第10話
クロッサンドラ劇場外周部は戦場の様相と化していた。
外へと出てきたグラスを迎え撃つべくあらかじめ展開していたミルスク軍は対魔法戦術の定石である絶え間のない攻撃による行動抑止を敢行した。魔法は通常兵器に対して威力や射程などで大きなアドバンテージがあるが、指一本で攻撃が可能な銃器と比較すると発動の遅さが欠点として挙げられる。また魔法は基本的に性質が異なる魔法を同時に使用することはできず、攻撃用と防御用の魔法は性質が異なっていることが多い。そのため魔法を扱う者と対峙するときは防御に専念させ、反撃の暇を与えずに削りきるというのが基本戦術となっている。
グラスに向けられた攻勢は先刻よりも苛烈なものであった。それもそのはず、劇場内制圧部隊と外部展開部隊では装備構成が大きく違っていた。制圧部隊は屋内という限られた空間で活動する以上、装備品は取り回しの良さに重点が置かれている。一方展開部隊は制約を受けることなく火力に重点を置けていた。しかし武装を変えた程度で止められるグラスではなかった。飛来する弾丸を躱しながら入射角度から射撃地点を割り出し、一人ずつ屠っていった。気が付くとあたりは夥しい弾痕形成されていたが、グラスは傷一つ無い涼しい顔を浮かべていた。最後にグラスを狙撃した兵士がその場を離れようとしたところを魔法によって狙撃し返す形で展開部隊も全滅した。
グラスは通信デバイスを出すと、逡巡ながらも参謀本部と書かれた画面をタップした。数回のコールの後、繋がったオペレーターに所属を名乗り、
「お久しぶりですね。グラス。あなたからの連絡と聞くとこちらは緊張が走るのですが、何をしでかしたんですか?」
「相変わらず手厳しいね。ルリィは。」
清流のような澄んだ声色で開口一番核心を突かれたグラスは、どこかから見られているのではと左右を見回した。
「グラス、あなた今もとに戻っているようだけど、研鑽は終わったの?」
澄んだ声色が微かに熱を帯びた。付き合いの長いグラスはそんな気がした。
「まぁそんなところだね。むしろ
グラスから参謀本部の様子は伺い知れないが、相手側からは今のグラスの様子が映し出されてるのだろう。通信越しにルリィ以外の嬉々たる声が届いていた。ルリィであれば画面を見ずとも声の雰囲気から違いを察していたであろうが。
「なら次の手合わせを楽しみにするためにもリンク上で繋がっているあなたの映像は見ないようにしておこうかしら。」
爆発音ともとれる黄色い声が通信にのってきた。現在グラスが使用している通信チャンネルはASFであれば誰でも聞くことができ、ただでさえ珍しい聖天同士の絡みが見られると同接数が急上昇中であった。そんな中での手合わせを仄めかす発言。聖天同士の手合わせ自体が非常に珍しい中で、グラス久方ぶりの本調子での参戦とリスナーのボルテージは最高潮となっていた。この日ASFではチャットやスレッドが乱立し、予想や解説特集が組まれるほど注目を浴びることとなった。
「それはさておいてグラス、あなた何をしでかしたの?」
グラスは事の顛末を報告した。ルリィからの冷ややかな視線は痛かったものの、とりあえず処遇などは後回しで本案件の対処をグラスに一任する判断が下され、グラスは久方の戦場を強制帰還によって没収されないことに胸をなでおろした。
そしてASFへ攻撃したことへの見せしめ・グラスの戦力誇示・技術接収の3点を得るため、連合国家ミンスクの壊滅許可が参謀本部より正式に下りた。
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