新米探偵(シャーロキアン)と日常案件 狩るものと狩られるもの
乾 一信
第1話 地域猫連続殺傷事件
発泡スチロールや段ボールで出来た歪つで小さな小屋の前に水やカリカリが入った餌入れが添えられている。小屋の中では子猫とその親猫らしき成猫が身体を寄せ合って寝息を立てておりその耳は切れ込みが入っていた。
そろりそろりと長い棒が彼らの寝床に差し込まれる、先端には輪っかがあり子猫の1匹の首が通ると一瞬の内に輪っかが閉まる。
パイプ状の棒に紐を折り曲げて通し輪っかを作り反対側から紐を引く事で首が閉まる捕獲器具であった。
無論この器具に捕まった猫は首が閉まり息が出来なくなる。もがき苦しむ子猫に気づいた親猫が器具を持つ者の足元に駆け寄る。
子猫を案じた親猫に与えられたのは一切の容赦の無い踏みつけであった。
子猫はもうピクリともしない。親猫は未だに足元で足掻くが無駄な抵抗に終わった、子猫が拘束から解放されると糸の切れた人形のように地面にポトリと力無く落ちる、要領良く親猫の首に輪っかがかけられ親猫も子猫の後を追った、2匹が動かなくなり残る子猫達も輪っかの餌食となった。
猫の親子達の命は余りにも呆気なく奪われ、こと切れた猫達を住処に無造作に投げ込まれた。
時間にして1時間もない一瞬の犯行、4匹の小さな命はこうしていとも容易く奪われたのであった。
その翌日、とある探偵事務所に二人の男女が訪れた。男は20代半ば、女性は30代後半から40代である。
「先日ご相談した、NPO団体『猫の家』代表の
「新木です、今日はよろしくお願いします」
「お待ちしておりました山吹さん。私はここで探偵助手をしております、和戸と申します。どうぞこちらへお掛けください」
事務所に入ると長身の男が案内しあいさつもそこそこに応接用の椅子に座るよう案内する。対面にはやや小柄の中性的な見た目の男が座って待機していた。
「今回の案件を受け持つ鹿屋です」
互いに挨拶を済ますと和戸は鹿屋の隣に座る。
「では早速本題に入りま…」
「その前にこちらを」
和戸が本題に入ろうとするのを遮り山吹はファイルを鞄から取り出しファイルの中身を机に並べる。
「先日にも発生しました、かなり辛い内容ですが手掛かりになるかと……」
「うっ」
ファイルの中身は数十に及ぶ猫の死体の写真であった。その余りの凄惨さに和戸の口から声が漏れ出る。
「……無理なら担当外すぞヘタレ」
依頼主に聞こえない最小の声で和戸に釘を指す鹿屋。
「大丈夫、やれます」
和戸も依頼主に配慮し最小の声で返答する。
二人は本題に戻り写真をマジマジと見つめる。
被害にあったであろう猫は7匹、柄が1匹1匹わずかに違うので間違いなく別個体、7匹中、4匹は原型を留めているが問題は残る3匹、血で赤黒く濡れた毛皮は元がどんな柄だったかわからないほどに酷い有様で猫を染め上げたのが猫本人の血であるのは明白であった。だがその猫はまだ可愛い方であった。残る1匹は頭部以外を全て平らになるまで叩き潰され、最後の1匹に至っては手足と首しかない惨状であった。
「新たな資料も併せて導き出させてもらいましたところ……」
鹿屋が全ての資料に目を通し結論を導き出した。
「まごうことなき黒です、それも複数犯だと断言できます」
そういうと鹿屋は写真を3パターンに分け出した。
一つ目は4匹の猫の母子、二つ目は潰れた猫と血染めの猫、最後の三つ目は足と首だけの猫の写真。
「まず一つ目は4匹とも何者かの手によって殺されてるのは間違いない、資料によると母猫は肩の骨が折れている、これはあくまで仮説ですが、まず犯人はなんらかの方法で子猫を1匹捕まえ母猫を誘き寄せ足で踏みつけ殺す、あとは無抵抗な子猫達を締め殺せばいいというわけです。資料によると人馴れしている子のようなので犯人に迂闊にも近づいてしまったと推測できます」
鹿屋は母子の写る写真を下げ残る3枚にスポットを当てた
