§003 天才軍師令嬢

「ウィズリーゼ。僕の部下であるはずのお前が、なぜ僕が考案した作戦に意見した? おかげで父上の前で大恥をかいたではないか」


 私、ウィズリーゼ・エーレンベルクはエディンビアラ軍の会議室にいました。

 相対するは、我がエディンビアラ王国の第二王子であり、エディンビアラ軍の将軍位の地位にあるアーデルヴァルト・フォン・エディンビアラ様。


 アーデル様は髪色と同色の金色の瞳を殊更に私に向けると、その美形な顔に相応しくない怒声を持って、私を叱責します。


 事の経緯を説明しますと、私は先日、エディンビアラ軍の国家軍師の地位を拝命しました。


 国家軍師とは、エディンビアラ軍の軍略を考案する、言わば、参謀のような役割を担う者で、首席国家軍師を筆頭に、合計で7人の国家軍師が、各戦場での軍略の考案のため、日々の研鑽を積んでいます。


 私は、『兵棋演習』と呼ばれる、盤上を戦場に見立てて行う遊技の大会において、3年連続で優勝を果たしました。


 その成績を認められ、私は、未だ士官学生という身分でありながら、最年少で国家軍師の要職を任されることになりました。


 そして、本日のつい先ほど、来たる『サマルトリア王国』との戦争の作戦会議に、初めて参加させていただきました。


 今回の総指揮を執られるのが、総大将であるアーデル様。


 アーデル様は作戦会議の場において、ご自身が考案された作戦を提示されました。

 ただ、その作戦があまりに思慮が浅く、力任せの作戦であったため、国家軍師である私は、指摘せざるを得ませんでした。


 もちろん、私の言動がアーデル様を貶めることになるとの自覚はありました。

 しかし、私は兵士の……国民の命を預かる立場にあります。

 国家を守るという責務がある以上、私はアーデル様の作戦を看過するわけにはいかなかったのです。


 それゆえの進言だったのですが……。


「あの場でお前の発言など誰も求めていない。学生身分の分際で、総大将である僕の作戦に意見することがどれだけの愚行であるかを理解できないほど落ちぶれたか、ウィズリーゼ」


「……お言葉ですが、アーデル様の作戦では兵が死にすぎます。兵の命を軽んじては決して戦争では勝つことができません。確かに私は未だ学生の身分ではありますが、正当な国家軍師の任を受けています。それにもかかわらず、避けられる敗北を見過ごすことはできません」


「兵が死にすぎる? はっ、それだからお前は本当の戦場を知らないって言われるんだよ。兵が国のために死ぬのは本望じゃないか。兵を死なさない作戦とか、お前は聖人君子になったつもりなのか? ここは兵棋演習ゲームの世界じゃないんだぞ?」


「国を守るために兵が死ぬのは致し方ないということもあるでしょう。しかし、それは兵の命を軽んじていいことと同義ではありません。少しでも血を流さないよう、戦わずして勝てる道があるのであれば、その道を模索すべきと意見しているのです。そのためにもより詳細な戦況の分析を行うべきです」


 私は強い非難の視線をアーデル様に向け、受け入れられないとは思いつつも、自身の意見を主張し続けます。

 しかし、アーデル様はそんな私の意見に嘲笑を浮かべると、ふんと鼻を鳴らします。


「あ~出た出た、お得意の理想論。お前が言ってるのは、所詮は机上の空論であって、現実の世界では成り立たないんだよ。そんなことばかり言ってるから皆に馬鹿にされるのだぞ。士官学校の奴らからお前がなんて呼ばれているか知ってるよな?」


