スマホで簡単エントリー、最短5分でデスゲーム
ぎむねま
第1話 とにかくエントリー
「めんどくせー、息をするのもめんどくせー」
何もかも、かったるい。
ベッドの上で寝そべりながらスマホを眺める。
「はぁ……」
なんか楽しい事ないかなとスマホをイジる時間。あまりにも不毛。
やるべき事は山積みなのに、やる気が一切湧いてこない。
「誰でもいい、俺を殺してくれー」
死ぬのもめんどい。
「……いや、誰でもじゃあないな」
独り言をサイレントナーフ。
どうせ殺されるなら可愛い女の子に殺されたい。
木之瀬さんにお願いしたいね。隣のクラスの女の子。
ショートカットで元気一杯。透明感のある美少女だ。
最近は元気がないけれど、思い詰めた顔すら可愛い。
どうせなら彼女に殺されたい。
痴情のもつれから「篠崎くんが悪いんだよ?」とか言いながら殺して欲しい。
「まぁ、もつれる痴情もないのだが」
ぶっちゃけ話した事すら無い。
俺の名前を知っているかも怪しいもんだ。
「はぁ……死んだ方が良いなマジで」
好きな女の子とエッチしたいでもなく、殺して欲しいってんだから終わってる。
だって、俺となんて木之瀬さんが可哀想じゃん? でも、殺して貰うだけならワンチャンあるだろ。
木之瀬さん優しいし、突然デスゲームが始まったら土下座で頼めば殺してくれそう。
告白してお付き合いなんて考えられない。
俺って人間は、それぐらい甘酸っぱい青春に向いてない。想像するだけでも面倒。
いっそ殺してくれー。
と、動画をポチポチ見ていた時だ。
とんでもない広告が見つかった。
『スマホで簡単エントリー、最短5分でデスゲーム』
何だよコレ。
吹いちゃったよ。どうにも負けた気分。
「やってやるか」
謳い文句に免じて謎のアプリをインストール。
怪しいアプリだからちょっと勇気が必要だ。ウィルスチェックは入念に。
まぁ、それでもインストールしないって手は無い。
コイツは絶好の暇つぶし。
実のところ、初めっからコレが狙い。
コイツを見つける為にぼんやりスマホを弄っていた。
怪しいデスゲームアプリ。
最近、ウチの学校はコイツの話題で持ちきりなのよ。
死にてーって気持ちでスマホを触ってると、デスゲームへ誘う広告が出るんだと。
そんな感じの都市伝説。
たかが都市伝説と笑ってられない。
最近、市内で行方不明者が続出している。
原因がこのデスゲームアプリだと、もっぱら噂であったのだ。
「怪しいアプリは絶対にインストールしないで下さい、犯罪に巻き込まれる可能性があります」って回覧板で回ってくるレベル。
学校とか町内会でもやたらと注意喚起してくる。
ココまで来ると、馬鹿に出来ない。
試しに『死にてー』って気持ちでポチポチ検索してみたら、堂々と広告に出て来やがったってワケ。
審査はどうなってるんだよマジで。
アレか? 大手すら騙す闇の組織だったり?
「まぁ、マジでデスゲームが始まるとは思ってないけどさ」
そりゃそうだ。
コイツの正体は俗に言う『自殺ゲーム』って呼ばれるシロモノ。死にたいヤツらを誘導するのがこの手のゲームの正体だ。
聞きかじった話だがこのアプリは次々とミッションを出すらしい。
『水を300ml一気飲みしろ』みたいな簡単な所から始まって『イタズラ書きをしろ!』『万引きしろ!』とかを経て、最後には『ビルの6階から飛び降りろ!』と、そんな無茶なミッションで人を殺す。
似たような話。聞いたことあるだろ?
一昔前、青い鯨って自殺扇動ゲームが海外SNSで流行ったが、コレはそのアプリ版ってワケだ。
でも、それだけなら誰得アプリで済む。クソ悪趣味なイタズラだ。
死んだ奴の家族は堪ったモンじゃないけどな。
だが、そんなもんをワザワザ広告を出してまでアプリにするか?
するワケが無い。
じゃあ、何が狙いか?
それがこの都市伝説のキモの部分に違いない。きっと本当の狙いは自殺させる事じゃない。
本当の狙いはこのアプリで『死ねなかった奴』。
つまり、ビビって死なず、ミッションを守れなかった奴の末路。
そっちの方が重要なんだ。
コイツらは、罰ゲームと称してデスゲーム会場に拉致されて、モンスターと戦わされるハメになるんだと。恐らく、それこそがこのアプリのキモ。
こっからは完全に予想だが……
たぶん、アレだ。
モンスターってのは人間だ。
半グレのヤバい奴。
ミッション未達成の弱みにつけ込んで、闇バイトとかに引き摺り込むに違いない。
ガチで死にたい奴は無鉄砲で支配し難い。そういう奴らはとっとと殺す。
組織にとって扱い易いのは、死にたいのに死ねなくて、気が弱くて、自己嫌悪しがちな奴だ。
そういう奴を選定して、都合の良い奴隷にするためのアプリ。
なにせ自殺したがってる奴が突然に居なくなっても問題になりにくい。樹海にでも行って一人で死んでるんじゃないかと捜索もロクに行われない。
そう考えると、犯罪のコマを集める方法として良く出来ている。
コレで人を集めて、闇バイトと称して金持ってそうな民家に強盗に向かわせるなり、海外に拉致って電話でオレオレ詐欺でもさせるって寸法だ。
デスゲームってのも、まるっきり嘘でもない。
拉致られて強盗を強要されたら、それこそデスゲームみたいなモンだろう?
ま、俺はハナからミッションなんてこなすつもりが無い。
こう言うのはガン無視してりゃ、大抵の場合は何も起こらないんだよ。
変に個人情報を垂れ流したり弱みを見せなきゃ害はない。
ただ、暇つぶしには絶好だ。
……気怠い日曜の午後、ちょうど刺激に餓えていた。
死にたい、ってのも半分ぐらいホント。
木之瀬さんが殺してくれるって言うなら、マジでお願いしたい程度には死にたい。
なんか楽しい事ないかなとスマホをポチポチするだけの時間はあまりにも不毛。
俺の人生ずっとこんな調子じゃないかと思ってしまう。
リスクは承知の上。
万が一、死んだらソレまでよ。
だからベッドに寝そべりながら、軽ーい気持ちでエントリーボタンをタップ。
「さぁて、最初のミッションはどんなかな?」
噂通りなら、まずは1km走れとかだろうか?
GPSの許可もしたから、向こうサンも楽々確認できるだろうしな。
しかし、本当に走るか? 怠いなぁ
でも、最初ぐらいはこなさないと面白くないかね?
そんな事を考えてたら、スマホ画面に出たのは、コレだ。
『エントリー完了。あと5分でデスゲームを開始します』
「早くね??」
ガチの5分でデスゲームを始める奴があるかよ!
情緒、無し!
乱暴で笑うわ。
「4:45」
スマホのタイマーはどんどん刻まれていく。
なんか、思ってたのと違う。
アレ? これヤバくない?
だって、こんなんなら、誰も闇バイトになんて参加しないだろう。
やーさんみたいな人がGPS情報を辿っていきなり家に凸って来るのだろうか?
……だったらとっくに大問題になっている。
気弱で従順な奴を選定するもんだと思っていた。
あまりにも、不気味。
俺はスマホをポケットにねじ込むと、ベッドに寝転んで敵の狙いを考えた。
このアプリの作者は何がしたいんだ? 広告費だって馬鹿にならないだろうに。こんな雑にデスゲームと言われたって誰も信じない。
いや、デスゲームとして自殺ゲームが始まるのだろうか?
でも、簡単なミッションから始まるんだろ?
