知りたくないその嗜好10
「このわたくしを足蹴にしてくれましたのよ!? あんな軟弱な鳥類、本気を出せば消し炭も残らぬほどの焼き鳥にしてやれますのに!」
「でも、倒れてたからってキジに襲われる?」
「俺はそんな経験ねーな」
可愛い萌え声でわんわん嘆くマルゴさんに気圧され、隣の公平に問えば当然の答えが返されました。私だって生まれてこのかたありませんよ。
「マルゴは鳥類と相性悪いからね」
「ああ。それはもう壊滅的に」
「え、ちょっと意味がわからない」
勇者と騎士から聞いたことのない文章が聞こえましたよ!? 鳥類との相性ってなに。
「彼女は昔からなぜか鳥に嫌われてしまう性質なんだ」
「鳥の魔物に一人だけ集中攻撃受けてたのは面白かったよね。マルゴは特技に『鳥に襲われることです』って書けるよ」
「あなたたちはまた人ごとだと思って!」
妹カップルの会話でマルゴさんが余計にヒートアップです。どうしましょう、なんだか話が脱線してきたなあ。
「ええと、とりあえず……まずその転移っていうのは、沙代がそちらの世界に行ったように、違う世界へ行くっていうことですよね? それが魔術っていうやつなの……かな?」
よくわからないファンタジー要素はとりあえず魔術ってやつなんだろう。
私の予想はビンゴだったようで。マルゴさんが「そうですのよ!」と得意気に頷きました。
「サヨを召喚したときは、わたくしを含めた著名な魔術師数人がかりで呼び寄せたのですけれど、今回は急を要すると思いましてわたくし一人の力で。わたくし、一人のみの魔力で、こちらまで転移して、まいりましたのよ!」
「何度も言うけど、それは召喚っていうかただの拉致だから。立派な女子高生拉致事件だから」
無駄に言葉を区切って力説しながら、マルゴさんはズイッと座卓に上半身を乗り上げる。沙代の横やりはもはや慣れたものなのでしょうね。完全に流してます。その勢いはまさに「どうだ」と言わんばかりなのですが、えーと。
「……それって凄いことなの?」
「基準がわかんねーや。野球で例えてくんねぇ?」
「なんですってえええぇぇっ!?」
「ひいっ、なんかすみません!」
キイーッと目を吊り上げたマルゴさんに睨まれた! でも本当にごめんなさいこっちには魔術なんてものがないので致し方ないと思うのですはい!
「野球で例えるなら、一人で守備を全部こなすくらいのことかな」
沙代から助け船に目を剥いたのは公平です。
「……マジかよ! 無理だろそんなもん!」
「それくらいの荒業をこなして、マルゴはここに来たってこと」
「これでも彼女は恥ずかしながら我が国一の魔術師だ」
「マルゴさんすげええぇぇ!」
「ですからそう言ってますわ! もっと褒めてよろしいのよおおぉっ!? そして先ほどからギルベルトはなんなの!? このわたくしに喧嘩をふっかけているのかしら!?」
彼女の凄さを野球で理解した公平が瞳を輝かせれば、当のマルゴさんは得意げに更にズズイッと身を乗り出します。そしてさり気なくギルベルトが連呼していた言葉は見逃していなかったようですね。気付いていたんですね。ですが、対する金髪の彼は呆れたように目を細める。
「何を言う。それで魔力を全て使い切り、力尽きた挙句兄上殿に助けられたのでは、ただただ情けないだけだ」
「ふざけないでいただきたいわ。一人で異世界転移を成し遂げたわたくしの功績をもっと称えなさ──」
「俺もさ、キジに襲われてる人とか初めて見たな。さすがに驚いた」
「ええ! 颯爽と現れたタカユキ様はそれはもう素敵でしたわ! こんなクソみたいな騎士とは雲泥の差ですもの!」
「なに!? クソ──っ!?」
殺意すらこもったような視線でギルベルトを射抜いたかと思うと、マルゴさんは一転して兄をベタ褒めです。やっぱりこれはどう見ても、瞳の中にハートが浮かんでいますよね。そしてその矢印が向かう先は間違いなく兄という。
「……どうしよう。マルゴさんのテンションについていけない」
「いい加減にしてほしいよね。この年中発情期が」
「年──!?」
ペッと吐き捨てるように呟かれた沙代の愚痴には、聞き返さずにいられません。
「今ちょっととんでもない単語が聞こえた気がしたんだけど」
「マルゴが年中発情期?」
「ごめんね言い直さなくていいです!」
幻聴かと思ったら現実だった! なぜ聞き返してしまったの私。おかげでほら、
「いつもこうなんだから。すぐ惚れたなんだと男追っかけ回すくせにその相手が総じてダメンズ。本っ当クズばっか」
沙代の不満に火が付いてしまいました。
しかし待ってほしい。その流れでいくと兄が、私の兄が。
「てことは、お、お兄ちゃんダメンズ?」
「そう思いたくないから余計に腹が立つんだって! よりによって兄ちゃんとか! やめてよマルゴなんなのあんた!」
ダメンズほいほいのマルゴさんが惚れたのが兄であるという事実に、戸惑いを隠せない私と憤る沙代。
だって、兄がダメンズとか勘弁してほしいですよ。そもそもそんなことはありません! うちの兄は高校から始めた柔道でインハイ優勝まで成し遂げた立派な武人であり、いつだって自身の肉体を強化することで頭がいっぱいなこれはもはや筋肉のことしか考えてないんじゃないかという筋肉バ──あれ? いややや、今まで女子の名前を口にするときよりも圧倒的に熱を込めて筋肉に呼びかけていた三度の飯は肉体のための単なる栄養摂取です的な硬派な筋肉バ──おおっとう!?
「例えサヨであろうともわたくしの想いを阻むことは許さないわ! ね、タカユキ様!」
「……え、はあ」
慄く私を他所に一層燃え上がるマルゴさん。と、そんな彼女の横で滑稽なほどの温度差を見せる兄。……お兄ちゃん、この状況よくわかってないっていうか、興味なさ過ぎて適当に相槌打ってる?
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