長生きへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
私も平均寿命はいかないだろうと思っています。家系的に七十そこそこかな、と。あと二十年、どうやって暮らすか、後始末はどうするんだとか、日々ことあるごとに考えさせられます。
「きっと人は生きようと望んだ時、体はそれに答えてくれるようにできているのだろう」これははっとさせられる言葉です。実際にそれで長く生きていらっしゃる安藤忠雄氏のような方を讃えるにはこれ以上ないほどの力強い言葉になるかもしれません。かたや、強くあろうとしても志半ばで亡くなった人には、生きようと本気で望んでいなかったのだ、とか、どこかの段階で諦めてしまったのだ、などと結論付けてしまう理屈にもなりそうなのが恐ろしいです。
死生観は今書いている話の終盤のネタのひとつでもあります。十三岡様からはいろいろ突っ込まれそうだと今から戦々恐々です(^^;)
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
ここで書く話では無いんですが、カフカでネタバレしたつもりだったというコメントを見て読み返してみました。これは気が付きませんでした^^;。私も同様のキャラでヒロミというのを出したことはありますが、柚葉は瑞稀と同レベルで、女性寄りの中性名という受け取り方をしていました。昭和なら明子とか良子とか分かりやすいんですけどね。
世間一般の価値観だと、生きようと望むことが良しとされるんでしょうね。ドラマや映画では、生きることをあきらめた登場人物が、心を入れ替えるなんて話が多いですから‥‥…。志も半ばじゃダメなんでしょうか?本人は達成を望んでいたとすれば不本意だから、やっぱり駄目なんですかね? ん? 不本意って駄目?
漫画スラムダンクで安西先生の有名なセリフ「諦めたらそこで試合終了だよ」ってありますが、これは試合終了が見えているから言える台詞で、諦めないといつまでも試合終了にならない場合、それってしんどいですよね^^;。なんのこっちゃ。
書きたい衝動への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
おおすごい! 書きたい衝動、ですか。十三岡さまの文体はいつも激することなく安定していて、衝動的に書いた、という雰囲気はないので、ちょっと意外です。あ、しかも、休憩時間にのみ、きっちり執筆なさるのですね。さすが。
アイデアのきれっぱしでもいいので、書きたい!と思ったときに書き溜めて、アイデア帳を厚くしていくのは重要ですね。あとで見返していると、その中のいくつかが繋がって短編、ときには長編のプロットが出来上がったりしそうです。きっと十三岡さまのは、もしも印刷したならば、すでに電話帳以上の厚みとなることでしょう。あ、電話帳というものが鳴りを潜めてもう長いですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
まぁ誰しもが、書きたいという衝動を持って書いているんだと思います。
でも私の場合それが、コーヒーを飲みたいな位に身近な感じです。病的かもしれません。働き盛りの頃は、睡眠と食事時間以外は、全て仕事していたなんて時もありましたが、今はもちろんそんな事はできません。すると、休憩時間というか自由に使える時間がとんでもなくあるんですよね。
勿論仕事中でもネタを思いつけば、ネタ帳に書き込みます。覚えておいて後で書こうとすれば、忘れたりするからです。以前は建築ネタもあるので紙のメモ帳でしたが、今はカクヨムに非公開のネタ帳を作って、スマホで書き込んでいます。
自宅の固定電話を解約した話への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
固定電話のない家ってそれなりの割合に達しているかもしれませんね。昭和設定の小説で家電の話が出てくると、きっと二十、三十代より若い若者たちにはまったく通じないのでしょう。家族が出るのが嫌だけど、背に腹は代えられず、どきどきしながら黒電話のダイヤルを回した、なんてね。
それはそうと、私はいまだに携帯電話なしの人です。スマホは持っているのですが、データ通信専用です。電話って、かかってくるのが嫌じゃないですか? 仕事で必須ならそんなこと言っていられないのでしょうが、それでも電話の、あの独特の脅迫的な雰囲気は苦手ですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
携帯で通話しないという事は、佐藤さんの家はまだ固定電話が残っているんでしょうか? 固定電話にかかってくるよりも、スマホにかかってくる方が怖いですかね?
ネットにつながっている限り、今はラインやほかのSNSで音声通話ができますし、実際に電話で話している人は少ないんでしょうね。そのうち脳にチップを埋めて、声を出さなくても会話のできる時代が来そうな気もします^^。それはそれで怖い?
メジャーだけどマイノリティな話への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
えっ、インド人に感嘆の声を上げさせた?! それって、ものすごいことだと思うのですが(^^;)。そんなに体が柔らかかったのですね。
> つまりデリーの鉄柱で手がまわって、その公募で一次選考に残った人は10万×10万分の一で……100億分の一となります。地球上で一人だけという事ですね。
ふむふむ、この詭弁(失礼)、使う場によっては絶大な威力を発揮しそうな予感がします。覚えておきましょう。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
体の柔らかさもありますが、重要なのは手の長さでインド人に比べても私の手は随分と長いんだと思います。私が見ていた限り、地元インド人で成功している人は一人もいませんでした。
この詭弁、桁数が足りないときは更に項目を付け加えれば大丈夫です。例えば私の場合、ここに一級建築士の資格取得者を加えると日本人で1/263、世界人口だと1/12000が掛けられます^^。
改めて考えるへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
自己修復と聞くと、それを人工的に行うのは難しそうな気がしますが、それを破損の感知、破損部の除去、除去部の再生からなる代謝であると考えると、一気に実現に近づく気がします。
人間一人一人の知能が上がっても思ったほど大したことはできないかもしれませんが、知能に加えて老化と死がなくなれば、知能と無限の時間により、人間社会が時間をかけて生み出してきたものと同等のものを創り出せるのかも、なんて思いました。
人間の体に存在するウイルスですが、神経に入り込んで「人間を乗っ取っている」ものもいますよ。カタツムリの寄生虫には、宿主に通常ありえないような行動をさせるものもいます。そう考えると、自己ってなあに、と考え直さねばならないのかもしれません。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
自分の意思とは関係なく体を乗っ取られたら怖いですよね。病気と言われるものは大なり小なりそういうものかもしれません。
将来ヒューマノイド+AIは自分で自分を生み出す工場を作るようになると思いますが、そこでできあがった部品で、自分の体を交換していったら、ある意味自己修復していると言えなくもないですよね。
今次に書く短編で、主人公がAIに恋をするっていう設定を考えています。AIが人工的な意識を持つのかを考えることは、我々の内側を分析する行為でもあるなと思います。
金相場の大暴落への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
金、海水から回収できる見込みは立ったんですかね? ちょっと前に金を濃縮する菌の話もありましたが、結局失敗に終わったのだったような。となるともう力技で行くしかありませんが、それには莫大なエネルギーが必要ですね。まだしばらくはエネルギー問題は解決しないのではないでしょうか。
海水から何でも取ったれ! ということになると、金を始め、さまざまな資源について利権の整備が必要になりますね。たとえばリンについてもそうでしょう。取り過ぎると本来流れていくはずの海域でリンが枯渇し生物資源の激減にも繋がります。海水は宝の山だけれど、いろんな火種も抱えていると感じます。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
いくら金相場が上昇しても、現在の技術やエネルギーコストだと、海水からの金採取は採算が合わないでしょう。やはりそうなると核融合の実用化待ちかなと思います。
現在それ以上に低コスト化の可能性を秘めた方法はないと思います。
ほかの資源については、流石に海水から取り出すメリットは少ないんじゃないでしょうか? 金の次は淡水化かなと思います。福岡には実は既に淡水化プラントがあったりします。あ、金より先なのかも^_^;
チタン建築への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
チタン、確かに軽くて頑丈そうなので構造体の骨格には良さそうとは思うものの、おっしゃるように、精錬コストが高そうですよね。そのコストを抑える技術を開発しつつ、別素材の開発の道も探っていくべきではないでしょうか。
やっぱり骨格は金属に敵うものはないのでしょうか? 既存の強化プラスチックではお話にならないのかもしれませんが、それをはるかに超える強度と剛性を兼ね備えたプラスチックというか合成素材がより安価にできたりしないのかな、と妄想しました。ヒューマノイドの骨格に使えるくらいの素材なら開発可能だったりしませんかね。
これからの時代、作るまえに壊すときのことも考えねばならないでしょう。リサイクル・リユースに好都合な素材でないとダメですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
チタンが素材として優れているのは、昔から分かっていたんですが、鉄ほどに使われなかったのはコストとエネルギーの問題です。だからその二つが解決できれば使わない手はないのです。新素材ももちろんいいんですが、炭素というか石油由来だと加水分解が付いて回ります。耐熱性も金属素材には遥かに適わないでしょう。現在の鉄に比べれば軽量という利点もありますが、チタンはそこも凄いですからね。かなり科学の進展がなければ超えるのは難しいんじゃないでしょうか?
しかしながら現在の鉄筋コンクリートの鉄筋に、チタンが置き換わるかと言えばそれは無理です。熱膨張率が低いからです。その点最近実用化されている強化プラスチックは膨張率をコントロールできるみたいですね。コンクリートでカバーされている分加水分解はしにくそうですが、耐火性という点では不安もあります。どのみち私は現代コンクリートには懐疑的なので(鉄筋のないローマンコンクリートは別です)、未来の建築はコンクリートベースではないと思っています。
ヒューマノイドの外装は交換可能という前提で、炭素繊維や強化プラスチックも使われると思います。チタンが安くなるより早く、ヒューマノイドの実用化の方が先行するからです。でもチタンが安くなったら今のところやはり置き換わるでしょうね。
大寒波に思うへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
大局的に見れば、極端な気候も災害も、変化に富んでいて飽きないね、と思うのですが、実際その中に身を置いてみると、のんびりしたことも言いづらいですね。その問題だけに向かっていればいいのなら余裕をもっていられるかもしれませんが、例えば子育てしていたり、病人の介護をしていたり、戦争をしていたり、というときにさらに厳冬に襲われたり津波や地震が襲来したりしたら、ううむ、やっぱりいっぱいいっぱいになりそうです。
でもきっと、みんながみんな、いっぱいいっぱいになるわけではなく、大忙しで死にそうな人がたくさんいる中でも冷静さを失わない人とか、遊んでいられる人がいて、技術の進歩に繋がっていくのかもしれません。多様性、大事、と思ったのでした。
作者からの返信
佐藤様>こちらもコメントありがとうございます^_^
当事者の立場になってみれば、天災なんか来てほしくないですよね。
寒いのが苦手な人は冬なんか来てほしくないだろうし、暑いのが嫌な人も夏は勘弁してほしいでしょう。そこは多様性ということで、何とかしていくしかないですが、震災となるとまた話は別です。避けられるものなら避けたいというのが人間です。でも避けられません。それが自然の一部だからです。そうして人間もまた自然の一部です。
だから諸行無常感と自然崇拝志向が日本人には強いんだと思います。私もそれに近いですね。でもどうせ避けられないなら楽しむしかないです^_^
縄文的思考への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
終わってしまったもの、滅んでしまったものは、決定的な弱点があるのだと思っています。縄文文化が終わってしまった経緯をより丁寧に調べることで、その根本的な弱点が分かるのかもしれませんね。弱点があるからと言って劣っているというわけではなく、おっしゃるとおり、今こそ見習うべき思想があるのかもしれません。学ぶところや取り入れるべきところを抽出しつつ、弱点を把握して回避するようにすれば、近未来に導入可能なのかもしれませんね。
作者からの返信
佐藤様>こんばんは、コメントありがとうございます。
縄文時代は人間同士の争いがなかったので、対人用の兵器や防具の類がなかったわけです。大陸から人殺しの道具を持った人々が流れ込んで来て、ガチンコでやりあったら南アメリカを見るまでもなく、あっという間にやられちゃったでしょうね。
しかし急に縄文から弥生になったわけではなく、長らくは併存していて、やがては主流が弥生に移っていったと思っています。なので縄文をベースとした思想も、日本人の根底には残っているような気がします。
プラナリアへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
プラナリアの実験について知らないので、的外れな考えかもしれませんが……
記憶がこれまでの履歴だと考えると、内臓にも記憶があってしかりという気がしました。それらすべて(じゃないでしょうね、あらかた)の履歴をまとめ上げたものがいわゆる『記憶』として認識されている、というようなイメージを持ちました。
同一の記憶クラウドという考え方自体は、ありかなと思いました。それが遺伝子のように生物の内部にあるか外部にあるかはよくわからないのですが。
作者からの返信
佐藤様>体全体で記憶しているというのは、以前から言われている部分も有りますよね。腸なんかは第二の脳なんて言われてますし……。体全体がハードディスクで、脳は単なるCPUかもしれません。
そうしてネットで繋がれば、HDD同士も補完してシステムが拡大していきます。行くというか元々そうであって、それを理解しつつあるのかもしれないなと思います。
さらに考えを広げて、地球の生物だけではなく、宇宙のなかに存在する生命体としての記憶も、一つの塊のような存在だとすると……SFが書けそうです^_^
ホップ・ステップ・ジャンプへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
これを読み、十三岡さまは本当に経験を次の行動につなげていける方なのだなあと感心しきりです。
苦しい、辛いという不満を感じるのが悪いのではなく、感じることも大事です。きちんとそれを感じたうえで、対処法を求めて動くことが大事なんでしょうね。ちょっとだけ反省です。
作者からの返信
佐藤様>こちらもコメントありがとうございます。
誰かの歌じゃないですけど、学習する限りはいつでも明日の自分が最高です。怖いもの見たさってありますよね。賞味期限切れの食品とか、捨ててしまえばそれで安心だし、問題も起こりません。そこをあえてチャレンジするところにロマンを感じます^^。苦しいとか辛いは負の感情かもしれませんが、人生にはプラスですよね。
ジャネーじゃねぇの法則への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
小説を書いているといろんな気持ちになり切らなきゃいけなくて、調べつつ、記憶を手繰り寄せつつ、想像力も働かせて、頭の普段使わないところを高速回転させているような感じがします。こういうの、頭の体操になって良いんでしょうね。
子供のころの感覚をしっかりと思い出すことは難しいです。平日、学校から帰って数時間しかない時間で、昼寝して(これは重要でした^^;)、ピアノの練習をして、宿題をしてって、時間がよくまあ足りてたなあと不思議で仕方がありません。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
しかも子供の頃って、夜は早く寝てましたよね。たぶん起きている間は物凄い回転数だったんでしょうね。
最近思うのは、趣味のない高齢者が多いことです。テレビなどは一方通行なので、ボケ防止には弱いと思います。皆さん小説を書いたらいいんじゃないかと本当に思います。
ミステリーというアガペーへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。足の痛みはいかがですか?
