第33話 錬金商売4


「ひえー立派なところだ。まさに神の宮殿ですな」


 プッロは、住居を引き払い、新たな商会の拠点となる屋敷に居を移すことになった。


「にしてもこんな豪華な屋敷がディエルナにあったかな」


 神の宮殿とはいささかおべっかがすぎるが、帝都でもまずここまで立派な屋敷はあまりないだろう。石造りの屋敷で複雑な意匠の装飾が随所に施されている。


 内装も豪華で、大理石の柱や滑らかに磨かれた床は鏡のようだ。その一方で、まだ、家具や調度品は必要最低限で、中はがらんとしている。


 田舎町のディエルナで、こんな大きな屋敷を作っていればすぐにわかるはずだが、プッロは、この屋敷に見覚えはない。

 まるで一夜にして突然出現したようだ。

 現に周辺の住民たちも騒いでいた。

 それに、不気味なことに、この手の屋敷には周りに緑が溢れているはずなのだが、草の一本も生えていない。


 この屋敷は、バテルとマギアマキナたちが錬金術アルケミアで一夜にして築き上げたものだ。バテルのこだわりで無駄にデザインが凝っている。天素エーテルを多く含む植物までは用意できなった。そのために本来ならばこの手の屋敷を彩す緑が一切なく無機質な感じが強い。


「見て見ぬふり。知らないほうが身のためだぞ。プッロ」


 とプッロは自分に言い聞かせる。


 バテルというクラディウス家の三男坊にはまだ会ったことはないが、詮索すれば命が危ういだろうとプッロは思っている。


「ほらよ。頼まれていたもんだ」


 サラシアが服を投げつける。


「サラシアのお嬢。おお、これこれ」


 プッロは、さっそく新しく仕立ててもらった服に着替える。


「さすがはファビウスの旦那。ぴったりだ」


 黄色に染め上げられた絹のチュニックにスラックスそして頑丈で歩きやすい革のブーツ。薄汚れた痩躯の小男が大商会の大旦那に様変わりだ。


 商人にとって服は重要だ。たいていの人間は、人を見た目で判断する。話してもいない相手を推し量るにはまずは、視覚情報に頼るのは道理。仕立てのいい服を着ていれば、それだけで信用が生まれるし、流行の最先端をファッションに取り入れていれば、情報通だと思われる。少なくとも小汚い酔っ払いの小男よりましだろう。

 それにプッロは、身なりにあった立ち振る舞いができる。

 無論、商会の大旦那がプッロというわけではない。彼はあくまでも補佐役に過ぎない。


「フェリクス・オレウス商会の門出にふさわしいですな」


「あら、もう商会の名前を考えたんですの」


 優美なドレスで着飾ったクレウサが現れる。


「クレウサ商会長。ええ、幸運な黄金フェリクス・オレウス商会。縁起のいい名前でしょう」


「黄金か。悪くねえ。だが、クレウサが商会長というのは気にくわねえ」


 サラシアは、悪態をつく。


「仕方ないでしょう。あなたは人間から見れば、ただの子供。マギアマキナで最も美しいわたくしこそ商会長にふさわしいですわ。あきらめなさいな」


 異種族の存在が認知されているとはいえ、人間主体の国であるエルトリア帝国で商売するのにサラシアではまずい。見た目が幼女の商会長より、いかにも良家の御令嬢のようなクレウサの方が、なにかと都合がいい。


「ムカつく奴だ。なにが子供だ。同い年じゃねえか」


「もちろんバテル様に作って頂いたあなたも可愛らしいですわ。その、ちんちくりんで」


 クレウサは、笑いを隠すように口元を扇子で覆う。


「あぁ? 誰がちんちくりんだ。こらあ」


「あらあらお可愛い。けれどその体もバテル様にいただいたもの。反抗期ですか」


 小さな手で腰に帯びた刀に手をかけるサラシアをあやすようにクレウサがなでる。


「不満なんてあるもんか。んなガキじゃねえよ」


 とサラシアはすねたようにそっぽを向いてしまう。


「……早く仕事を進めろ」


 ファビウスがぼそりと呟く。


「へっ」


 プッロが間の抜けた声で返事をする。可愛らしい幼女と美女の喧嘩は一枚の絵画になりそうだが、見た目以上におっかない連中だ。気になる発言が随所にあったが、聞かないふり、訳の分からない喧嘩に巻き込まれるの御免である。


 サラシアたちは、屋敷裏の倉庫に移動する。


 こちらもできたばかりの巨大な倉庫には、白磁器、象牙細工、ポーション、絹織物、魔道具とプッロから聞いた売れ筋商品が山のように積み上げられている。すべてファビウスのお手製だ。


「ほほう、この短期間にこれだけのものを。いやしかし、捌けなけりゃ、金にはならない。腕の見せ所だ」


 プッロは、地図を開く。


「これほどの商品だ。売り捌くなら、エピダムがいいでしょう。ここは帝国のみならず、諸外国からも承認がひっきりなしにくるでかい港町だ。この十倍品物があっても十分にさばききれる。しかし……」


 とプッロは、頭をかく。


「本来ならディエルナからエピダムに向かうには、セプテントリオ帝国街道を通って帝都の手前で曲がるだけなんですが、大事な荷を危険にさらすわけにはいかねえ。となると迂回路を考えないと」


「セプテントリオ帝国街道が一番早いなら、そこを通ればいいじゃねえか」


 サラシアは不思議に思う。


「ここは今や盗賊の巣窟ですぜ。一番早いが最も危険な場所でもある。こんな宝の山をもって歩いていたら奴ら虫のように湧いてくる。帝都に近い場所ならいいですが、ダルキアを安全に抜けるなんてとても無理だ」


 プッロは、商会の立ち上げを引き受けた時から、昔のつてを頼り、盛んに情報収集を行っている。ディエルナ伯や周辺領主の軍が北方異民族との戦いで不在ために盗賊の勢いが強い。当然、危険な街道を通る者も減り、往来は断絶されている。ディエルナにかつてほどの活気がないのもそのせいだ。


「盗賊なら心配無用ですわ。もうじき消えていなくなりますもの」


 クレウサが微笑を浮かべる。


「はあ?」


 かねてよりバテルによって計画されていた盗賊討伐軍がディエルナの町を発ったのは、このすぐ後であった。

 プッロの考えていた迂回路ルートは、すぐに不必要になった。

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