新人天使になりました②

「やあ、お待たせ。霊界政府にはフィオナが向かってくれたから、話を進めようか」


 軽いノックと同時に開かれた扉から姿を現したレファスが、にこやかに告げた。


「あ、パパおかえり〜、もう準備できたの? 転生? 降臨? どっちだっけ? まあ、いいわ。とにかくガーラの気が変わる前に早く下界に行きたいの!」


 アルはパタパタとレファスに走り寄って、レファスの右手を両手でキュッと握りしめると、その手を右に、左にと軽くスイングさせながら、小首を傾げ上目遣いで見つめる、といった『可愛いおねだりポーズ』を披露した。


 いや、『頼る』とは言ったけど……


 女の子になる覚悟を決めたとはいえ、こうも『女子力全開!』な感じで飛ばされると流石について行けない。


 ダメだ……は、恥ずかしくなってきた。


「……すみません、アルが暴走しました」


 赤くなった顔を見られたくなくて、ボクは俯いたまま謝ると、そっとレファスの手を離した。


「あれ? ガッロル君、何だかさっきまでと反応が違うね。どうしたのかな?」


 ボクの反応から何かを感じ取ったらしいレファスが、間髪入れずにそう訊ねてきた。


 レファスのその鋭い指摘に、思わず顔が引きつりそうになった。


 アルのために、今まで拒絶して来たモノにも慣れていこうと思っていたのは確かだけど……

 そんなに、分かりやすかった……かな?


「な、なんでもありません。そうだっ、降臨についての話がまだ途中でしたよね!? 早く始めましょうっ」


 この件には触れず、このまま流してほしい……


 そんな思いで、誤魔化すように仕事の話に持っていこうとしたのだが……


「ふ〜む、何か心境の変化でもあったのかな? それとも、アルちゃんとの融合が進んでるのかな?」

「ゔっ、…………」


 どうやら流してはくれないようだ……


 それにしても、ほんの少し喋っただけで、ここまで確信をついた答えに辿り着けるレファスに縮み上がる思いがする。


 これ以上喋るとボロが出そうなので、ボクは無言を貫くことにした。


 だけど、黙して視線を彷徨さまよわせているボクのことを、レファスが楽しそうに見つめていて……とても居心地が悪い。


「『当たらずとも遠からず』って所かなぁ。ね、ガッロル君?」


 レファスに顔を覗き込まれ、おどけたような笑顔を向けられた。


 見透かされ過ぎていて恥ずかし過ぎる! かっ、顔が熱い!

 これ以上、この件でイジられるのは精神的に良くない……もう、素直に降参しておこう……


「ううっ、降参です。……もう、勘弁してください……」

「はははっ、君は本当に分かりやすいよね?」


 そう言って楽しそうな笑い声を上げたレファスに、ボクは肩をポンポンと軽く叩かれ、そのまま背中を押されてソファーへと誘われた。


「レファス様が鋭すぎるんですよ……」


 ボクは、対面のソファーに腰掛けながら、ささやかな抵抗でもって反論した。


「アルちゃんと上手に共生しようと努力しているように見えたからね。違うかい?」

「まぁ、約束しましたからね。さすがに固定されてしまうとは思いませんでしたけど……でも、これまでアルには長い間、我慢ばかりさせて来ましたから、今度はボクが我慢する番だと思いまして……」


 自分自身に対する決意表明のつもりでそう言った途端……


「!!っガーラァ〜、ありがとう! だ〜い好き!!」(うあぁっ!?)


 ボクはまたしても、アルに勢いよく抱きしめられてしまった。


 しかも、弾けるように勢いよく自身を掻き抱くその様は、究極の厨二病患者のようで……


 (むおぉっ……二人きり(?)だったさっきまでと違って、今はレファス様の目があるのに……)


 でも、これは、アルの感謝の気持ちからくる行動。だから、突っぱねるって訳にはいかない。


「ア、アル……き、急に出てこられるとビックリするから……」


 アルを傷つけないよう、やんわりとした口調で言葉に気をつけながらそう言って、ボクはそっと腕を解いた。

 ふぅ……やれやれ。


「うん、ガッロル君も大分その状態に慣れて来たみたいだね。降臨にも影響なさそうだ」


 レファスは穏やかな笑顔を浮かべながらそう言ったかと思うと、急にその表情を引き締めた。


 そして……


「実は、……そんな君に、もう一つ頼みたい事があるんだが、……いいかな?」


 ……と、声のトーンを落として語り出した。


 途端に、ピリッとした空気が室内に広がった。


 今までの明るい口調から一変、ガラリと変わったレファスのその雰囲気。

 荘重に語る今のレファスからは、人を従わせる王者の威厳さえ感じられる。


 (そうだった、この人は天界の高官。きっと、こっちの方が普段の姿なんだ……)


 今までのように気楽な態度ではいけないことを肌で感じて、ボクは背筋を正した。


「……まず、この話はギラファスと関係の深い話だから誓約書の対象になる」


 レファスは『誓約書』というワードを使って、これからの話の重大性を匂わせた。


 これから聞かされる話は、きっと先のギラファスの件よりも重大なような気がする。聞き逃すわけには行かない。


 ボクは、黙ってレファスの話に耳を傾けた。


「ギラファスに連れ去られた王女は保護された……って話したよね? でも、正確にはそうではないんだ。我々が奴を追い詰めた時、奴は『霊魂分離スキル』を使って王女の魂だけを連れ去ってしまったんだ」


 思いがけない話に、ぐっと息が詰まるような気がした。

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