ゴメン……私のせいで…

第18話

一途の母親、桜庭真由紀(さくらばまゆき)——。

彼女と最初に出会ったのは今から十年以上前。

確かオレが小三の頃。一途と付き合う前の話。

初めて桜庭家の敷居を跨いだあの日。


「キミは一途ちゃんの新しくできたお友達かしら——?」


オレは手に持っていた傘を力なく落として啞然と立ち尽くしてしまった。

彼女の第一印象はとにかく美人。ふんわりウェーブのかかった長い髪とモデル顔負けの九頭身スタイル。女性なら誰もが羨み、男性なら誰もが目を奪われるナイスバディの持ち主。

当時ムッツリスケベだったオレは顔を合わせた瞬間照れてしまった。一応、一途が初恋の相手だが今覚えばお母さんの方も好きなっていたかもしれない。この事は勿論、誰にも言えない秘密だが。


「いつも一途のために学校の宿題持ってきてくれてありがとう。ここまで来るの大変でしょ?」

「ううん。これぐらい朝飯前‼」

「あらら、難しい言葉知ってるんだね。どこで覚えたの?」

「桜庭ちゃん!!いっつも難しい言葉教えてくれる!!」

「あらあら。あの子ったら」


彼女の口癖は「あらあら」と「あらら」。

常に目が細く見えるのは、ずっと笑ってるせい。クソガキ(オレ)のつまらない話を嫌な顔一つせず真剣に楽しく聞いてくれる。

それは決してオレが特別扱いされていた訳ではない。誰に対しても聖母のような温かい眼差しを向け、優しい言葉を送る。

そう……。どんな相手にもずっと、ずっと、温かくて優しい。怖いほどに——。


■■■


駅から少し離れ、新緑に囲まれた公園までやって来た。

有料ではないが公園の面積は広く、至る所に愉快な遊具が配置されている。

幼い子供達が親に連れられ、仲睦まじく遊んでいる。


「昔はよく晴斗クンと一途ちゃんと私の三人でここに来てたよね」

「あれ、そうでしたか……?」

「晴斗クンがいっつも誘ってたじゃん。誘われるたんびにインドア派の一途ちゃんが凄く険しい顔してて面白かったな……。もしかして全然覚えてない?」

「ええっと……、一途と一緒に遊び過ぎて記憶がごっちゃになってます」


確かにどこか見覚えのある場所だが、ハッキリとは思い出せない。


「特にあの大きな滑り台は二人でよく遊んでたよ。晴斗クンが毎回足を擦り剝かせて泣いちゃうから大変だったわ」

「そういや、いつもおばさんに絆創膏張って貰ってたような気がします……。なんか今思い返すとすごく恥ずかしいです。あの時は大変ご迷惑をお掛けしました。すみません……」

「もぉ~、そんな仰々しく謝らないで。あの頃の晴斗クンは凄く可愛かったし、微笑ましかった。ま、今も変わらず可愛いけどね」

「揶揄わないでください」

「揶揄ってないよぉ~。ただ事実を述べただけ」


下からオレの顔を見てお茶目に笑ってみせる。笑った顔は前と変わらず、無邪気で元気そうだ。


「晴斗クンと出会ってからもう何年になるかしら」

「だいたい13年ぐらいだと思う」

「もうそんな経つの⁉時の流れは早いねー」

「そうですか?オレはそこまで早く感じませんけど……」

「もっと大人になって結婚すれば早く感じるようになるわ。あたしなんか一途ちゃんがオムツ履いてた頃がつい二週間の出来事に思える」

「それはいくらなんでも言い過ぎでしょ」

「そうかな。おかしいかな?」


暫く車椅子を押していると、目の前に程よく生い茂った草原が広がっていた。

子供連れの家族が数組、青天井の下でガヤガヤとピクニックを始めている。


「この景色もほんと懐かしいわ。早くあの頃に戻りたい……」

「ん……?」

「いや、なんでもない!今も充分幸せだし、楽しいわ‼」


最後の方、言葉が尻すぼみに小さくなり聞き取れなかった。

聞き返したが、空元気で誤魔化される。


「もう無理しなくても大丈夫ですよ。せめて、オレの前では遠慮なく素を出してください‼」

「何を言ってるんだか……。今の姿が私の素よ。子どもに心配されなくても大丈夫」

「オレはもう子どもじゃありません……‼」


彼女のお人好しは何年経っても変わらない。強情に笑顔を絶やさず、楽しそうに演じる。


「——ゴホン」


暫く沈黙の時間を挟み、オレはわざとらしく咳払い。

重くなりそうな空気を払拭するべく、話題を変える。


「実はオレ、貴方のことが好きになりかけてました」

「えっ。なになに、急な告白?」

「はい、今更ですが」

「どういった所に惹かれたの?」

「美人な所とエロい所……です」

「素直ね。ちゃんと男の子だ」

「すみません。でもすぐにおばさんに対する“好き”が恋愛感情ものじゃないと気づきましたから」

「うふふっ。それで一途ちゃんにもう一回シフトチェンジしたと?」

「違います。最初からずっと本命はアイツだけです。ただ、ほんの少し心が揺れかけただけです……」

「わかってる、わかってる」


とりわけこの場で言わなくてもいい事が口を衝いて出てしまう。

どんな姿であれ彼女を目の前にすると肩の力が抜ける。良い意味でも、悪い意味でも——。


「ありがとう、晴斗クン。一瞬でもあたしのこと好いてくれてたなんて光栄だわ」

「そういうの止めてください。恥ずかしくて死にます」

「なにそれ、自分から言ったくせに~」


「ほれほれ」と、か細い腕でオレの脇腹を小突いてくる。

少しでも強く握ればポキッと折れてしまいそうな小枝——。

全く痛くないはずなのに脇腹が痛く感じるのはどうしてだろう。


「そろそろ本題に入りますか……。両足が無くなった経緯について」


梢の葉擦れの音とともに揺れる青草達。

車椅子を木陰の下まで押した直後、穏やかだった声色が少し強張る。


「あたしらしくない重い話になるんだけど聞いてくれるかしら?」

「もちろんです」

「ありがと」


表情筋は依然として笑ってるのに膝の上に置かれた手は小さく震えている。

話し終えるまでずっと、ずっと。

恐怖に怯えるように、涙を堪えるように——。

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