第5話 お昼を一緒に
火曜日になり、入学式があったのは昨日のこと。
今日も学校があるという事実が、学生であるという意識を強くさせていた。
「ありがとうございます。登校時間を合わせてもらって」
「大丈夫ですよ。
「では、またお昼に」
「はい。また」
明音さんを見送って、始業までの時間をどう過ごすか考える。
今朝は用事があるという明音さんに付き合って、昨日よりも早い登校になっていた。
そして、俺は時間を余すことになったのだ。
図書館でも探してみようかと思いついて、明音さんとは逆の方へ歩いていく。
改めて校舎の広さを感じながらしばらく進んでいると、目に入る。
身体は、考えるよりも先に動いていた。
見えたのは、倒れている女子生徒。自動販売機の前で、女子生徒が仰向けに倒れていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ると、反応が返る。
幸いなことに意識はあった。
良かったと、素直に思う。こんなところで不幸が起こるべきではない。
「ご」
何かを求めて手を伸ばそうとしている。耳を澄ました。
「ご飯」
ご飯。
「……?」
「お腹、空いた」
緊張で張っていた意識の糸が、切れるのを感じた。
いったいどんな冗談だろうと思って、「全然面白くない」という言葉を飲み込んだ。
伸ばした手が指し示したのは、自動販売機のシリアルバーだった。
「どうぞ……」
買ったシリアルバーを開封して、差し出す。
「はむ」
「うわっ」
シリアルバーは俺の手元に残ったまま。女子生徒は身体を起こすと近づいて、そのまま食べ始めた。
俺はいったい、何に巻き込まれてしまったのだろう。
食べきってしまうまでに時間はかからなかった。
おもむろに、自動販売機のお茶を指さす。
人助けなのか、たかられているのか。
「はい……」
さっきと同様に、買ってふたを開け、差し出した。
「ん」
「……」
口を開けるので、そっと飲ませてあげる。
俺はいったい、何をしているのだろうか。
止まることなく半分程飲むと、ようやく口を離した。少しこぼれて、首へと伝っていく。
ここで初めて目が合う。これまでの気だるげな所作とは裏腹に、力強さを感じさせる目だと思った。
「君、名前は?」
「山宮秀です」
「学年とクラスは?」
「一年一組です」
「覚えた。助かったよ、秀」
「いえ、無事で良かったです……」
「今度お礼をするから、覚えておいて」
立ち上がると、背が高いこともあってか凛々しい姿を見せる。
力強さを意識させる目元を思えば、相応の立ち姿かもしれない。
しかし、動き出すと怠惰な雰囲気が顔を出す。不思議な人だ。
「じゃ、失礼するね」
「はい……」
腰まで届く長い髪を揺らして去っていく。
事の性急さが思考を置き去りにしていた。
あの人はいったい何だったのか。まるで自然災害だ。
「…………………………」
どうしてかあの目が怖くなってきて、逃げるように歩き出す。
それから、少し迷いながら図書館にたどり着いて、始業までの時間を過ごした。
――――――――。
――――。
――。
今日は、午前中に新入生全体でのガイダンス、クラスでのガイダンス、校舎の案内と実施された。
午後には部活動、委員会活動の紹介が待っている。
「最上くん、弁当なんだね」
そして今は、不思議な朝の出来事から時間が過ぎて、お昼休憩。
最上くんが机の上に弁当を出していた。
クラスメイトたちも、それぞれ昼食の時間に入ろうとしている。
教室での食事は禁止なので、持ち込みも大丈夫な食堂や、広々とした庭などで食べることになる。
「山宮は売店で買うの? 食堂?」
弁当以外にも、売店でパンを買って軽く食べる場合もあれば、食堂で定食をしっかり食べる場合もある。校舎案内の中で、先輩から聞いた話だ。
「食堂かな?」
俺は、どちらかわからなかった。
曖昧な返事だったから、最上くんが首を傾げる。
「一緒に行こーぜ」
「?」
今度は俺が疑問符を浮かべる番だった。
けれど思えば、納得の提案なのか。
「どうした?」
最上くんは俺と一緒にお昼を過ごす気満々らしい。
そうなると、俺と最上くんで男二人の中、明音さんの居心地はどうなるだろう。
考えて、一人助っ人を思いつく。
「藤枝さん」
「なに?」
今まさに弁当を持って席を立とうとしていた藤枝さんを捕まえる。
「お昼一緒にどうかな? 最上くんも一緒なんだけど」
「藤枝も一緒に食べるか?」
「……うん」
最上くんのアシストもあって、藤枝さんもお昼を一緒に過ごすことに。
これで問題解決だろう。
「じゃあ行くか」
「待って。もう一人誘いたいんだけど、いいかな?」
「佐伯か」「佐伯さんか」
声が重なる。
この二人、仲がいいな。
「違うかもしれないでしょ……」
「なら答え合わせだな。誘いにいこう」
最上くんが歩き出す。迷いのない様子から自信が伝わってきた。
「何組だっけ?」
「……六組」
俺の様子を見て、最上くんはとても楽しそうだ。
「一緒で良かったの?」
前を進む最上くんを尻目に、藤枝さんはそんなことを気にしていた。
俺としては、藤枝さんには是非一緒にいてほしい。
