☆あれから半年の間に…… ③

「いいですか? ガーレリア様は3日前の夕刻から、『本体融合』のために意識を失っておられたのですよ? 丸2日間、昏睡状態だったのですから、急激に動き回られますと、体に大きな負担が掛かるのです。もっと御身を大切になさって、慎重に行動を——」


 ……ボクは今、医師であるくだんの彼女に、こんこんとお説教されながら、脈をとられたり目を覗かれたりと、忙しない診察を受けている。


 彼女の話によると、ボクが目を覚ましたのは3日ぶり。

 卒倒してから、今日で丸2日を過ぎた3日目の早朝……なのだそうだ。

 まさか、自分がそんなに眠っていたなんて、思いもしなかったよ……


 で、彼女が言うには、ボクが昏睡状態になった原因は、『本体融合』という状態になっていたからだそう。


 その、『本体融合』って何?……って思うよね。


 それは、『魂との結びつき』を強くするために体が起こす生理現象のようなものらしい。

 で、その『本体融合』中は、昏睡状態に陥るほどの、強烈な眠気が伴うのだそうだ。


 だからこそ、天界政府は万全の体制で、その『本体融合』に備えようと、大急ぎで医療チームを組んで準備を整えてくれていたらしい。


 なのに、前段階である『顔合わせ』の時に、『ボクの体』が『ボク(魂)』を擬似体から引きずり出して『本体融合』をしてしまう、という、まさかの展開になってしまったんだって。


 完全に想定外の出来事に、レファスは元より、準備を整えていた医療チームの面々も、随分と慌てふためいてしまったそうだ。


 だからこそ、慎重に経過を見守り、24時間体制でボクに付き添ってくれていた……ということなんだって。


「では最後に、大きく息を吸ってください。……はい、結構です。お疲れ様でした。どこにも異常はございません」


 ボクの身に起きた出来事を分かりやすく説明しながら、ボクの体の診察をしてくれていた女性医師が、『異常なし』の診断を下した。


 そして——


「この二日間の眠りで、『体と魂の結びつき』が、かなり強化されております。ですので、今後は『魂の迷子』になることはないはずです」


 ——と、太鼓判を押してくれた。


「ありがとうございます。お世話になりました!」


 ボクがお礼を言うと、彼女はニッコリと笑顔で返事を返しながら、静かに席を立った。


 ふと、ボクは立ち去りかけた彼女を見て、彼女の名前すら知らないことに気が付いて、慌てて声をかけた。


「……あっ、そうだ! えぇっと、先生のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「あら、気が付かれませんでしたか? では、改めてご挨拶いたします。私は、この研究棟で医薬品に関する研究をしております『ヒルダ』と申します」


 そう言って、彼女はパチン!っと、ウインクを飛ばしてきた。


「えぇーっ!! ヒ、ヒルダさんだったの!?」


 素っ頓狂な声を上げたボクに向かって、イタズラが成功したかのように嬉しそうに笑う彼女は、何と『心臓』としてボクの体を守ってくれていたヒルダだった。


 でも、言われてみれば、三日前の……カーテン越しに感じたあの時の気配に似ているかも知れない……


「あわわっ、ゴメンなさい! 気が付かなくって……。でも、それじゃあ、ヒルダさんは『心臓』の任が解かれた後も、ボクの面倒を見てくれていたってことだよね? ヒルダさん大丈夫なの? 過重労働になってない?」


 天界政府の雇用状況が心配になって尋ねてみたのだが——


「ふふっ、大丈夫よ! それじゃあ、また後でね!(これで****様にお近付きになれるなら、何てことはないわ!)」


 ——ヒルダの元気な声に重なるように、本来なら聞こえるはずのない『ヒルダの心の声』が聞こえてきた。


 (ふおぉぉっ!? 何コレッ!? ヒルダさんの心の声が聞こえるっ!?)


 突然、ボクの中に流れ込んできた『ヒルダの心の声』に、思わず(心の中で)絶叫してしまったが、『ボクの心の声』は、ヒルダには聞こえていないようだった。


 どうやら、ボクが一方的に『ヒルダの心の声』を聞き取れるだけで、ヒルダとは、アルのように心の中で会話はできないみたいだ。


 (人名の部分はよく聞き取れなかったけど、ヒルダさんの思ってた人って多分……って、いやいや、ダメだ! 詮索なんてしちゃ!)


 これは、ヒルダのプライベートに大きく関わる問題だ。しかも、ボクだけがヒルダの声を聞き取れるなんて、こんなのフェアじゃない。


 何故、ヒルダの心の声が聞こえてくるのかは分からないが、ボクは、ヒルダが傷つかないように、さっきのことは忘れることにした。

 なので、ここで表情に出したりして、ヒルダに気取られるわけにはいかない……


 ボクは不自然にならないよう、笑顔を作ると、ヒラヒラと手を振り立ち去るヒルダを、同じように手を振りながら見送ったのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「うーむ、体は何ともないんだけどなぁ……。まだ動いちゃダメなのかなぁ……」


 ボクは、医療チーム監修の『お腹に優しい朝食』を食べ終わった後、自堕落じだらくな感じで、巨大ベッドの上をゴロゴロと転がり回っていた。


 医師たちに『3日ぶりの食事で、体調にどんな変化が現れるか分からないから、しばらくは安静にするように』と言われて、今、こうしているんだけど……退屈だ……


「おはよう! ガーレリア! 朝ごはんは、しっかり食べられたかい?」


 ボクがすっかり暇を持て余していたところに、レファスが、爽やかな笑顔を浮かべながら、ひょっこりと顔を覗かせた。


「あっ!」


 (そうだ! レファス様に、ボクが寝込んでいる間のことを聞きたかったんだよね!)


 ボクが寝込んでいたのは丸2日。ギラファスの裁判はとっくに終わっていて、その結果も出ているはずだ。


 ギラファスのことは忘れていたわけじゃなかったんだけど、TVすら無いこの部屋では、ギラファスがどうなってしまったのか、まったく分からなかったのだ。


 ボクは急いで巨大ベッドから這い出ると、レファスのもとまで走り寄った。


「おはようございます! レファ……」


 ボクが『レファス様』と言いかけた時、レファスが、とても悲しそうな顔をした。

 その顔を見て、ハッ!っと思い出した。


 (そうだった! レファスは、上司じゃなくてボクの父親だった! それに、『パパ呼び』に並々ならぬ思い入れを持っていたんだ!)


「……っ、じゃなかった! えっと、ぱ、……パパッ! おはよう!」


 ボクは、慌てて訂正の言葉を口にした。


 レファスが喜ぶかと思って、ちょっと砕けた感じに挨拶を返してみたが、やっぱり照れ臭くなってしまった。

 なので、誤魔化すようにエヘヘ、っと笑ってみた。


 すると、レファスは急に自身の胸元を鷲掴んで、ギュッと目を閉じると、天を仰ぐような姿勢をとって、そのまま動かなくなってしまった。


 (ええっと? 何か、その、……対応を間違えちゃったのかな?)


 転生を重ねてきたボクには、その数だけ、いろんなタイプの『父親』がいた。

 その膨大なデータから、レファスの理想は『友だち親子』だと思っていたんだけど……


 ちょっと、距離感を見誤ったのかな?と心配になって、ボクは、天を仰いでしまったレファスに、恐る恐る問いかけてみた。


「ど、どうしたの? もしかして、ちょっと馴れ馴れしかった……ですか?」

「っ!! そっ、そんなことはない!」


 レファスは、少し距離を置いたようなボクの言葉に素早く反応すると、ガッ、とボクの両肩を掴んだ。


「嬉しかったんだ! ガーレリアが……、僕の娘がやっと僕の元へ帰って来たって実感が湧いて……。だから、そんな他人行儀な口調に戻しちゃダメだよ? いいね?」

「あわわっ、は、はい……っ! じゃなくて……、う、うん。分かった」


 すがりつくような目で、ボクをじっと見つめてくるレファスに、ボクは何度も頷きながら返事を返した。


 どうやら、レファスの『娘』に対する思い入れは、ボクの想像以上の何かがあるように思えて仕方がなかった。

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