23.晩餐会
翌日、約束通り寮へと迎えに来たジェイクに、アンジュは冷たい視線を向けた。
「何故、晩餐に招待されなければならないのか、まずはその説明をお願いします」
何でも言ってくれと自分から言い出したことなどすっかり忘れ、アンジュは腰に手をあててジェイクに食ってかかる。
「え?」
すっかりアンジュが了承してくれたことに安心仕切っていたジェイクは、アンジュの機嫌が酷く悪いことに狼狽える。
「レイチェル補佐官について話をするのなら、別にわざわざ晩餐に招かなくても、軍の会議室だったり、執務室でも出来るはずです」
現に昨日は、軍の総指揮官の執務室で話をしたのだ。機密さえ漏れなければ、場所などどこでも良いはずだ。
魔導士ならば、防音魔法も使えるはずなので、尚更どこでも良いのではないかとアンジュは言い募った。
「あの、ですが……」
「それに、貴族の晩餐に着ていけるような服もありません。正直、前回の時だって、服だけで給料が飛びましたからね」
どんなに頑張ったところで無駄なことはアンジュも分かっている。それでも、それなりに見栄えのする服をと思うのも仕方がないことだ。ジェイクに恥をかかせないためにと奮闘しても、庶民に出来ることなどその程度のあがきだと、アンジュは項垂れた。
「あ、ドレスについては問題ありません。こちらで用意しましたので、着替えてください。もちろん、全て侍女に任せて頂ければ大丈夫ですので」
ご立腹のアンジュを宥めるのに時間がかかりそうだと思ったジェイクは、ドレスに着替える時間を考慮し、強引に連れて行こうと転移魔法を使用した。
馬車ごと転移し、呆気に取られているアンジュを屋敷のひと部屋へと押し込むと、侍女たちが一斉にアンジュを剥きにかかる。
文句を言う暇もなく、着飾られたアンジュは、気がつけば晩餐用の豪奢な部屋へ案内されていた。
余りの手際の良さに、流石は公爵家の使用人たちだと感心する。
そんな場合ではないと首を振ったアンジュだったが、いつもながらの強引なやり方に、もうすっかり慣れてきた。だからだろう、文句を言うことを諦め、大人しく促されるまま廊下を歩いた。
そうして辿り着いた扉の前で、アンジュは深呼吸をする。
レイチェルのために、自分が出来る精一杯のことをしようと意気込んだ。
扉を入ってすぐ、本来ならばジェイクの両親への挨拶を行うはずだが、その前に、初めて会うジェイクの妹に挨拶されていた。
「お初にお目にかかる。オールディス家のクレアだ。兄が世話になっている。これからもよろしくお願いしたい」
「お初にお目にかかります。アンジュ・ベントです」
ジェイクが紹介する間もなく、クレアがアンジュのもとへ歩み寄り、自ら名を名乗ったことに、アンジュ以外が目を剥いた。
本来ならば、まずは当主であるジェイクの父親との挨拶から始まるのではないのかと、手順を飛ばしたクレアに、ジェイクの鋭い視線が突き刺さる。
しかもジェイクからの紹介もなしに、自ら挨拶に向かったことも、良くなかった。
そして双子の姉妹の服装もまた、ジェイクの神経を逆なでする。晩餐だというのに、何故か魔導部隊の制服を着ているクレアに、アンジュを歓迎する気持ちがないのだと伺え、表情が険しくなった。
平民のアンジュを下に見た、礼を欠く行為だとジェイクは憤る。
「お兄様、クラリスを紹介してください」
兄の剣呑な視線をものともせず、クレアはクラリスに目を向けた。
仕方がないと一つ息を吐き出したジェイクは、素直にもう一人の妹に手を向ける。
「ベントさん、こちらにいるのがクレアの双子の妹、クラリスです。クレアともども、どうぞよろしくお願いします。そしてクラリス、こちらがアンジュ・ベントさんだ。今日の晩餐に招待した。ベントさんに対して、粗相のないようにしろよ」
「クラリスよ」
ぶっきらぼうに名前だけ告げ、そっぽを向いたクラリスに、ジェイクの眦が吊り上がった。
たった今言ったばかりだというのに、ひどい態度を取るクラリスに怒り心頭だと、ジェイクは怒気を隠しもしない。
双子の姉妹が二人揃ってアンジュに失礼な態度を取ったことに、堪らず拳を握った。実の妹に殺気に似た怒気をぶつけるジェイクに、流石に不味いと思った二人は、口を開こうとする。だが、アンジュの方が早かった。
「お初にお目にかかります。アンジュ・ベントです」
先程と全く同じ言葉で、アンジュが自己紹介をする。顔が整っているだけに、無表情で告げられたその挨拶に、刺々しさを感じたクラリスが反発した。