「藤枝さんが一緒にいてくれて助かるよ」
「たぶんわかってない」
「……?」
「山宮くんって、そういうところあるんだね」
藤枝さんが言葉の端々に呆れたような雰囲気を滲ませる。その意図がわからない中で、最上くんが歩みを止めた。
俺たちも一緒に立ち止まる。
「よし、着いた。答え合わせだな」
「わかってるくせに」
僕らのクラスは一組。対して明音さんのクラスは、離れたところにある六組。
遠くはないが、近くもない。用がないのに訪ねたら、不自然に思われるかもしれないような距離。
すぐに声を掛け合えるいつもの状況とは違う。そのことに対して、新鮮だと感じてしまった。
教室に入って、事前に聞いていた真ん中の席へ進む。
たしかに、そこには綺麗な後姿があった。
「佐伯さん」
声をかけると反応は早かった。明音さんが可憐に振り返ってみせる。
愛らしい笑顔のお迎えだ。
「お待たせしました。お昼一緒に食べましょう」
「秀さん、緊張していますか?」
「まあ、この通り」
「ふふ。食堂で食べますか? 天気もいいので、お庭でも」
「食堂で食べましょう」
ふと、机の上にあるものが目に入る。
俺の視線に気が付いて、明音さんが手に持って見せてくれた。
二つの弁当だ。
「今日のお弁当です。二人で食べましょう」
「ごめんなさい。作ってくれていたなんて……気づかなかったです」
朝は一緒だったけど、持っていただろうか。困ったことに覚えがない。
すると、恥ずかしそうに明音さんが微笑む。
「朝は忘れてきてしまって、さっき届けてもらったんです」
「そうだったんですか」
俺の分らしい弁当を受け取る。
「ちゃんと私の手作りですよ」
明音さんは料理上手だから、お腹の方も期待を膨らませていた。
「ありがとうございます。いただきます」
「行きましょうか」
「佐伯さん。他に二人、一緒に食べたい人がいるんです」
「え?」
「?」
明音さんは笑っている。というよりも、さっきまでの笑顔で固まっている。
途端に思い出したのは、藤枝さんとの会話だ。
「二人ともクラスメイトで」
明音さんの様子は気になりつつも、待ってくれている二人の元まで案内する。
「やっぱりだ」と言いたそうに、得意げな表情をした最上くんに迎えられた。
「こっちは最上一くん。こちらが藤枝雅さんです」
「初めまして、佐伯明音です。お二人とも、ご活躍は良く存じ上げております」
「よろしく」
「お邪魔します」
挨拶も済んだ。お腹の空きもちょうどいいだろう。
「じゃあ、食堂に行きましょうか」
――――――――。
――――。
――。
食堂の中。窓際のボックス席に腰掛ける。
俺と明音さん、最上くんと藤枝さんの組で横になって座った。
四人揃って弁当を開ける。
いつも通り、とても美味しそうだ。
「山宮くんの弁当は佐伯さんが作ったの?」
「ええ、いつもそうしていますから」
「美味そうだな」
美味しそうに覗き込む最上くんの弁当も、男子なら必ず喜ぶのではないかと思えるようなものだった。
「最上くんの弁当も美味しそうじゃない」
「美味いぜー、おふくろの味ってやつだ。俺が好きなやつばっかり」
「藤枝さんのお弁当も手作りですか?」
「うん、一応」
少し、隣に座る最上くんの様子を気にしながら答えた。
いつか、藤枝さんの作った弁当を食べる最上くんが見られるかもしれない。
「二人とも女子力高いな。俺たちも見習わないとな、山宮」
「女子力つける?」
「俺が弁当作っても、おにぎり詰めにしかならないぜ」
それはきっと、不格好で大きいおにぎりだろう。
「なら、俺が冷凍食品でも使っておかず詰めにしてくるよ」
「はは、そりゃいいな」
「ふふ。そろそろ食べましょうか」
「「「「いただきます」」」」
まずは卵焼きにしよう。
「美味い」
「良かったです」
卵焼きの味付けといい、弁当の内容といい、すっかり好みを把握されて、胃袋を掴まれていた。
「そういや、山宮は部活どうすんの?」
「部活?」
「うちの学校は、部活か委員会での活動が必須でね」
首を傾げる俺に、藤枝さんが説明を加えてくれる。
「委員会は枠に限りもあるから、だいたいの人は部活に入ることになるの」
「それで午後まるまる紹介の時間を取ってあるのか」
「俺は全部の部活で体験入部してから決めるぜ」
最上くんのアグレッシブな宣言に、藤枝さんと明音さんが驚いた表情をする。
藤枝さんについては、困惑の色も見せた。
「え、野球部じゃないの……?」
「野球は最後だな。新しいことするのもアリだなって思ってさ」
「……そうなんだ」
「藤枝はバド続けるの?」
「うん」
「頑張ってな」
「……うん」
最上くんの応援も、どこか遠いところで聞いているような様子だ。
当の最上くんは、切り替えて俺の方に向き直った。
「それで、山宮はどっか考えてんの?」
「中学では入ってなかったから……どうしようかな」
「秀さん」
すると、恐る恐るといった様子で明音さんが俺を呼んだ。
「生徒会に、入りませんか?」
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