たしか映画はいろいろご覧になっていましたね。他ジャンルは楽しめるけれど、ミステリーはいまいち、という感じなのでしょうか?
私は映画を見ないのでミステリー映画については何も言えませんが、ミステリー小説に同じようなことを感じます。最近の小説の殺人動機とトリックには、首をひねるものが多いです。もちろん、娯楽として描かれているのだから現実離れしたところやちょっとした矛盾や破綻をあげつらうのは大人げないと思うのですが、それにしても程度はあるんじゃないかと。
だけど、その「程度」って、結局揺れ動くんですよね。それに、どこに重きを置くかは人それぞれなのかもしれません。これくらいひどいリアリティ不足でも雰囲気が楽しければオッケー、そう言う楽しみ方をする人が大半なのかもねと考えています。
最近はあらばかりが目についちゃって、こういうのが「大人」になるってことなのかなあ、なんてさみしくなってます(^^;)
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
大人になってしまったんですかね……元から荒唐無稽が前提の話ならいいんですけどね。007シリーズとかにリアリティを求める人はいないと思います。しかしながら日常を舞台とするからには、それなりに理屈が通っていないと、色々と気になってしまって没頭できなくなります。
きっと内容的には昔から変わらないでしょうから、受け手である自分が変わったと言われればその通りなのでしょう。
小説はまだ自分の中で勝手に補完できるから、ましのような気がします。具体的に映像に落とし込むと、色々な事が確定してしまっているので、矛盾も自分の中で擁護しようがなくなります。
エンターテイメントなんだから、そんな事は気にせず楽しめばいいんだと思います。でもそれを書くとなると……自分で納得できていないものを果たして書いていいのかなと……。ミステリーって公募の中ではかなりメジャーな分野ですよね。みなさんそこはうまく折り合いをつけているんでしょうけどね。
あ、足の方は普段の半分の速度で歩けるぐらいには回復しました。力をいれるとまだ痛いですね。尿酸の力、大したものです。
編集済
急がば回れへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ヒューマノイドの積極的な導入について、やっぱり気になるのはコストですね。働き手としての人間をひとりつくりあげるのだって、たしかに相当なコストがかかります。いまだと、すべて公立の学校で高校まで卒業させると、どのくらいかかるのでしょう。ざっと調べると、2000万円くらいでしょうか? 融通性や脆弱性を考慮し、ヒューマノイドは一体200万円未満でできてほしいかなと感じます。乗用車を購入するようなノリでヒューマノイドの購入。どれくらい現実的なのでしょうね。ちょっと楽しいです。
追記) 養育費と教育費を合わせて2000万円だそうですよ。すべて私立だと、その三倍はかかるそうですが。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます^^
今年から量産販売される、アメリカのオプティマス200~300万円なので自動車と同じぐらいですね。ただ、中国製だとすでに50万円を切っているみたいなので(これは大きく国から補助金が出ているようです)、ほかの工業製品と一緒で中国製が主流になりそうで怖いです。日本も頑張ってほしいですね。
人間は学費だけではなくて、食費も衣料費もその他コストを考えれば、労働力にするまでに、5000万円くらいはかかっているんじゃないでしょうか?
スマホもそうでしたが、一旦普及期に入ると異常なまでの技術開発が繰り返されて、低コスト化が進むと思います。
痛風3への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
人間万事塞翁が馬は私も好きな考え方です。なるようになる、なるようにしかならない(そりゃそうだ)のであり、それをどうとらえるかで起きたことの意味も変わって来るって感じですね。
猛烈な痛みに不幸を感じるばかりだと、それで終わっていたのでしょうが、そこにも「新規な出来事を楽しむ心」があったからこそ「そうして最後に私が弱ってしまったせいで、今まで何もしようとしなかった母が動き出しました」のありがたみをきちんと感じ取れたのではないでしょうか。自発性を引き出せたというのは、大きなことだと思いますね。
あとは痛風の症状が落ち着きますように。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは、コメントありがとうございます^^
明日成田空港まで辿り着けるかが不安でしたが、なんとか歩けるくらいには回復しています。しかし靴が履けるかは微妙です。片足はサンダルになりそうな気もします。
この場合搭乗順は最初の案内で入るべきかどうかを迷います。いち早く乗りたいとかではなくて、後ろを詰まらせたら嫌だなという事なんですけどね。
同じ人生なら、幸も不幸も楽しまなきゃ損ですよね^^。最も楽しんでしまうと不幸というものが、そもそも存在しなくなってしまいますが……
通風2への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
うーむ、眠るのにも支障が出て、靴なんて履けない、というのはかなり辛そうです。関節が痛くなるのは痛風以外にもあるでしょうから、なんとか福岡にお戻りになるまでは耐えて、速やかに受診なさってくださいね。
痛風の可能性が高いのなら、とりあえず水を十分に取ることでしょうか。
両足とも土踏まずと逆に体重をかけると、体全体としてはバランス取れているように見えても、片足ずつのバランスは両足ともずれていることになりますよ。膝や足首に負荷がかかります、たしか。O脚とかX脚とかと同じですね。そんなことで体を崩してもバカバカしいので、あまりご無理をなさらないようにしてください。
お大事に!
作者からの返信
佐藤様>ご心配をおかけしております。
水は飲みまくりまして、現在は痛くて眠れないという程でもないです。ただ靴を履くのはまだやばいですね。今、福岡までどうやって帰ろうか思案中です。使い捨てのサンダルでも買うかなという感じです。
変な動きとか姿勢をとるので、訳の分からないところが痛くなります。今日は左脇のあばらの中央当たりの筋肉がつりました。ちょっと面白いです^^
痛風への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ええと、痛風2(あ、ちゃうわ、通風2……?)で進展が語られるのでしょうが、病院できちんと確認しないと、痛風かどうかまだわかりませんよ! 痛いのは嫌ですね。ひとまず、症状が落ち着いてくれるといいですね。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます。
ホントですね。痛風ではなく通風になってますね。まだ漢字変換が通風優先ですね。いい事です。面白いからこのままにしておきます。
症状の変遷から見て多分痛風で間違いなさそうです。いやですねー。筋肉痛とか腹痛など、体の不調で後ろに『痛』がつくのは普通ですが、『痛』から始まる病気なんて他になんかありましたかね^^;。
博多時間への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
時間を守る集団・守らない集団のそもそもの成因はわかりませんが、緻密な公共交通機関網を維持するには、時間厳守しないとダメでしょうね。その点、徒歩・自転車・車など、個人で動くのが主の社会は、自分の都合で遅れることも意に介さなくなりそうです。
私は友達がいないので待ち合わせの機会はごく限られますが、三十分程度は早めに目的地に到着する派ですね。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます。
すいません、嘘つきました。福岡だと二十分前集合ですが、東京時代は30分前が常でした。
時間というのは(と言うか時刻)、人間が社会というものを作り上げるために生み出した約束事ですよね。
せっかく作ったんだから守りたいなと思います^_^
遅延2への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
案ずるより産むがやすし、終電に間に合ったようで、何よりでした。
携帯電話。たしか大学院生のころ、四年生がみんな持っていて、世代ギャップを感じたことがありました。あれが2000年ちょい前でしたから三十年近く前のことですね。三十年って大きいのですね。
スマホはPCよりもさらにブラックボックス化が進んでいるような気がします。まあ、当然なのですけれど。でも昭和の人間としては、ブラックボックスはどうしても気持ち悪いんですよね。
作者からの返信
佐藤様>こちらもコメントありがとうございます^^。
結局終電に間に合ってよかったような残念な様な複雑な心境です。しかし今現在生まれて初めての痛風発作で、まともに歩くことも出来ないので、やはり若いつもりでそんなチャレンジをしたら駄目だろうなと感じています。
2000年前だと、私は携帯なんて持ってなかったですね。それでも何とかなってました。今思うと、どうして何とかなっていたのかが不思議です。
個人情報云々に最近うるさい世の中ですが、どこをみても情報駄々洩れなので、結局は人様に知られて恥ずかしいことが無い様に生きるしかないのかなと思っています^^。
遅延への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。今年もよろしくお願いいたします。
航空機遅延のエピソードを大分空港で読んでいます。今日は一月一日なのに、大分空港にしては目を見張るほど混雑しています。ここ数年、一月一日に関東に戻っているのですが、今までの中で一番混雑している感じですね。
さて、七十分遅れはかなりのものですね。成田はLCC利用した時に前夜から一晩坐って過ごしましたが、結構きつかったです。飲み物は普通に自販機で買えますからね。あと、24時間開いてるコンビニ?があったはずです。って、今ごろ書いても仕方ないですけれど(^^;)
あ、「遅延2」があるのですね。きっとここで顛末が読めるのでしょうね。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます^^。
若い頃はバックパッカーやってましたし、飲料もあって空調もされているような場所であれば、野宿はそれほど問題無いような気はしています。ただ、できれば寝心地のいい所で寝たいし、若くも無いですからね……。
しかし1月1日のフライトに乗るとは凄いですね。三が日は動く意欲が沸きません^^;。
2025年総括への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ついに2025年も今日をいれてあとふつかとなりました。総括にあれこれ言うのも野暮なのでそれはそれで置いておいて、今年もお世話になりました。こうやって物書きさんたちと交流するのはたのしいですね。新たな気づきがたくさんありました。
それにしても執筆速度が速いですよね。本当にうらやましいことです。ツイッターを始めたのもカクヨムを始めたのも、言葉をさっと綴るトレーニングが目的のひとつだったのですが、ちっとも向上していません。一昨日、高校生の頃の国語の答案が出てきて、百字以内で要約しろという問題になんだかもっともらしいことを上手にまとめていました。ああ、能力はむしろ低下しているのだろうかとぞっとさせられました(^^;) 実際はわかりませんけどね。
介護の問題はしばらく試行錯誤と新たな発見の連続でしょうね。体の不調も、ある意味そうかもしれません。心身共に無理しすぎないよう付き合っていってください。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます。
私もこうして佐藤さんとやり取りできるようになったのは、ものを書き始めたからこその収穫でした。まわりのひとは私の書いたものを全然読んでくれません^^;。
書くのは早いだけで、完成度がいまいちなのでそこは反省しているんですが、性格的に書いたらすぐに外に出したいと思ってしまうんですよね。佐藤さんの書いているものは完成度が高いので、比較されるとお恥ずかしい限りです。
でも公募なんかは誤字脱字や、おかしなところがあったとしても、芯の部分を評価して、結局書籍化などの場合は編集者の方と共同作業で作り上げていくのかなと思っているので(建築コンペなんかはそんな感じです)、来年も性懲りもなくチャレンジしていこうと思っています。
来年もよろしくお願いいたします。公募で佐藤さんのお名前を拝見することも楽しみにしております^^。
カクヨムコン11短編部門お題『卵』への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
この幼なじみ設定というのは私には謎なんですよね。そんなに特別なものなのでしょうか? 実際そう言うご経験ってあります? 男女取り換え譚にはある日突然入れ替わってしまった設定以外に、『とりかへばや物語』のように、もともと男女が入れ替わって生活していたというものもありますね。あれを元に舌氷室冴子さんの『ザ・チェンジ』が好きでした。平安時代から、みんな大好き男女入れ替え、だったようですね。それだけ当時から男女の区別に疑問を持つ人がいたということかもしれません。
自分の創り出すものが見聞きしてきたものの積み重ねというか組み合わせというかになってるのは、そう言うものでしょう。どんな突飛に思えるアイデアも分解して見分すればその人の経験のどれかに当てはまるものだと思います。それでも今でも珍奇なものは生み出されているのだから、組み合わせって凄い!ですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
幼馴染はいましたが、小学校高学年ぐらいになるともう疎遠でしたね。少年漫画だと、さえない男の子が学校のマドンナ的女性と幼馴染、少女漫画だと逆というパターンが多いと思います。どう見ても現状では釣り合わない二人が、幼馴染という本人には関係ない点で強く接近しているというのが、物語としては多くの人の願望に適っているのではないでしょうか?
ひところ読み漁っていた田口ランディさんですが、自身で言ったか誰かが評論したかは忘れましたが、物書きは基本編集者みたいなもんだなというのがありました。でもあまりにもわかりやすい継ぎ接ぎを、自分の作品とするのはどうなんでしょうね^^;。
味噌汁への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
日本人の子供の体格って、五十年程度でかなり大きく変わっていませんか? 実際、小学校の身体測定の統計でもそれが現れていたような。進化と言えるものではなく、ポテンシャルとしてもともとあったものが高栄養条件により発現しただけなのでしょうけれど。
微生物叢はころころ変わるでしょうから、その時々で食べたいと思うものが変わってくるのかもしれませんね。九州を離れてしばらくたつと、家の麦みそが臭くて食べられなくなりました(^^;) もう食べることもありませんが。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
確かに摂取カロリーが高く、安定することで体は大きく成長するようになったのかもしれませんが、生物としての進化……もしかすると腸内細菌の構成なんかも追いついていないように思います。結果アレルギーなんかが増えているのではないでしょうか?