「こんな顔だけの女のどこが良いんだか」
聞こえるように独りごちたクラリスにとうとうジェイクが怒りだした。
「気に入らないのなら出ていけ!」
すかさずアンジュが止めに入る。
「オールディス様。そのように責めるのはお止めください。私にも兄がいますが、そのように詰まられたら傷つきます」
「ですが……」
「さあさあ、紹介も終わったことだし、席につきましょう。ああ、そうだったわ、こちらの挨拶がまだでしたね。ようこそ、オールディス家へ」
「ご招待頂き、ありがとうございます」
今まで静観していたジェイクの母カレンが、その場を諫める。慌ててアンジュが挨拶を返すも、これが正しい挨拶なのか未だに分かっていないアンジュは、噛まないようにするので精一杯だった。
カレンの言葉に、渋々といった様子でクラリスが席につけば、クレアもそれに続く。
ジェイクがアンジュの手を取りエスコートをすると、執事のセバスチャンが椅子をひいた。
「ありがとうございます」
二人に礼を言ってから着席すると、アンジュは忘れかけていた緊張が込み上げて、身体を固くした。
晩餐に使用する部屋は、今まで通されていた応接室とは違い、床は輝くばかりの大理石で、天井からはシャンデリアが吊り下がっている。
無駄に長いテーブルの一番奥にはオールディス家の当主と夫人が横並びに座り、真正面にアンジュとジェイクが横並びに座っている。食事のマナーなどよく分からないアンジュからしてみれば、緊張どころの話ではない。
斜め向かいに座っている双子の姉妹からも、手元ははっきり見えるだろうなと考えながら、クラリスの小言に怯えるアンジュだった。
「食事の前に、重要な話を先にしてしまおうと思う」
そう切り出したのは、クレアだった。
席についたばかりではあったが、クレアがスッと立ち上がる。
「私がレイチェルの直属の上司なのでな。補佐官が大変な無礼を働いたこと、本当に申し訳なく思っている。すまなかった」
急に始まった謝罪に、慌ててアンジュも立ち上がる。着慣れていないドレスにもたつきながらも、なんとか立ち上がり、一言謝罪を受け入れる旨の言葉を紡いだ。
そして思う。この国の貴族はしょっちゅう頭を下げてくるなと。
ゆっくりと腰を下ろしたクレアに倣い、アンジュもドレスに皺が出来ないように慎重に椅子に座る。
そしておずおずと質問をした。
「その、レイチェル補佐官は、今どうしていらっしゃいますか?」
「軍の施設で謹慎している。場所は教えられていない。そして面会もできない状態だ」
アンジュの問いかけに、苦しそうに答えたクレアは、拳を握る。
昨日、ジェイクが転移魔法で総指揮官の執務室に現れた後、すぐに解散となった。どうやら軍内部に情報が知れ渡る早さが尋常ではなかったらしく、早々にレイチェルを安全な場所に移す必要が出てきたからだ。
そんな状況下で、レイチェルが無事に過ごせるのかと、アンジュは心配になった。一番安全なはずの軍部が、全く信用できない場所だと知り、複雑な思いも抱く。
「レイチェルの洗脳魔法は既に解除されている。後遺症もないようだ。ただ、軍の規則に違反したことは事実だからな。今後の処遇の件については、まだ決まっていない」
「処遇……。ですが、違反したと言っても、命令されていたんですよね。不可抗力にはならないんですか?」
「難しいだろうな。今回は誰も負傷者が出なかったから良かったものの、もし死傷者が出ていた場合、不可抗力だなどと言っていられないだろう」
「では、本来ならば、どのような処遇になるのでしょうか」
このアンジュの質問を受け、クレアがジェイクに目を向けた。その視線を追って、アンジュもジェイクに顔を向ける。
「死傷者は出ていない。攻撃魔法もごく小さい火魔法。脅す目的で使用した。この条件だと、除隊と一族郎党国外追放といったところが無難ですかね」
そう答えたジェイクに、アンジュは目を見開く。
「たったあれだけのことで……随分と、重いんですね」
「それだけ重大なことなのです」
「どうすれば、罪を軽くできますか?」
「何故、軽くする必要が?」
攻撃を受けたアンジュがレイチェルに対し、随分と同情していることに、ジェイクは首を傾げる。
「洗脳魔法は、本当に厄介なものなんです。一つ間違えれば、自分の過去の思い出さえも改竄されてしまいます。そんな魔法をかけられて……被害者はレイチェル補佐官だというのに、あんまりだと思いませんか?」