「これは恐らくアライグマか何か、何らかの捕食者により襲われ捕食されたものでしょう、周辺にはアライグマの目撃例もあるので十中八九アライグマと思われます。、そして首以外が真っ平に潰された猫ですがこれは人によるものかロードキルかは判断に迷いますがロードキルなら何度も轢かれ原型を留めないか一回轢かれて致命傷を負い亡くなるのが大半、綺麗に頭だけ潰れないのは不自然と言えるので何者かによって故意にロードキル、それも車のタイヤでじわじわと轢き殺すような人為的なものの可能性も捨てきれません」
説明を終えた2枚の写真を下げると残る一枚を指差しこう言い放った。
「そしてこれは100%人為的なものです。まず前述した通りに捕食者に襲われた場合、食べられた形跡がないのがおかしい、情報によるとこの猫は3才の雄、かなり若い猫なら老猫や子猫と違って捕食もされにくい、猫同士の争いでもここまではなりません、そうなるとこの猫が何故自身の血に塗れるのか?捕食ならいざ知らず痛めつける為に命を弄ぶのは人間しかいない」
だんだんと語気を強める鹿屋は再び下げていた母子猫の写真を依頼主の前に差し出しこう言った。
「私はさきほど言いました通りに犯人は複数犯いると断言しました、それはこの猫達の殺され方に起因します」
「というと?」
「前者は糞害などの被害を受け駆除する為に行動したものです、なぜなら殺すというのがメインになっている、死体に目立った外傷がない死体の食道や胃に毒物や水がない所を見るに4匹全てが絞殺されたということが断定できる、そして抵抗の弱い子猫も母猫同様にしめ殺すあたり痛めつけるのでなく命を奪うのが本命で痛めつける気がないと推測できる」
そこまで言い切ると鹿屋の語気が次第に強くなる。
「そして後者が最も質の悪い自分より力の無い生き物を憂さ晴らしかどうかは知らないが痛めつけて殺す腐れ外道というわけです」
たった数枚の写真からここまでの仮説推論を披露され舌を巻く依頼主の二人、感服する一方で自分達の住む地域に快楽殺人者のような人物がいるのを想像したのであろう、二人とも心なしか表情は青ざめていた。
「ひとまずですがこの依頼をお受けさせてもらうのですが、前者のような猫を疎ましく思う
ものがいると仮定すればあらゆる手段で猫を駆除しようとするはずですから周辺地域の特に猫が集まる場所に毒餌が仕掛けられる可能性があります」
「わ、わかりました」
「それとあなた方があげた餌も食べ残しも一つ残らず全て回収してください、差し支えなければ給餌は犯人が捕まるまでは控えたほうがいいと打診しておきます」
依頼主二人と和戸に疑問符が頭に浮かぶ。
「残った餌に毒を仕込まれる可能性があるのと餌をもらうことで地域猫の人に対する警戒心が薄れてしまうとそれこそ犯人の思う壺になってしまう」
鹿屋の付け加えで3人は納得した。
「それなら大丈夫です、私どもは屋外での給餌は行っていません。平時も餌をあげる方々に注意するように努めていますのでより用心するようにします」
山吹が鹿屋に返答した。
「そして後者ですが今は猫ですが下手すれば人間に危害を加える可能性がある、警察に相談してパトロールを強化してもらうのが得策かと」
鹿屋が念押しにアドバイスを付け加える、犯人の残虐性が人に及ぶのを危惧してのことだ。
「そういえば……」
そう言うと突如和戸が割って入る。
「この猫の家族は作られた段ボールの家で亡くなってたって」
「あ〜、それなんですけど」
今まで沈黙していた新木が会話に参加する。
「そこの近所に猫好きのおばさんが居て公園とかに勝手に猫達の家を作ったり餌やりしたりするんです」
「やっぱいるよなぁ、そのおばさんにも口頭注意を促すようお願いします、それでは何か進展があればご連絡致します。そちらに進展があればこちらにおかけ下さい」
そういうと鹿屋は名刺を山吹に手渡した。
「何とぞよろしくお願いします」
山吹は席を立つと深々と二人の探偵に頭を下げる、新木も続いて軽く礼をすると二人は事務所を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます