3-12 記憶・記録(アカシックレコード)1

『おぬしの記憶の欠片は元ので補完した。

 できうる限りの事はさせてもらった。

 幸多き人生を送ることを願っておるぞ。

 ・・・・ ・・・ ・・』


 真っ暗な闇の中で、僕に対してその声はたしかにそう言った。


 その闇の中、遠くに小さな光が見えた。

 その光はどんどん僕に近づき大きくなっていく。

 いや…違う。僕がその光に近づいて行ってるんだ…


「このままだとあの光に飲み込まれちゃうな。」


 そう思ったが、不思議なことにその光に近づいていくことには、全く恐怖心は湧かなかった。

 そしてその光に飲み込まれ、いつの間にか大きな木造家屋を空中から眺めていた。


 いきなり様々な情報が僕の中に流れ込んできた。


☆★☆★


 目の前の家のどこかからか、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる…

 その家は、江戸時代の後期に創業された造り酒屋の旧家であった。久々津くぐつ家では、待望の跡取りが生まれたことに歓喜していた。

 その男の子は悠斗はるとと命名された。

 数日間は一族が入れ替わり祝いに駆け付けて来て、そのたびに夜ごと宴会が繰り返される。


 すでに悠斗はるとの父(升治ますはる)の代からは、旧来の醸造のみならず化粧品や健康食品などにも事業展開をして、確固たる地位を築きつつあった。

 事業を優先したことで家庭を顧みなかった影響もあり、なかなか子が出来ずに周囲をやきもきさせていたことも、この騒ぎの一因でもあった。


 悠斗が生まれた直後、着実に事業拡大を遂げている父(升治ますはる)に対して、地元の国会議員を通じて、とある女性の就職に協力してもらうよう打診があった。


羽和田はねわだ先生、お久しぶりですね。今日はどのようなご用件で?」


「久々津社長、折り入ってご相談がありましてね。

 実は私の支援者の娘の就職の御相談に参りました。今年大学の経済学部を卒業するのですが、就職がなかなか決まらずに…

 成績は優秀なのですが… 少々家庭環境に問題がありましてね。母子家庭…いわゆる婚外子でしてね、父親については問題のない方としか申し上げられませんが、最終面接後に身辺調査で弾かれてしまうのです。」


「なるほど… 能力に問題が無いのであれば、うちで面倒を見るのもやぶさかではありませんがね。

 人となりを見る為にも、一度面接を行いましょうか。」


 数日後、面接にやってきたのは、小綺麗な就活スーツに身を包んだ、高本美也子という快活で小柄な女性だった。一言で言うなら美人であった。

 会話と質問を繰り返していくが、問題はなさそうと判断した升治ますはるは面倒を見ることを決断する。結果、升治ますはるが苦手とするスケジュールなどの管理をしてもらうために、秘書として雇用することが決まった。


 この時、彼女美也子の本性を見抜けていたら…


 升治ますはるは彼女を雇用する。本人の知らぬところで起きた出来事、それが悠斗はるとの人生の最初の分岐点になった。


 当初は秘書として、着実に実績を積み上げていた彼女美也子ではあったが、その裏には筋の悪い連中との関係が隠されていた。

 ある日の会合に同行した彼女美也子は、会合を終えて升治ますはると別れた直後に暴漢に襲われる。それに気が付いた升治ますはるが助けに入り、暴漢を撃退し難を逃れたかに見えた。

 だが、この暴漢による襲撃は彼女美也子よって仕組まれた狂言であった。


 それからわずかの間に升治ますはると美也子は男女の関係になり、子を授かり男児を出産する。

 しかし彼の一族は『醜聞となりうる異母兄弟が生まれた』

 その事実を隠すことを選択する。そのことを悠斗はるとと彼の母に知らせる者は、ただの一人もいなかった。


☆★☆★


 これは…いったい?

 あの男の人も、木造の家も… 何処か懐かしい感じがする。

 それに、生まれた子供の名前は悠斗はると… 僕と同じ発音だけど…


☆★☆★


 はるとはすくすくと育ち、その周囲の期待に応えるように小・中と同学年の中では抜きん出た頭脳をいかんなく発揮していた。

 中学3年の11月のある日、とある有名私立高校全寮制の高校受験を控えたはるとは、試験場にほど近い分家筋に当たる叔母の藤代ふじよの家に泊まり込んでいた。


 叔母の家は試験会場までバスで30分ほど、自宅から試験会場までは電車とバスで2時間半。そんな事情を知った叔母が受験日までの数日間、悠斗はるとを宿泊させることを申し出ていた。