「だからと言って、刑を軽くする前例を作るのは、今後のためにもすべきではないでしょう」
尤もな意見を言うジェイクに、それでもアンジュは食い下がる。
「被害者である私が、強く減刑を求めても、ですか? 今回の洗脳魔法の件に関して、減刑に値すると納得して頂くだけの材料があります」
力強く言うアンジュに、ジェイクが眉間に皺を寄せたのを見て、これ以上は無理だろうと、クレアが割って入る。
「兄上、処遇の決定は、まだ当分先になります。ベントさんの意見も聞きながら、今後、このようなことが起こらないよう対策も考えていきましょう」
暗にアンジュと会う機会が、今よりも増えると仄めかすと、ジェイクはその意図を察したように、大きく頷いた。
「ではベントさん、もう少し詳しく調書も取らなくてはいけないだろうし、今後も捜査に協力して頂きます。よろしくお願いします」
「はい。レイチェル補佐官の刑が少しでも軽くなるよう頑張ります」
そこは求めていないジェイクだったが、しつこく言うのも良くないだろうと引き下がる。そしてアンジュとの逢瀬に期待を膨らませた。
クレアもまた、アンジュを上手く引き込み、ジェイクとの間を取り持てたことに安堵した。
だがここで、面白く思わない人物が声を上げた。
「お優しいことで。媚びを売ってるのが丸わかりだわ。クレアを味方につけたいのでしょうけど、必死すぎて滑稽ね」
クラリスが行儀悪く頬杖をついてアンジュに向かって言葉を投げる。余りの態度の悪さに、母親であるカレンが苦言を呈した。
「クラリス、お止めなさい。みっともない」
母親の言葉を無視して、クラリスはアンジュをいびり始めた。
「こんな女をオールディス家に入れるとか、本気なの? 性格は最悪だって、レイチェルが言ってたんでしょう? 皆、騙されてるのよ」
どこから聞きつけてきたのか、レイチェルが言った言葉を引き合いに出し、クラリスが口撃した。だがそれにアンジュは言い返すことは愚か、ポカンと口を開けて驚いてしまう。
今まで意味もなく、やたらと肯定されていたアンジュは、やっとまともなことを言ってくる貴族が現れたことに、暫し呆然としてしまった。
「しかも男を取っ替え引っ替え。そのお綺麗な顔で随分と誑し込んでいるみたいじゃない。しかも、ハロルドにも媚びを売ってるとか。どんだけ男好きなのよ」
「いい加減にしないか、クラリス!」
怒鳴ったのはオールディス家当主であるジェイクの父、ドミニクだ。
その声にハッと我に返ったアンジュは、思わずジェイクに目を向けた。怒り心頭のジェイクであったが、ドミニクの一喝でクラリスが悔しそうに押し黙る様子を見て、口を引き結ぶ。
だがアンジュは感動していた。
これが本来の反応なのだと。
「クラリス様の仰るとおりです。私のような者が、オールディス家に嫁入りするなど、あってはならないことです」
「ベントさん、そんなこと言わないでくださいよお」
初めて顔合わせをしたときと同様に、きっぱりと言い切ったアンジュに、ジェイクが眉を下げる。
「あら、よく分かっているじゃない」
「クラリス、やめろ」
父親に一喝されたのも気にせず、クラリスが勢いづく。それを嗜めるようにクレアが制した。
このままアンジュとジェイクが上手くいってくれれば、レイチェルの減刑もできる可能性があるのだ。それを壊されては敵わないと、クレアも必死になる。
「それはベントさんが平民だから、ではないのだろう? この国の貴族の事情は既に知っているだろうし。何故、自分が、オールディス家に相応しくないと思うのか聞かせて欲しい」
クレアが慎重に問いかける。前回、求婚を断った一番の原因は、貴族家に課せられた重責だと報告を受けていた。
それ故に、その重責さえ何とかなれば、一気に婚姻まで持っていけるのではないかとクレアは安易に考えた。
「私はしがない田舎の平民の娘です。家格はもちろん、教養や所作なども含め、とても貴族家に入ることができるような人間ではございません」
「それを決めるのは国だ。既にベントさんは国王陛下にも貴族家に入る許可は得ているので、なんの問題もない」
「は? 国王……陛下……?」
アンジュの呟きに隣りにいるジェイクは、頬を染めモジモジとし、正面にいるジェイクの両親は大きく頷いている。
斜め前にいるクラリスだけが仏頂面をしていた。
その状況に、アンジュが素っ頓狂な声を上げる。
「なっ! 私はちゃんとお断りしたはずです!」
ここでその話が長引くと厄介なので、クレアが矛先を変える。
「ベントさんは休みの度に、兄と二人で出かけているようだが、それはデートではないのか?」
「あー、まあ、はい。括りで言うとデートだとは思います。ただそれは、お試しのようなもので、オールディス様が私に愛想をつかすためのデートです」
「ん? よく分からないのだが」
「オールディス様が、私のガサツな性格に愛想を尽かすまでの間、デートをしようという話になっています」
「それは、愛想を尽かさなかったらどうなる?」
「さあ。私は結婚するつもりはないので、どうにもならないかと」
身も蓋もないことを言うアンジュに、モジモジとしていたジェイクが項垂れる。
流石のクレアも、これは一筋縄でいかないようだと、気を引き締めた。
「では、兄が平民になったなら、問題ないのか?」
「大ありです! 何故平民になる必要があるんですか!」
「それはもちろん、ベントさんと婚姻するためだ」
「そんなことのために平民になるなど、あってはならないことです」
「そんなことだなんて、軽々しく言わないで欲しい。兄の想いは本物だ。だが貴族家に入らずに兄と婚姻するとなると、平民になるしかないだろう?」
「平民になったところで、結婚はしませんよ」
「じゃあ、どうするんだ? 兄の気持ちはどうなる?」
「では、逆に聞きますが、私の気持ちは、どうなるんですか?」
アンジュの強気な問いかけに、黙って聞いていたクラリスが割って入る。
「お兄様はこの国の『守護者』なのよ。誰のお陰でのうのうと生きていられると思ってるのよ。あんたの気持ちなんてどうでもいいのよ。この国にいる以上、お兄様の恩恵を受けているのだから、婚姻を拒むなんてあり得ないのよ」
先程は猛反対していたくせに、今度は拒むことは許されないと、支離滅裂なことを言うクラリスに、アンジュは眉間に皺を寄せた。
だがここで、クラリスはニタリと嫌な笑みを浮かべる。
「どうしても嫌なら、この国を出ればいいのよ」
その言葉に息を呑んだのは、ジェイクとその両親だった。
次いでガタリと三人が椅子から立ち上がる。
「それは駄目だ!」
「考え直して頂戴、アンジュさん!」
「僕を捨てないでください!」
三者三様で止めに入る姿に、クラリスとクレアがぎょっとする。ここまで必死に止める意味が分からず、戸惑った。
言われた当の本人は、まだ返事をしてないのに止められたことに、どう返せば良いのかと逡巡する。だが、言うことは言っておこうと、口を開いた。
「オールディス様には、本当に心から感謝しています。ですが、それと婚姻はまた別問題です。もしどうしてもというなら、私はこの国を出ます」
アンジュの返答に、ジェイクとその両親が顔を青くさせた。
その様子を嘲笑うように、クラリスが悪態をつく。
「あらあら、随分と簡単に言ってくれるじゃない。あんた一人が出ていくだけでは済まないのよ? 家族も全員出ていかなきゃ。それに、国境を超えたら魔物の巣窟よ? 魔導士がいなくちゃすぐに魔物の餌になるわ。こんな事情で出ていく者に、どんなにお金を積んだところで、貴重な魔導士は貸し出せないわ」
「はい。それはもちろん承知しています。家には飛竜がいますので、国境超えは問題ありません」
「は? 飛竜?」
こくりとアンジュが頷いた。アンジュの実家と軍に預けている飛竜三頭がいれば問題なく国境は超えられる。飛竜の主食は魔物だ。狩りもお手の物だし、軍馬も育てているので移動手段も困らない。逆に快適な旅になりそうだと、アンジュは考えた。
「家が軍に預けている三体の飛竜も、一緒に行くと思いますので、そのつもりでいてください」
アンジュの言葉に、今度はクラリスがぎょっとする。そしてクラリスもまた立ち上がった。
「え、待って、待って! アンディ君って、あんたの家の飛龍なの?」
「え? ……えーっと、アンディは私と一緒に育ったので、弟と言っても過言ではありませんけど……アンディ君って……」
「えーーーー! アンディ君のお姉さんなの! うそ、アンディ君の! うひゃー!」
何故か大喜びしているクラリスに、アンジュは引いた。大いに引いた。
そんなアンジュを気遣うように、ジェイクがそっと耳打ちする。
「すみません。クラリスは大の飛竜好きなもので」
「そ、そうでしたか……」
この展開は想像していなかったアンジュは、興奮しているクラリスを見遣り、目を眇めた。
