第47話 関所(3)

 ローザリッタとヴィオラは橋のたもとでリリアムが戻ってくるのを所在なさげに待っていた。


 別れてから、そろそろ四半時三十分

 リリアムはおろか、同行を約束したタロスと傭兵たちもまだ彼女たちと合流していなかった。本当に自分たちの処遇が特例だったのだと痛感し、ローザリッタの口から無意識にため息が出るが、吠えたけるような川鳴りがそれをかき消す。


「お待たせ!」


 しばらくして、リリアムが城門を抜けて二人のところへ駆け足でやって来た。さらりと揺れる二つくくりの銀髪に、ローザリッタはほっとした。


「思いのほか、早かったですね」

「そうね。私も意外だったわ。ローザのお陰かもね」


 乱れた銀髪を手で整えながら、リリアムは微笑んだ。


「わたしの?」

「いつもだったらこんなに手短に終わるはずないし、女の関所越えともなればなおのこと。伯爵令嬢の連れだってことで、いろいろ忖度そんたくしてくれたのかもしれないわね」

「女の関所越えって……関所を越えるのに男も女も関係ないでしょう?」

「関係あるのよ、それが」


 嫌なことを思い出したように顔をしかめながら、リリアムが手をひらひらさせる。


「男の関所越えなんて、法的な手続きをきちんと守っていればなんてことないのよ。女の場合はそれに加えて、嫌がらせかっていうほど更に細かい取り調べがあるの」


 当世において、女性の旅行者は多数派とは言えない。かつてのローザリッタがそうであったように、女は家庭に留まることを期待される社会的風潮があるからだ。まだまだ文明が発展途上であるこの時代において、子を産み、育て、次世代の労働力を賄うのは女の務め。先述した理由も相まって、領外へ易々やすやすと出られては困る――というのが為政者の本音だ。


 そのため、女の旅行者には、男の旅行者よりもさらに厳しい条件が定められている。


 通行許可証などはその最たるもので、男性の場合は氏名や家族構成、出身地、旅行期間、許可を出した行政都市とその責任者などが記されているだけだったが、女性の場合はさらに事細かに個人情報を記載しなければならなかった。


 具体的には身長や体重。おおまかな体型。毛髪の色や長さ。妊娠・出産の有無。発行元によっては背中の黒子の数さえも記載しなければならないものもあり、検問時にそれらと相違があると判断されれば、関を越えることは許されない。


「あと、やたらと待たされるわ。行列ができれば男性が優先的に受け付けられるし、女の職員が不在の場合はその人が戻ってくるまで待たないといけない。運が悪ければ数日かかる時もある。まあ、これに関しては騎士団の構成員が基本的に男性だからしょうがない部分はあるけど……意地の悪いところだと、女性職員は雇用していないって言い張って、男の騎士に無理やり検査させるところもあるっていうわ。拒否すれば関所は越えられないから、犬に噛まれたと思って諦めるか、さもなければ別の関所へ向かうか……いずれにしても理不尽な話よね」



 リリアムの言葉に、ローザリッタは驚きを隠せない。


「信じられません。王国騎士ともあろうものが、そんな横暴を働くなんて……」

「人が集まれば、清らかではいられないのが組織というものよ。まあ、それだけ女の旅は、ただ女であるだけで理不尽に見舞われるって話。ローザのお父上が渋るのも納得でしょ?」


 リリアムが肩をすくめる。外の世界が危険なのは、野盗の襲撃や肉食獣の猛威ばかりではない。女の身だからこそ降りかかる理不尽もある。月のものによる足止めも含め、女の旅は過酷なものなのだと改めて思い知った気分だ。


「……リリアムも、そんな酷い仕打ちを受けたんですか?」

「幸運なことに、私はまだよ。ローザと一緒なら、これからも関所越えは楽になるでしょうね。助かるわ」

「あはは……」


 ローザリッタは複雑な心境を隠すように曖昧に笑った。リリアムの役に立てるのなら悪い気はしないが、それはあくまで彼女の立場や地位によるもの。決して、彼女自身の力ではない。


 リリアムはローザリッタの権力を当てにして友誼を結んだわけではないだろう。彼女はそんな人間ではないし、今の言葉も皮肉ではなく軽口なのは理解できる。


 とはいえ、事実として、今の自分がリリアムに何を返せているというのだろうか。旅への同行を許し、多様な知見を授け、戦いにも共闘してくれる優しい友人に、生まれ持ったものでしか貢献できていない現状に、ローザリッタにはたまらない悔しさを覚えた。


 そうこうしているうちに、商人用の門から馬車が顔を出した。タロスたちも無事に通過できたようだ。


「おや、お早いですね」


 御者台のタロスが意外そうに目を開いた。


「そっちも、おとがめはなかったようね」

「これでも清らかな行商で通っていますので」


 リリアムの軽口に、タロスも軽やかに返す。


「ところで、向かいの宿場町には寄っていきますか?」

「一回野宿を挟めば、翌日には〈アコース〉まで届くでしょう。こっちとしては速度優先で行きたいわね」

「わかりました。皆も、それで構いませんね?」


 随伴する傭兵たちも頷いた。


「――それでは改めて、出発しましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新約・少女剣聖伝 ~天才剣士の伯爵令嬢は辺境の地で最強を目指す!~ 白武士道 @shiratakeshidou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