第18話 ジョナスの隠された悪意
ラティカは詩歌をまるで吟じるかに、唄うようにレダに言う
「これは普段、通常私の寝室にある鉤付き扉の書棚に収めてあるの」
「そうなんですか?」
「ええ
だから秘密は固く保たれているの、安心してね」
益々ただ事では無い
レダはゾッとしながらもそっと、膝の上でジョナス自らが製作したと云う怪しい気配がユラユラする装丁本を指先で開く
プンと独特の革の香りがした
開くなりレダは身体が硬直した
最初のページタイトルは、背表紙とは全く違う異なる別物だった
つまり外側のタイトルは全くのデタラメで、世を欺く為の大嘘として金字、高価な箔押しで刻印された物
レダは手書きタイトル見た瞬間よりパラパラ、高速で次々にページをめくる行為がやめられなかった
〜というか止められない
見かけ豪華な革張りの本は全てレダの究極の個人情報と、どんな些細な日常に関する事までもが事細かに拾い上げられ詳細に記録された内容だったのだ
そのままいちどきに最終ページ迄、目線だけで斜め読みして辿り着く
すると数ページをわざわざ糊で固め、くりぬかれた密やかな窪みが作られたポケット状の部分に遭遇した
心の底から唖然とした
これを悪意といわねばなんなのだろう
つまりは真の持ち主以外は”決して開けてはならぬ本”
レダは身体がブルブルと震えた
当然、激しい燃えるような怒りだ
「レダお姉様、何があったの?」
ただ事無いワナワナ震えるレダの様子から、おとなしくお行儀良く隣にチンマリ着席していたマリウスも不安げに覗き込む
彼もレダの手元を目にした瞬間顔色が変わった
マリウス自身も驚きで思わずと言った様子で言葉を無くす
装丁本のどのページもどのページも、異常過ぎる程に克明に、恐るべき程細かく鋭いペン先で、綿々と極細い書体でビッシリ綴られている
内容の濃密さは「一体全体どうして?!」疑問にすら思えるほどだ
レダ亭をジョナスが追い出される、恐怖のあの晩までの行為が、それこそ朝から晩まで細かく記載されているのはゾォッとした
つまりはっきりこれは「観察日記」であり、どこからどう見てもパリパリ古い変質しかかった状態の良くない質の悪い紙の形状、しかも茶系にうっすらインクの色味の変わった様子から、記録の一枚一枚はおそらく当時の本物だと感じる
「オリジナル」〜
それらを総てまとめた上で、一冊の本に仕上げた物だと想像が及んだ
もしもを考えて他にこれとは別のいわゆる模写、写本で、「写し」があるかはわからないが、それにしてもどこまでも薄気味の悪い代物だった
秘密めかす謎の隠しポケットには、二つの品が証拠品の如くに取り付けられ、しかも何処かに万が一にも落下し紛失せぬよう、ムカつくことにご丁寧にも底部へピンで留められ収められていた
ふたつの内の一つの品
既にパリパリに乾燥しきった、リボンで結ばれし一房の毛束
如何にも大切そうに、しっかりシルクリボンで蝶結びにされていたそれはどうみても幼児特有、柔らかな手触りを持つ、猫っ毛の細い毛髪だった
「しかもこのリボン、確かに見覚えあるしっ?!」
レダは憮然としてクルクルする毛先を指先でつまんだ
大体これ、いつの間にか無くしてしまったと本気でションボリしていた特にお気に入りのリボン!
おじいさまが「きみがレダ亭に来た日を誕生日にしようかねぇ」
ニコニコそう言いながら、貧しい生活の中で心づくしのプレゼントで贈って戴いたものじゃないのっ!!
『よもやよもやこんなところで再会するとは……』
〜あんなに探したのに実は盗まれていたことを知り、怒髪天をつき唖然とするばかりだ
さてもう一つは極小さな額装、手の込んだ
細密画はおそらく盗み見によるプロの絵師の御手になるものだろう、本当に当時の自分にハッとする程ソックリ、巧に特徴をとらえ愛おしげによく描けていた
元々レダは安全の為、非常にちょっとした風聞にも用心をしている
よって決して似姿を絵描きに描かせたり、ましてや形として愚策、こんな風に残したりはしない
〜場合によっては命取りとなりえる、ありえない禁忌の物品だった
レダは眩しい思い出、遠い日のある日
まだ信頼していた時分の、明るく人当たりの良い器用なジョナスの手で、上手な可愛いく見えるヘアカットをして貰った事を思い出す
まさかこんな風にされていたとは夢にも思わず、だからこそ僅かに残る、彼にまつわる善なる幸福な記憶すら泥にまみれ踏みにじられた気がし更に許せない
ドッカーンともぅもぅ、ギャーキモチワルイを通り越して爆発する怒りしか湧かない
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