「ふあーあ」

　大あくびをしながら葉桜に変貌をとげつつある並木道を登っていく。

　時刻は早朝。

　六時四十五分。もちろん、俺以外に生徒の姿はない。

　下手したら推理、綾、葵木も来ていないんじゃないかと危機感を覚えながらも一歩一歩踏みしめる。

　誰も来てなかったらどうしようかな……教室で寝るか、なんて考えていたら、一台の自転車が俺の横を追い越して行った。

　結構急な坂なのに凄いなと感心していると、すぐ目の前でドリフトをするように自転車は停車、俺の行先を遮るように立ちはだかった。

「感心ね。言いつけ通りにちゃんと来るなんて偉いわ。それに比べて綾はまた遅刻かしら。低血圧だから朝が苦手だ、なんて言っていたけど罰を与えないとダメね」

　ハツラツとした笑顔を向け、推理は滑舌良くそう言った。

　綾の愚痴を言っているようだが、後輩として、そこには触れないほうが良いだろう。

「おはようございます。雨宮先輩」

「うん。おはよう阿部君。……あれ、葵木君は一緒じゃないのね？」

　推理はわざとらしく周囲を見渡すようなポーズを取るが、そんなことをしたっていないものはいない。

「一緒じゃないですよ。あいつは家も近くじゃないみたいなんで」

「ふーん。そうなのね」

　推理は何度か頷いて見せたあと、自転車を引いて坂を登り始めた。

　そんななんてことない仕草が絵になるなとうしろ姿に見惚れていると、推理は唐突に振り返った。

「さっさと行きましょう」

「は、はい！」

　慌てて推理の背中を追いかけて、追いつき、一緒に坂を登ることになった。

「阿部君は、普段不思議だなと思うことってある？」

　唐突な質問だった。

　どういう意図でされた質問なのか、わからずに曖昧な笑顔を浮かべていると、推理の都合ののいいように解釈したのか、推理は続けて口を開いた。

「例えばね、西高の学生以外がこの道を登っているとするじゃない？」

「はい」

「その人は何のためにこの坂道を登るんだと思う？」

　この坂道の頂上は西高が行き止まり。

　普通に考えれば、西高内に用事があり、西高に向かっていると考えるが。

　推理はそれを否定する。

「学校には入らずに、正門前でＵターンしていくのよ。その人」

　口調とはチグハグな笑みを浮かべる推理。

　それにどんな意味が込められているのか、俺に知るすべはない。

「それは……謎、ですね」

「いくつかヒントあげましょうか？」

「……はい。お願いします。」

　少し考えてみたけど、自力で解くには情報が少なすぎる。ヒントくらいもらってもバチは当たらないだろう。

「学校の中に入る用事は無かったのだけれど、正門前まで足を運ぶだけでこと足りる用事だったのよ。加えてその人は徒歩ではなかった。その人は原動機付き自転車に乗っていて、後ろに荷物を積んでいる。これでなんとなく見えてこないかしら？」

　そこまでヒントを貰い、うっすらと推理の言いたいことがわかって来たような気がした。

「先輩。もう二、三質問いいでしょうか？」

「もちろん！」

「性別は関係ありますか？」

「ないわね。女性であっても男性であっても成立するわ」

「プライベートでやっていることですか？もしかしたら仕事、または、それらに準ずることじゃないですね？」

「いい質問ね。仕事よ。……そう聞くってことは、もう正解がわかっているんじゃない？」

「そうですね。多分これじゃないか、という答えはあります」

「だったら、答えをどうぞ」

「その人物は配達をしにきたんですね。新聞、又は郵便の可能性が高いと思います。違いますか？」

「さすが期待の一年生ね。正解よ」

「なんかなぞなぞみたいですね」

「うん。そうね。その通りだと思うわ。普段抱える謎って、この程度のものじゃない？

　正面から正しく物事を見た時には、ただ配達員が荷物を運んだに過ぎない。

　けれど、坂を登る人物の人物像を隠して、何しにきたのかって問われたら途端に謎になる」

「はい」

「この世の中って謎で溢れているのよ。穿（うが）った見方をすれば全ての物事が謎になってしまう。でも、正しい角度から物事を見た時、全ての霧は晴れ、そんなことだったのかと笑ってしまう程の結末が見える」

「なるほどですね。なんとなく先輩の言いたいことはわかります」

「お母さんの受け売りなんだけどね。藤野真理（ふじのしんり）先輩にはいったいこの景色がどう見えていたんでしょうね……」

　言いながら推理は登ってきた坂道を振り返る。

　つられて俺も振り返ると、俺たちの暮らす町並みを一望することができた。母さんも西高に通った三年間、見たはずの景色だ。

「……」

　感傷にふけっていると、坂道の下の方でバタバタとした走り方の人物が、駆け上がって来ているのが見えた。

「あら、綾もちゃんと来たのね。偉いわ」

　そちらにピントを合わせると橋渡綾の姿があり、綾もこちらに気がついたようで頭上で大きく手を振ってみせた。

　俺たちはその場に留まり、綾と合流をしてから頂上を目指すことになる。

「ごめんね。推理ちゃん。阿部君」

　追いついてきた綾は、いの一番に謝罪の言葉を告げた。

「さっさと行くわよ」

　推理は全く気にしていなそうだった。