天界の王女の行方④

 突然、そんなこと言われても……


「えっと、……その、ボクは、……」


 アルのこともあるし、何かの間違いなのでは?


 そう否定したいが、ボクが王女の魂であるという根拠を、こうもハッキリと示されては、これ以上、反論の言葉が出てこない。


 スキル『無我の境地』は完全に解除されてしまい、落ち着きを保てなくなってしまったボクは、レファスと視線を合わせることもできず、オロオロするばかりで……

 これからどうしたらいいのか、さっぱり分からなくなってしまった。


「さあ、ガーレリア、パパと一緒に天界に帰ろう! 帰ったら、直ぐに体に戻る準備にかかるからね?」


 そう言うと、レファスは自身が破壊した結界の大穴へと、いざなうようにボクの背中を押した。


 あっ! ダメだ! このまま天界へ帰ったら、ギラファスの減刑について話すタイミングが無くなってしまうかもしれない!

 そのまま、なし崩し的にギラファスは投獄……なんてこともあり得る話で……


 アルの治療のためにはギラファスの力が必要で、なのに、そのギラファスが投獄されるようなことになっては……


 できれば今、ここでギラファスの減刑について話をつけておかないと。

 まだまだ気まずい思いでいっぱいだけど、……交渉のためだ。


 そう、自分に言い聞かせて、ボクはレファスに向き直った。


「あ……あの、レファスさま——」

「『パ・パ』だ!」

「うぐっ!?」


 ボクの言葉に被せるように、レファスが『パパ』呼びを要求してきた。

 減刑交渉の前に、いきなり高難易度のミッションを課されてしまったっ。


「さあ、ガーレリア。呼んでみてくれないかい?」

「いや、それよ……り……」


 ギラファスの減刑について……と言いかけたのだが、レファスの期待に満ちた眼差しを受けて、思わず口籠もってしまった。


 そ、そんなに瞳を輝かせながら見つめないでほしい……


「ほ、他の呼び方じゃダメですか? 例えば『父さん』とか『父上』とか……」


 さすがに『パパ』呼びはハードルが高い。

 なので妥協案として、ボクが下界の父親たちに言ってきた呼び方を提案してみた。


「ん〜、やっぱり『パパ』だね。……子供にはそう呼ばそうって、二人で決めてたしね……」


 レファスは少し考える素振りを見せた後、哀愁を漂わせた顔でそう言った。


 二人でってことは……きっとアルと二人、生まれてくる子について、あれこれと語り合ったりしたんだろうな。


 木漏れ日の中、幸せの絶頂にいる二人…… アルのお腹を撫でながら、生まれてくる子供の将来について語り合うレファス。


 そんな風景を想像してしまったら、このレファスの願いを無碍むげにすることなんかできない……呼んであげるしかないじゃないか……


「……ぱ、……ぱ、……パパッ、あぁぁっ、顔から火がぁ!」

「ふふっ、何だい? ガーレリア?」


 顔面を抑えて身悶えしているボクを、レファスは顔を綻ばせて嬉しそうに見つめている。


 意を決して呼んではみたけれど……何!? この羞恥プ○イ!?


 これでもボクは、何度も天寿をまっとうした記憶を持つ立派な大人なんだよっ。

 下界人的には仙人って呼ばれるほどのレベルなのに、この歳でパパ呼びをすることになるとは思わなかった……

 でも……レファスが幸せそうだから、まぁ、いいか。


 ふぅと息をついて気を取り直すと、ボクは減刑交渉すべく話を切り出した。


「その……ギラファスのことなんですけど……」


 途端にレファスは……


「ん? あぁ、……僕たち親子の幸せを奪った張本人のことかい?」


 ……と、棘のある言い方をしながら、冷ややかな視線でギラファスを一瞥した。


 (ヒイィィ……)


 さっきまで上機嫌だっただけに、この気持ちの落差に冷や汗が吹き出した。


「そそそ……そうかもしれないですけど、ボクと契約して、既に降伏していることですし、どうか減刑して頂けないでしょうか……」

「減刑……かい?」


 レファスは、少し意外そうに尋ねてきた。


「はい、ギラファスには、……えっと……これからボクの部下として、個人的に手伝ってもらいたいこともあって……その……」

「つまりそれは、ギラファスを捕まえないでほしいってことかい?」


 こちらからは言い出しにくかった『捕まえないでほしい』ということを、レファスの方から言ってくれた。

 よかった! 話が早くて助かる!


「は、はい!! できれば、そうしていただきたいです! 今、投獄されちゃうと困るっていうか……こ、これからは、ボクがきちんと監督します。それに、本人もきっと反省しているはず——」


 このままいけば投獄は免れるかもしれない!


 そんな雰囲気で、順調に交渉を進めていたその時……


「我輩は、あの時の自分の選択が間違っていたとは思っていない……」


 突然、ギラファスが僕の話を遮って、反省の色が感じられないような発言をした。


 その発言に、ボクが呆気に取られている間、ギラファスは更にレファスの神経を逆撫でするような発言を続けた。


「結果的に、ガーレリア様は繁栄をもたらす存在であったから良かったものの、天界を破滅にいざなう存在になる可能性もあった。その治療法が確率しない限り、たとえ過去に戻ったとしても、我輩はきっと同じことを繰り返すだろう」

「ギ、ギラファスゥゥ!? なっ、何言ってんだよおぉぉ!!」


 もしかして、ボクが『本人もきっと反省している』って言ったから、それに異議を唱えるために、こんなことを言い出したんじゃ……


  もちろん、ポリシーがあるのは立派だと思うよ!? だとしても……

 それ! 今、言わなくても良くないぃぃ!?


「き、貴様……」


 案の定、ギラファスのこの発言で、レファスとギラファスの間には一触即発な空気が漂い始めてしまった。


「あわわゎ、レファスさ……ぱ、パパ! ギラファスが言いたかったのは、治療法さえ確立していればって話でっ……そのっ、これからの研究していくってことで……」


 二人の間を取り持とうと、苦しい言い訳を搾り出していたその時……突然、何の前触れもなく、目を刺すような眩い光が、カッ!と辺り一面を包み込んだ。


「ウッ!!?……えっ!?……ああっ!!」


 それは突然の出来事で……でも、予定通りの出来事で……ちょっと忘れかけていたことで……


 その光の正体——


 それは、……古びた洋館の放った『転移』の輝きだった。


 ギラファスの不在により、転移設定時間の延長が繰り返されていた館は、遂にその限界に達し、家主ギラファスを残したまま、この場から消え去っていったのだった。

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