「デスゲームを開始しました。1km走ってください」とか笑い話にもなりゃしない。その時点で白けてしまうに違いないのだ。コレもナシ。
ポケットのスマホを取り出すと、もう残り10秒。
さぁて、何が出ますやら……
0:05
0:04
0:03
0:02
0:01
0:00
「ファッ???」
停電??
真っ暗だ、何も見えない。
これがデスゲーム???
いや、停電だろう。
しかし完璧なタイミング。なんてミラクル! 思わず笑っ……
……いや、違う!
空気が、かび臭い。
いまの一瞬で、ウレタンのベッドはゴツゴツの石に変わってしまった。
震える手でそっと、スマホのライトを付ける。
「!?」
俺の部屋じゃない!!!
石の中だ!
石の中に閉じ込められている!
圧倒的な閉塞感。
完全に、パニック。
スマホのライトだけが頼り。
暗闇に、引き攣った呼吸音が反響する。
何も無い。
見渡す限りの石。
石に囲まれた小さな部屋。
そっと指でなぞると、ざらざらしている。
スマホライトで足元を照らす。
……狭い。
人が一人寝転ぶだけの空間。
滅茶苦茶に狭い!
閉所恐怖症ではないが、こんな所に突如押し込められれば、おかしくもなる。
「ぐおー」
助けを求めて、足で天井を蹴り跳ばした。
ガンガン蹴って、助けを呼ぶつもりだった。
ズルッ
すると、天井がズレた。
とたんに隙間から差し込む、か細い光。
「え?」
まさかと思い、足で天井をズラしていく。
これ石の蓋だ! 動くぞ!
そうしてすっかり蓋をずらすと、固いベッドからゆっくりと身を起こす。
「マジ?」
そこは、俺の部屋じゃなかった。
石造りの部屋。
まるで遺跡みたいな場所なのだ。
光っていたのは壁。部屋全体がうっすらと光を放っている。
「なに? 何? なんでよ?」
スマホをポケットに仕舞い。ベッドから飛び起きた。
飛び起きようとした。
「うわっ」
躓いた。ベッドの縁。
そのままゴロゴロと転がる。
ガシャーン! と甲高い、破砕音。
何かが割れた。
「グベッ」
ひっくり返り、天地が逆さまになった目に映ったのは小さな祭壇。そして、奉られた石棺だ。
石棺だ。ベッドじゃない。
俺は、あそこから這い出したのか?
石棺に詰め込まれ、謎の遺跡に運ばれた? あの一瞬で??
どんな魔法だ!
よろよろと身を起こす。どうやら俺は転がって壺にぶつかったらしい。地面には陶器の破片。そして……
「指輪?」
金の指輪。オモチャじゃない。
マジで金の指輪だ。ずっしりと重い。ちょっとしたお宝だ。
ゴクリと喉を鳴らし、並ぶ壺たちを見つめる。
これら全部に金の指輪が?
「おらぁ!」
次々と壺をひっくり返し、叩き割る。
普通なら、壺を割って中からアイテムを拝借なんてマネ。出来やしない。
だが、まるで白昼夢。ゲームのような遺跡の中、狂った現実感がそうさせた。
壺を全て割った。
結局、ほとんど空っぽ、だけど。
「うひょー」
最後にデカい金の腕輪が出たぁ!
こんなん数百万はするだろ! 俺の人生、上向いてキター!
「……ンな訳ねぇだろ」
高過ぎるモノが出て、急に冷静になる。
いや、おかしいだろ……意味解らねぇ。
コレ、ガチじゃん。
ガチのデスゲームじゃん。
お宝が転がる遺跡にぶっ込まれて、脱出を目指して殺し合いって奴じゃん。
死ぬじゃん! マジで。
そういえば!!
スマホは無事か? 壊れてたらシャレにならない。
「良かった!」
画面は割れていない。
でも、電波はナシ。
Wi-FiもGPSも死んでる。
なのに、デスゲームアプリだけは元気に動いてる。
そこに記された表示は??
地図? それに、時間?
19:45
19:44
刻々と減る時間。
なるほど、時間制限付き。
「マジかー」
これぞ混じりっけナシのデスゲーム。
時間内に脱出しろってか?
