第31話 日常

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

天使の彫られた扉の向こうの世界の物語。


ここはテラコッタ色の屋根の街。

ここにアキという少女が住んでいる。

アキは快活な少女だ。

少なくとも、人前では。


アキにはこの街に来る前の記憶がない。

いつのまにかこの街にいて、当たり前のように迎え入れられていた。


アキは今はパン屋の二階に住んでいる。

パン屋の手伝いをしつつ、バンドをしている。

学校には通っていない。

学生がちょっと羨ましいと思う時もあるけど、

パン屋の仕事も大切だから、学校には行っていない。


「アーキー。いるかー?」

学校帰りのキリエが迎えに来る。

教会裏で泣いているのを見られて以来、ちょっと会うのが恥ずかしかったが、

キリエは何もなかったようにしているので、アキも何もなかったように振る舞うことにした。

ぎくしゃくしたけど、すぐに慣れた。


「よぅ、来たか」

バンドの仲間がスタジオで出迎える。

彼はドラムのケイ。

大柄な男で、本職は本屋だ。

「キリエは今日は遅刻しなかったんですね。偉くなりましたねぇ」

「うるさいやい」

キリエを皮肉った彼は教会の息子のユキヒロ。ベース担当だ。

片目を髪で隠している。

読書が好きな物静かな人だ。

そして…

「そろったな、一度合わせてみるか?」

彼がバンドのリーダー、イチロウ。ヴォーカル担当。

髪を白く脱色していて、耳あたりで揃えている。

いつもサングラスをかけていて、少し背の高い男だ。

「おう、合わせようや」

キリエはギターを構えた。

「うん」

アキはできるだけ元気よく返事し、キーボードをセットした。


「差し入れ持って来たわよ」

音合わせの途中、お腹の大きな茶髪の女性が菓子パンを持って来た。

彼女はナナ。

イチロウの妻だ。

「安静にしてろっていわれてるだろ」

沈着冷静なイチロウが慌てる。

「うん…でも、この子にもここの音聞かせたくって」

ナナは大きなお腹をさする。


アキはそれを見ていた。

いつになったら、こんな光景を笑って見られるようになるのかと思っていた。


それもここの日常…

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