第2話 とにかくぶん殴る

「や、やってやる!」


 壁を背負ってファイティングポーズ。

 目の前にはスケルトン。


 そう、スケルトンだ。動く骸骨が長剣を持っていた。

 全くアホみたいな光景だ。


 でも、死の気配は間違いなくホンモノだ。


「やっべ!」


 スケルトンは剣を振りかぶって、ブンッっと大きく振り回してくる。だが見た目にも軽い骨だけの骸骨。当然、剣の重さにふらつく。


 躱した後は、隙だらけ!


「やぁ!」


 だったら決まってる。踏み込んで足を払うローキック。


 ヨシッ!


 あれ?


 確実に足を払った。だから、転がるハズ。

 それにしたって、あまりにも軽い手応え。


「うわぁっ!」


 スケルトンは転がらない。

 何事もなかったかのように、そのまま横薙ぎに長剣を振るってくる。

 俺はギリギリに身を屈め、躱した。

 そこで、気付く。


 屈んだ姿勢。目の前の足には、脛がない。


 浮いている! このスケルトン。浮いている!

 転がっていた脛の骨が、フワフワ浮かんで元の場所に収まった。


 さながら宙に吊られた操り人形。これじゃ足を払っても意味が無い。


「じゃあ、どうすんだよ!」


 転がして、剣を奪って、頭をぶっ壊すプランは早くも頓挫。

 相手は人形。なら狙うのは頭か?


 ――ブンッ!

「クソッ」


 でも、恐い。

 リーチが足りない。


 素人みたいなブンブンだが、剣の暴風圏内にジャージ姿では飛び込めない。拳で頭を殴ろうって思えば、密着するほど踏み込まなくては。


 ――ブンッ


 でも、剣が恐い!

 体が勝手に後ずさる。丸出しの隙に差し込めない。


 ――ブンッ!


 スケルトンは構わず、長剣を振り回すばかり。

 単調な攻撃に、俺はふたたび後ずさろうとして


 ――こんっ


 背中に当たった。固い壁。


 行き止まり!


 そうだ、小部屋に逃げようとして失敗し。初めから背水の陣だった。

 そんな事すら忘れていた!


 躱しきれない!

 目の前に振りかぶられた剣。

 斬られる! 死ぬ!


 ――ブンッ!!


 長剣は、俺の顔面スレスレを抜けて行った。風圧が頬を撫で、前髪を吹き飛ばし、冷や汗を払う。ギリギリもギリギリ。


 当たらなかった? なんで?


 そうだ、そもそも『躱し過ぎ』だったのだ。ビビリにビビって、剣のリーチの更に倍も下がっていた。

 それじゃあ、どんなに大振りだって、差し込めるハズがない。


「オラァ!」


 だから、期せずしてスレスレで躱せたチャンスは千載一遇。一気にスケルトンの懐に飛び込んで、体当たり。


 そうだ、体当たり。

 ドコが弱点かなんてわからないのだし、俺みたいな素人が正確に拳を叩き込むなんてどだい無理。


 なら、体当たり。確実だ。


 スケルトンと揉みくちゃになりながら、石畳を転がった。スケルトンの肋骨がクッションになって、コチラのダメージは少ない。


 身を起こせば絶好のマウントポジション。こうなれば剣も恐くない。


「シッ!」


 がらんどうの顔面に拳を叩き込む。


「痛ッ!」


 素手で骨を殴れば、痛い。

 あたりまえだ。

 でも、痛くない。

 何故か、右手人差し指だけ痛くない。


 指輪だ!


 指輪をした部分だけが、骸骨の骨を砕いていた。


「よっし!」


 なら、腕輪だ! 腕輪の方がデカい!

 腕輪をメリケンサックみたいに、こう!

 で、殴る!


 ――ガァン!


 金属と骨の澄んだ音。


 ――ガァン! ガァン! ガァン!


 どれぐらい殴ったか、気が付けばスケルトンはピクリとも動かなくなっていた。


「よしゃーっ!」


 倒したぞ! で、待望の剣!

 転がっていた剣を拾おうと手を伸ばす。


 俺は秘かに、緊張。

 コレが敵の武器は拾えないタイプのゲームなら早々に詰んでしまう。


 でも、そんな事は無かった。長剣はひょいと持ち上がる。


 どんぐらい強いのかな?

