因習村ダンジョン

藤原ゴンザレス

第1話

「パイセン。美海がいなくなった村ってこんな山奥なんすか?」


 サイドカーから俺が質問するとアメリカンバイクを運転する大男が答えた。


「ああ、聞いた話じゃ、この先に廃駅があって、その近くにある村らしい。って和也、さんざん調べただろが!」


 そうっすね。さんざん調べましたね。

 でも俺も不安なんすよ。

 流れていく景色。

 体に当たる風。

 すべてが心地よいはずなのに俺たちは心の底から焦っていた。

 市杵美海。

 俺たちの幼馴染みだ。

 彼女は高校の夏休み、集落に短期滞在してアピール動画を撮るはずだった。

 だが彼女はそこで姿を消した。

 警察が捜したが行方はわからなかった。


 サイドカーつきのアメリカンバイクが走っていた。

 俺と大男がそこに乗っている。

 アメリカンバイクを運転するのは革ジャンのいかつい顔をした大男。

 ガラの悪そうなグラサン。ガラの悪そうな顔。ガラの悪そうな筋肉。

 グレート大国。25歳。

 本名、大国友康。

 職業、悪役プロレスラー。

 ただし現在謹慎中。

 タレントと試合させられて開始早々ヘッドバットで相手の額をかち割りやがったからだ。

 本人はこの暴挙について「試合をおもしろくしてズッ友になろうと思った」と主張している。

 説明する俺にも理解できない。

 考えたら負けだ。

 しばらく干されるだろう。

 いやこのまま引退コースかも。

 他団体で拾ってくれるところを探している。


 もう一人は俺。

 多聞和也。

 東京の大学で法律を学んでいる。

 趣味は武術。

 とはいえ達人というわけではない。

 残念ながら才能には見放されてる。

 ま、美海やパイセンと比べれば凡人である。

 一般人のクソ眼鏡と憶えてもらえばいいだろう。


 美海に俺、それにグレート大国こと友康パイセンは同じ道場の仲間。

 少年クラスのときから同じ道場に通っている幼馴染みだ。

 道場でガキンチョの俺らの面倒を見たのが友康パイセンということである。

 俺やパイセンからしたら美海は妹同然。

 それに、ガキのころから知ってる美海のおばさんが憔悴するのを見てられなかった。

 警察がやる気ないなら俺たちで捜そう。

 そう思うのは人間の情として当然だろう。

 だから俺たちは美海を探すためにS県の山奥に来ていた。

 S県骨砕村。

 人口400人。

 昭和時代にニュータウンとして開発されたがバブル崩壊でマンションの建設も中止。

 大手不動産開発会社の団地が未完成で放置されている。

 実際は開発すらしてない原野商法。

 村の半分は木の伐採すらされてない原野のままだ。

 ニュータウンとして選ばれた原因となった私鉄の駅も平成になって廃止に。

 放置された学校、放置された公園。

 廃墟になったスーパーマーケット。

 入れ物だけ作った無人の商店街。

 川の側に作られたホテルの残骸は絶好の心霊スポットになっている。

 運さえあれば村から市になることだって可能だったはず。

 だが、いまやゴーストタウン。

 誰もいないという意味で。

 なにもかもなくした絶望村。

 住民の多くはバブルのときに移住した高齢者。

 建物もインフラも限界を超えて運用されている状態だ。

 そこに救いの手を差し伸べたのは県庁である。

 学生を使って村をアピールする事業を立ち上げた。

 知事名義のボランティア活動を評価する感謝状を餌に学生に無償労働をさせようという魂胆である。

 まさに総合型選抜の極北。

 世の中の世知辛さを象徴するほほ笑ましい出来事だろう。

 五人の生徒が行方不明になりさえしなければ。

 行方不明になったのは五人とも同じ県立高校の生徒。

 男子二名に女子三名。

 美海も含めてみんな特進クラスの生徒だ。

 警察は行方を捜索。

 だがすぐに家出と断定した。

 警察が言うには男と逃げて東京にいるんだとよ。


 笑わせんな。

 あいつがそんなタマかよ。

