第33話 雨
斜陽街にも雨は降る。
思いをたくさん流すかのように…
しとしとという音が、一番街のバーの中にも響く。
音質の悪い有線の音楽が流れているが、
それでも雨の音は静かに聞こえる。
「やみませんねぇ…」
妄想屋の夜羽がそう言うと、バーのマスターは黙って頷いた。
マスターはコップを布巾で拭いている。
「いつか、やむこともあるでしょう…」
マスターは、ある不格好なコップを拭きながらぼそっと呟いた。
「マスター、それ…娘さんの…」
マスターは頷いた。
「もう、昔のことです…」
マスターはやっぱりぼそっと言い、また、黙った。
バーに沈黙が降りた。
有線の曲と曲の間だったらしい。
すぐにまた次の曲がかかる。
「やみませんねぇ…」
夜羽はまた呟いた。
酒屋にも雨が降る。
「降りますねぇ…師匠」
「せやなぁ…」
酒屋のナハトは日本酒を飲み、
その弟子のタグは茶をすすった。
「なんちゅうかな、情緒があるな。雨ってのは」
「そーですかぁ?じとじとするばかりですよぉ」
タグはいかにも嫌そうな顔をした。
「こう…なぁ、雨ってのは…しっとりと包み込むような感じ、わからんかなぁ」
「わかりませんねぇ…」
「そのあたり読みとらんと、いつまでも思いから酒は作れへんでぇ」
「むぅ…」
タグは黙った。
ナハトはまた酒を飲んだ。
がらくた横丁にも雨が降る。
合成屋の店には雨漏りが起きていた。
一ヶ所だけ。賢者の井戸の真上だ。
合成屋のトーナは飽かずそれを眺めていた。
雨が屋根から漏れる。
その雫が井戸に輪を描く。
ポタッ
ポタッ
幾つもの輪が打ち消しあい、浮かんでは消えていく。
トーナはそれを飽きもせずに眺めていた。
不意に、トーナは井戸に義手を突っ込んだ。
一瞬水面が乱れるが、しばらくすると、また水面は雫の輪を作るようになった。
「なにやってんだろうなぁ…」
雨がそうさせるんだ。
雨は不意に妙なことをさせる。
魔力のようなものがある。
「参ったなぁ…」
トーナは溜息をついた。
斜陽街に雨が降る…
それぞれの場所に、それぞれの上に…
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