☆ギラファスとの直接対決②

 反射的に通路へ飛び出したボクは、さらにバックステップでラボから距離を取ると、肩で息をしながら、先ほどのギラファスの提案を頭の中で反芻はんすうした。


 (な、何だって?  欠片? ボクの中の欠片? ……を譲る?)


 ギラファスの言う欠片とは、『アル』のことだと直感が告げている。

 なぜ、そう思ってしまったのかは分からないけど……


「ガッロル・シューハウザー、よく考えてみるのだ。悪い話ではないはずだ」


 ゆっくりと通路に現れたギラファスが、そう言いながら歩み寄ってくる。


 ボクは胸元をギュッと握りしめ、後退りながら大声で叫んだ。


「い、嫌だっっ! ア……アルはボクの一部だ! 譲ったりなんかしない!」

「アル? それは、お前が『欠片』につけた名前か?」

「欠片なんて言うなあっ!!」


 アルのことを、素材か何かのように言う、その物言いが許せなくて、つい、感情的になって怒鳴りつけてしまった。

 そんなボクのことを、ギラファスが軽いため息をつきながら、呆れたような顔で見てくる。


「なぜ、そこまで感情移入ができるのだ? 自我も意識もないただの欠片に……」


 くっ、何だか子供扱いをされているようで面白くない……って、ん? あれ? ちょっと待って? 今、ギラファスは何て言った?


「?……自我も……意識も……ない?」

「そうだ、何を当たり前なことを…………ッ!」


 キョトンとしてしまったボクに向かって、淡々と話していたギラファスが、何かに気付いたようにハッと目を見開いた。


「ッ! 待て!!……まさかっ!?」


 そう言ったかと思うと、ギラファスは急に大股にボクに歩み寄って、一気にその距離を詰めてきた。


 その予想外の行動に驚いたボクは、後退って距離を取ろうとしたのだが、目の前までやって来たギラファスに両肩をガシッと掴まれてしまった。そして……


「お前の欠片には、意識があるというのかっ!?」

「ゔっ!?」


 驚いたような、ひどく興奮しているような、そんな感情を剥き出しにしたギラファスに詰め寄られてしまった。


 この時のギラファスは、特に『冷酷』という感じではなかった。


 だというのに、ボクは、目の前で感情をむき出しにしたギラファスを見た途端、どういうわけか過去のトラウマを刺激され、恐怖の記憶がフラッシュバックしてしまった。


 目の前が真っ暗になり、そこから現れた巨大な手によって鷲掴みにされる自分の姿を幻視した。


「う、あ、あぁぁっ……!!」


 これまでとは、比べ物にならないほどの恐怖に襲われ、体がガクガクと震えだして……


 そんなボクの異変に気が付いたのか、肩を掴んでいたギラファスの手の力が少し緩んだ。


 ボクは急いで体を捻ってその手を振り解くと、素早く飛び退しさって距離を取った。


「……覚えて……おるのか?」


 震える体を何とかしようと腕を摩っていたら、ギラファスにそんなふうに問いかけられた。


「…………」


 ギラファスが硬い表情で言ったが、何のことかは分からない。

 かと言って、今、について、尋ね返したりするのは違う気がして、ボクは無言を貫くことにした。


 少しの沈黙の後、真顔に戻ったギラファスが仕切り直すかのように、欠片アルについて尋ねてきた。


「……改めて問う、お前に宿った欠片は意思疎通が可能なのか?」


 そうギラファスに問いかけられて、ボクは、はたと気がついた。


 冷静に考えたら、アルはスキルで呼び出したボクの『分身』だ。

 ボクはどうして、アルのことを欠片だと思い込んでしまったんだろう……


 とにかく、ボクが過剰反応したそのせいで、ギラファスはアルに強い関心を示してしまっている。

 まずは、そのことをきちんと説明して、その誤解を解かないといけない。


「あの、さっきは紛らわしい反応しちゃったけど、アルはボクがスキルを使って呼び出した『分身体』なんだ。だからその、アルは、あなたの言う欠片?なんかじゃない……と、思う……」


 話しているうちに、だんだん自信がなくなってきて、少し歯切れの悪い言い方になってしまった。


 何故なら、一般的な分身体とは一線を画すアルの存在は、やはりギラファスのいう通り、消滅者の欠片のような気がしてならない。


 だからなのか、嘘をついたわけではないのに、何だか隠し事をしているような落ち着かない気持ちになってしまった。


「分身……なれば一度呼び出してみよ。お前が言うように、それが本当に『分身』か『欠片』か判断してやろう」


 ギラファスはそう言って、今度は言葉巧みにボクのことを追い詰めにかかりだした。


 アルのことを諦めてもらうために分身体だって話したのに、なぜか呼び出す方向に話が進んでいる……


 (お、おかしいな? 逃げ場が無くなっているような気がする……)


 思わず小首を傾げて考えて……そして、ハッと気が付いた。


 (そうだっ! ボクは『話術』のLv.が低いんだった!! こ、このままでは、ギラファスのいいようにされてしまうっ)


 過去生で、自宅にやって来た訪問販売員に、必要のない布団やら健康食品を売りつけられた記憶が蘇る……


 ギュッと目を瞑ると、ボクは声が震えそうになるのを必死に堪えながら訴えた。


「悪いけどっ、ボクは、アルのことを素材のように思っているあなたとは、合わせたくないんだっ!」


 ボクには、この状況を回避できるような話術の力は無い。

 だから、思いの丈をそのままぶつけてみた。


 アルは、ただでさえ不安定なところがあるのに、ギラファスと対面させるだなんて、そんなことさせられない!


「まったく面倒な……我輩は、駄々をこねる子供を諭してやるような性分ではないというのに……」


 ギラファスは深いため息をつくと、物凄くめんどくさそうに顔をしかめながら呟いた。


 そして、厳しい顔つきになると恐ろしいことを言い出した。


「良いか? もし、お前が大事にしている『アル』という『分身体』が『欠片』であった場合、このままでは近い将来、本当の意味で『消滅』してしまうのだ」

「!!」


 ギラファスが言うその『消滅』発言に、ボクは衝撃を受けた。

 だって心当たりがありすぎる……


 アルは先日、存在感が薄れかけたばかりだ。

 あの時は何とか呼び戻すことができたけど、そうなった原因は未だに分かっていない。

 その後も不安定な時があったし……


 サッとボクの顔から血の気が引いた。

 心を読まれないためには、平然としていなければならないってことは分かっているけれど、アルのことを思うとどうしても取り繕うことができなかった。


「その様子では心当たりがあるのだろう? 『分身体』なら何も問題はない……だが『欠片』なら、すぐにでも処置しなければ手遅れになってしまうぞ?」


 動揺も露わなボクに対して、ギラファスが最後の一押しとばかりに語りかけてくる。


 (て、手遅れ!? それは、アルが『消滅』して行くさまを為す術もなく見送ることになるってこと!?)


「い、嫌だ…… アルが消えてしまうなんて……」


 ボクは青い顔を隠すようにうつむくと、拳を握りしめて呟いた。


「だから、さっきから言っておるだろう? もしもの時は、我輩が処置をしてやると。さあ、早く呼び出してみるのだ」

「ゔっ……」


 断るための言い訳が出てこない。もう、完全に呼び出す流れになってしまっている……

 どうして、こうなってしまったんだろう? 


 (お……おかしいな? 気を付けていたはずなのに…… はっ!? ギ、ギラファスと訪問販売員の姿が被って見える!? ……な、何で?)


 ボクは思わず首を傾げてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る