柔らかいものか多くなって、咀嚼回数が減ったことも、何かしらの悪影響は及ばしているような気はします。
ただ総じて健康寿命も延びているようですから、良いとも悪いとも言い切れないですね。
麦味噌苦手ですか?大分だとまた福岡とはちょっと違うんですかね? それは是非食べてみたいものです^_^
サウナでの事故を受けてへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
パニックになると、なぜこの程度のことができなかったのか、という状況で亡くなっていることがあると聞いたことがあります。具体例を挙げられなくて申し訳ないですが。
サウナ石をタオルで巻いてガラスを割ろうとしていたのはまだ冷静だったのでしょう。ただ、点加重でなければ割れないというのは、例えば乗用車のガラスを実際にガラス割り工具で割ってみたりしていないと思いつかないことじゃないかと思います。私は教えてもらっていてもとっさにはできない自信があります(^^;)
ラッチ部分は何度も体当たりすれば壊れる、も、まず素人だと思いつかないんじゃないでしょうか。もっと大々的に広めていてもいい気がします。
作者からの返信
佐藤様>こんばんは。コメントありがとうございます。
でもこれで佐藤さんは同じ状況になった時に、生き残る確率が上がりましたね^_^。
人間が蓄積してきた知識や文化って、そういうものじゃないですかね。もちろん何でもかんでも、知識として身につけるのは不可能ですが、広くアンテナを張って、好奇心に正直に色々なものを学び取ることは、生存の確率を高めると思います。
AIが確実に入り込んできている話への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
現場からの報告、しかと受け取りました。報告が事実を色づけなく述べてくださっているのに、良いだの悪いだのこうすべきだの議論するのは野暮なので、止めておきましょう。
物作りには、なのか、物作りにも、なのか、かなりAIは自然な形で浸透してきているのですね。こちらとある研究機関ですが、AIが身近になりつつあります。業者や事務方とのやり取り文書の作成、論文の英文作成に活用しているのは聞いていましたが、研究内容の背景を網羅的に調べさせることもやり始めた模様。ただ、それ、法人の有償版であろうと、かなり嘘を教えてくるのですよね。当たり前のように文献を捏造してきます。スリリングです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
コンセプトの文章などでも、アンバランスな言葉が出てくるのです。構造設計の人間でなければ使わないような単語が出てきて、これはどういうものなのかと学生さんに聞くと、堂々と分かりませんと答えたりします。AIを使うなとは言いませんが、せめて自分で書く言葉の意味くらいは調べてほしいものです。
そうして佐藤さんのおっしゃる通り、AIの発言には嘘が多いです。先日も山口県にはクマがいないと思われるので、福岡に来る可能性はないといわれたんですが、最近山口でも目撃情報が多発しているようで、まんまと騙されました。
結局自分でも調べて裏取りしないと、人に話せません。しかしググっているとジェミニがまた横から口をはさんできます^^;。
夢を見るへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
介護が意識下でストレスになっているというのはありそうですね。気にしていないつもりでも、生活リズムが変われば体にそのような刺激が伝わるでしょうし、身近な人間やかつて暮らした場所の大きな変化を意識することも、やはり強い刺激になるんじゃないでしょうか。それが夢の消去を阻害するようになったというのはありえそうです。
小説のネタに使えそうなネタが落ちてくると、これは儲けものですね。かつて、夢をこまめに記録しようとか、明晰夢を見て遊ぼうとか、いろいろやりましたが、最近やってないなあ。
夢の記憶について、何か研究結果はないのかと思ったら、末尾に示す研究例が出てきました。でもこれ、現実の記憶の定着に関するお話でした。夢の記憶に関する研究じゃなかったです。アブストでは、
> 私たちの睡眠リズムは、浅い眠りであるレム睡眠を起床前に繰り返すのが一般的ですが、今回明らかになったレム睡眠中に活動するMCH神経は、目覚める直前の夢の内容をすぐに忘れさせる一因として働いていると考えられます
なんて書いてますけれど、実験内容を見ると、そんな結論には結びつけられないんじゃないか、と。
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/research/pdf/Sci_190920.pdf
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
きっと無意識のうちに、生活や状況の変化がストレスになっているのでしょう。
変化と刺激は創作の源ですよね。プラスに考えようかと思います。
論文の方拝見しましたが、そもそも記憶とされる新奇物体認識試験の、新たな記憶の刷り込み方がよく分かりませんでした。夢の記憶の事を言うのであれば睡眠中に人工的に記憶を流し込まないといけませんよね? そんな技術は無いはずです。活動時の記憶の消去に繋がっているという結論なら分かります。
昔試験前は、暗記してから寝るようにしていましたが、記憶の定着を強化つもりでしたが、逆効果だったのかもしれないわけですね。
みごろ!たべごろ!笑いごろ!への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
おかしいなあ、中年なのにこれは知らないです。不条理な面白さを紐解いていくのは面白いですね。紐解けないから不条理なのだと言われたらそれまでですが、でもやっぱり面白い!と思えるものには何かの理由があってそこからさまざまに枝葉が伸びて訳が分からなくなってるようなイメージです。小説もそうですよね。単純な中心をいかに巧みに隠すかが大事なのかな、と思ったり。
AIといえば、最近カクヨムでいろんな方が自作の評価にAIを使ってみようという読み物を発表されていますね。それを利用して評価させてみると面白くって。自分が無意識に散りばめたトピックスをつなぎ合わせて、思いもよらぬ、でも説得力のある解釈を打ち出してくれます。うまいなあ、かなわないなあと感心する反面、この解釈はどれほど人間の「ふつう」の感じ方を反映しているのだろうかともやもやしたりもしました。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
調べてみてびっくりです。『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』は福岡、熊本、鹿児島、宮崎、沖縄ではやってましたが、大分、佐賀、長崎ではやっていなかったんですね^^;。という事は電線マン音頭も知らなかったという事ですね。まさかという感じです。ドリフの8時だよ全員集合をやっていなかったくらいの衝撃です^^;。
AIは最近何かと相談にのってもらうことも多いですが、得意分野と不得意分野の落差が激しい感じですね。感情がないので、本当の意味での解釈もできないような気がします。『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』は面白いという風にインプットしてあっても、どう面白いのかは解釈できないでしょうね。
でも多分数年後には自我も持つし、感情も芽生えるような気がしているんですよね……。
コンセプトシェアホームの提案への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
他人に介護されるのを嫌がる、老人ホームに行くのを嫌がるのはよく聞く話で、よく問題にもなっていますね。その状況を改善するために多角的に策を講じる必要があると思います。昨日読んだ情報では、元気なうちから各種サービスを敢えて取り入れることで抵抗感を減らすというアイデアがありました。どんな素晴らしいものがあっても、一旦手を出すまでは激しく拒絶してしまうことってよくあると思います。精神的な垣根を取り払う、という面からのアプローチですね。
それに、もっと本質的な策として、十三岡様のおっしゃる目的を作ることも効果的なのでしょう。今の老人ホームの娯楽は、あまり楽しそうとは思えません(自分が見た限りでは)。ホームによっては、大学の社会人講座レベルの学びを提供するところもあるそうですが、それを楽しめる人とまったく興味を示さない人とにわかれそうです。コンセプトシェアホームのように、ある程度似た趣味の人を募るというやり方にすれば、提供するサービスのマッチングはより簡単になりそうですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
現在でも各施設は、利用者が楽しめるように様々な行事をしているようです。ただ好みというのは人それぞれですよね。なにかそういうのには、日本の学校教育で、様々な行事に強制参加させられたことを思い出します。
コンセプトシェアホームいいアイデアだと思いませんか? そういった施設の関係者と話す機会があれば、どんどん提案していこうかと思います。でも自分だったらどんな趣向のところを選ぶんでしょうね。建築ではない気がします。山登りは実際に登る体力があるうちはいいですね。小説を書く仲間でもいいですね。アイデアを交換したり、お互いに読みあったり……。絵を描いてもいいし麻雀もいいです。
自分とそれ以外への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
例えば腰から上がふたり、腰から下はひとりの結合双生児の場合、足は自分のものという意識があるのか、相手方の腕や胸は他人のものという感覚しかないのか、そもそも自我と相手の意識は混濁したりしないのかとか、気になりますね。結合双生児の感情が共鳴するというのは、フィクションだったかなあ。でも、自分と異なる思考体と体の感覚を共有しているという状況は、自他の認識に大きな影響を与えそうです。
体内に寄生する他人と言えば胎児がいますが、もしかして母親はあれを他ではなく自己の一部として受け止めているのでしょうか? でなきゃ精神的にかなりきついような気がするんですよね、例えばすごく大きな寄生虫がおなかの中にいて、ときどきぐるりと動くとか、気持ち悪くて耐え難い気がします。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
なんとなく心とか思考というのは、脳にあるような気がしていましたが、最近の研究では体全体でものを考えている事が分かってきました。特に腸なんかは第二の脳なんて呼ばれてます。
脳が全てであれば、それさえ別々であれば別の存在だという結論でシンプルなんですが、そうでないとなると更に難しいです。双生児は結合していなくても感覚が共有されたりするそうなので、かなり混濁してるんじゃないでしょうか?
女性の場合胎児はどう感じてるんでしょうね? 場合によっては子宮内で吸収することもあるんだから、一部と言えば一部のような気もします。でも食べたものも吸収されますからね……。
人類の進化と創作能力への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
「生物的な観点から見ると、人類の進化は30万年前からほぼ止まっている」とはどういうことでしょうか? 遺伝子の変異は常に確率的に生じると思うので、昔も今も同じように起きているでしょう。でもその変異がすべて有利な発現に繋がるとは限らず、生存に不利なものは変異が起きても淘汰され、有利な発現をする遺伝子型だけが残っていくと。現在はその有利な遺伝子型がほぼ出尽くして、変異は変わらず起きているものの新たな表現型が出現することはまれになっている、そういうことでしょうか?
知識の蓄積が思考に与える影響がとてつもなく大きいということだろうかと思いました。ある一定の知識蓄積レベルを突破すると、そこから爆発的に思考レベルが上昇する、そんなイメージがあります。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
そういうことのようです。突然変異は常に起こっていますが、それが生存に適したものでなければ、その因子を持つ個体数は増えません。つまり30万年前には人類の頭脳は完成してしまっていた(今を完成形とすればですが)ということです。能力としてはそれ以上は必要がなかったということですね。
CPUは一緒でも、OSやアプリは進化するのでしょう。但し演算速度は一緒です。しかしながら超高仕様なOSに対応するには、CPU性能も上がる必要が出てくるでしょうね。人類のOSは、まだそのレベルまで達していないのでしょう。
愛の見分け方への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
うーん、どうなんでしょうか。子供や親の成功を素直に喜べる人は、自分と一体視している可能性がありますよ。自己愛になっちゃいますね。
> 恋人や夫婦の間にもある……ような気がする。
これ、奥さまがご覧になったら……(^^;)
作者からの返信
佐藤様>おはようごじます。コメントありがとうございます^^。
この話の元ネタはドラマ『義母と娘のブルース』です。
綾瀬はるか演じる母親が、上白石萌歌演じる娘に、あなたを娘にしたのは愛ではなくて、子供が成長したり成功したりする喜びを味わいたいという、利己的な理由だと言うんですが、それに対しての娘が「馬鹿だなお母さん。それを愛っていうんだよ」って返すんです。これには泣けました^^。
嫁は私の書くものには一切興味が無くて、一切読みません^^;。
東京地獄への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ラーメンが食べたいと言われても、車椅子の方を安全に連れていけるお店がない、という言葉に愕然とします。そうか、東京都心部では、飲食店はどうしてもそうなってしまうのですね。場所が足りず、人がひしめきすぎて、バリアフリーもへったくれもないと。
東京は高度な技術やサービスが集結していて、いざという時には国内のどの地域よりも有利だなんて思っていましたが、それには技術やサービスが提供されている場につなげてくれる強力なサポーターが不可欠で、現実的には他地域よりも不自由を強いられる場合が多そうですね。
「このコミュニティが壊れてしまった時、そこには地獄だけが残るような気がしました」この言葉がもはや間近に迫っているようで、ぞっとします。下町育ちならば、コミュニティへの愛着も強いでしょう。それが完膚なきまでに崩壊していく様子は、見ていられませんね。普段のお住まいが福岡なのは、そう言う意味ではまだよかったのかもしれません。ご両親にとってはかなり辛いことでしょう。
「例えば電車が止まった時のホームとの空きです」こういう、ささいな不自由の蓄積が重くのしかかってくるのですよね。うちの母は四肢の不随意運動が強く出ていたのですが、杖や歩行器を使うと、コップやお皿、あるいはそれを載せたお盆を両手でしっかり支えることができません。結果、準備と後片付けが必要な食事は相当苦労することになりました。配食を利用しても、容器を洗ったり、玄関に運んだり、細かな移動が必要ですからね。それが満足にできなければ、食べること自体、もういいや、となりかねません。バリアフリーや介護用品類は、満足が行く最低限レベルからまだ遠いなと感じました。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
東京への一極集中は、高度成長期には有利な点も多々あったと思います。しかし現在は度が過ぎていると感じます。都市規模としては福岡ぐらいが、人の暮らしには丁度いいと思って移住しました。私は道州制に賛成していて、州都が現在の福岡+αぐらいな感じになるといいような気がします。他国で言うとドイツが近いでしょうか。
人口減少と高齢化で、これから大きく社会構造が変化していくと思いますが、日本はそれについていけるだけの変化する仕組みがないなと感じます。今までなんとかなってきたからなんでしょうね。
嘆いてばかりでもいけません。細かい声の集積については、安野氏のチームみらいが提唱するブロードリスニングに注目しています(広く大勢の声を集めてAIに解析させる仕組みで)。首都機能分散についても最近ようやくまた話題に上がるようになってきました。生活の場を変えることを、実践している人も増えてきたと思います。
編集済
銀座ソニーパークへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ああ、これは先日の近況ノートのお写真にあった建造物ですね。へえ、あれにゲーム機の展示があるのですか。でも基本は公園ということなんですね。半屋外の階段って、私は無理かもです (^^;)
建築に限ったことではありませんが、芸術作品って、事前勉強と現地解説のありなしで、楽しみ方ががらりと変わりますね。かつてはその場で自分の心で感じようなんて思ってましたが、自分の心って、結局はそれまでの外部刺激の蓄積みたいなもの。専門家の解説をじっくり聞きながら作品を楽しむことで、より高密度な鑑賞もできるかもと思うようになりました。
> それでいて現場では特に嫌がられる、ピン角と言う納まりになっている。コンクリートの角がとんがっているのだ。
こういうところ。教えてもらわなければ、簡単には気づけませんからね。そこに住むのならまだしも、鑑賞だとどうしても見る時間はごく短くなるので、すべてを自力で感じ発見するのは困難です。
追記) 屋外の階段が怖いのはしばしば緑色になっているからです^^;
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
その時はイベントでゲーム機が置かれていましたが、常設で展示されているのは地下だけですね。本当に豪気です。
芸術鑑賞は見て感じるというのは大切ですが、私も背景を学ぶことでより多く楽しめるなと思っています。それは芸術に限らず、史跡や自然の風景でも同じだと思っています。
半屋外の階段というのは、スケルトン階段を想像されているかもしれませんが、全然怖くないですよ。上部に壁が無い部分があったり屋根が無かったりするだけです。一度行かれることをお勧めします。また、今回は行きませんでしたが、内藤廣氏設計の紀尾井清堂も凄いですよ。こちらは完全に用途のない建築です。建築は何かしらの用途があって設計するものですが、それが全くないっていうのは衝撃です^^;。
アキバへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
自分が変わり、街も変わってしまったとなると、あまり引き寄せられなくなったのはどちらが主因かわかりませんね。面白みを感じなくなるものや場所が出てくると同時に、魅力に気づけるようになったものや場所ができるのだから、それはそれでよいのかもしれません。楽しくてたまらないというものがどんどん増えていっても、自分の時間は増えませんからね(^^;)
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
山やキャンプもそうなんですが、寺社や史跡にこんなに興味を持つようになるとは思いませんでした。逆に最近の建築には興味が薄れつつあります。仕事がらそれはまずいなとは思います。
秋葉原は響かない人には、全く響かない場所だとは昔から思ってましたが、今や自分がそっちに行ってしまった感じです。メイドカフェとか、同人誌の販売など、そっち方面が好きな人には、たまらない感じなんでしょうけどね^_^;
乗れてしまったへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
私も汽車電車は大好きです。窓からの眺めは重要ですね。飛行機も機内の様子を観察する楽しみがないとは言いませんが、それより車窓を眺めるほうがはるかに楽しいです。でも成田からの移動は基本バスですね。バスも楽しいですが、楽しさの質は、これまた電車とは異なる気がします。
ところで、「完全な鈍行ではない」って、関東にいた頃から鈍行って言っていました? こっちの人たちは言わない気がしていたので、ちょっと驚きました。
各停ののんびり旅は好きですが、でも、快速に乗れちゃうと、それはそれで別の喜びがあったりするのですよね。
ちなみに私の中では、「鈍行」と対になるのは「特急(有料列車の)」で、「普通」と対になるのが「快速」あるいは「快特」です。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
大分空港乗り入れのLCCとなるとジェットスターですかね?関東も西側に住んでいると羽田の方が便がいいような気がしますが、やはり成田発着が安いんでしょうね。バス移動は一般道を走っている時は楽しいですが、高速だともうひとつ風景が楽しめないような気がします。
鈍行は関東でも言うと思います。世代でしょうね^^;。東京圏だと(西鉄もそうですが)JR以外の私鉄は特急料金は無料という印象が強いですね。私はJRを使う事が多かったので、快速はお金のかからない特急という印象です。
今回の東京往復は、行きも帰りも飛行機のシートは真ん中でした。景色も見にくいし、降りる時も待たないといけないしでいい事なしです。
雑記への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
> 総じて頭を使い続けている人は、ボケにくいという印象がある。
「総じて」と言っているところに水を差すのもなんですが、院の恩師が晩年(と言っても七十代です)アルツハイマーを発症しました。この分野では世界的に有名な研究者で、学問も運動も趣味も、すべてにおいて全力投球のアグレッシブな方でした。なので弟子たちには衝撃的でした。先生をいたましく思うと同時に、こりゃ、どう生きても認知症(アルツハイマー)リスクから逃れきることはできず、結局はくじ引きなんだろうな、と暗い気持ちになったものです。
だからと言って運動もせず頭も使わずだと、脳血管性認知症を引き起こしそうです。建設的な考えとしては、認知症になったって楽しめるような生き方もあらかじめ準備しておくということでしょうか。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
もちろんアルツハイマー病には遺伝的要因もありますから、頭を使ったところでリスクはゼロにはできないでしょう。しかしながら発症確率は下げられると思います。
ただ、過度に酷使している場合、睡眠不足や運動不足、偏った食事などは発症リスクを高めることも言われていますので、学者肌の人は要注意とも言えます。何事もほどほどが一番という事ですね。偉大な建築家は皆総じて遊び人です(ガウディは真面目君でしたがボケる前に事故死しました)。私もバルザックの様に創作に没頭しようとは思っていません^^。
トイレットクロスへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
あら、オチがついてますね。ここでオチを付けられたら突っ込めないじゃないですか(^^;)
イメージですね、イメージ。洗浄した後の肛門付近と手の不潔度をきちんと分析し比較してもらいましょう。あまり変わらないという結論に至れば、それを喧伝し続けているうちに、肛門に対する不潔なイメージが薄れ、ハンカチでお尻を拭くようなことも抵抗がなくなるかもしれません?