 全然、わからん。


 その時、俺に奇妙な閃き。


 そうだ、デスゲームアプリにARボタンがあったハズ。


 スマホを取り出し、画面の右下、カメラのマークをタップする。


 スマホ越しに、遺跡の床を見る。


 現実を拡張するように、画面には白い四角が二つ映った。


 四角をタップすると、それぞれに簡素な説明。


≪スケルトン≫

 Lv1

 機能停止


≪錆びた鉄の長剣≫

 ATK +3




 ステータスが、出た。


「いや、ゲームかよ」


 なんか、すっかりゲーム脳で戦ってしまったが、こうもハッキリ突き付けられると我に返る。


「いや、マジかよ。絶対に死ぬじゃん」



 ここはゲームだ。

 ゲームみたいなルールの世界。


 はたして神のイタズラか、はたまた金持ちの道楽か。


 どっちにしろ、デスゲームって言うからには殺し合いをさせる気だ。

 そのために、死にたい奴を集めたのだろう。


 ここは、死にたい奴の場所なのだ。


 俺は、遊び半分で、デスゲームに飛び込んでしまった。


 では報酬は? 金銀財宝? この金の腕輪もそのひとつ?


「何だよソレ」


 金は重量がある。欲をかいて両手一杯に溜め込んだらスグに死ぬ。人生逆転ってだけの金となれば身動きすら取れない。


 主催者は、そんなヤツらをゲラゲラ笑いながら観察しているのだろうか?


 だが、俺は身の丈を知っている。

 金塊なんて、まともに持ち帰れるとは思えない。


 なにより、俺は借金も無いし、ただの学生だ。

 財宝で人生一発逆転を考えなきゃ行けない立場では無い。

 リターンは精々が数百万。リスクは死。

 俺にとって、ワリが合わないゲームだ。


 俺、なんで参加してんの?


「だってデスゲームがスマホでエントリーとは思わないじゃん……」


 俺は滅茶苦茶に後悔した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 武器の次は、防具が欲しい。

 幸い、部屋にはまだ探索する場所がある。


 壺だ。

 防具だって出るかもしれない。


 長剣を振り回し、次々と破壊する。しかし結局、防具など入っていなかった。代わりに見つけたのは……


「回復薬? コレが?」


 香水みたいな小瓶に、青色の水が入っている。

 ARに翳す。


≪回復薬≫

 飲めば生命力を小回復。

 振りかければ怪我、出血状態を癒やす。


 と来た。


 ゲームらしい回復アイテム。

 慌ててポケットに突っ込む。

 ホントかよ?


 振りかけるだけで怪我が治る??


 こんなモンが有るなら……持って帰れば幾らになる?

 金銀財宝なんてメじゃない。

 スポーツ選手なら何億円も出すだろう。


 しかし、一本じゃ弱い。誰にも信じて貰えない。

 一本目で実演。二本目を販売だ。


 もし二本目を見つけたら大もうけ出来るぞ!


 いや、待て、それ以前に

 死ぬような怪我をしたら使う一択だ。


 デスゲームだぞ? 殺し合いだぞ?

 怪我なんてしたら、終わりだ。


 この小瓶には命が掛かっている。


 タチの悪い保険のようだ。

 思わずニンマリと口の端を吊り上げた。


「あぶねっ」


 油断した! 顔面目掛けてコウモリが突っ込んで来やがった。

 きっとコイツもモンスター。


 スマホで鑑定する余裕もなく、剣を振り抜く。


 ――ピィ


 鳴き声と共に、地面に落ちた。

 スマホで確認。


≪吸血コウモリ≫

 Lv1

 血を好む小型のコウモリ。


≪ルビー 極小≫

 赤く輝く宝石。換金アイテム。


「ルビー?」


 コウモリは小さなルビーを咥えていた。


 換金アイテム? 宝石なら金よりも重量辺りの価値は上か? いや、現代では人工ルビーもある。こんな小さいなら宝石の価値なんて殆ど無いはずだ。


 中世が舞台のゲームなら、現代と物の価値が違うコトだってある。


 いや待て、そもそもだ。


 帰れる保証なんてドコにも無いのだ。

 ただ拉致られただけであのアプリとこの場所がまるで無関係って可能性すら……


 いや、ソレは無い。

 このダンジョンはもろにアプリと連動している。


 ステータスが映るARカメラ。なによりダンジョンの地図が見られる。


 地図を確認すると、この部屋の出口はひとつ。俺がワープしてきた部屋はグレーアウトされていた。二度と入れないって事だろう。


 時間は残り12分。

 そろそろ次の部屋に行くべきだ。


 と、目についたのは部屋の隅に落ちている革のバッグ。


 拾い上げれば、革のウエストポーチだ。


 ジャージに似合わない革のポーチ。だがダサいなんて言ってる場合じゃない。手早く腰に巻くと、回復薬とひしゃげた金の腕輪を突っ込んだ。


「よっし」


 スマホの地図を見ると、扉の先は細長い通路。

 何が出るかは解らない。


 俺はゴクリとツバを飲み込む。

 中世っぽい木製の扉をそっと押した。


「…………」


 扉。動かないんだけど???

 出口はココだけ。

 閉じ込められた!


「助けッ! 助けて!」


 ガンガンと扉を叩く。


 ドアノッカーを思いきり叩き付けるが、金属の固い音しか……


 ドアノッカー??