 試験日前日、はるとを訪ねて叔母の家にきた人物がいた。そして実家からの差し入れが届けられる…

 秘書の美也子が持参したはるとの好物が詰め込められた弁当。


悠斗はるとくん、お母さんからの差し入れが届きましたよ。」


 勉強中のはるとに、階下から叔母が声をかけてきた。


「ちょっと待ってください。叔母さん。」


 居間に行くと、風呂敷に包まれた重箱を持った美也子がいた。


「わざわざありがとうございます。」


「いよいよ明日ですね。

 社長も奥様も期待していらっしゃいます。頑張ってくださいね。

 そうそう、奥様はこの事は社長に伝えないでいただきたいと。

 『いつまでも子離れが出来ないのは、悠斗はるとにも悪影響を与える』と、社長に怒られてしまうそうですから。」


 はるとは礼を言って食事を終えると、最後に今までの勉強の復習を行い、早々に床に就いた。


 その差し入れには、あるものが混入されていたことには誰も気が付かなかった。


 翌日の早朝にはるとは体調に異変を感じた。

 発熱と嘔吐、脱水状態。身体は完全に食中毒の症状だ。

 だけどはるとには、

 ”試験の当日の体調不良で試験を受けない”

 などという選択肢は存在しなかった。


 這うようにして、なんとか試験会場へ…

 当然のように、試験結果は惨憺さんたんたるものだった。さらには試験終了と共に意識を失い、病院に緊急搬送されて、そのまま入院することになってしまった。


 はるとは当然のように受験に失敗した、結局その後は地元の公立高校に進学する。

 以降、期待外れの跡取りとして、家庭内での母とはるとを囲む周囲の状況は激変することとなった。

 母は試験時の弁当の件を気に病んで、ことあるごとに自分を責める。


 一方、父は自宅に帰ることも稀になる。その代わりに、美也子に与えた別宅で次男の雅斗まさとと共に生活をしていた。

 それが更に母の精神を追い詰めていく。


☆★☆★


 はるとのせいで、家族がおかしくなっていく。胸が痛い。

 これは僕の前世なのか?

 悠斗が何を考え、何を思っていたか全て解る。


☆★☆★


 受験に失敗したとはいえ、元々地頭が良かった悠斗はるとは、地元の公立高校でも当然のように学年一位の成績をキープ。

 しかし高校2年の頃までは父の升治ますはるは、高校受験の失敗を帳消しにするにはまだ足りないとばかりに、自由に学ぶことも許されずに押さえつける。


 だが当時のはるとは、それも自分の努力が足りなかったから。結果を残せなかったのは、単純に実力が足りなかったからだと考えていた。

 いつか父に認めてもらうために、そう自分に言い聞かせながら。


 時おり聞こえてくる次男(異母兄弟)の話… 彼もはると同様に学業は優秀であったらしい、だけど性格的には全くの正反対のようだ。


 非嫡出子という事もあり、不憫な思いをさせているという負い目があったせいか、父の升治ますはるは望むものをすべて与えていた。

 その甘やかされた環境も影響したのか、上手くいかない事は全て周りのせいに、手に入れることが出来ないときは癇癪を起し、周囲に当たり散らす小さな暴君の様になっていく。


 はるとが進学先を決めるそのタイミングで、次男の雅斗まさとは、はるとが落ちた有名私立高校に合格する。

 その事実を持って… 父の升治ますはる雅斗まさとを実子として認知。それと同時にその後の進路に関わらずに、家業は3歳下の次男(異母兄弟)が継ぐことが決まった。


 その結果… 最先端の研究室がある大学への進学は、遠方の為に多額の費用が掛かるからと認められず、地元の国立大学の農学部に進学することになった。もちろん成績も上位で入学した。


☆★☆★


 ああ…良くある後継者争い? 

 そんなことは別にどうでも良かったんだけどな。

 

☆★☆★


 はるとが2回生になった年、バイオロジー研究の最先端、遺伝子構造の解析と合成タンパク質の研究で高名な教授が帰国。ハルトの学ぶ大学に招聘しょうへいされて教鞭をとる事になった。海外留学で最先端の研究を行い、その研究成果は学会で驚きを持って受け入れられているその道の第一人者だ。


 彼は常々「新たな技術を切り開き世界を変えるのは、新たな研究者だ!」といい後進を育てることには一切妥協をしないという評判の人物だ。


 突然降ってわいたようなチャンスに、全力を出して挑んだ。

 結果、はるとは学内の選抜を突破し、一介の学生でありながらその教授の研究室に入ることが認められた。


 その頃に精神を病んでいた実母が急死、その数日後には後妻の美也子が実家に住み始め、後妻が家業にまで口出しを始めた。


☆★☆★


 そうだ、母が死んでから。実家とは距離を置くようになっていたっけ…

 実家がその後どうなったのか… 関心もないな…

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