第8話 アイシテル
彼女は、意識を失くし、僕の腕の中へと、倒れ込んできた。その時、僕は、自分の五感を、疑った。
彼女は、脈を打っている。呼吸をしている。心臓が動いている。肌に温もりがある…。
「い…生き…生き返った…?」
何が起きたのか、僕には分からなかった。なんで、急に?何の作用で?一体、何の為に…?
そのまま、その次の日の朝まで、彼女は目覚めず、僕は、静かにベッドに、彼女の体を横たえ、一晩中、手を握って、温もりを感じていた。
ずっと、幼馴染と言う、近い存在でいた彼女は、僕にあの手紙を残していなくなった朝まで、程遠い存在だった。
僕は、彼女に話した、自分の勉強や、スポーツ、音楽の才能のない、と言う会話を、思い出しながら、その時、彼女が、僕にさよならを言う為に、僕を知ろうとしていたのだ…と思った。
彼女は、こうして、目覚めたが、結局は、前世の記憶を取り戻したのだ。
だったら、もう、僕にここにいる存在価値などない。ここで、彼女を支える義務も、権利もない。彼女が、前世の愛し合った男の元へと逝きたいと言うなら、また、冷たくなってゆく彼女を、何もせず、何も出来ず、『見守る』と言えば聞こえはいいが、『見てるだけ』で見送ることになる。
「何を…泣いているの?」
ハッとして、僕は目が覚めた。
顔を上げると、握っていたはずの彼女の手が、逆に、僕の手を握っていた。
僕の顔が乗っていた辺りのシーツが、少し、水玉模様に濡れている。
「何か…悲しい…夢でも見たの?」
「どうかな…?よく…覚えていない…」
嘘、だった。
彼女を失う、夢を見ていた。見続けていた。
「大丈夫。私は…丞の元には逝かないわ」
「…どう…して?」
「分からない…。でも、逝ってはならない、気がするの…」
「馨ちゃんと、丞は、愛し合っていたんだろう?馨ちゃんは、それを、誕生日に思い出した。そして、丞の元へ逝くと、僕に手紙を残した…。…僕…に…」
「…そうよ。貴方に…。私は、貴方に愛して欲しかったんだわ…」
「じゃあ、馨ちゃんは、本当に生き返ったの?」
「うん。そうみたい。でも…このまま、ここから出ることは…出来そうにない…」
「え…なんで…」
「丞が…私を…愛しているから…」
彼女は、そう言うと、僕を包み込むように、抱き締めたんだ。
「帰って。貴方は、貴方の、いるべき場所へ…」
「僕の…いるべき場所?それは…馨ちゃんの側では…いけないの?」
「駄目よ…。きっと…丞に…殺される…。私が、一度、殺されたように…」
「…馨ちゃんは…自殺…したんじゃ…」
「私は…きっと…恐らく…前世で…丞を…殺してる…」
「!!」
「きっと、これは、丞の復讐ね…。私が前世で、幸せになったから、この世で、私が、最も苦しみ、最も辛い生活を送り、最も愛していない人と結婚するように、私の人生を操っているんだわ…」
「それなら、僕が、馨ちゃんを守る!そんな、丞になんか、負けてたまるか!!」
「…汀くん…」
「僕に…何が出来る?」
「駄目だよ。汀くん。丞が、汀くんに、何をするか、分からない…」
「殺すなら、殺せばいい…!馨ちゃん、僕の馨ちゃんへの気持ちが、丞に劣るとでも、思ってる?」
「?」
よく分からない…。彼女は、そんな顔をした。
「丞が、馨ちゃんに、復讐する気なら、僕は、全力で、馨ちゃんを、丞から、守るよ…」
「そんなことが…出来るはずはないの…」
永い沈黙の後、彼女は、言った。
「私は、丞を…アイシテル…」
彼女は、完全に、前世の記憶を思い出していた。そして、その記憶を、少しずつ、穏やかに、時には感情的に、汀にぶちまけ始めた。
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