 そもそも家出するなら俺かパイセンに手伝わせる。


 警察の言い分を納得できるほど俺たちは大人じゃなかった。

 学校をサボった俺は、ちょうど謹慎中のパイセンと村に美海を探しに来たのである。

 村への道を進んでいくと、林道の先に交番が見えてくる。

 交番の前には体格の良い外国人三人が警官と言い争っているのが見えた。

 エンジン音が聞こえたのか慌てて中から外国人と言い争っているのとは別の警官が出てくる。

 パイセンはバイクを停止して出てきた警官に声をかける。


「ちわーっす、お疲れッス」


 やっほーっとパイセンは手を振る。

 軽い。

 このパリピチンピラ感よ。


「お前らなにしに来た?」


 ひどく無愛想な警官だ。

 細身。だが背筋が立っている。

 歩き方を見ると日常生活でもすり足が染みついている。

 剣道の選手かもしれない。

 するとパイセンはヘラヘラ笑う。


「えへへへへー。いやー、行方不明の連中を探しにですね。へへへ」


 要領を得ない。

 ほんとこいつ警察苦手だな。

 高校生のときによく捕まってたからな。

 だから俺が代わりに答える。


「行方不明の市杵美海の関係者だ。あいつを探しに来た」


 俺は警官を見据えた。

 なにかがおかしい。

 拳銃は……持ってない。

 常に持ち歩くものなのかはわからない。

 交番で室内勤務のときは持ち歩かなくてもいいんだっけ?

 迷彩色の無線。

 なにか違うような気がする。


「パイセン……」


「ああ、おかしい」


 さらに腰に目をやる。

 特殊警棒を腰から下げて……違う。

 腰に差しているのは日本刀。

 いや長さからすると小太刀か。

 なんだこの警官!?

 するとバイクがいきなり発進した。

 俺を乗せたままパイセンのバイクが強行突入する。


「待て! 止まれ! くそ、よりにもよってこの日に!」


 警官が怒鳴った。

 俺たちはそのまま村に入る。

 強行突破した俺たちを見て、外国人三人組も警官を突き飛ばして強行突破した。

 突き飛ばされた警官も外国人ほどじゃないが体格がいい。

 耳が潰れている。餃子耳。

 組技格闘家によくある耳の変形だ。

 繰り返しぶつけることで内出血を繰り返し、繊維化することで変形する。

 柔道家か?

 それも高レベルの。

 そんな簡単に耳は変形しない。

 警官だからって、みんな餃子耳になるわけじゃない。

 あの外国人たちだっておかしい。

 異常な筋肉質。

 軍人だろうか?

 いや格闘家かもしれない。

 だがなぜ?


「和也、ザウルス志賀がいた」


「あん?」


「外国人に突き飛ばされてた警官。ザウルス志賀だ。総合格闘技の。冗談だろ。あいつ傷害でまだムショにいるはずだ」


「人違いじゃない?」


「いんや。野郎、俺に気づいて目そらしてやがった。直接会ったことはねえが、逮捕前うちの団体の試合に出る予定だったからな」


「刑期が短縮されたんじゃない?」


「それでも前科もんが警官になるかよ!」


「なにやって捕まったんだよ」


「女房の浮気相手にヘッドロック本気でかけてアゴ外してしゃべれなくしてから手足へし折ってタマつぶした。浮気相手弁護士だったらしいぜ」


 レスラーの本気のヘッドロック。

 あれはシャレにならん。

 アゴが外れる。


「おいおい、浮気する嫁にそこまで価値あるのかよ?」


「大事だったんだろ。相手を半殺しにするほど。俺たちだって警察からすればただの家出娘の美海を探しに来てるわけだし」


「そっちはこの村の方がおかしんだろ? なんだよ、刑務所入ってるはずの格闘家が警官やってるって」


「おまえだってなにか気づいたんだろ? 変な顔してたぞ」


「俺たちのとこに来た警官、腰に小太刀差してた」


「警官が刃物持ってるって意味わからねえ」


 なんだか嫌な予感がする。

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