第32話 水色の姫君
「テラスティーネ様ですか?なぜカミュスヤーナ様の工房に?そして、そのお姿は一体……」
カミュスヤーナの従者であるミシェルは、工房の中にいる少女を目にして声を荒げた。毎日食事を主人に届けているのだが、主人に代わり、今回工房の扉を開けたのは、カミュスヤーナの従妹であるテラスティーネだった。
ここ最近、彼女がこの館を訪れることはなかった。しかも、カミュスヤーナは工房を自分の作業部屋として使っており、他の人を入れることはめったにない。そのため、ミシェルがテラスティーネの姿を見とめて、声を上げてしまったのも仕方がないといえる。
「静かにして。ミシェル。カミュスヤーナ様が起きちゃう」
テラスティーネは、口の前に人差し指を立てて、静かにするようにささやく。
ミシェルはテラスティーネの様子を改めて見つめる。水色の足首までありそうな長い髪に、深い青い瞳。服代わりなのか白い布を身体に巻き付けている。
人前に出るような姿ではない。
だが、ミシェルは、それを問う身分でもなかったので、黙ったままテラスティーネの背後の部屋の中を覗き込んだ。
部屋の奥では、何も載っていない寝台の横に、プラチナブロンドの髪の青年が倒れている。
「カミュスヤーナ様……!」
「だから大きな声を出さないで。眠っているだけだから、大丈夫よ」
でも、私では寝台の上に引き上げることができなかったのよ、とテラスティーネは言葉を続ける。
「私もカミュスヤーナ様も、まだ工房の外に出ることはできないの。中に入って、カミュスヤーナ様を寝台に寝かせてくれないかしら」
「かしこまりました。お待ちください」
食事の用意が載ったワゴンを一旦脇に追いやって、ミシェルは工房の中に足を踏み入れた。
工房の中には大きな作業机と、いくつもの棚、そして寝台がある。
寝台の横に倒れているカミュスヤーナの身体を持ち上げ、寝台に横たえた。
カミュスヤーナは規則正しい寝息を立てている。
疲れた様子はあるが、体調が悪いわけではなさそうだ。そして、昨日まで黒かった髪が、本来のプラチナブロンドに戻っている。
テラスティーネがホッとした様子で、ミシェルに声をかけた。
「ありがとうございます。ミシェル」
「食事の準備をしてきましたが、どうされますか?」
ミシェルの言葉に、テラスティーネは小首をかしげた。
「冷めちゃうし、私が代わりに食べるわ。そこの机に用意してくれるかしら。他にもお願い事があるのだけど」
「はい。何か?」
「私の服を準備してほしいのと、フォルネス様を呼んでくれないかしら?」
「フォルネス様ですか?かしこまりました。先に服を準備させていただきますね」
たとえ婚約者であるとはいえ、今の格好で、異性に会うのは困るだろうと思い、そうミシェルが提案する。テラスティーネはミシェルの言葉に首肯した。
「助かるわ。あとこの件は、フォルネス様以外には話さないで」
「服を準備するのに、テラスティーネ様の侍女には連絡を取らないといけないのですが」
「アンダンテには後ほど私から説明するから、それを待つように伝えて」
「かしこまりました」
ミシェルはテラスティーネに対して、胸に右手を当てて、軽く身をかがめた。
少なくとも主人が五体満足で、テラスティーネと共にあるのだから。
ミシェルはテラスティーネに分からないよう、口元を緩めた。
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