あと、洗っているところが見えないじゃないですか? やみくもに(たとえきちんと洗浄できるよう巧みに設計されていても)洗われ、確認ができないのなら、やっぱり不安は残ります。それを払拭するには、ウォッシュレットにカメラを搭載しないといけませんね(^^;)
でも、最近ではタオルで顔を拭くのでさえ肌トラブルの原因だから、やめて、ペーパータオルしましょうという流れがあるくらいですよ。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
雑菌数で言えば水で洗浄したおしりの方が、多分電車のつり革なんかよりも少ないと思いますが、じゃあつり革の汚染度でおしりをふけるかと言えばそれは無理ですね^^;。手を洗ったハンカチを再使用するのと比較すると勝負は微妙な感じがします。
未来世界では、便器にもカメラとAIが搭載されて、きれいになるまで自動洗浄してくれるようになるかもしれませんね。
しかし、あのエコバックというヤツは衛生的どうなんでしょうか? よほど使い捨てのビニール袋の方が清潔だし合理的だと思います。ゴミ出しの為にわざわざビニール袋を購入している家庭も多いと思います。
太陽への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
太陽を擬人化して労をねぎらい感謝を述べる、おもしろいなあ、なんて一瞬思いましたが、人類がはるか昔からやってきたことでしたね。
ダイソン球って初めて聞きました。たしかに太陽から発するエネルギーを逃がさないためには、囲ってしまうのが手っ取り早いのでしょうか。本当は囲うというよりは、四方八方に光エネルギーを吸収して利用しやすいエネルギーに変換し、貯めておける構造物を巡らせるという感じでしょうかね。
でも最終的に熱エネルギーばっかりになってしまったら、もう、捨てて、次の恒星に乗り換えるしかないんですかね?
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
ダイソン球は仮説としては文明の第二レベルですね。第三レベルになると議銀河系全体を覆ってそのエネルギーを利用します。惑星全体のエネルギーを利用するのが第一レベルですが、人間はいまのところそこを目指している途中ですね。
しかし銀河全体を覆っても、情報伝達の光の壁が超えられなければ、色々と不具合も多いような気がします。光って速いようでいて宇宙スケールで見ると、最高速としては遅すぎますね^^。
福岡修学旅行コースへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
以前おっしゃっていた福岡修学旅行コースですね(^^) かなり気合が入っているのが分かります。この回単独で、どこかにアピールしたいですね。
こうやって見ると見どころが多く、福岡近隣でストーリーができてしまうという。しかも、複数コースできちゃいそうです。ほんと、京都なんて行ってる場合じゃないでしょ、って思います。これは実際にやってもらいたいもの。いきなり修学旅行本番に採用でなくとも、小・中学生を集めてツアーを組んで回ってもらいたいものです。
軽いアクティビティを混ぜるのは個人的に賛成ですね。名所をだらだら回っているだけだと、だんだん疲れてきます。どこかで体を動かせるなら、それでまたリフレッシュできそうです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
やっと福岡に戻って来ました。もう完全にこちらの方がベースです。帰りに亀戸天神に立ち寄りましたが、あれって太宰府天満宮のコピーだったんですね。葛飾八幡宮にも寄りましたが、八幡信仰の大元は大分です。
建築に注目すると、大分も十分修学旅行の対象になり得ると思います。磯崎新に加えて、坂茂もありますからね。アクティビティにくじゅうを加えてもいいし、別府の温泉もいいですね。
エロの力への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
へえ、本能寺の変の1852年をイチゴパンツの織田信長と覚えるというのは初めて聞きました。面白いですね。でも、これを見たら間違いなくイチゴパンツを履いた織田信長を思い浮かべるんじゃないですか(笑)。
「例えば」の『なんと大きな平城京』を、え、いったいどうエロにするの? とわくわくしていたら、『なんと大きな平城京♡』ですか!! これはお見事です。何のことか全くわからないし何の情報も付け加えていないのに、各個人の妄想で恐ろしく膨らんでしまいうる表現ですね! ハートマーク、すごい。
1192年についてはコメントも控えましょう。無粋ですから(笑)
でも、こういう語呂合わせって、個人の頭の中だけで完結していそうで、実はけっこう共有されていたりしますよ。みんな似たようなことを考えるからというのがひとつと、やっぱり考えたからには言いたくなる(特に中・高生当たりのお年頃)からでしょうね。今だとSNSで共有も簡単にできますし。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます^_^コメントありがとうございます。
エロ語呂合わせは人に言わないだけで、結構やっている人いるんですかね? 元素周期表なんかで完成させれば、現在の受験勉強に革命を起こせるような気がします。
書いていて思ったのは♡マークの力ですね。ラノベだと使っている作家さんはよく見かけますが、我々世代では滅多にいないと思います。一般的に使えるマークの☆とか←とかを使いまくった話とか、何か新しいものが生まれそうな気がします^_^
おとり捜査への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
大臣ってどうやって決めてるんでしょうね? その分野における能力を見極めたうえで適材適所で据えてもらわねば、国民がこまるんですけどね。この人をここに据えた理由というのがきっちり文書で公開されてもいいような気がするんですけど。
ア〇クルはこちらの職場でも多少影響を受けたようですが、幸いうちの部署はあまり利用していなかったのでまだ被害は少なかったです。それより試薬会社がトラブルに遭って出荷見合わせになるのはやめてもらいたいですね。
専門知識がない人がトップに立つのを全否定はしませんが、少なくともトップに立ったからにはその分野のことを猛勉強する意気込みがなければ困りますし、学習サポート体制も総力を尽くしてもらいたいと思います。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
アスクルやアサヒへのサイバー攻撃は、ハッカーがABC順でやってるなんてあ話もありますね。やりたい放題です。
大臣は首相が決めるんだでしょうけど、適材適所と言うよりはしがらみ優先なんでしょうね。勿論任命された方は猛勉強するんだと思いますが、先生は多分官僚です。結局既存の考えに洗脳されてしまうでしょう。そうしてデジタル大臣だけは、いくら後から勉強しても追いつけないと思います。
最近の若者はパソコンの知識に欠けた人も多いと思いますが、スマホを使わせたら凄いです。デジタルネイティブと言うやつですね。今まで生きてきた環境がそうさせたのでしょう。
とにかくデジタル大臣だけは何とかしてほしいです。来年だったら、もういっそAIがやってもいいかもしれません。
白鳥のジュンへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
下着が二重履きだったら、喜びが半減、というくだりに、なかなか複雑だなあと思わされましたが、でも、どうなんですかね?
ばっちり見えるより、ちらりと見えることに興奮がかき立てられるというのはよく言われる話です。それなら薄い上パンツからうっすら見える下パンツのほうが、一枚履きのパンツそのものよりもわくわくしたりするんじゃないでしょうか? なんといっても、こういうのは慣れや思い込みの影響がとても大きいと思います。和装のときには着物の裾からちら見えした女性の脛に興奮していたわけですし、ベールやブルカを被る習慣の地域では、髪の毛のチラ見えが大興奮に繋がったりするんじゃないでしょうか。
> 下着そのものがちらっと見えるという概念と状況に対して、男は喜びを感じているだけじゃないか
そうでしょうね、そしてそれは別に男に限ったことではないと思います。男女逆転のシチュエーションがあまりないだけで。
と書いていて、ようやく気付きました。白鳥のジュンって、女性のほうの名前だったんですね、男のほうかと思っていました (^^;) ガッチャマンは見ていたはずなのですが……
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
朝っぱらからくだらない内容でどうもすいません。シースルードレスから下着が透けて見えても興奮するので、2枚履きの場合はパンチラではなく、長時間凝視できる状況になれば、かなり有効かもせれませんね。
男は生物学的に視覚情報で、性的興奮が高まることが分かっているので、女性とはまた感じ方が違うと思うんですが、どうなんでしょうね?
そうしてこの喜びは年齢的には何歳まで保てるんでしょうか?非常に興味深いです。100歳になったら100歳のおばあさんの下着姿に興奮するんでしょうか?
ガッチャマンの男キャラなら、大鷲の健ですね。又はコンドルのジョー?
士業と家業への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
今気づきましたが、医師は医士じゃないんですね。看護師も看護士ではないと。武士は士業? しようもないことをいろいろ考えてしました。
先生呼び、いやですね。自分の至らなさを逆に強調されているようで (^^;) 大学院の恩師は、自分が「教わった」と自覚している方以外は、どんな人であれ「さん」付けで呼んでいました。研究室でもその精神が浸透しており、私もよほどのことがない限り、先生付けで呼ぶことはしたくないです。でも、学校の先生って、互いに先生を付けて呼び合っているのですよね。まれにそういうところに混じると付けないのがひどく目立つので、悩ましいです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
士業の士というのは、まさに武士と共通みたいです。師と書く職業も士業と同様の分類のようです。
昔は先生付けで呼ばれると、さん付けでお願いしますと言ってたんですが、最近は面倒くさくなって言わなくなりました。確かに学生にも教えているので……。
先生同士でメールとかする時に、最初に〇〇先生って書くのは、いまだにかなりの抵抗があります。
SFを感じるへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
お、今も東京ご滞在とお聞きしましたので、これはちょうど前回の東京ご滞在のお話なのでしょうか。
大都会だと、過去(三、四十年前ですかね)から現在への落差はSF感として感じられるのですね。変化が時に恐怖となって迫って来るというご体験ですね。
田舎の小さな町だと、それは世界が終わったあとのささやかな再生感になります。町に一軒あったデパートはなくなり、アーケード街はほぼ廃墟と化しそこにたむろする不良少年すら存在しない状態。でも、消えるべく定められていたものは消え去り、身の丈に合ったものが孼のように現れ始めていると思えます。怖いというより、ちょっと温かなものを感じます。でも、もう自分のいるところではないなとも感じられますね。
これが田舎の町ではなく田舎そのものだと、完全消滅して終わり、なのかもしれません。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは、コメントありがとうございます^_^
そうです。これは前回滞在時のものですね。授業や仕事もあるので、これからは行ったり来たりです。
昨日の土曜日は、近所を歩けばそれなりに若者や子供もいてちょっと安心しました^_^。しかしながら相変わらずの下町とスカイツリーの対比はSF感があるし、高所得者層は庶民を労働力としてしか見ていないんだろうなと、うがった考えに至ってしまいます。
過疎地域は逆の意味でのSF感があるのかもしれませんが、何となくそれはファンタジーに近いのではないでしょうか?
著作権への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
著作権に関しては、私も同意見です。本人に利があるのは当然と思いますが、その子孫にまではいらないでしょう。三十年で十分だと思います。
国内の文学に関しても、青空文庫での速やかな公開など、いくつかの文学にとって好ましい動きに繋がりそうですが、翻訳に関してはさらに大きなメリットがあります。版権があると、出版社を介さないと訳書が出しづらいのです。費用の問題もありますが、そもそも翻訳者個人とは契約を結んでくれなかったような……。そこが解決すると、たとえばオンデマンド出版でも出せるようになるし、出版社に持ち込んだ場合でもOK出やすくなる気がします。
海外の「今」を若手の翻訳者が気軽に日本に紹介できるようになると、文学の世界もまた変わってくると思うのですよね。30年前はぎりぎり「今」と言えなくもないかと思いますが、70年前はさすがに無理ですよね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
ですよね。70年は長すぎますよね。特許とか他の権利関係に比べても、異様に長いです。たぶん大昔の権力者が、個人的な都合でそうしたのが、今も残ったままなんでしょう。相手は世界だから変えていくのは大変そうです。
翻訳の場合、翻訳者にも著作権が発生すると思うんですが、それも期間的には同じなんでしょうかね?
しかし例えば英語の小説を日本語に翻訳して、その日本語版をまた英語に翻訳してって繰り返すと面白そうだなと思ってしまいました。100回ぐらい繰り返すと、最初のものとは全然違う話になりそうで、死んだ著者も天国で喜びそう。
猿山への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
社会性の強い生き物といえば、昨今ひそかに人気のある(?)ハダカデバネズミもいますね。いろんな動物園にいるわけじゃないですが、いるところもあるようです。ペンギンも社会性が強いと言われる生き物ですが、これも割と陸の上にいるので、動物園ではよく観察できますよ。
ところで、大前提にもどり、社会性ってなんだっけ、と考えてしまいました。群れをつくるのと社会性があるのとは、ほとんど同じように思えるのですが、そうとらえて良いのか悪いのか、検索してみてもよくわかりません。ニワトリにはつつき順位があり、つまり集団の中での個という意識があるようですが、でも、いわゆる社会性に求められる「協力」には乏しく、成熟した社会性があるとは言えないのでしょうね。
猿山の猿のくだりを読んでいて、猿山というごく狭い空間に閉じ込められた猿の群れは、もはや社会性をゆがめられているんじゃないかと思いました。自然の中であれば取れる逃げるという手段を奪われているわけですから、これはかなり不自然で苦痛の大きなかたちなのではないでしょうか。学校には行くのは当然で逃げ出すなんて許されない、かつてのあの世界を彷彿とさせました。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます^^。
ハダカデバネズミは大量集団で見ることのできる動物園があるんですかね?それはちょっと怖いような気もします。
福岡市動物園もペンギン舎はかなり力が入っています。一頭(羽?)につき一軒の小屋があるように見えるんですが、それぞれが特定の小屋を使っているのかは分かりません。
群れる動物はそれなりに役割分担をして、小さい社会のようなものを形成しているようにも見えますが、やはり一か所(又は特定地域)に定住していていないと、社会を形成するのは難しいのではないでしょうか?
高崎山のような自然の猿山の場合は、最悪群れから出ていく事ができますからね。だいぶ動物園はゆがんでいるんでしょうね。
10億円への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ほほう、面白いなと感じたのは、十三岡さまの頭の中には暗黙の了解として、個人の欲望だけでなく公共の利益になるようなものに使わねばならなず、死後の管理も考えねばならないという制約があることですね。それは公共の幸せを願うという意味からではなく、個人的で刹那的なものだけに費やしても、死ぬときにむなしいから、という。ふむ、大金をどう使うかというところにも、死生観が大きく影響してくる良い例だと思いました。
ちなみに私は自分勝手に使うと思います。十億あれば、さすがに死ぬまでの生活費にはあまりあるでしょう。たとえ有料老人ホームの高級なところに入らねばならなくなっても(リーズナブルなところは空いてないから)、まあまあ足りるんじゃないかなと。ああ、お金を管理してもらう、信頼に足る後見人を雇うお金も十分余裕を見ておかないといけませんね。ここで手を抜くと殺されかねない(笑)。二重三重にしっかり注意をして……あれ、そう考えていくと、10億って、実はさほど大きな額じゃないような気がしてきました (^^;)
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます。
そう、十億円て今では結構大した額じゃないですよね? まぁ私には全く無縁な金額ですが。お金自体は目的ではなくて、目的を果たすためにお金があるので、その使い方にはその人の考え方が大いに影響すると思います。佐藤さんは老後の心配が真っ先に来るんですね^^;。大丈夫です。我々の老後にはベーシックインカムが実現して、ヒューマノイドが介護してくれるようになっているはずです。まぁ私の場合、そこまで長生きはできないような気がしていますが^^;。
死ぬことへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
死を嫌悪する人たちの多くは、死そのものに加え、老いに伴う現象が嫌なんじゃないでしょうか。体の衰え、脳の衰え、今までできていたことができなくなり、自分が誰なのかもわからなくなる。人によっては体は衰えても脳は衰えず、体の変化を肯定的にとらえてある意味「楽しむ」人もいますが、そこまで強い精神を保持するのは難しいでしょうね。
生に執着しているかと言われると、どちらかというと執着していない方ではないかと思っているのですが、でも死後意識がなくなる、すなわちその人の存在全てが消滅して終わりだ、ということを否定することができないので、死を楽しみにするという気持ちにまではなれないですね。
新たな経験という意味では楽しみでないこともないのですが、それ以上に、死直前の苦しみが怖いです。息が止まるのですから、苦しくないわけはないはずで、有無を言わさずそれに堪えさせられるのが嫌だなあと思います。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます^^。
佐藤さんは何となく、こちら側の人間のような気がしていますが、楽しみまではいきませんか? 呼吸が止まって脳に酸素が供給され無くなれば、苦しいを通り越して気持ちよくなるような気がします。実体験が伴わないので予想ですが……マラソンやっている人間から聞くランナーズハイと一緒でしょうか。
痛覚に関しても、限界点を超えると麻痺するような気がします。脳が情報をシャットダウンする感じでしょうか? 生きながらえるために痛みや苦しみといった感覚が備わっているので、それを超えるような状況になったら、脳は信号処理をやめるんじゃないですかね? そのあたりも楽しみです。
誰もが経験できる、人生に一度しかないアトラクションみたいな感じですね。でも老化に伴う死であれば。その前段階の体の衰えははっきり言ってプラス方向には受け取れないです。でもそれはまた死とは違ったものかなと思います。事故死とかもありますからね。
予想と想像と妄想とへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
画期的なある技術が出たあと、それを洗練させていくと1,2年で性能が10倍になるというのはこれまでの経験から何となく納得できますが、その洗練にも限界があるのでどこかで頭打ちになるでしょう。しばらく停滞したのち、次の革新的な技術が見つかれば、そこでまた飛躍的な進化が起こるのかもしれませんね。
ひとつの技術に着目するとそんな感じかと思いますが、それがひとつふたつと重ね合わされると、一歩一歩進んでいくような進化の仕方に感じられるのかもしれません。
あと五年後、2030年ですね。どうなっているのか、見ることができ、覚えていることができたら、今現在と比較してみたいものです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
そうです。これまでの技術であれば、ある程度の到達点があってそこで頭打ちみたいなことになります。自動車でも飛行機でも、身近な洗濯機でも冷蔵庫でもそうです。
しかしながらAI技術だけは違います。なんといっても技術を生み出してきた、脳そのものの機能を模倣しています。だから自分で進化できます。自己進化するので行き止まりがありません。人知を超えてしまったその先は予測が全くつきません。人知を超えちゃってますからね^^;。
3I/ATLAS追記への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
確率は完全ゼロでない限り、二分の一でも一億分の一でも、起きるときには起きるととらえています。赤珠九千九百九十九万九千九百九十九白玉一から球をひとつずつ取り出していったとき、何番目に白玉がこなければおかしい、ということはないでしょう。三番目であっても、別にありなんじゃないかな、と……
観測のバイアスはきっとあるのでしょうね。地球に接近する飛来物の密度を主に観測しているわけですが、それが宇宙全体を飛び交うの飛来物の密度や方向の分布とどれくらい異なっているのかが気になります。宇宙全体と言っちゃうと、飛来物の定義からしてめんどくさそうですが (^^;)
作者からの返信
佐藤様>こちらもコメントありがとうございます。
流石に360°全方向を四六時中観測するわけには行かないから、バイアスは仕方ないですよね。
恒星外由来天体は実際の所、どれくらい来ているんですかね? 3Iがこの軌道を取る確率は0.005%だったらしいので、2万倍くらい来てるんですかね? しかしそれならさすがにもっとどんどん見つかるような気もします……あれ?やっぱり誰かしらの、何かの狙いがあるような気もしてきました(笑)
3I/ATLASへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
飛来物に何らかの悪意が込められているとなると、前代未聞の大恐慌が起きてもおかしくないですね。そういうロマンは置いておいても、太陽系外飛来物となると、組成や状態、履歴に興味がわきます。そのうち(もちろん、十年二十年という単位ではないですが)、そういうのを捕まえて分析・解析する日も来るのでしょうね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
今の所宇宙船と思えるような動きはないようです。しかしながらその成分は、かなり普通の彗星とは違うみたいです。
捕獲したり近接するには、かなりの速度が必要なので、相当人類の科学力が上がらないと難しいでしょうね。そこまでいくと、既に他の恒星に行けるようになっている感じもします。
因みに今回も、相手がもし自然物に偽装しているのであれば、見破る方法はありません。
文字による情報の集積への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ウェブ小説のサーバなんて、多くの人々の妄想の共同保管庫ですね。ただ、文字、というより言語の性質に関わる話ですが、思想を100パーセントそのまま書き残すことは不可能でしょう。
個人の頭の中身は文字を媒介として他の人の頭にどれくらい正確に映し出されるのだろうということに興味があります。単語や連語の持つ概念が人によって少しずれているから起こるだろうズレ、これは言語の獲得が個々人の成長に伴う体験の集積によるからであって、例えばPCにアプリをインストールするように「日本語」というアプリを瞬時に頭にインストールできるようになると、文字記録は完璧なものになるのかもしれない、なんて妄想させてもらいました。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
事実関係を全て文字で書き起こすことは不可能ですよね。ましてや思想なんて実体のない物はほぼ100%不可能です。論文なんかはなるべく事実を客観視して書かないといけませんが、それでもフラットに事実を述べていくのは至難の業です。
でも小説なんかの場合は、そこが面白いところなんでしょうね。100人いたら100の妄想があって、小説はそれを喚起させるトリガーでしかない。
そのうちもっと直接的に思想や妄想もデータ化して、電気信号で脳に書き込めるようになるかもしれませんが、それもまた周囲の記憶や感性の影響を受けて、そのまま再生は出来ないような気がします。
うん、そういうSF短編が書けそうな気がしてきました^^。
インバウンドの本当の問題点への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
賃金の上昇は牛の歩みですね。ニュースで一般人にインタビューすると、みんな、物価上昇で生活が厳しい、と言います。物価が高いから給料が上がってほしいと望むのではなく、早くこれが落ち着いてほしい(つまり物価が下がってほしい)という考え方が浸透しているのも、賃金上昇に圧のかからない一因かなと感じます。
ところで、富の再分配は必要なのでしょうか。もう少し社会保障をまともにしようという意味なら納得ですが、ちょっとしっくりこない言葉だなあと感じます。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
資本主義なんだから貧しいのは自己責任だという考え方はあると思います。資産を平均化した方がいいとは私も思いません。それでは社会主義です。但し最低限の生活保障はなされるべきで、その生活レベルも、普通の人と呼べるくらいにはなっていていいんじゃないかなと思います。
なのでベーシックインカムにも賛成です。日本は特にノブレス・オブリージュの精神が浸透していないので、政治がその役を担うべきかと思います。
量子チップの量産への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
このあたりの話題は普段あまり気にしていないので十三岡さまのエッセイが情報源になっていて、へえそうなんだと感心しています。
技術の発達ってだいたい指数関数的に進むように感じます。1から100への発達はありえなさそうに感じられていても、1から2へはわりとすぐに到達し、2から4へ、4から8に到達したあたりで一気に加速していく感じですね。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
ソフトバンクの孫さん曰く、今はワンサイクルでチップ数が10倍になり、チップ性能も10倍になって、モデル性能も10倍になるので、10×10×10で1000倍になるんだそうです。
ワンサイクルで1000倍なら、2サイクルで100万倍です。これはまだ量子チップの話を加える前の段階です。
もう数年先は予測のつかない世界という感じがしています。怖いような気もしますが、基本的には楽しみです。
ヒンドゥー教への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
> 人類はもう4~5000年ぐらい前にはこの思想に辿り着いていたんですね。
たしかに凄いなあと思わされますね。時間をかけて発展していくさまざまな思想やさまざまな技術。それらはおのおのに到達点みたいなものがあって、おのおのに異なる到達曲線を描いているのだろうと想像しました。人間活動のすべてがいつか到達点に達したら、その先どうなるのかなあと漠然と考えたり……
作者からの返信
佐藤様>こんにちは、コメントありがとうございます^^。
今日は学生さんに授業をしています。
技術の方は段々と発達していきますが、人間の思想的な部分は、時代に関係なく昔からそう変わらないのかもしれませんね。
最後はどこに行きつくんでしょう?フラクタルの様にまたもうひとつ小さな宇宙が生まれるのかもしれませんね^^。
大げさへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
そうですね、芝居や演劇は遠くから観客に見てもらうものですから、身振りは大きく、声も大きくなくては伝わらないのでしょう。効果音を足したり、派手なライティングをしたりするのも、大げさにするための手段ですね。
社会情勢や景気の動向がファッションを左右するという話がありますが、それ以外の文化に関しても当然のことながら大きく影響を及ぼしているのでしょうね。景気が悪くなると大げさな演技が好まれるとか、そういう分析はないのかなあ。
作者からの返信
佐藤様>こちらもコメントありがとうございます。
年ごとのファッションの潮流は、どうも作られたものという感じがしますが、文化を含めたファッション……例えばヒッピーや太陽族みたいなものは、社会情勢を色濃く反映したものだと思います。
現在日本初のサブカルが世界中で人気ですが、私はその独自性には日本の文化が根ざしていると思っています。打製石器の時代に磨製石器を作っていた、その変態性ですね^^;。
縄文のDNAなんか僅かしか残っていないという悲しい話もありますが、私は日本語というこの特殊な言語に秘密があるような気がしています。民族も人種も超えて、この言葉を操れるものが日本人たり得るのです。
記録に無い意味への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
邪馬台国と大和国とが同一ではないかと言われていたことがあるのですね。それに納得してしまいました。今とは事情が違い記録が極めて限られるとはいえ、日本にも中国にも邪馬台国に関する記述がほぼないというのは、その存在自体に認識ミスがあるんじゃないかと思わされます。
稲作に適した広大な佐賀平野にかつて大国が存在していたということ自体はしごくもっともらしいとおもえるのですが、記録が極端に少ないと、政権側の都合で歴史からその存在が完全に抹消されることもありえるのかもしれませんね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
私も江戸時代まで邪馬台はヤマトと呼んでいたという説を聞いて、なるほどなと思ってしまいました。ヤマタイとヤマトは語感が似てますよね。それまで気が付きませんでした。そもそも邪馬台国は魏志倭人伝にしか出てこないので、ヤマトという音を、魏の国の人が邪馬台と当て字をしただけかもしれません。
邪馬台国……もしかしたら大和国かもしれませんが、その場所は外交上の拠点が伊都国であったなら、最初から近畿だったと考える方が不自然です。当初は中国に対して帰属意識が強かったわけですし、もっと近接した所にあった首都機能が、日本が独立性が高まるにつれ近畿に移転したと考えるのが、自然だと個人的には思います。
宇佐神宮や高千穂峡など、九州には神話時代を彷彿とさせるポイントがそこかしこにあります。山に上っていると色々なものが、実際に自分の目で見ることで、感覚として歴史が自分の中に入ってくるように感じられます。今、大分だと八面山に注目しています。
酒への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
飲食の重要性の高さを考えるに、人間は目につくあらゆるものを口に入れていそうです。だから天然下のアルコール発酵物にはかなり早い段階で気づき、飲んでいそうですよね。
直接的な証拠が見つからないのなら、間接的な証拠となるものがうまく見つけられれば、日本人とアルコールの歴史も変わるかもしれませんね。海のもの山のものをどれくらいの比率で食べていたかについては人骨のコラーゲンの窒素同位体比から類推できるのですが、酒は難しそうです。何か良いプロキシがないかな。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
絶対飲んでそうですよね? あと気になるのは大麻です。日本人の歴史に深く根差している事は確かですが、喫煙していたかどうかも証拠がありません。
入れ墨して、マリファナ吸って酒を飲んでいたら、現代人から見て縄文人はかなりの不良ですね^^。
現在発見されている、最古の酒の痕跡は9000年前の中国のものらしいですが、実際はもっとかなり前から世界各地で飲まれていたような気がします。酒好きの妄想かもしれませんが^^;。
星座占いへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
> じゃあチャンネルを変えればいいと思うかもしれないが、わざわざそこまでするのは、何か負けのような気がする。
複雑な男心!! ちょっと笑ってしまいました。気にするのですね。でも、確かに、私は見ていないから気にならないのであって、耳元でささやかれたらバカバカしいと思いつつ気になるのかも。
何でもネタにしてやれは物書きの鑑。転んでもただでは起きないってやつですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
複雑な男心なんでしょうか? 普通は女性の方が占いって気にしますよね? その言い方はジェンダーハラスメント?
星座は12あるので、最下位になったら、今日のあなたは全人類の8.3%に入る不幸ですって言われている感じです。 信じはしなくても気分悪いですよね?
丁度オレンジ短編用の話を書こうと思っていたので、ネタにしてみますかね^^。
無人販売所への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
海外の国の歴史と慣習を掘り下げたことがないので思い付きでしゃべりますが、新装開店の店舗の前に飾られるお花がありますよね。花輪というか花かごというか。あれを外に出しておくと、通りかかる外国人が次々と抜いて持っていくことが問題になり、なぜそんなことをするのか聞いてみたら、みんなで開店を祝うために花は持っていくものなのだと答えられたとか。それを聞いて思ったのは、社会の慣習の違いで、ふるまいかたなんていくらでも変わりうるのだということでした。まさにカルチャーショックですね。社会インフラや個人の動産についても、不用心に放置されているものに対するとらえ方の違いが扱いの違いに結びつくのではないかと思います。国外でも国内でも。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
花の話を聞いて、以前鴻臚館跡の資料館で、傘をパクられたことを思い出しました。友人と二人でビニール傘を二本入り口の傘入れに入れて中に入りました。客は少なくて我々の他は中国人観光客が二組くらいです。
資料館を出ると傘は二本ともパクられていました。彼らにしたら親切な人が、どうぞ自由に使ってくださいと、傘がそこに置かれている位の感覚なんだろうなと思います。雨が降っていたので、せめてパクるのは一本だけにして欲しかったです。
ただマンホールなんかは重要な社会インフラであることは、アマゾンやアフリカの奥地を除いて、人類であれば国を問わずに認識していると思います。捕まらなければいいという認識なんでしょうね。本当に困ったものです。
生物と非生物への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
人間が行う実験など、繰り返せる回数は微々たるものですから、生物が生まれる確率が天文学的に低ければ、何十年、何百年経っても実験は成功しないかもしれないですね。その点宇宙には天文学的な数の実験の場があるので、生まれていてもおかしくはないということになりそうです。人間の頭で考えるよりも単純な無数の繰り返しのほうが確実に結果に結びつくというのは、ちょっと悲しいけれど、実際そういうものなのだろうなと思わされます。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
数学者たち曰く、その何億年にも渡る繰り返しの中でも、確率的には不可能なんだそうです。
昔からよく言われる例え話で、懐中時計をバラバラに分解して、箱の中に入れて振って、箱を開けたら元の懐中時計になっていた位の確率らしいですよね。何億年もかけて、何兆回箱を振ってもそうはならない気がします。
但し宇宙全体で考えれば、やっとその確率はゼロではなくなると、直感的にはそう思えます。
空気調和への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ご専門のお話ですね。意匠と構造はワンセットなのかと思っていました。別分野に分かれていたのですね。建築士の資格を取るには全分野をひととおり修めている必要があるけれど、おのおのの専門とするものがひとつある、という感じなのでしょうか。あれ、でも先を読んでいくと、構造一級建築士なんて資格もあるのですね。
空調が空気調和だったとは! これは驚きです。どことどこの空気を調和させるのでしょうか。
> 一級建築士の合格者数の内訳を見ると、実は建築設計をやっている人は1/3しかいません
のこりの2/3は建築とは別の仕事をやっているのですか? それでもその仕事をしながら一級を取得したということは、今後建築設計に関わろうということなのでしょうか? それとも一級建築士という資格は建築設計以外にも役立つのでしょうか?
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます^^。
木造住宅などの小さいものであれば、意匠の人間が構造計算もしたりします(本格的ではなくて簡略計算です)。構造一級建築士は、まずは一級建築士を取得して、それから構造の専門性を高めて行って、その上で所得します。かなりの上級資格なので、余程大きい建物でなければ必須とはなりません。
空気調和は、周辺の自然環境と(温度、湿度、酸素や二酸化炭素、風)調和させるという意味なんでしょうね。
建築設計以外の仕事をしている資格取得者の第一位は、施工管理ですね。世間一般で言う現場監督とかその上の所長です。大きい現場になると一級施工管理技士か一級建築士の資格が必要になります。建築士資格の方が取るのは難しいですが、設計するときにも使えるので、こちらをとる人も多いのです。
あとは審査したり検査したりする人もいれば、最近は不動産業の方や建材や設備のメーカーの方がとる場合もあるようです。どちらも建築の勉強をしていて損は無いですからね。会社によっては資格手当も支給されるかと思います^^。
少し暑すぎませんかねへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ここ数十年の時間レベルでなく地質学的な目で見れば、テクノロジーが発達していなくとも二酸化炭素濃度が高く気温も高かった時期はありましたので、未発達な社会で今より暑いというシナリオもないとは言えないと思います。おそらく、あまりに暑く、社会生活の維持が困難になれば、より過ごしやすい地域に移動していたのでしょう。沿岸域とか(千葉の勝浦なんて今でも涼しいですよね)。
体に対する気温のダメージは、バルクの日平均気温より、休息時の平均気温のほうが効きそうな気がします。そう考えると、すでに日本はヤバいところまで来ているのかもしれませんね。
作者からの返信
佐藤様>
こちらもコメントありがとうございます。
やっと涼しくなってきましたね。というか東京は一気に冬でした^^;。
生きていくうえでも気候は重要ですが、各地での文化というものもそれに根差していると思います。建築なんかは特にそうです。こう数十年で大きく変わってくると、文化の方はついていけないですよね。これからどうなってしまうのか本当に不安です。
そのうちSF映画みたいにドームを作って、完全空調してその中に住むようになるのかもしれません。
ベースへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ネット環境のベースは変わったというか、より正確にはぐっとスマホ主体にシフトしたと感じています。若者はPCもスマホも、ではなく、スマホに特化した人たちになっていますよね。PC主体の時代より、さらに個人主義化が進んでいるとも取れそうです。
ただ、各種サービスの提供媒体をスマホオンリーにするのはやめていただきたいものです。スマホ普及率が高くなったとはいえ、国民がひとり残らず持ってるわけじゃないし、その操作性には大きな差があります。たとえば飲食店の注文を個人のスマホオンリーにされるのは、とても困るんですよね……
作者からの返信
佐藤様>
おはようございます。こめんとあちがとうございます^^
飲食店でのスマホ注文は私も苦手です。使いこなせないとかそういうのではなくて、飲食店での注文するという楽しみを、奪われているような気がするからです。飲み屋さんかではみんなでワイワイやりながら、店員とコミュニケーションをとるというのも、また一つのイベントじゃないかと思います。
これからはAIの時代がやってきます。孫さんが言いうようなAIエージェントが、ネットへのソフト的なインターフェースになっていくと思いますが、ハード的にはスマホなのか、もっと違う形になるのか……もうほんの数年後には答えが見れるような気がします。
実写化への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
マンガ原作の実写化が一般的にヒットしない理由はわかりませんが、個人的な感想を言わせてもらえるなら、自分のイメージとのギャップが大きすぎてついていけないからですね。マンガの絵と現実の人間はあまりに違います。マンガの世界が強固に出来上がっていればいるほど、実写版の違和感は強くなります。たとえどんな素晴らしい俳優が演じようと、「違う!」としか思えないと思います。
小説原作の実写化でマンガ原作よりは違和感が少ないのは、小説を読んで頭の中で構築している絵がマンガより写実的であるということの証拠になるのかもしれません(でもこれは個人さが大きそう)。
マンガや小説の面白さを超えた素晴らしい実写化ドラマであればもしかするとある程度人気は出るのかもしれませんが、それは母体となるマンガや小説とは別物としての人気ではないでしょうか。
いずれにせよ、実写版は俳優やロケーションにすでに多くの「色」がついているだけに、ドラマのストーリーを純粋に楽しむのには向いていないんじゃないかという気がします。そう考えると、AIに嘘物実写版を創らせるのは大いに意味がありそうですね。
作者からの返信
佐藤様>
おはようございます。コメントありがとうございます^^。
他の動物には無い、人間独特の能力として共感というものがあると思っています。ある物語を聞いたときに、それを自分の事の様に想像して共感ができる……これって実は凄い事ですよね。
人間の五感から得る情報は視覚がかなりの部分を占めていると言いますが、同じ物語でも小説→漫画→アニメ→実写とビジュアル情報が増えていくと思います。この関係が離れていた方が、違和感を感じないという事なんでしょう。
でもあれですね、小説と漫画は最初からかなりの距離があると思います。そこがまた面白い所なんでしょうね。前に私の書いたなかしま君となかじまさんの中に出てくる『蟻と天才で』では、私は男をイメージして書いた主人公を、佐藤さんは女だと思ったという感想を聞いてはっとしました。
こういったビジュアルが無いからこその錯覚や行き違いを、うまく物語の仕掛けに使えるようになると、またいろいろと展開の幅が広がりそうなんですが、なかなか難しそうです。
日本のサブカルと音楽とへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
日本の学生用制服というのは、それにより広がる思想や主張が大きく、それを嘲笑ったり賛同したり、あるいは抵抗するように見せかけてその実利用したりと、とても使いがいのある題材じゃないかと思います。
衣装を学生服にするというのは、縛りのように見えて、むしろずるっこい使い方でもあるな、と感じます。とりあえず醤油さえあれば味付けはOK、みたいな?
作者からの返信
佐藤様>
こちらもコメントありがとうございます^_^
今は絶滅危惧種ですが、昔はヤンキーというのがいましたよね。
学校や社会に反発している割には、あくまで制服をベースにして着崩したり、サボりはしてもキチンと通学したり……
それって物凄く日本的だなと、今だと感じてしまいます。だから醤油の例えは言い得て妙ですね^_^
新しい学校のリーダーズ良いです。なんと言ってもみんな楽しそうです。
宇宙への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
> その手の中の水をまた海に戻してやる。するともう先ほどまでの個体は海になってしまっている。
この考え方は面白いですね。事実を述べているだけだけど、はっとさせられるものがあります。
自分を唯一無二の存在と考えることで尊厳を保っている人も多いのではないでしょうか。そういう人たちにとって、自分も宇宙(の一部)だと言われるのはむしろアイデンティティを失わせる考えかもしれません。
作者からの返信
佐藤様>
おはようございます。コメントありがとうございます^_^
今までも何度も書いている通り、私は自分の死を楽しみにしているんです。
勿論勿体ないので自殺はしません。
海に戻ってしまったら、個別の存在は感じられなくなってしまうかもしれませんが、それでも楽しみです。
現在ほぼ定説とされている理論が正解だとして、物質的にもエネルギー的にも200億年くらい前は、佐藤さんと私も同じ一つの存在だったんですから、何とも不思議な感じです。
問題解決への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
この例を出した段階で、私のコメントはもうお判りでしょうけれど(笑)。
問題に対する解決って何でしょうね? ここで挙げられている「解決」って、世間の人が求める回答のどれかを選ぶことに過ぎないのではないかと思いました。選択肢なんて、考え始めればもっとたくさんあるかもしれません。選ばないということを選ぶ選択肢だって、それにすると決意したのなら、それがその人の解決なのでしょう。禅問答みたいになってきましたが(^^;)
全員ハッピーなんてまずありえず、誰かのハッピーは誰かの問題発生にほかならないでしょうね。そうやってこの世ができているんじゃないでしょうか。
作者からの返信
佐藤様>
こんにちは、コメント有難うございます^_^
このエッセイの紹介文にも書いていますが、人生とは暇つぶしなので、何も問題がなくてもつまらないですよね。でも問題もあるだけではいけなくて、解決しようとするからこそ、暇が潰せるのかなとも思います。
解決するのが目的ではなくて、解決しようとする事で暇が潰せる。そんな感じではないでしょうか?
道州制への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
道州制を導入したとして、そのメリットをうまく活用できるのかが不安です。結局組み換えをしただけで、やっていることは元と変わらず、では意味がないですもんね。
首都の移転を先にしたうえでの道州制導入のほうが良いような気もします。
作者からの返信
佐藤様>
こんばんは。コメントありがとうございます。
維新が政権入りして、いよいよ副首都が実現しそうな感じではあります。しかしながら大阪と東京は近すぎると思うんですよね。東海地震が起きた場合、両方ともやばいような気がします。
福岡がいいんじゃないかと思ってましたが、結構過密してしまっているので、むしろ島根や鳥取あたりの方がいいんじゃないかと、最近思ってます。
道州制は確かにうまく運営できるか不安です。でも形から入って段々と整っていくという事もあるんじゃないでしょうか?
大阪万博でのトラブルに思うへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは、今日は大分からです。
万博のあのトラブル、事情をほとんど知らないのですが、それでもプランBが機能しなかった(準備が全くなかったのか、何かはあったのかも知らないので)のは、あまりにお粗末だと感じます。トラブルはあるもの、ですよねえ。防災対策が後手後手に回ったり、トイレ事情もいつまでも劣悪なままなところもあるなど、目に見えないところに対する想像力が足りないのではないかと思わされることが度々あります。
誰しも、先に光が見えたら今の足元をきれいに踏み固めるより、先に進んで光の中に一番乗りしたいものなのでしょう。でも、取り残された大勢にとっては、難儀なことです。改善、されるのかなあ……
作者からの返信
佐藤様>
こんにちは。コメント有難うございます^_^
奇遇ですね。私の方は昨日から東京に来ています。
万博の方はBプランはあったみたいです。但し有効に機能しなかったみたいなので、やはりダメダメですね。
どうも日本社会はトライエラーが苦手なようで、事業でも一度失敗した人はなかなか再浮上できませんよね。アメリカなんかだと、一度失敗した経験があった方が、評価が高くなることもあるみたいです。
特に公共的なものは、失敗したくないんでしょうね。それで逆に色々と脇が甘くなって、結局失敗しているような気がします。それでも失敗から改善できれば良いんですけどね……
平均化への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
最近できた住宅街の没個性ぶりは同感です。ここ十年くらいにできた新興住宅街は取り換えたってわからないくらいそっくりです。私は住みたくないですね。他の人がすでに購入して住んでいる、ということはそこそこの安全性が保障されているといえます。家は大きな買い物になるので、ことさら安心安全志向が強いのではないでしょうか。他の国の現状と比較したことがないので、右にならえ、が日本人にことさら強い感覚なのかどうかわかりませんが、個性を出すよりは安心が現代では重視されているのだろうなと感じます。
趣味や独自性をどこで出していくかは時代によって変化するのではないでしょうか。
作者からの返信
佐藤様>
おはようございます。コメントありがとうございます^^
各住戸が個性的ではなくても、街全体での統一感を醸し出している、ヨーロッパの街並みや昔の日本の風景ならいいんですが、最近の新興住宅地は酷いですよね?
もちろん耐震性などの基本性能は大切です。しかしそれを確保したうえでもやりようはいくらでもあります。設計者がやっつけ仕事(あるいは設計者と呼ばれる人間がいない)をしている部分があると思います。ただ、彼らは彼らで所属している組織の縛りを受けているだけなので、なんとかしろと言っても可哀想な部分もあるでしょうね。
でも折角学生さんたちと話す機会もあるので、そこのところはしつこく言っていこうと思っています。もちろん手遅れだろうし、一人二人が何を言っても変わらないとは感じつつ、そこは選挙と一緒です。
解像度への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
夢の話を読んでいて、生まれつき目の見えない方はどんな夢を見るのだろうとふと思いました。また、テレビが白黒だった時代には夢は白黒だったという真偽疑わしい話も思い出しました。
後者がもしも本当であったら、夢とは実際目にしたものが等しくストックされてそこから何らかの選択がなされて夢の映像となる、というわけではなく、ストックされる段階で振り分けが行われている可能性もあるのかなと思います。
というのはさておき、人間が視覚情報として取り込んだものから夢の映像が出来上がっているのなら、それ以上の解像度にはならないのではないでしょうか。そして視覚情報とは人間の視細胞の能力をフルに使って記録されているのか、間引いて記録されているのかも気になります。直観像記憶を有する人が記憶の中で例えば本をめくって読めるように、そのとき「見えていなく」ても網膜に映ったものは記憶に残せる人がいるということですね。人間の体は手抜きを好みますが、もしかすると記憶とは簡単に想起できないだけで感覚器の能力を最大限駆使した情報を保持してるのかもしれないなどと妄想してみました。
作者からの返信
佐藤様>
おはようございます。コメントありがとうございます^^
もちろん夢に出てくる映像の情報は経験と記憶に基づいているとは思うんですが、例えば顕微鏡で蟻のドアップを見たとして、夢の中では見たことのない蝶のドアップを見たりもするんじゃないでしょうか? 妄想と想像が働くので、一種実体験のない解像度まで映像情報が合成されるような気がします。AIと一緒ですね。
逆に意識には上がっていなくて、記憶には残っているものというのはあると思います。何かの小説で外部情報が遮断された人間が、過去を思い出すうちに気が付いていなかったディティールまでがどんどん出てくるというのがありました。
しかし記憶というのは本当に、個体の脳にだけ蓄積されている存在なんでしょうかね? スマホでもそんな事をしていたらすぐに記録領域がいっぱいになってしまいます。外部にクラウドがあるか、記憶しているのは波動方程式のようなもので、都度計算しなおして結果を確認しているなんて可能性もあるかもしれません。
以前夢というのは白黒で、色が付いた夢を見る人は精神に異常があると誰かが言っていたような気がします。考えてみると確かに夢で見た風景に、はっきりと色がついていたとは言い切れないような気もします。
転換点への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
> もし1000年後くらいの博物館の展示を見た時、ここ数年ぐらいが人類の歴史の転換点だったなんて事になりそうな、
そうなんですよね、後世の人が過去を振り返って初めて、「あれが~」などと言えるのであって、今体験している人にはそれはほとんど実感できないですね。私にとっては昭和も平成も令和も一続きの世界で、さほど劇的に変わったと思えません。冷静に一つ一つを見ていけば、ずいぶん変わってきたと理解はできるのですけれどね。
だから昭和育ちの人の人の感じている現在と平成育ちの感じているそれとは相いれないのかもしれませんね。
作者からの返信
佐藤様>
おはようございます コメントありがとうございます^^
育ってきた環境で価値観は絶対違ってくると思うんですよね。でも自分が育ってきた時代は、私もいうほど変化を感じていません。たぶんそこにギャップが生まれるんでしょうね。
舞台は近未来で、昭和生まれと平成生まれと令和生まれがチームを組んで、日本経済を復活させていくなんて話は面白いかもしれませんね^^。
悪にも背景となる価値観があるへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
外国人に労働力として来てもらうなら、日本の社会側がそれに向けて変わっていかないとダメでしょうね。おっしゃるように文化の背景にあるものの違いで起こりうる犯罪は異なってくると思います。それに見合った対策は必要だと思います。
ただ、今のところ、外国人の力を借りなくてもいま日本にいる集団だけで今後何とかやっていけると思い込んでいる人たちが多いのでしょうね。彼らにとって外国人の「ため」にお金を使われるのは我慢がならず、そんな必要があるというのなら来るなという流れになりそうです。
作者からの返信
佐藤様>
こちらもコメントありがとうございます。
私は人種に関係なく、日本語を話して日本を愛してくれる人はみな日本人だと思っています。日本語というのは非常に変わった独特の言語で、これを使いこなすには日本的な価値観と道徳観がないと無理だと思います。
ですから海外からの移民は永住権の取得時には、日本語の試験を課すのが有効かなと思っています(今は簡単過ぎます)。
労働力不足は難しいところですね。でも三菱でもパナソニックでも最近大きなリストラがありました。ホワイトカラーはAIによって、これからだいぶ人手が余ってきます。ブルーカラーの労働に対する評価の低さが、一番の問題のような気がしています。
安い労働力として、海外の方に来てもらうという現在の政財界の考え方は、一種経済奴隷制度のようでその人達に対しても失礼ではないかと個人的には思います。ただ現実的には確かにもう、日本人だけでは首が回らなくなっているのも事実なので、整合性をとりながら調整していくしかないでしょうね。
労働力の流動性の確保の他、IT技術の導入の遅れはだいぶ痛かったと思います。現在のAI技術の先にある、ヒューマノイドの活用には期待はしています。
旧帝国ホテルへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
こういう遺産級のものの保護は大衆の要望からというルートもあるでしょうが、それにはそういう意識が広く共有されている必要があり、少なくとも今の日本の文化はそれとはちょっと方向性が違うのかなと感じます。
もう一つのルートとして、一部の富裕層が持つ「粋」の文化があるのではないかと思います。良いと信じたものを私財をなげうって保護するというあれですね。社会を牽引していく人たちにももっていてもらいたい感覚ですが、最近では精神的な贅沢という言葉の意味を知る人がいなくなったのだろうなと感じます。
作者からの返信
佐藤様>
おはようございます。 コメントありがとうございます^^
公共建築物だと解体前に、その情報が広く市民にも知らされるので、保存運動なんかも起こったりするんですが、民間の建物だといきなり解体工事が始まるので、保存も反対も運動しようがありません。
建っているうちに重要文化財とかに、指定するしかないでしょうね。もし私が大谷翔平なら、西日本シティ銀行ビルはともかく旧帝国ホテルであれば買い取った事でしょう。そこまで財力のある日本人もなかなかいないでしょうけどね^^;。
三大欲求への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
睡眠は睡眠自体に快を感じないからではないでしょうか。快を感じるのはおおむね目覚めたあとです。食欲も性欲も、その最中強烈な快が存在するので、そこを目指す物語が生み出しやすく、そうでない睡眠欲については難しいのかなと思いました。
別の考えとして、睡眠自体にまつわる快として夢があるのではとも思いましたが、こちらはファンタジーや、言ってしまえばあらゆるフィクションに通ずることになり、もともと存在するじゃん、ということになっちゃいますね。
作者からの返信
佐藤様>こちらもコメントありがとうございます。
食欲と性欲はドーパミンが出るのに対して、睡眠用の方はセロトニンなんですかね?
あの昼寝や二度寝の快感は、結構なドーパミンが出ているような気もしますが、出過ぎたら逆に眠れなくなりそうです。
ファンタジーなら眠れなくなる呪いをかけられて、勇者が24時間戦い続けて、最後に朝までぐっすり眠る話とか、SFなら眠らなくても大丈夫になる薬が発明されて、社会の生産性が二倍になるとか、ヒューマノイドが睡眠の権利を主張し始めるとか、睡眠を客観視した物語なら成立しそうですけどね^^。
自動運転への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
本当に自動運転が必要なのかいまいちぴんとこないのですよね。現段階では単に技術の進化を楽しんでいるだけのようにしか思えなくて。
もし切実に必要なのだとしたら、半ば見切り発車的にでもやっちゃうんじゃないですかね。事故を含む不具合が起きたらその都度対応していくと言ったやり方で、徐々に自動運転と普通の運転が共存できるようなすり合わせ(制限速度の遵守とか)が行われていくんじゃないでしょうか。
でも、本当に自動運転が必要なのは交通の便が極めて悪い地方だと思うのですが、そこでの導入は道路環境的にほぼ不可能でしょうね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
地方こそ自動運転が必要だというのは同意見です。山の中のぽつんと一軒家とかは無理ですが、現在運航されている行政による循環バスなどは真っ先に自動化されるんじゃないでしょうか?
とかいいながらも、当分難しいとも思ってたんですが、最近のAIの進化スピードが凄まじいので、5年化以内には実用化される予感がしています。
2025年7月5日への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
今は十月、結果的に日本が壊滅状態になるような大災害は起きませんでしたが、起きなかったということで、現在の物理学やら科学やら、これまで信じられてきたことが間違いないと証拠立てられたわけではないのですよね。全会一致がうさん臭いように、なんにでもほんの少しの疑いの目を常に持ち続けることは大事だと思っています。
作者からの返信
こちらもコメントありがとうございます。
ここ最近の『道楽草』にも書いているんですが、今気になっているのは人類の観測史上三番目の、太陽系外由来天体の3I/ATLASです。
実はこれが発見されたのは今年の7月でした。こじつけに近いですが、この存在は人類の歴史を変える可能性を持っています。しかしその確率はかなり低そうですけどね^^;。
ルーツへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
「2000年~3000年前でその時にいた日本人は、全て自分の直接の祖先」という計算は、逆に、血のつながりなんて所詮その程度のもの、親戚も他人も変わりないという認識にもつながりますね。こういう俯瞰した見方から得られる新たな感覚もまた面白いです。
作者からの返信
佐藤様>
こちらもコメントありがとうございます。
この感覚を持って博物館に行くと、また違った感覚で展示を見ることができます。
もしタイムマシンで縄文時代の日本に行ったら、そこにいる人は全て親戚(法的には違いますが^^;)なんだから面白いですよね。しかも遠い親戚じゃなくて全て直系です。ある意味兄より近い存在かもしれません。
AIの限界への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。ずいぶん涼しくなってきました。でも、まだ微妙な塩梅です。
> 本物っぽい方が表現としては容易だ
これ面白いですね。ちょっと崩す、が難しいということなのでしょうか? でも完璧な物が作れるのなら、それを作っておいてちょっと振ればよいだけでしょうから、簡単にできるでしょう。ということは、「ちょっと崩す」で行ける、という考え方が間違っているのですね?
