第2話
新島晴斗、今年の春から大学4回生。
週4で働いていた居酒屋のバイトを休み、就活に勤しんでいる。
今日は面接練習をするために大学のキャリアセンターに顔を出す。
この時期は他の就活生の予約でいっぱい。
中々、マンツーマンで相談できる日が見つからない。
交友関係の広い就活生なら、友人同士で仲良く練習するのだろう。
だが生憎、今のオレには友人がいない。辛うじて高校時代の友人なら数人存在するが、ソイツらは全員違う地方の大学に通っていて気軽に会いに行ける距離ではない。
当然、彼女もいないため、ここ暫く一匹狼でキャンパスライフを送ってきた。
別に今の生活を苦だと感じたことはない。むしろ単独行動の方が自由が効いて、かなり楽だ。故に友人を作らなかったことに後悔はない。
「——新島さん、こちらへどうぞ」
キャリアセンターの職員さんに別室へ案内される。
今回、担当してもらえる職員さんは若い男性だ。ちなみに顔を合わるのは今日が初めて。
日によって担当者が変わるため、自分が面接を受ける予定の会社について一々最初から説明するのが面倒くさい。できれば、担当者は常に同じ人であって欲しい。それがダメなら、せめて情報共有して欲しい。
「今日は面接練習と履歴書に書くガクチカの添削ですね」
「はい。お願いします」
制限時間はだいたい30分程度。
最初は履歴書の添削から始まって後半は軽く面接練習して終わり。
長いようで短い時間だ。
「——もう少し、具体性があって理解しやすい内容は書けないかな?」
これで添削は何回目だろう。
居酒屋のバイトでの話を書いたのだが、納得のいく内容ではなかったらしい。
何度も何度もリテイクを繰り返し、嫌気が差す。
「バイト以外に何か頑張ったことはない?」
「ないです」
「趣味でもいいよ」
「ないです」
「サークル活動とかは?」
「サークルに入ってません」
「ゼミで勉強したこととか……」
「すみません。講義内容ほとんど聴いてないので」
この4年間、無気力過ぎて何もしてない。
ただ寝て起きて、講義を受けてバイトに行く毎日。
誰かとどこかに遊びに行くことなんて滅多にない。
そんな奴に学生時代に頑張ったことなんて聞いても時間の無駄だ。
「高校時代とか中学時代の話とか書いたらダメなんですか?」
「う~ん、絶対ダメというわけではないんだけど、なるべく大学時代の話を書いた方が心象はいいかな」
曖昧な言い方だが、恐らく大学時代の話じゃないと通用しないのだろう。
これは困った。ほんとに何もない。
脳みそをフル回転させて直近の三年間を振り返るが、どこの記憶を切り取っても同じ。起承転結のない濃淡な学生生活だ。
「すみません。もう一度家に帰って書き直してきます」
「履歴書の提出、明日まででしょ?さすがに急がないとヤバいよ」
「すみません。今日は徹夜します……」
下書きの履歴書を片手にとぼとぼとキャリアセンターを後にする。
高校生ぶりにただならぬ危機感を覚え始めた。今更ながら何か頑張っとけば良かったと悔やむ。
ふと、桜の木の下で天を仰ぐ。薄紅色の花びらが顔に降り注ぎ、鼻頭に優しく乗っかる。
オレの荒み切った心とは真逆の存在。今日はやけに桜が眩しく見えてしんどい。
高校時代にあった輝かしい夢はどこへやら。就活が解禁されたのに未だ先が不透明。来年の春、どんな気持ちで桜を見上げているだろうか。いくら想像を膨らませてもバッドエンド不可避で辛過ぎる。
今すぐ家に帰って現実逃避したい。ゲームしてゴロゴロしたい。
「——我ながらクズだな」
そう独り言をぼやいて、鼻頭に付いた花びらを払う。
ギャンブルやネズミ講、ヤバいクスリに手出してないだけまだマシ。それだけでミニマリストは満足するしかない。
ネガティブな感情は全て忘却し、無理やり折り合いを付ける。虚しいセルフコントロールだ。
「あっ……」
不意に手の力が抜けた。
右手に携えていた履歴書が春の風に飛ばされ、華麗に宙を舞う。
「随分と高く飛んだな……」
背伸びしても届かない高度まで飛行し、そのままあらぬ方向へ彷徨う。向かう先は大学の庭にある小池。あんな場所に落ちたら紙が大惨事だ。
慌てて後を追いかけ、キャッチを試みる。
「ダメか……」
錆びついた脚力では到底追いつけない。少し走るだけでいっちょ前に息が上がる。
老化が進んだお爺ちゃんのごとくよたよた歩き、途中で無様に跪く。
「もういいや」
履歴書がひらひらと小池に落下する様子を見て静かに溜息。
最期を見届けることなく踵を返した。
「また一から書き直そ」
やる事が増えても別に構わない。どうせ暇なんだし。
「——あの、すみません」
「ん?」
優しく背中をポンポン。
変声期前の少年のようなハスキーボイスが鼓膜を突いてきた。
オレは反射的に後ろを振り返る。
「これ、落とされましたよ」
オレに声を掛けてきたのは女子大生。
風に飛ばされシワができた履歴書を差し出された。
「あ、ありがとうございます……」
オレより少し背が高く男勝りの長身的スタイル。黒のトップスに濃紺のスキニーパンツと全体的にピタッとした服で線の細さが際立つ。
オレは履歴書を受け取り、素直に感謝を述べた。
「——ちょ、ちょっと待って‼」
アポロキャップを目深に被ってるせいで、目元がハッキリ見えない。でも、なんとなく彼女の雰囲気に既視感を覚える。
一瞬、どこか懐かしい香りが風に乗って漂ってきた。
この場から立ち去ろうとしていた女子大生を急いで引き止める。
「帽子外してくれませんか?」
「はい……?」
女子大生の口角を歪ませ、嫌悪感を滲ませる。
彼女の様子を見て一瞬、オレの恥ずかしい勘違いかとたじろいだが——、
「あれ?それは……⁉」
耳に付けられた銀色に光る物。見覚えのある軟骨ピアスが目に飛び込む。
「その帽子取って」
「は⁉」
「早く‼」
絶対にそうだ。これはオレの勘違いじゃない。あのピアスを見て確信した。
女子大生はこちらの頼みを拒絶し、逃げようとする。だが、オレが彼女の手首をガッシリ掴んで阻止した。
知り合い同士でなければ普通に犯罪だ。
「お願い」
「……」
「自分から取らないなら、オレから取るけどいい?」
「……」
いくら話しかけても無言を貫く。顔を俯かせた状態で固まってしまった。
「ゴメン。取っちゃうね」
首を横に振ることも縦に振ることもしない。
何の抵抗もされないままアポロキャップを取り上げた。
「やっぱり」
オレは彼女のことをよく知ってる。一番、誰よりも知ってる。
見間違えるはずがない。過去に愛した“恋人”を——。
帽子を取ると長い暗髪がすらりと下に垂れ、血の気のない真っ白で上品な顔立ちが露わになる。
「久しぶり、一途」
「……」
髪型以外、高校の頃と何も変わってない。
一途は目を白黒させて、オレの顔を見つめ返した。
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