身代金フリー 

(アックマ)

1-1 はじめてのゆうかい


 この世界は何もかもが崩れ去り、

 綺麗な”物“なんて何も残っていない。


 世界はいつの間にか崩壊していた、

俺が生まれた頃にはもう、一度建っていた社会が崩れて、崩れたままの世界として建てられていた。


 俺は何をやってるんだ、毎日 こんな事をして、物を盗んで売って、その日銭で美味くもないレーションを食うだけの生活。


 側からこれだけを見れば、何の目標もない疲れ切った人生に見えるだろうが、

アレは違う。

そう思わせるような力ある目を、彼はしていた。



 ある豪華な洋館の敷地内、男は頭から黒いニット帽を深くをかぶって、屋敷の大扉から飛び出してきた。

 ジャラジャラと鳴る大きな袋から、ポロポロと色鮮やかな金品宝石を落としながらも、

もう一つ、死体のように動かない少女は落とさない為に、しっかりと首根っこを掴んでいた。

そうして広い庭道を走り、門の前に停めておいた黒色のバンに駆け込む。


バンッ

男が車の扉を荒々しく閉めると、車内の空気が遮断されたように、外の音が聞こえなくなる。


それに伴って、自分の心臓の鳴る音が耳元から聞こえる。

身体を流れている血流が指先に集まって、心臓の脈拍と共に指先が膨れ上がる感覚がある。


車がグラグラと、耳から鳴り響く音より小さく音を立てて揺れる。


 もどかしくて絡まりそうな指で手早く、それでも少女の身体を傷つけないよう、慎重に縄で縛り上げる。

短くも、長く感じた時間の終わりに、余った縄の端を切ると、後部座席から転がりこむ形で運転席に戻り、車のエンジンをかけた。


ハンドルを握ると少しだけ心が静まった。

「焦るな焦るな、はぁはぁ……ハー」


 男は深く被ったニット帽を少しだけあげて、何をしていなくても怒っている見える天然の吊り目に、小さく鋭い黒目を覗かせて少女を睨む。

「お前動くんじゃねーぞ、静かにしろ、殺しはしない、俺は身代金目当てだからな。」


シーン

「……本当に静かだな。」


 自分で命令したことだが、あまりに反応がなくて、もう一度背後を見ると、

 少女は抵抗をするでもなく、常に死んだ目で俺を見るだけだった。

思い返せば、誘拐する直前もそうだった。

何も無い一室で椅子に座って人形のように動かなかった、怯えたり驚いた素振りすら無い。混乱してんのかとも思ったが、コイツの表情からは何も読めそうにない。


仕方なく男は血走らせた目で、自分の車以外何も走って居ないボコボコに隆起した道路を睨んだ。

道の傾斜に合わせて大きく揺られるバンを走らせて気持ちが悪い数十分、屋敷から少し離れたところにある錆切れた廃工場、その壁に開いた大穴に、車のまま入る。


 草を踏み締め、劣化したガラスを軽々と踏み潰して車を停めた。


「ここなら大丈夫だ、どんな悲鳴あげても聞く奴はいない。」


1番近い住居も数キロは離れている辺境、人がいたような痕跡もこの近くには、コイツの屋敷ぐらいしか無い。


「まず気づくのか?コイツ以外誰も居なかったのに、あ〜色々考えたら、あの大きな屋敷にガキ一人、おかしい状況だろ!」


男は拳をハンドルに下ろして、外から見たバンが大地震の中のように前後に大きく揺れる。


「固定電話も出るわけねぇか、…気づくまで数日待つか?いやそんなことしてたら警察に特定される。」


イライラを抑えるために、指を曲げた関節部分を自身の鋭い犬歯で噛む。

俺はその癖が出る、気持ち悪い原因をもう一度見る。

白い服なのに純白の生地の端が少し黄ばんでいる。髪は綺麗な勝色、黒にも見える暗い藍色をしているが、なにか濡れているような異様なテカリがある。


そして垂れた髪から覗く、目をつむっている少女。


「誘拐されたってのに安心した顔しやがって

おい起きろ!……家族の電話番号ぐらいはわかるか?」

優しく肩を叩いて起こすと、少女はパチリと大きな目を開き、白眼との縁がないぼんやりとした淡い黒目が見える。


その目はキョトンと俺を見た。


「ああテープが邪魔か?」

口に貼られた肌色のテープを、少女の柔肌に傷をつけないようにゆっくり取る。


やっぱり面倒くさくなって、最後数センチは手荒に剥がす。


プルンッ

口紅が塗られてるんじゃないかと思うほど赤い血色のいい唇、形も…良い


 ここら一帯の愛玩用の奴隷商でも、一番上等な高値で売れそうなぐらい良い。そんな邪な目を向けても嫌悪感どころか、その目には何も無い。

まだこの少女の眼の中には、自分を見てくれて幸せとか感じてそうに、朧げに浮かんでいる、…まあ俺の勝手な妄想だ。

「ああもう良いなんかしゃべれ!お前は」


俺の目を見てはなそうとしない、


「喋らねぇのか、お前舐めてんのか?ああ?!」


しゃがみ込んでもわかる身長差、自分より大柄な威圧感のある男を、少女は上目遣いで見上げる。


「なんか喋れよ、悪い気持ちになってくるまあ誘拐犯だし悪いことは確かだけど。

お前は誰だ!そんぐらいはしゃべれんだろ。」


「ア..セビ...」

静かで消え入りそうな声でそう言った後、少女は頭に手を当てた。


「アセビ、アセビか…チッ、アセビお前の白い肌に整った骨格、黒めの髪だから分かりずれーが、…白人だな。」


コクリッ

少女は無言で細すぎる首を縦に振る。


「親もか?」

シーン

少女は固まり、辺りの野鳥の鳴き声と木々の波音が聞こえる、やはり人口の音は聞こえない。

「ああ!母親が白人か?」

コクリ

「父親も白人か?」

ブンブン


「じゃあハーフだな、……はぁーめんどくせぇの引いちまったか?しゃべんねぇしそれに...あの屋敷」


コイツのペースを待つ事ができなくて、問い正した俺は、頭を抱えて天井を見ようとした。


 剥がれた鉄板の穴から、すっかり空も暗くなり、汚い灰色の雲に汚染された空が見える、いつもと変わらない平凡な夜だ。


「チッ、もう寝るか風呂なんて入れないぞ。」


俺は、静かに寝具の準備をすると、1人取り残された車に鍵をかけて、眠ろうとした。


言い忘れた言葉をかける為に薄く窓をけて、

もう意味が無いことを知り諦めた。


 誘拐なんて、初めてのことによる疲れか、思いのほか早く寝れた、でも一つだけ気に食わないことがある。

 俺の意識が少しずつ薄れていき、気持ち良い感覚が足先から上がってきた、意識が暗闇に落ちる。その時すでに小さい寝息が聞こえていた事だ。

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