「…………」



 その言葉に私の胸は鷲掴みにされたような痛みを覚えます。


「確かにお前の『兵棋演習』の実力は学生のレベルじゃない。まさに天才。それは幼い頃から幾度となく対戦してきた私が一番良く知っている」


「…………」


「――でもそれはでの話だ。つまり、お前が最強なのは『兵棋演習』というゲームの世界だけであって、本当の戦場では役に立たないってことだよ」


 私はその言葉に身体が震えるのがわかります。

 この震えが、嫌悪からくるものなのか、恐怖からくるものなのか、憤怒からくるものなのか自分でもわかりません。

 でも、「兵棋演習を馬鹿にされたこと」に対して、不快感を抱いたのは確かでした。


 実を言うと、兵棋演習は、亡くなった私の母が考案したものなのです。


 母は兵を、兵棋演習を作りました。


 無用な血を流さず、戦わずして勝つ方法を模索するための実績的演習教材。


 この教えは今でも私の中で生き続けています。


 だからこそ、兵の命を軽んじ、兵棋演習を怠って正確な戦況の分析を行わないアーデル様の姿勢が、どうしても私には受け入れられなかったのです。


「……兵棋演習はゲームなどではありません。軍略を軽んじる者は軍略に泣くことをお忘れ無きよう」


 私は怒りに任せて、訣別とも取れる言葉を口にします。


「あ? なんだその反抗的な目は。王族である僕に逆らうことは、いくら僕の婚約者でも許さないぞ、ウィズリーゼ」


「私とアーデル様が婚約者であることはこの場では関係がないことです。私情と軍略を混同されるなど……」


「ええぃ! うるさい! 僕はお前のさも自分の言ってることが正しいという態度が昔から気にいらなかったんだ! よく聞け、ウィズリーゼ!」


 怒り心頭のアーデル様は私に指を差し向け、こう宣言しました。


「――アーデルヴァルト・フォン・エディンビアラの名において宣言する。この場を以て、ウィズリーゼ・エーレンベルクの国家軍師の任を解き、同時に貴様との婚約も破棄すると」


「……そんな」


 突如、アーデル様から告げられた一言は、私の国家軍師という称号を剥奪するものであり、同時に、王家で取り決められていた私とアーデル様との婚約を破棄するものでした。


 私はどうにか言葉を紡ごうとしましたが、ショックのあまり頭は真っ白になり、唇は震え、今にも崩れ落ちそうになる身体を支えるのがやっとでした。


 そんな水を打ったように静まり返った空間に――


 ――『は? 何言ってるのこのバカ王子! ここでウィズを追放したら、本当に何千、何万もの人が死ぬんだからね! 戦場を知らないのはどっちだって話よ!』――


 突如、『神の声』が響き渡りました。

 そんな辛辣ともはつらつとも取れる女の子の声を、私は思わず反芻してしまいました。


「……バカ王子?」


「なっ、ウィズリーゼ! 貴様! 僕のことを事もあろうかバカ王子と!」


「いえ、アーデル様、滅相もございません! 今、確かにそういった『神の声』が聞こえて……」


「ウィズリーゼ。何も言っているのだ。『神の声』は特殊な神官職の者しか聞くことができない天恵であるぞ。言い訳にしても見苦しい」


「……でも確かに、このままだと、何千、何万もの人が死ぬって……」


『……私の声が聞こえるの?』


 私の声に応えるかのように、天から降り注ぐ声。


「……また、聞こえました」


 私は『神の声』の正体を探して、辺りを見回します。

 でも、どうやら『神の声』が聞こえているのは私だけのようで、その場にいたアーデル様の臣下や部下達は、私の気が狂ったのだと奇異な視線を私に向けてきます。


 しかし、私はそんな視線を無視して、ただただ『神の声』を探して視線を動かします。


 そして――ついに見つけました。


 ふと、不思議な気配を感じ、背後の振り返った瞬間――そこには見た目麗しい金色の髪の女の子がこちらに向かって手を振っている姿がありました。


 私はその姿に目を見開くと同時に、脳が大きく揺さぶられる感覚に襲われました。

 それはまるで神と共鳴するような不思議な感覚でした。


 同時に、私の意識は大きく遠のきます。


(ゆらっ……バタン!)


「ウィズリーゼ様が倒れられた! 早く医務室へ!」

「王様に報告しろ! ウィズリーゼ様が『神の声』を聞かれたと!」

「くっ、ウィズリーゼ。僕を愚弄した挙げ句、『神の声』だと。一体どこまで僕をコケにすれば気が済むのだ」


 アーデル様や臣下の方々が何かを口々に言っていますが、残念ながら、私の記憶はここで途絶えます。

 あまりにも奇想天外な状況に、私の脳は処理をしきれなくなり、目を回して倒れてしまったのです。


 初めて作戦会議に参加し、国家軍師を罷免され、婚約も破棄され、挙げ句、『神の声』まで聞いてしまった。


「ああ、今日はなんという日なのでしょう」


 私はそう心の中で独りごちります。


 どうにも日常からはかけ離れた日のような気がしてなりませんが、今日の出来事が全て泡沫の夢であることを切に願いつつ、まどろむ意識に委ねて、私は深い眠りについたのでした。


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