第十一話 先島諸島
中国本土からの弾道ミサイル攻撃により防空体制が機能不全に陥った先島諸島の窮地を救うため、南西諸島を管轄する陸上自衛隊の熊本駐屯地から追加の防空ミサイルシステムや弾薬、そして300名の普通科増派部隊と装備が送られることになった。その輸送任務にあたるのは、海上自衛隊のおおすみ型輸送艦である。
満載排水量14,000トンの積載能力を持つこの揚陸艦は、PAC-3対空ミサイルシステムを積んだ数十台の大型車両、そして海岸線への武装兵上陸も可能にする2基のエアクッション型揚陸艇LCACを搭載していた。また小型空母のような全通飛行甲板をもち、各種ヘリやオスプレイなどの航空機も発着可能である。だが近接対空防御用の20㎜高性能機関砲(CIWS)以外は、個艦そのものの戦闘能力は高くないため、すでに戦場と化した、沖縄以南海域での本格的な海上輸送となるこの危険な任務のため、護衛艦二隻が航行中の警護にあたることになった。
沖縄本島の那覇港に立ち寄って燃料や食料などを補給したのち南下を続けた輸送艦は、ミサイル発射装置の運搬車両や、増派の陸上自衛隊員とその装備を宮古、石垣両島に揚陸した後は、避難住民を九州に運ぶというミッションも帯びていた。民間人なら1,000人程度を収容することができると謳っているが、帰途には負傷兵や損傷を受けた機材などを修理のため積み込む必要があり、迅速な住民避難という観点から言えば甚だ疑問が残るところではあった。
現政権のこれまでの説明によれば、台湾有事の際には他国からの武力攻撃の前に民間の航空機やフェリーの増便などにより、先島諸島から旅行者も含めて約12万人を、最短12日間で避難させる図上訓練を行っている。だが、そもそも他国の攻撃に先んじて武力攻撃が予測される事態を政府がどのように認定するのか、その根拠すら具体的には示されていないし、もし日本がそのような行動に着手すれば、戦争のための事前準備ともとられかねないのだ。つまりこの避難計画の想定自体、絵に描いた餅と言わざるを得ない。
三隻が那覇港を出港して宮古海峡に差し掛かる頃、8,000mの上空からこの大型輸送艦をつけ狙う航空機の影があった。偵察と攻撃を一体的に行うことのできる中国の大型軍事ドローン翼竜Ⅲである。この無人機は、日本の海上保安庁や自衛隊が導入を決めた米国製の大型無人機MQ-9Bリーパーに対抗して開発されたとされ、これまで中国が保有してきた従来の機種に比べ、航続距離や電子装備の面で、性能が大幅に向上したと分析されている。
特にその滞空時間は40時間を超えるとされ、広大な範囲の海洋偵察のような任務にはもってこいである。軍事衛星とのデータリンクも可能とされ、相互に補完しあいながら目標を追尾することができるという。
この機種も含めた中国製無人機は、中東など海外への売り込みも活発で、イエメン内戦などでも実戦で使われたとされている。何しろ、バカ高いアメリカ製に比べて、圧倒的に安い導入費用がその理由であった。
中国は早い時期から無人機の開発に取り組み始めたとみられ、最初にプロトタイプの存在が確認されたのは、2004年の珠海エアーショーである。その後、改良に改良を重ね、今では米国製と比べても性能では引けを取らないと言われるほどのドローン大国となった。
一方で日本は、米国から大型無人機MQ-9Bを数機導入して試験的運用を始めたばかりであり、国産機の開発となるとまだ端緒にもついていない。昨年からのロシア侵攻に伴うウクライナの攻防で、ドローンが戦場の主役になっていることからも明らかなように、無人機なしで軍備の近代化など語れないのは、今や常識となっているにもかかわらず、である。
さらに日本の防衛品装備品の問題点に関していえば、ステルス戦闘機F-35やイージスシステム搭載護衛艦、各種ミサイルなど、正面装備に予算が偏っているように見える。東アジア地域における米軍の肩代わりに主眼が置かれている以上、アメリカ製の兵器購入が増えるのは必然ともいえるが、コストパフォーマンスの観点からはどうなのか。
一発何億円もする高価なミサイルなどよりも、安価に生産できるドローン兵器を数多く備えた方が、はるかに費用対効果が高い場面もあると考えられる。中国はその点、バランスよく着実に防衛力を向上させているように思えるのに対して、日本は、対GDP比を巡る議論で顕著なように、防衛予算を増やすことにのみ血道をあげて、実戦でそれらの高価な兵器をどう運用しようとしているのか、精緻な検討をしているとはとても思えない。自衛隊は前述したように、正面装備の拡充には熱心だが、消耗品である砲弾やミサイルの在庫は、決して十分とは言えず、慢性的な弾薬不足の問題を抱えているとも指摘されている。
日本を取り巻く安全保障環境の変化に対応するためには、今後5年間で43兆円に及ぶ防衛費の増大が必要であると言い始めたのは、つい最近になってからであるが、いかにも唐突感は否めない。恐らく米国の要請でGDP比防衛費を、現在の1%未満から、NATO加盟国並みの2%に増やすことを念頭に置いたものであろうが、その増額の根拠は、極めてあいまいなものに過ぎないのである。
無人機翼竜Ⅲからの情報で、おおすみ型輸送艦の正確な位置を特定した中国の作戦オペレーション・センターから、同船が宮古、石垣両島への軍事物資や人員の揚陸を行う前に攻撃を加える指令が下った。ロシアがウクライナへの都市攻撃で使ったイラン製シャヘドに外観がよく似た、30機に及ぶ自爆型ドローンが、台湾海峡を航行中の中国海軍強襲揚陸艦の甲板上に設置された多連装ランチャーから発射された。日本の輸送艦には二隻のミサイル護衛艦が随伴していることがわかっていたので、その防空ミサイル対策であった。
自爆型ドローン自体にも、目標追尾のためのシーカー・ヘッドが搭載されていたが、さらに各機がどの目標を攻撃するかの指示が、無人機同士のネットワーク機能を集約する高空の翼竜Ⅲ型から送られた。自爆型ドローンの狙いは二隻のはたかぜ型護衛艦であった。近づいてくるドローンに対して護衛艦に搭載されたミサイル・ランチャーからSM-1対空ミサイルが続けざまに発射され、十数機のカミカゼ・ドローンを撃ち落とした。
さらに5インチ単装連射砲や20㎜機関砲CIWSの火力で、10機程度の無人機を破壊した。しかし数機のドローンが、二隻の護衛艦の中央艦橋や後部ヘリ甲板に命中、その戦闘能力を奪った。護衛艦による防空支援を失った輸送艦を、台湾周辺海域を封鎖中の中国ミサイル駆逐艦から、3発同時に発射されたYJ-8A艦対艦ミサイルが襲った。弾頭には180kgの高性能爆薬が搭載されており、命中精度のみならず、破壊力も大きいミサイルである。
輸送船の至近距離まで迫った3発のうち1発を、唯一の対空火器、20㎜機関砲CIWSでなんとか撃墜したが、残り2発が輸送艦の喫水部分を直撃した。船体に格納してあった対空ミサイルの弾頭などが誘爆し、大火災を起こした。船体が真っ二つに引き裂かれ、15分後には船首と船尾を上にして、満載した積み荷もろとも海中に引き込まれていった。戦闘能力を失いながらもなんとか自力航行できた二隻の護衛艦が、救命ボートや救命具で波間に漂う乗員を救助したが、船内に閉じ込められた、大半の陸上自衛隊の増援部隊を救うことは叶わなかった。
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