部屋着にサンダルでどーしろってんだよ。
デスゲームの導入にはもっと情緒があるべき。
スマホをタップしたら遺跡にワープさせられてゲーム開始はお手軽過ぎんよ。
覚悟が決まってねーからよ。
始まって20分で死ぬってセミより酷い。
いや待て、あまりにも悲観し過ぎじゃないか?
別に20分後に死ぬと決まったワケじゃない。
20分後にドッキリ大成功!って看板持った美女がワンサカ湧いても不思議じゃない。
不思議に決まってんだろ!
じゃあ、この20分耐えれば良い?
あり得ない! デスゲームだぞ? 動き出さないと!
なのに、武器も無いのがヤバい!
血で血を洗うバトルロイヤルなら勝ち目がない。
完全に初動ミス。
壺をひっくり返してお宝を集めている場合じゃ無かった。
「武器、武器は?」
なんなら棒でもいい。振り回せれば十分。
ここには何もない。祭壇と壺だけの小部屋。
立て籠もっても不利になるだけ。
簡素な木製の扉を蹴飛ばして、武器を求めて飛び出した。
「うっ」
眩しいほど、明るい。
飛び込んだ次の部屋。ずいぶんと大きい。壁に並んだ松明がメラメラと燃えている。
絶好の武器だと取り外そうとして、ダメ。
松明はガッチリ固定されている。
松明が燃えていると言う事は、人の手が入っているのか?
ココに来て、まだ俺には遠慮があった。
記憶喪失? 異世界召喚? 様々な可能性が頭の中をグルグルと巡って、さっき割った壺の心配をする始末。
「誰かー! 誰か居ますかー」
とにかく叫んでみる。
しかし、人の気配は無い。生活感が無い。
「あっ!」
人は居ないが、待望の武器が落ちていた。
しかもおあつらえ向き、ファンタジーな長剣。
「なんまんだぶ」
長剣は倒れ伏した骸骨の手に握られていた。人体標本みたいな綺麗なやつ。
ホトケさんには悪いが、コイツは頂きだ。
「ふぇっ?」
お悔やみ申しあげながら、飛びついた俺の手は空振った。
たたらを踏んで、地面を転がる。
目の前で長剣が消えてしまった。
……いや、ある。
そこに、在る!
浮いている。
剣がひとりでに。
その光景を、土下座の体勢でポカンと見上げる。
目の前で、長剣があるべき場所に収まった。
カタカタと音を立てて組み上がる、骸骨の手の中。
「マジ?」
死体じゃ無かった。
コイツはいわゆるスケルトン!!
ファンタジー・オブ・ファンタジー。
いやー、まさか噂のデスゲーム会場がダンジョンとは参ったね。
……何がダンジョンだ! んなモンある訳ねえだろ!
いやいやいや。
実際、あるんだから仕方ねぇだろうが!
混乱する俺の目の前で、スケルトンが動いた。
重さに振り回されるように、大きく振りかぶった長剣。
振りかぶった、長剣?
そのまま振り下ろされる!
「あぶし!」
後ろに転がって、避けた。
カァンと石床を叩く音。
死を運ぶ冷たい金属の色。
「ひぇっ」
慌てて立ち上がり、もつれる足を回して逃げる。
どこに?
さっきの部屋だ。
あの小部屋に一度引っ込む。
「なんで?」
でも、扉が開かない!!
そうだ、この手のダンジョンでは、スポーンした小部屋から出ると二度と入れないってのはままある。
コレがそういうタイプのゲームだったと言う事だ。
ゲーム? コレが?
馬鹿らしい思考だ。
いままでの人生の常識よりも、ゲームの知識に頼っている。
でも、ソレが良かった。
逃げ場が無い。
そう飲み込めたのが、却って良かった。
「や、やってやる! どうせ死にたいぐらい退屈してたんだ!」
壁を背にして、構える。
カタカタと骸骨が迫っていた。
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