「それよりも、国を出るなどと言わないでください!」
ジェイクが声を張り上げる。
国を出る出ないよりも、まずはアンジュの気持ちをジェイクに向けなければと、クレアは焦りながらも疑問を投げかけた。
「聞いた話では、兄の顔はベントさんの好みらしいな。だとすると、筋肉が苦手とか?」
ジェイクを嫌う理由を探ろうと、何気なく言った言葉に、ジェイクが激しく反応する。真っ赤な顔で、自身の身体を隠そうとするジェイクに、家族全員の冷ややかな視線が突き刺さった。
「い、いえ。その……逞しいほうが好みです」
アンジュも負けじと赤くなったことに、その場の全員が手応えを感じた。ジェイクに至っては、昇天しそうなほどに喜んでいる。
「では問題は、分不相応だという点かな?」
ぐっと息を詰まらせたアンジュに、クレアが確信する。
「ベントさんの懸念は、貴族が務まるかどうか、ということでいいのか? だとしたら問題ないだろう。実際、クラリスを見てどう思った? これが貴族の令嬢だと言われても、信じられないだろう?」
「い、いえ、そんな……」
「自分でもそう思うわ」
同意を求めてくるクレアに、慌ててアンジュが否定をしようとしたが、当の本人が力強く肯定する。隣ではジェイクが頷いていた。
「ちなみに私とクラリスはダンスも踊れない」
「覚える気もないわ」
「貴族家の女主人など、とても務まらないだろう」
「やるつもりもないしね」
合いの手のように返すクラリスに、アンジュは絶句する。
「まあ、そういうことだ。貴族家に入ったところで何も問題はない。家には優秀な執事もいるしな」
そう言って、隅に控えているセバスチャンを見遣ると、大きく頷いていた。
「兄が平民になることも問題ない。正直この家は、セバスチャンがいれば何とかなる。もちろん、後任もしっかりと育てているから、この世代になったとしても心配ない」
当主であるドミニクが大きく頷く。だが、女主人であるカレンだけは、複雑な表情をしていた。
呆気に取られていたアンジュだったが、ここで流されてはいけないと、気合を入れて反論する。
「それが許されているのは、国に貢献をしているからですよね。クレア様とクラリス様は、魔導部隊で副団長をしているし、オールディス様は、守護者です。当主であるオールディス公爵様も、軍部に所属していらっしゃるし、公爵夫人はしっかりと女主人をこなしています」
ぐっと眉根を寄せたクレアに、アンジュは尚も畳み掛けた。
「では、私はどうでしょう? 本当にただの平民です。何も出来ないただの平民です」
「それはどうだろう? まず、飛竜に乗れる。ただの平民で、飛竜に乗れる者はいないだろう。軍部に所属している者でも、全員が飛竜に乗れるわけではないしな」
確かにそうかもしれないとアンジュは思いつつも、それが何の役に立つのかと首を傾げる。
「飛竜に乗れるからといって、国に貢献をしているとは言えないのではないでしょうか」
「有事の際、役に立つと思うがな。呼べば来るのだろう?」
「まあ、来ますけど……」
先程の、一緒に育ったというアンジュの発言を聞き、大袈裟に言ったつもりのクレアだったが、軽く返された言葉に目を瞠る。
クラリスに至っては、アンジュを神の如く崇めだしていた。
「呼べるの! ねえ、今呼んでみせてよ!」
「用もないのに呼んでどうするんですか?」
尤もなアンジュの返しに、クラリスが項垂れた。
先程までの険悪な態度はどうしたと、アンジュは思わず目を細めてクラリスを見てしまう。
「飛竜を呼べるのら、それでもう十分だろう」
「いえ、全く、十分でも何でもありませんが?」
何を言っているのかと、アンジュは益々首を傾げた。
「それよりも、飛竜を軍に預けてくれた事自体が功績だろう。ベント家の飛竜のお陰で、軍に元々いた飛竜たちの統制が取れるようになったのは大きい。それまでは本当に酷かったからな」
「全くだ。飛竜に乗れる者は殆どいなかったからな」
クレアの言葉を肯定するドミニクは、苦い表情をした。二年前に飛竜を預ける前は、一体どうしていたのだろうかと、アンジュは興味がわく。
元々軍にいた飛竜は、野生だったのか、それとも卵を孵して育てたのか、それを聞こうとしたところで、再びクレアが口を開いた。
だがそれは、アンジュを奈落の底に突き落とす、恐ろしい言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます