」


 リージョが無事と聞いて、ミントはホッとしたようだった。


「そうか。それは心配だな」


「ミント。お主、知らぬのか」


「? 何をだよ」


「リージョが襲われた壁にこう書かれておったのじゃ。祭礼は開かれる。秘宝を差し出せ。さもなくば―――。誰かを脅す言葉じゃ」


「な、なあ。トジ、お前まさか……」


「うむ。ワシは新魔力会が怪しいと思っておる」


 それを聞いたミントは、思わず立ち上がっていた。


 そして、首から下げたペンダントを握りしめて部屋を歩く。


「ないないない。トジ、新魔力会が人を襲う? そんなことするはずがないだろ」


「ならば、何故そんなに慌てておる」


「慌ててなんかねーよ」


「じゃが、少し怪しいとは思っておるじゃろう」


「……」


 ミントは立ち止まり、足元を見つめる。それから急にベッドへ潜り込んだ。


「ミント」


「トジ、この話はこれで終わりだ。新魔力会が人を襲うなんてありえない」


 それからトジが話しかけても、ミントが返事をすることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る