二十四人目 オルゴール
誰が持っていたものなのか、もう分からなくなってしまったのですけど、とにかく昔からあるオルゴールなんです。
ただ、このオルゴール、何が嫌って稀に勝手に動くんです。
部屋が光に満ちる時間帯にオルゴールが勝手に鳴り出すの。不気味でしょう。
そう。こちらです。箱の。蓋を開かないと動かないのに、音が聞こえてくるの。
どこか心地良い音なんですけど、そうですね……。ただ、私、この音楽、どこかで聞いたことがあるんです。思い出そうとしても思い出せないんですけれども、懐かしい旋律なんです……。
これをあなたに預けたい、と思ったのは、なにぶん、不気味だからということもあるのだけど、私、この年でしょう。いつ死ぬか分からないの。
あらやだ。お世辞はやめて頂戴。
とにかくね、私が亡くなった時、娘と孫にオルゴールが渡らないようにしたいの。
これだけは、あの子達に残してはならない……そんな気がするの。
だからお願いします。値段はつけなくてもいい。今日、引き取ってもらえないかしら……。
私はお店の棚の品物を整理しながら、オルゴールを飾る為の場所を作っていた。非売品ではあるが、見目が良いので飾ることにした。
オルゴールはどうやら、大正時代に作られたものであるらしかった。箱を開けると聞こえる音の、旋律はおそらくは、『雪の進軍』だろう。
女性が懐かしいと言ったのは、両親か、祖父母か、親族の誰かが歌っていたからなのかもしれない。あるいは映画かドラマかもしれない。
私は箱を眺めながら、女性が引き取って欲しかった理由を考えていた。
女性から箱を引き取って以降、箱から音が勝手に流れたことはない。私は箱をそっと開けた。箱を開けると音が聞こえる。氷を踏んで、と歌う歌の、勇ましい旋律が聞こえる。
これが勝手に動くのか、と思いながらも私はオルゴールを棚の中に置いた。
そうして何日経ったのだろう。
その日は雪が積もり、真っ白な外の景色に反射した光が室内に入り、色のない明るさを見せていた。
棚にある品物を優しく照らす光の中で、私は懐かしい旋律を聞いた。
最初、私は外からの音だと思った。
しかし、しばらくすると、音が室内からであることに気づいた。
その旋律はオルゴールから聞こえてくる。
私はぞっとした。
このオルゴールから聞こえてくる旋律は『雪の進軍』のはずだ。なのに、今聞こえている旋律は違う。
ただひたすらに懐かしい旋律を聞きながら、私は呆然と立ち尽くしていた。
やがて音が消える頃、私は全身から汗が噴き出すのを感じた。
女性がオルゴールを手放したいと言った理由が分かる。これは、受け継いではならない。
だが、私はオルゴールを破棄出来なかった。知り合いの宮司に頼もうと思ったが、彼は一目見るなり、君の下なら大丈夫だろうと言うだけであった。
だからなのだろう。
私は長いこと、オルゴールの存在を忘れていた。時折、聞こえる旋律は鳩時計の鳩が鳴くのと同じで気にならなくなり、やがて、音がしたことすら気付かない程、馴染んでいた。
そうして何年経ったのだろうか。
オルゴールは棚から姿を消してしまっていたのだ。
気付いたら、棚にはオルゴールがなかった。いや、まるで初めからなかったかのように、オルゴールが置かれていた筈の棚には別の物が置かれていたのだ。
私は訳が分からなかった。
盗難届を出そうにも、私はオルゴールの形を覚えていなかったのだ。オルゴールの形を書いただろう書類にも何故かオルゴールの形のことは書いておらず、『雪の進軍』の旋律が聞こえることだけが書いてあった。
ただ、私は不安だった。
あの女性は娘と孫の手にオルゴールが渡らないようにしたいと言ったのだ。
しかしどうなったか分からないものはどうしようもない。
ただ、一つ分かるのは、盗まれたのではないということだった。
オルゴールはそれから一年を待たずに私の元に戻ってきた。
あの日の女性が黒い喪服を身に着けて、私の目の前にオルゴールを置いた。
私はその時初めて、オルゴールに家紋が刻まれていたことに気付いた。
女性は静かに、感情を置き去りにした声で告げた。
――娘と孫は、亡くなりました。
そうして続けた。
――やはり、奪ったものは奪われるのですね。
そう言った女性の真意は今も分からない。
オルゴールは今も私の店の棚にあり、今も旋律を奏でている。
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