第33話 あの日の花火大会を

お題【夏祭り】【切ない話】

お題提供者・幸まる様

ありがとうございますm(_ _)m

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 彼女と話す様になったのは、入社して、まだ二ヶ月目の頃だった。


 初めての仕事に失敗の連続、それに伴い上司に怒られ続きで、心身ともに疲弊していた俺は、倉庫に資料を探しに行けと言われて、倉庫にやって来ていた。

 誰もいない倉庫は少々埃臭くはあったけど、誰も居ない、電話の音もしない静かな空間で。


 何だか妙に、安心した。


 倉庫には、段ボール箱に入った資料と、スチール棚に年代毎にまとめたファイルが置いてある。窓際には、何故かボロボロになった硬い長椅子があって。

 早々に資料を見つけた俺は、少しそこでサボってから帰ろう、なんて思って、その椅子に腰掛け、持っていた資料を何となく捲った。


 窓が磨りガラスだからか、あまり日の光は感じない薄暗い倉庫。なのに、日が翳り出して更に薄暗くなって。

 静かだった倉庫には、突然のゲリラ豪雨で窓ガラスが激しく雨に打たれた音が溢れ出した。

 俺は資料を読むのをやめて、激しい雨の音に耳を澄ませ、ただただ、ぼんやり天井にある、よく分からない模様を眺めながら。


 雨音だけの中に、突然、倉庫のドアが開いた。


「あれま。先客さんがいましたか」


 入って来た人物は俺と同じ部署だけど、チームが違う先輩だ。

 彼女は、俺を見るなりニカッと歯並びの良い白い歯を見せて笑った。そして、俺が手に持っているファイルを見て「あ、それ」と指を差した。


「それ、一昨年の夏祭りの資料?」


 俺はファイルの背表紙を見せつつ「ええ、そうです」と頷けば、彼女は「私もそれ見に来たんだよぉ」と、笑顔で近寄り、俺の隣に腰掛けた。

 俺が居る部署は、いわゆるイベント企画課。昨年まで世界的な流行病で、ありとあらゆる祭りやイベントが中止になった。

 今年に入って、徐々に様々なイベントが解禁になり、ついに地域の祭りなんかも解禁になって、今年はそこそこ大規模な花火大会会場近くのイベント依頼が来ていた。本来なら、もっと早くに企画がされるが、世の中のこの状況。大規模なイベントともなれば、なかなか踏み出すタイミングというのは難しい。

 それでも、こうして依頼が来た以上は、諸々過去の資料を元に概要の決定をし、開催に向けて急いで準備をしなければならない。


 彼女は俺が持っていたファイルを取ると、自分の膝の上に乗せてファイルを開いた。

 過去の企画書から概要、開催までのスケジュールや告知ページの資料など、そこに全てファイリングされている。


「会場は決まっているとはいえ、近隣への配慮とか会場設営とか。外部依頼もあるし、なかなかスケジュール組むのが難しそうですね」

「まぁね……」

「こんな急に大規模なイベントをするより、とりあえず今年は小規模にして、来年から以前みたいな大規模なイベントにすれば良いのに……」


 俺がネガティブな発言を続けていると、彼女は「そうかなぁ」と、資料に目を向けながら口を尖らせる。


「私は結構、好きだけど。こういう、急な依頼。寧ろ絶対、成功させてやる! って、気合い入るかな」

「え……? そうなんですか?」

「だってね、多分よ。多分。依頼して来た側だって、こんなギリギリの依頼だし、そこまで期待してないと思うのよ。でもさ、相手の期待値が低ければ低いほど燃えるっていうのかな。絶対、想像の上をいってやるって思うんだよねぇ。それに、これだけ大きなイベントをしたいって事は、依頼者はきっと、みんなに笑顔になって欲しいっていう願いが、強いんだって思うのよ。なら、その気持ちに応えなきゃ」


 そう言うと、彼女はチラリと視線だ俺に向け、ニッと口角を上げる。その顔は、どこか挑戦的で、俺はドキリとした。


「……すごいですね、そこまで思えるって」

「そぉ? せっかくイベント企画課に入ったんだもん、企画段階から私達がワクワクしないでどうするのよ? 私達がワクワクしなかったら、イベント会場に来てくれた人達が楽しめるわけ無い。そう思わない?」

「……そう、ですか、ね……」


 俺が俯いて黙り込むと、彼女はファイルを閉じて俺の方に体を向けて座り直した。


「ねぇ、なんでそんな自信なさげなの? 貴方は何のために、この会社に入ったのよ」

「え……何のためにって……」

「イベント企画課は、貴方の希望する部署じゃなかったかも知れない。でも、与えられた仕事は、しっかり身に付けて熟していかないと」

「……俺、入社してから、かなりの頻度で失敗してて。怒られてばっかで。この仕事、向いてないなって、思ってて……」

「その言い方。会社、辞めようと思ってるの?」


 先輩の問いに、俺は「いや……」と首の後ろに手を当てて首を傾げ、言葉を濁す。


「今だって、先輩みたいに考える事すら、出来なかったですから……」


 自嘲しながら言えば、先輩は暫し黙ってしまった。まぁ、そうだよな。こんなやる気の無いヤツに、何言っても無駄だって、思われたんだろうな。


「最初から成功するより、まだ慣れてない今のうちに、たぁーくさん失敗した方が良いと思うけどなぁ。まだ二ヶ月でしょう? その失敗の学びを、今回のイベントに活かしてみなさいよ。今回、そっちのチームと私達のチーム、合同でやるんだし。一緒に、頑張ってみない? これで成功したら、ぜぇーったい、楽しい! って。やって良かったって、思えるから!」


