第5話 目覚め・主はどこに

 【目覚め】


 重い瞼をあげる。

 天蓋のついた天井が目に入った。

 通常は魔力感知を動かすまでは、まぶしくて瞼を開けていられないのだが、うまくテラの目が借りられているらしい。


 寝台の上に身体を起こすと同時に、ノックの音がする。

「カミュスヤーナ様、お目覚めですか?」

「入れ」

 床から天井まで届く大きな扉を押し開けて、1人の青年が入ってくる。


「失礼します」

 青年が寝台の天蓋をあける。おやっというように、カミュスヤーナの顔を見て、口を開く。

「目が……」

「気にするな」

 カミュスヤーナの通常、閉じている目が開かれているのを見て驚いているのだろう。彼はその青い瞳で、寝台の脇に跪いた青年を見下ろすと、全て常のままにと声をかけた。


 【主はどこに】


 まったく面倒なことになったものだ。

 黒髪の青年は机に肘をつき、組み合わせた手の甲に額を置いて、大きく息を吐く。


 自分のみであれば、このままでもよかったものの、テラにまで干渉するとは。

 人の美醜には興味はないが、テラの容貌は奴の興味を引くものであったか。

 これは政務にかまけて、放っておいた自分への当てつけか。

 それとも、わざと遠ざけておいたため、逆に気を引いてしまったか。


 魔王の人への干渉は、自然災害のようなものだ。

 その圧倒的な力の前には、魔法を使えるとしてもなすすべはなく、運が悪かったと思うほかない。

 カミュスヤーナも色が奪われ、視力が低下したのには閉口したが、他の能力で補えたこともあり、領政が落ち着くか、他の者に引き継いだ後に対応を考えようと後回しにしていた。

 なのに、また身近なところに干渉したのか。取り返そうとあがいたほうがよかったのだろうか。


 カミュスヤーナが自分の考えに浸っていたところへ、ノックの音が響いた。

「カミュスヤーナ様、今お時間よろしいですか?」

「何用だ」

「テラスティーネ様の侍女が面会を申し出ておりますが。急ぎの用件とのことです」

 カミュスヤーナは、その言葉に顔を上げ、通せと言葉を紡いだ。


「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」

 カミュスヤーナと机を挟んだ向かいの床に跪き、少女が言う。

「よい、顔をあげよ」


 カミュスヤーナの言葉を受け、顔を上げた少女は、あらという感じで首を傾げた。

「目が見えるようになったのですか?しかも、そのお目の色合いは、テラスティーネ様にそっくりですね」

 普段は両目を覆っている布が取り払われている。少女に向けられているのは青い瞳。


「テラスティーネについて、急ぎの要件があるとのことだが」

 自分の目のことには答えず、カミュスヤーナは少女に、ここに来た用件について尋ねる。

「そうでした。テラスティーネ様とここ数日連絡が取れず困っているのです。カミュスヤーナ様は主の居場所をご存知でしょうか?」

 私はてっきりカミュスヤーナ様とご一緒だと思っていたのですが、と少女は言葉を続ける。


「アンデンテ。私はテラスティーネを監禁する趣味はない」

「別に側において愛でていただく分には全く問題ありませんけど」

「アンデンテ。口を慎みなさい」

 机の脇に立っていたカミュスヤーナの摂政役であるフォルネスが、口をはさむ。


「テラスティーネ様の居場所をご存知ですよね?」

 フォルネスの言葉をスルーして、カミュスヤーナが知っていることを断定するかのような口調で、アンデンテは彼を見上げた。アンダンテの碧の瞳がカミュスヤーナを射抜く。

 カミュスヤーナは青の瞳を眇めた。


「知らぬと言っても、信じないのであろう?」

 カミュスヤーナの言葉を受けて、アンダンテはニッコリと笑った。

「命に別状はないが、今そなたの前に姿を見せることはできぬ状態だ」

「まさか、主に無体なことをなさっているのではないでしょうね?」


「アンダンテ」

 フォルネスの低い声がかかる。

 アンダンテはフォルネスの方に目をやると、軽く息を吐き、目を伏せた。

「私のお力になれることがあれば、おっしゃってください」

 ひとまず方々への調整はしておきます、と言い、アンダンテはその場を辞した。

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