 金属の輪っか。

 そっと引っ張る。


 サビサビの蝶番から悲鳴みたいな音がして、扉が開いた。

 内開きだった。


「…………」


 そりゃね、海外だし?

 外開きなら簡単に閉じ込められてしまうもんね。当たり前だね。


「暗いな……」


 恥ずかしさを独り言で誤魔化す。


 覗き込んだ先の通路は薄暗い。

 こうなると、さっきの部屋の壁に並んでいた松明が恋しい。

 ガッチリ固定されていたが、ひとつぐらい取り外せる松明が無いモノか? いっそ、剣で切るか?


 ムリだ、錆びた剣で木工作業をしている暇は無い。これがゲームの世界なら、取り外せるように出来ていないだろう。


 ドアの向こうはキツイ下り坂、コケないようにゆっくりと進む。

 ある程度降りたトコロで地面は平らに。


「地下って事か?」


 スマホで見ると、マップがB1F表示になっている。

 つまり、このダンジョンは立体構造。かなり複雑だ。


 手探りで進むとカビっぽさが強くなった。


「参ったね」


 薄暗さも増している。

 通路の先が見通せない。

 足を踏み出すのが恐い。


 すると、前方からトトトと人影が駆け下りて来た。


 ……正直、滅茶苦茶ビビった。

 無理矢理悲鳴を飲み込む。


 ……だが。

 これが本当にデスゲームならどうだ?


 恐怖に呑まれたら負けだ。平静を装え。

 いちいちビビるな。

 死んでも良いってのは真っ赤な嘘か?


 散歩に来たみたいな気軽さで。


「おーい」


 フレンドリーに声を掛けてみる。

 それにしても、小さい。まさか子供か?


 ――ギ? ギギャー!


 いや、ゴブリンだ。


 俺は天井の高さを確かめるように、ゆっくりと鉄の剣を振り上げる。脳天カチ割ってやる。


 ペタペタと素足で走ってくるゴブリンは小学生ぐらいのサイズ。


 歪んだ豚みたいな醜悪な顔だが、人型と言えば人型。

 なによりスケルトンと違ってちゃんと生きている相手だ。


 でも、斬る。


「ブベッ」


 豚みたいな声が出た。



 俺の、口から!



 鉄の剣を叩き込もうと踏み込んだ先、顔面を突っつかれた。


 ――ギギッ


 コイツ、素手じゃない! 暗闇のなか黒っぽい棒を持っていた。


「こなくそ!」

 ――ギッ?


 タネが解ればなんて事ない。棒を引っぱり体を泳がせる。


「オラァ!」


 前のめりになった顔面を思い切り蹴飛ばした。


 ――ギィッ!


 ひっくり返ったゴブリンの胸目掛け、全体重を乗せて長剣を突き刺す。


 ――ギャッ? ギャァァァ!


 手足をバタつかせ、断末魔を残し、ゴブリンは死んだ。血が流れ、だらんと舌が出る。

 光を残し、消える。なーんてファンタジーなコトはないらしい。


 スマホを取り出し、カメラを起動する。


「マジか」


 画面が明るい。暗視機能まであるのか!

 ……いや、コレは元々のスマホの機能だっけ?


 まぁいいや、


≪ゴブリン≫

 Lv1 死亡


≪たいまつ≫

 暗闇を照らし、視界を確保する。


「松明??」


 さっきの棒か? 良く見れば先端に布が巻いてある。

 俺は棒を拾って慌てて来た道を取って返した。


 壁の松明から火を拝借するためだ。


「やったぜ」


 持ち帰った松明で通路を照らす。


 通路の全貌が見えてきた。


 思った通り、通路は立体構造な上、アチコチ分岐している。

 マップを見る感じ、多くの部屋がこのような地下通路で繋がっているっぽい。


 中でも気になるのは、ゴブリンが降りてきた先の通路。


 坂道を上がると、そこには扉。

 扉には、ゴブリンが引っ掻いた跡が無数に残っていた。


「やっぱりな」


 なんとなく、おかしいと思っていた。

 暗い通路で消えた松明を手に歩いてるのがまずおかしい。たった一匹で、俺が声を掛けても仲間を呼ぶでもなく一目散に突っ込んで来た。


 通路の巡回モンスターって感じじゃないのだ。


 ちょうど、アレだ、ゲームで良く見る一度感知すると真っ直ぐ追いかけてくるが、ある程度距離が離れたり、時間が経過すると突然やる気を失って元の場所に帰ろうとする雑魚敵みたいだったのだ。


 きっと、あのゴブリンは逃げる誰かを追いかけてこの部屋の前まで来たのだ。

 で、開けようと引っ掻いたけど開けられず、諦めた。そんな所だ。


 だとしたら、この扉の先に人間が居る。


 人間が居るって事は?


 忘れちゃいない。これはデスゲーム。


 殺し合いが始まる。

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