第10話 パンツの亡霊、出る(※気のせいです)

 パンツが“呪い解除”されてからも

 俺はまだ牢屋の藁ベッドで生活している。


 いや、もう慣れすぎて寝返りがプロ級だ。


「……なんか今日は静かだな」


 珍しく、爆発音も叫び声もない。

 (エルミナが騒がないだけで不安になる体質になってしまった)


 だがその時。


 ス…ス…ス…


 気味の悪い布ずれの音が、牢屋の中に鳴り響く。


「……え? なに、この音」


 そして。


「ご……しゅじん……」


「えっ!? 今、“ご主人”って言った!? え!? えぇ!?!?」


 壁の影から、白い布の塊がぬる〜っと浮かび上がる。


 ふわふわふわ……。


「ご主人……オレだぜ……」


「パンツの亡霊ぃぃぃぃ!?!?!?」


 俺の叫び声が牢屋中に響く。


「アキトさん?! どうしたんですか!?」


 エルミナが駆け込んでくる。

 俺は震えながら影を指差した。


「い、今そこに……白い布が……『ご主人』って……!」


「え、まさか……パンツさんの……!!?」


「そう!! パンツの亡霊!!」


 エルミナは真剣な顔でコクリと頷き、


「じゃあ、成仏させましょう!」


「そんなジャンルだっけ!? 霊道士ヒロインだった!?」


 エルミナは指先に魔力を集めた。


「亡霊よ……安らかに眠れ……!」


「そもそも成仏するパンツなのか!?」


 エルミナが指を鳴らすと、

 ぴかーっと強烈な光が牢屋中を包む。


 そして


 布は一瞬で消えた。


「……消えた……?」


「はい! 今のは“雑念払拭魔法(軽度)”です。

 だいたいの見間違いは消えます!」


「見間違い!?」


 看守が来た。


「何を騒いでるんだ。白い布? それなら廊下に干してた雑巾が風で飛んだだけだよ」


「雑巾だったのかよ!!?」


「うん。あと君、完全に寝不足だろう?」


「ちょっと……パンツの幻聴が……」


「病院行け」


「正論やめて!!」


 エルミナが俺の肩を叩く。


「大丈夫ですよアキトさん! 亡霊なんていません!」


「う、うん……そうだよな……」


「パンツさんが幽霊になるなんて……そんなことあるわけ……」


 その時。


 俺の腰のあたりで、ふわりと風が吹いた。


『ご主人……忘れないぜ……』


「ぎゃああああああ!! また聞こえたぁぁぁ!!」


「アキトさん、落ち着いて! 今のは風の音です!」


「なんで風が“ご主人”って言うんだよ!!」


 看守まで青ざめる。


「……ホントに風か……?」


「やめろ不安を煽るな!!」


 しばらくして、ようやく状況が判明した。


「アキトさん、これ見てください」


 エルミナが拾ってきたのは

 白い布の切れ端。


「これ、パンツさんの残骸みたいです……」


「え……じゃあさっきの白い影って……」


「たぶん、風でひらひらしてただけです!」


「……まぎらわしすぎるわ!!」


 ただの切れ端が風に舞って、影になって、音が鳴って……

 全部“条件が揃った偶然”らしい。


 だが俺はまだ落ち着かない。


『ご主人……』


「ほらまた!!?」


「今のはアキトさんの幻聴です」


「怖いから言い切らないで!!」


 エルミナは笑って言った。


「パンツさん、きっとアキトさんを守りたかったんですよ」


「守護パンツが亡霊パンツになるなよぉぉぉ!」


 その夜。

 俺は牢屋の隅で震えながら寝た。


 その枕元に、風に飛ばされた布の切れ端が落ちていた。


 ぴらり。


「ひ、ひぃっ……!?!?」


 その瞬間、看守が通りかかった。


「それ、ただのゴミだよ」


「もうやだぁぁぁぁ!!」


 今日も異世界は、不必要に怖い。

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