第41話 思い出

ここは一番街のバー。

テーブル席で妄想屋と酒屋が向かい合って酒を飲んでいる。


「物から思い出削って酒にしとるねん…」

酒屋は怪しげな関西弁で独白する。

「思いを糧にしとる。そういう意味ではワイも羅刹と同じなのかもなぁ…」

酒屋は瓶から酒をあおり、溜息をついた。

「必要があるから職があるんです」

妄想屋がグラスの酒を少し飲む。

「羅刹君も、僕も、酒屋さんも。必要とされているから存在するんですよ。多分」

「そんなもんかねぇ…」

「そんなものですよ」


「思い出は幸せなものばかりやない。忘れたいものだってある。せやけどそんなものも含めてわいは酒にしとる」

「忘れたい思い出…」

「苦い思い出とか、やっぱりある。けどな、幸せな思い出と同じくらい、苦い思い出も売れとるんや」

酒屋は酒瓶を静かに揺らす。

ちゃぷりと酒が揺れた。

「なんででしょう?」

妄想屋がたずねる。

「苦さのなかに、何か求めるものがあるんやろな…」

「苦い思い出…かぁ」

妄想屋は溜息をついた。


「なぁ夜羽」

「はい?」

うつむいていた妄想屋は顔を上げる。

「泣きたくなるほど幸せな思い出ってあるか?」

「うーんと…内緒です」

妄想屋は唇に人差し指をあてる。

「そうかぁ」

酒屋は溜息をつく。

「最近なぁ、そんな注文が入ってちと困っとるんや。泣きたくなるほど幸せな思い出が欲しいらしい」

「ふーむ…男性ですか?女性ですか?」

「女や」

「ふーむ…」

妄想屋は考え込む。

「番外地の廃ビルなんていかがです?もともとは結婚式場だったらしいですよ。泣きたくなるほど幸せだった人もいたんじゃないでしょうか?」

「あそこかぁ…」

酒屋は気が進まないようだ。

「変な風吹いてから、あそこには行きたくないねん…」

「僕も気が進みませんね」

妄想屋も同意した。


「じゃ、そろそろおいとまするかな」

「今日は螺子師に呼ばれてないんですか?」

「呼ばれとらんけど…そろそろ人形から吹き出た思いがたまっとる頃やな。行った方がええやろなぁ」

よっこらしょと酒屋は腰を上げる。

「邪魔したな」

と、酒屋は飄々とバーをあとにした。

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