1話 悪夢
ヴェリアヌス王国では最近、各地の町村で盗賊の被害が発生している。突発的なもので原因は分かっていないが、同じ領地のなかでも被害が出たので、ノアを含む村の男衆は武装訓練を始めた。私も猟銃の基本的な扱いを把握しておいた。
♦♦♦
今日、私は牧場で羊たちの世話、ノアは隣町の市場に出かけている。
この時期は羊毛がよく売れるので稼ぎ時だ。商才のあるノアが私に代わって、各地の村でよく商売する。今日は隣のスナ村に行くらしい。仕事を終え、家に帰って夕食の準備をしようとしたその時…
突然近所のおじさんが顔面蒼白な顔で私に近づいてこう叫んだ…
「隣村が盗賊に襲撃された!!」
「ここも危ない早く逃げなさい!殺されるぞ!あいつらの目的は金品じゃない…。村のやつらを殺しまわってる!!」
「とにかく早く!」
おじさんは早口でまくし立てる。
私は状況をうまく呑み込めずにいた。
「え?なんで人を?殺す?どうして…」
急な出来事すぎて頭がうまくまわらない。
「隣村って… おじさん、弟が今日スナ村の市場に行ってるんだけど、まさか襲撃にあった村って、スナ村じゃないよね…??」
いつもより帰りが遅いとは思ったが、まさかそんなことはないだろうと、おじさんに恐る恐る聞いてみた。
「・・・・・」
おじさんは何も言わなかった。ただ悲しそうな悔しそうな顔をしていた。
急激な悪寒が私を襲った。まさか、そんなことはないだろう。ノアに限って、私の弟に限って…
うまく逃げたはず、今は安全なところにいるはずだ…と自分に言い聞かせるが、震えが止まらない。私は急いで馬の用意をした。
「今すぐスナ村に行かないきゃ… ノアの安否を確かめないと!」
おじさんはそんな私を無理やり馬に乗せて、安全な村まで避難させた。
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避難場所で一夜を過ごしたが一睡もできるはずはない。
翌朝、領地の軍隊と共に、被害のあった村の救助に出かけた。スナ村だけではなく、私の村もぐちゃぐちゃになっていて死人が大勢いた。
殺されたのだ、盗賊に。
それらの中には顔見知りもいた。本当に吐きそうだ。
軍の騎士曰く、盗賊によるこのような凄惨な事件は私たちの村一帯が初めてらしい。
どうしてよりによってこの村なのだろう。
今はもう、絶望という感情以外に何も思い浮かばない。
いくら探してもノアがいない。大勢の村人と協力して探したが、誰も見つけることができなかった。騎士が言うには、12歳でまだ若いから奴隷として売られた可能性もあるようで、多くの場合外国に売られているみたいで追跡するのが困難のようだ。
生きて会える見込みはゼロに等しいらしい。
転生者として生まれて、いくらこの世界がフィクションだと思っても、弟が大好きだという気持ちは偽物じゃないし、人が死んだら悲しいし、絶望もする。
私は原作のストーリーをある程度知っているから、もしかしたらこの惨劇を防げたのかもしれないと考えてしまう。
私は何のためにこの世界に転生したのだろう。特にこの世界に影響を及ぼすわけでもない。絶望するために転生したのか?
ずっと自分を責める言葉を自分に吐き続け、いくらほかの人に慰められても何かが変わるわけでもなかった。
♦♦♦
事態が急変したのは9日後。
騎士数人によって盗賊の一人を捕まえることに成功した。賊の中では捨て駒のような奴らしいが、それなりの情報は持っているらしい。見つかったのは郊外の深い森の中。
何よりも人々が驚愕したのは、奴がいた森の奥底に無数の子供が横たわっていたと騎士が報告したことだ。数人だと心もとないということですぐに引き返したみたいだが…
そして今日、大規模捜索を行うようで行方不明者の家族も同行することになった。
「期待はしない。ただ顔をしっかり見て、抱きしめてあげたい。」
そう呟いているのは同じように家族が行方不明になったパン屋のおばさん。私も期待なんて一切していない。ただノアを村に連れて帰りたい。正直もう疲れた。今はもう弟の顔を一目見たい、ただそれだけを思う。
森の奥へ進み続けると、変な異臭が鼻につく。第一発見者の騎士たちも最初に来たときはこんな臭いはしなかったと言っている。どんどんひどくなるこの異臭。真昼なのに真っ暗な森の中、変な臭い。何か不吉な予感がするが、兵士はもうすぐ着くと私たちに知らせる。
木々の密集する森の中、不可解にも何もない開けた場所が私たちの目的地だった。私を含めた騎士、家族たちは一斉に目の前の光景に愕然とする。
行方不明だった少年少女は死んではいなかった、しかし生きてもいなかった。言葉で説明するのは難しいが、このままの意味だ。
確かに彼らは横たわっていた。そして体からは見たこともないようなグロデスクな植物が生えており、体の一部が欠損していたのだ。まるで寄生された昆虫のような姿をしていた。異臭がピークに達するこの場所。なぜこんな臭いがするのか皆が理解した。醜い植物から漂う吐き気を催す臭い。
そして何より彼らの顔は動いていた。支離滅裂な言葉を話している子や笑っている子、はっきり言って気持ちが悪い。家族を認識できる様子はないし、言葉も発せない、本当に何かに操られているかのような様だ。
皆、動揺しながらも行方不明になった家族の捜索を開始した。
私もノアを探し始め、辺りを散策する。
少し先に進んだ小川の近く、聞きなれた鼻歌が聞こえた。これはノアがいつも歌っていたメロディーだ。さらに強まる異臭と散乱した羊毛。確信した。そして泣くのをこらえることが出来なかった。
やっと見つけた私の唯一の弟は、醜い植物に汚染された人間ではない別の何かになっていた。いくら話しかけても虚無な瞳で歌い続けるだけだ。
「ノア… ごめんなさい。本当にごめんなさい。どうしてあんたみたいな優しい子がこんな目に合うの…? 」
ふと、ノアの手を見ると何かが握られているのが分かった。取り出してみると、小さい、緑の石のようなもの?だった。よく見ると謎の文字が刻まれてある。
「何、これ?」
♦♦♦
捕らえた賊に対する尋問によると今回盗賊は、盗みではなく他の何らかの目的を持ってこのような事件を起こしたとのこと。そして少年たちの件については上からの指令で見張りを頼まれただけで詳しいことは分からないが、何かの”古代魔術の呪い”の類であるとのことが分かった。分かったのはここまで。賊は呪いという言葉を口にした瞬間息絶えた。秘密を洩らさないように組織から魔法がかけられていたのだろうか。
今回の事件や、ノアたちのことは秘密事項とされ私たちは口止めをされた。パン屋のおばさんのお嬢さんも見つかったがノアと同じような状態で彼らは今、軍が管理する領地の奥深くに封印されている。何やら古代魔法とかなんとかで危険だという理由で家族との面会は禁止されている。
今、私は村の復興のためにいろいろと手伝っているがノアのことで頭がいっぱいだ。
ノアが握っていた石についてもよくわからないが、これは誰にも渡さずに自分で持っていようと決めた。この石が唯一のノアの依代だと思って。
「ノアは死んではない…。いやでも無事とは到底言えない、やっぱり死んでいて何かに操られているの?そもそも古代魔法って何なの?」
いつまでも心が晴れることはない。絶望の感情は一向に薄まらない。
「また二人でゆったりとした生活を送れる日は来るの?あの日常は戻るの?」
そう呟いてまた淡々と作業を続けた。
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