 ねっ! と、俺の肩をパンと叩いた先輩は、何とも清々しい笑顔で。

 何だか、その笑顔に背中を押された俺は、何となく。本当に、何となく。この人となら、頑張れるんじゃ無いかな、なんて思った。



 花火大会当日。


 結果から言えば、花火大会は大成功だった。大きなトラブルもなく、全て予定通り順調に進んでいた。

 彼女と俺は総合案内のカウンターで作業していたが、彼女のフォローもあってか、俺自身も大きな失敗もなく、自然と笑顔で仕事ができている自分に、内心、少し驚いていた。


「二人とも、お疲れ様。そろそろ花火始まるし、人も落ち着くだろうから、少し休憩して来たら?」


 チームリーダーに声を掛けられ、俺達は十五分だけ休憩をもらう事にした。

 人混みを避けて夜店の裏側へ回ると、随分と歩きやすい。祭り会場から少し離れた場所に人気の無い場所があり、そこで俺達はチームリーダーから差し入れでもらった、たこ焼きを食べることにした。

 冷えたお茶を一口飲むと、喉が渇いていたのだと気がつく。グイグイと喉を鳴らしお茶を飲んでいると、隣りでクスクス笑う声が聞こえた。


「それ、ビールだったら最高に美味しいだろうねぇ」

「あはは。ですね。でも今はお茶でもじゅうぶん美味いですよ」

「ふふ。良かったね」

「はは、ありがとうございます」

 

 薄暗い中で、彼女が優しく微笑んでいるのに気が付いて、俺は何だか妙に恥ずかしくなって、首の後ろに手を当てる。


「今日は、どうだった? 楽しかった?」


 穏やかで優しい声色。まるで子供に訊ねる様で、俺はふふっと笑う。


「はい。すごく楽しかったです。先輩のお陰ですね。たくさんフォローしてもらって、ありがとうございました」


 俺の回答に、彼女はふふと笑う。


「いいえ。どういたしまして。楽しいって思ってもらえて、良かった」

「先輩」

「なぁに?」

「俺、もう少し頑張ってみようかなと思います」

「……うん」


 そんな時、花火が打ち上げられ、ドンッと音が腹に響いた。


「わぁ! ここからも見えるね! すごい! 人も居ないし特等席じゃない!?」


 はしゃぎながら言う彼女が、余りも可愛らしくて、俺は思わず花火ではなく、その笑顔を見つめてしまった。

 それに気が付いた彼女が、笑顔で「なに?」と俺を見る。


 無意識だったんだ。

 自分でも、今思い出しても分からないくらい、どうかしてたんだ。


 俺は、いつの間にか彼女を自分の腕の中におさめていた。

 彼女の薄い唇の形を確かめるように喰む。

 チュッと、音を立てて唇を離す。


「……なんで……」


 そう言った彼女の顔を見て、俺は一気に後悔をした。


 ほんの数秒前まで笑顔だった彼女が、薄暗い中でも分かるほど、瞳いっぱいに涙を溜めている。

 

 花火が上がる。一瞬、明るくなって、彼女の涙が溢れたのが見えた。


「……ごめんなさい……」

「……もう、こういうこと、しないで」


 彼女はそう言うと「先に帰る」と、さっき二人で来た道を、一人、小走りに戻って行った。


 俺は。


 花火が打ち上る。

 大輪の花が、暗い夜空に咲き誇り、あっという間に散っていく。


 多分。恋をしていた。

 

 花火が散る姿が、今の自分みたいに思えて、ふっと小さく笑う。



 幸か不幸か、花火大会以降、俺の居るチームと彼女の居るチームは、合同で仕事をする事は無かった。

 同じ部署とはいえ、チームが違えばあまり接点はない。イベントで外に出ている事の方が多いからだ。

 俺は、頭を冷やすには丁度良かった。けど、仕事は彼女と一緒に働いた、あの数ヶ月の成果が実って、失敗も減り、順調に成長し、楽しいと感じていた。


 彼女に対して、自分の心が少し落ち着いたころ。



 彼女が、結婚をするという噂が流れた。それは本当だったらしく、翌月、退職をした。


 俺は。

 ちゃんとした告白も出来ず。失恋した。


 もし、あの時キスをしなければ、今でも仲の良い先輩後輩でいられただろうか。


 そんな事、考えたって後の祭りだ。


 俺は今も、あの日の花火大会を、ずっと後悔している。



×××

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