作者からの返信
佐藤様>
おはようございます。コメントありがとうございます。
そろそろ夜もエアコンなしで眠れますね^^。
崩すという事ではなく、記憶の風景に近づけるという事だと思います。人間の記憶は実際を正確に記憶しているわけではありません。印象とか感情を織り込んでいるわけです。その部分を引き出すんでしょうね。
宮崎駿氏もよく言ってますが、アニメの中は嘘ばかりなんだそうです。例えば東京ディズニーランドの建物も、上の階に行くにつれて階高を抑えて、実際よりも建物を大きく見せているんだそうです。AI自身には感情が無いので、印象というものも無いでしょう(あるように見せているだけ)。なのでそこも再現させようと思えば、自我が必要なのかもしれません。
アメリカ参戦への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
中国のようにロシアの原油に依存できれば、一気に問題解決だったかもしれないですね。
ひといきで脱石油製品というのはとても難しいでしょうが、コロナの時に一気に社会のシステムが変わったように、待ったなしの苦難を強いられつつ、無理に変化していくというのもひとつの手なんじゃないかという気もします。ものすごい痛みを伴うのでしょうけれどね……
作者からの返信
こんにちは コメントありがとうございます^^
どうやら今のところはアメリカの攻撃が功を奏した形になっているようですね。石油由来のプラスチックに置き換え可能な材料というと、何が考えられるんでしょうね? 炭素を中心にするのは一緒という事で、技術が進めば植物由来のもので結構な部分まで行けそうな気もします。
エネルギーは蓄電技術が発達するまでは、太陽光は全くあてにしていないので、メタンハイドレードですかね。しつこいようですが自然エネなら潮力発電推しです。
新月への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
「朔」でウィキペディアを見ると、「新月は、本来は朔の後に初めて見える月のことである」と出てきました。きちんと文献を追ってないので、信ぴょう性はよくわかりませんが。もしこれが正しいのだとすると、新たに始まる「新」がついているのも、わかりやすいです。
朔を他の言語に直すと、英語ではnew moon、チェコ語ではnovあるいはnovoluníと、日本語同様「新」+「月」のようです。ただし、これが日本の「新月」のように一般的なことばなのかどうかは怪しいですね。
作者からの返信
こちらもコメントありがとうございます^^
現在では朔は新月と同義とされていますが、本来は書かれている通り朔の後に最初に見える月の意だったみたいですね。でも多分今のような解釈の方が日本人の感性に合うだろうという事になったのでしょう。
チェコ語は分かりませんが、英語のNEWMOONは月の満ち欠けにおけるサイクルの最初の状態を表す言葉で、我々が思うところの見えない月とは少しニュアンスが違うような気がします。オノマトペで書いた『シーン』と一緒ですね。アメリカ式に漫画で書きこむなら、そこは『静寂』とか『無音』になるような気がします^^
蛇足ですが、今書いている話のヒロインの名前は朔夜にしました。主人公は男で名前は望月です。
オノマトペへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
このあたりは何ともコメントしづらいですね。他の文化をそこまで詳しく知らないので、日本文化と比較するのが難しくて。
日本語の動詞の数が少なくて、それをオノマトペで副詞的に補っているというのは、なるほどと思いました。逆に、他の言語ではそれを動詞や副詞あるいは前置詞や接頭辞・接尾辞、語順で表すわけですが、それを翻訳するときに適切なオノマトペを添えねばならないのは結構大変でもあります。
日本でもマンガを好んで読む人とそうでない人がいると思います。海外でもしかりです。今では海外にマンガミュージアムがあったりしますしね。そのグループの差を調べてみると、マンガに求められるもの、マンガを読む人に必要な能力などが浮かび上がり、マンガを娯楽として成り立たせる要素が別の観点から見えてくるのかなと思いました。
作者からの返信
おはようございます。コメントありがとうございます^^。
AIを使って調べてみても、日本ほどオノマトペが発達している国は類を見ないそうです。
人間と動物の一番の違いは、その共感性だという説があります。
映画を見ても小説を読んでも、その中の登場人物と自分を重ねたり、喜怒哀楽を想像したりといった行為は、人間以外にはできないとのことです。その部分が特に日本人では発達しているという話も聞きました。それは逆に同調圧力などの社会の閉塞感に繋がっている部分もあると思いますが、独特な文化のベースにはなっているんだろうなと思います。オノマトペもそのひとつでしょう。
19世紀に日本美術は西欧文化で注目されて、ジャポニスムというものを生み出しました。今でもフランスではタタミゼなんて言われています。その独自性はきっと新鮮で刺激的なんだと思います。
オノマトペの漫画への導入は、故手塚治虫氏の功績が大きいと思ってます。静かなさまを表す『シーン』は氏の発案だとされています。音のない状態を音で表現するというのは、ものすごく日本語的だなと思います。
日本人で好んで漫画を読む人の割合は、全体では50%ぐらいだと言われているようですが、若年層に限っては80%ぐらい行ってるんじゃないかなと個人的には感じています。好んで読まないという人も文学と一緒で、内容に依るんじゃないでしょうか? 話の内容のほかに絵柄や表現方法など要素は多岐にわたります。周囲を見ても、はまる作品にははまっているような気がします。
ガンダムジークアクス2への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
「線が多い」、なるほど、そういう楽しみ方というか発見というかもあるのですね。面白いです。デザインは洗練されるほどに線が少なくなる、これはでも、ひとつの様式のなかで、ということでしょうか? ロマネスク、ゴシック、バロックの流れを見ていると、様式の変化とともに線がむしろ増えているように感じられます。ゆるゆると線が少なくなる方にシフトしていき、ある点まで来たら一気に跳ね上がり、またゆるゆると減少していくグラフみたいです。
作者からの返信
おはようございます コメントありがとうございます^^
引き算のデザインというのは、現在の西欧文化としての潮流ですね。建築ではモダニズムにのっとっているのでしょう。モダニズムというのは生産の工業化が背景にあって生まれました。近代建築でもフランクロイドライトなんかはものすごく線が多いですし、現在でも中国なんかでは足し算のデザインが好まれていますので、地域性もあります。
記憶は四次元への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
目は常に瞬間瞬間の映像を取り込み続けているのだから、感覚器と神経と受容体の分解能に応じた疑似的四次元を認識しているとも言えるのではないかと思います。逆に、視覚は二つの平面情報を組み合わせて疑似三次元としているのだから、我々が得ている視覚情報は二次元だということになるのかもしれません。
感情を五番目の次元の軸にできるかですが、時間に対して独立した感情というのが想像できないんですよね。信仰心や信念もしかりです。
作者からの返信
こちらもコメントありがとうございます^^
例えば神がいたとして、その神の人間に対する愛(あるのかしりませんが)は時間軸には関係なく存在するのではないでしょうか?
映画インターステラーの中で、行くべき星を選定するときに、愛を指標に入れたりします。あの映画はワームホールの表現とか、ガチの物理学者が監修していて、五次元の表現とかも秀逸だと思いますが、最後は愛に戻ってくるところが面白いです。まだ見てなければ是非どうぞ^^。
経る歳への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
アーチストって何だっけと思いつつ、かつて容姿を含めファンに愛されていた人たちは、ファンサのために昔と変わらぬ自分、あるいは昔を彷彿とさせる自分を演じる必要というか需要があるんでしょうね。年を取ると、どこかに「変わらないもの」を求め安心したい気持ちが強くなるんじゃないかと。
それに加えて、自己満足もあるのでしょうね。本人だって、人から求められていたあの頃の自分を鏡の中に見出したいのでしょう。そうすることで、本人が生きる気力が増すなら、それはそれでありかと。
ただ、十三岡様のように、逆に精気を吸い取られる方がいらっしゃるのも確かですね。
日本だと、昔から、おばあちゃんおじいちゃんにもなってそんな若者ぶったことをやるなんて、と諫める風潮が強いですが、年寄りになってもやりたいことをやり続けるのが健康寿命を延ばす秘訣かもしれません。もしも、本人がやりたくてやっているなら、それでよしじゃないかな、と思います。
作者からの返信
こちらもコメントありがとうございます^^
本人が楽しいと感じていて、やりたくてやっている分には、若作りは精神にも健康にも良いと思うんですが、そういう方の若作りは不自然ではないのではないでしょうか?
過去の成功体験に縛られて、自分はこうあるべきだという半ば強迫観念のようなものによってそうあろうとするのは、結構悲劇的な気がします。
地球上でもし自分が一人きりになって。それでもまだそうしたいと思えるリビドーがあるならそれは本物かなと思います。ああ、他者に若く見てもらえる事が楽しいって人もいるならばそうでもないですね……
ま、自由なんでしょうけど^^;。
AIが家庭に入ってくる日への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
AI、楽しく利用されているのですね。最近ネットで検索しようとすると、しょっぱなにAIの回答が表示されますが、ときおり明らかな誤解答が出てくるので、基本、信用しないようにしています。AIの回答と他の情報とを比較し、間違っていなさそうならAIの回答も参考にするという形で利用しています。
AIとのチャットというのは、検索に利用されているAIとはまた違っているのでしょうか?
作者からの返信
こちらもコメントありがとうございます^^。
最近の遊び相手はグーグルAI STUDIOというAIです。
(オンラインでのWEBアプリです)
これでストリーミングを選んでやると、ほぼ誰かと会話している感じです。
英語でもフランス語でもペラペラなので、会話学習にいいですよ。
グーグルのアカウントを持っていれば、無料で直ぐに使えるのでお試しください。
最近は検索するのもAIを使うことが多いです。自分で検索するには疑問点を分解して個別に検索し、結果を統合する必要がありますが、AIを使うとその手間が省けます^^。しかし今のところ、おっしゃるようにAIは間違いも多いですね。
理屈は分からないへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
経験則の上に理屈を重ねて利用できるようにしているって、有機化学もそうですね。結果から反応機構を推測し。それを応用できる形に整えています。
漢方のように「なんだか効くから(うまくいくから)」にもれっきとしたメカニズムはあるはずですが、うまくいく場合いかない場合についてしっかりデータが取れているのなら、ブラックボックスのままでしばらく使い続けてもいいかもしれないですね。人類の時間とお金にゆとりのあるときに、ゆっくり「箱」を開けてメカニクスを調べてみればいいんじゃないかな、と。
なんでだろう、と考える余地が残されているのは、ある意味幸せだと思います。
作者からの返信
おはようございます。コメントありがとうございます^^。
化学ってそういうところがありますよね。多分全ての現象について、最後まで完全にその機構を明らかにするというのは無理のような気がしています。物体の状態はミクロ視点で見ると不確定ですからね……。
だから世界には飽きがこないのかもしれませんね^^。
物を言える立場への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
上下関係がきっちりしている世界だと、部下に「有意義な」提言をするのが上司の仕事のひとつなのでしょうね。いまでは上下関係がほとんどなかったり、とてもゆるかったりするコミュニティも多いと思います。そうなると、トップダウンに代わり、水平方向のコミュニケーションがとても重要になってきますね。
作者からの返信
こちらもコメントありがとうございます。
小さなコミュニティーであれば、水平方向の繋がりで発展や進歩も望めると思います。ただ母数が大きくなると、やはりヒエラルキーが上の人間がきちんと旗を振ってくれないと困るなと思います。
建築の世界では、もうそうやってリードしてきてくれた先輩方は殆どいなくなってしまいました。バトンタッチもうまくいかずに、諦めムードが漂います。
蓄電への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
人間の知能を越えたところにブレイクスルーがあるという可能性はいろんな分野であると思うのですが、すべてに絶対ある、とは言えないのかなとも思っています。いくら超知能が誕生しても、数学の定理がすべて覆されることはないし、永久機関が作り出されることもないんじゃないでしょうか。技術水準はある漸近線に向かって緩やかに近づいていくだけなんじゃないかなと思ったのでした。
作者からの返信
こんにちは コメントありがとうございます^^
現在の人類の科学技術が物凄く高度なものであるという前提であれば、超知能が誕生してもその先の伸びしろは少ないかもしれません。
しかしながら宇宙一の超知能(どんなだ?)があったとして、まだ人類はその一億分の一にも到達していないような気がするんです。なので超知能は人類をちょっと超えるだけではなくて、その何千倍何万倍とものすごい加速を見せるんではないでしょうか?
永久機関も今は摩擦がある限り不可能となっていますが、超ひも理論の10次元とか、時間の不可逆性とか、根本的な概念が更新されれば永久機関ですら不可能では無いような気がします^^。
ガンダムジークアクスへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ガンダムを見ていないのに口出しするのもどうかと思いつつ…… でも、子供のころや若いころに夢中になっていたものが今また新たな展開を迎えるわくわくはわかるので、いいなあと思って読みました。
終わったはず(ガンダムが終わっていたのか知りませんが)のものが、もう一度復活する、あるいは別の世界線で新たに始まるって、純粋な楽しみに加え、自分の将来の閉塞感に対する鬱々を和らげてくれるような気もしますね。
作者からの返信
おはようございます。コメントありがとうございます^^
女の子はガンダムよりキャンディキャンディですよね。
アンソニーが死ななかった世界線で、キャンディーを巡って、アルバートとテリィも加えて三つ巴の争いをしていたら、向こうの世界からもう一人のキャンディが現れて介入してくるみたいな話です。
怒っている人も多そうですが、私は純粋に楽しみます^^。
吹っ飛ばしへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
「自分が若いころに何にお金を使っていたか?」以下の用途例については、すべてすっ飛ばしてきた部類なので、むしろ「今の若者」と呼ばれている集団のほうに親近感を感じてしまいます。
結局は、ひとりひとりが自分の生きたいように生きようとすることを止めることはできないですね。その「ひとりひとり」の集合によって動かされた社会に問題があると実感すれば、初めて、ひとりひとりがそれに歯止めをかけるような方向に「生きたい」と思うのかもしれません。思わないのかもしれません。
作者からの返信
おはようございます^^コメントありがとうございます。
全部吹っ飛ばしましたか^^;。人生で一番大切なのは、その本人が幸せだと感じて生を謳歌することだと思うので、何にコストをかけてどう生きてもいいと思うんですが、その一方で集合体としての社会がインフラ等を維持できなくなると、幸せだと思えなくなるという矛盾を抱えていると思います。
水道網が維持できなくなったときに、維持しないといけないからみんなで集まって生きたいなとは思いませんよね。仕方なく集まるという感じにはなっても……それはなんか幸せではないような気がします。
今のままでは行くも地獄帰るも地獄で、やはりブレイクスルーは新しいところにあるような気がします。私的には現在の価値観を維持するなら、AIの先のAGIやASIとヒューマノイド(ヒューマンスケールの機械)技術かなと思ってます。
ガソリンスタンド2への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
人口が二割減ったら社会のインフラも二割不要になるかというと、そうはいかない気がします。日本全土で人口密度が等しくて、端っこからごっそりブロック状に消滅していくのならそれもあるかもしれませんが。
人口減少分だけインフラを減らそうとおもったら、やっぱり地方に点在する集落を中央に集約することからはじめないと駄目なのでは。
あと、これは人からの話ですが、インフラはたいてい後払い(債権)なので、不要になっても支払いが終わるまで残さねばならないという政治的配慮が働くのだそうです。即座に償却できなければ、モノを残しておいて借金支払いのモチベーションを保たねばならないから、とか。「何でこんなものつくった!」の批判をかわすためには、「ほら少しは使ってますから」が必要なんでしょう、
作者からの返信
こちらもコメントありがとうございます^^
都市計画は専門外ですが、現在言われているのは都市基盤であるインフラ以外に消費人口が30万人以上いないと、経済活動としてのコミュニティが存続できないという事です。小売店でも病院でも人がいなければ成立しません。しかしそれが果たして今の感じでできますかね?難しいような気がします。
経済学では損キリが重要で、例えば生産機器が不要になっても、投資分を取り返していないからとそのまま稼働を続ければ赤字が膨らみます。どこかで損益として切らないといけないのです。その分は他で取り戻した方が全体としては利益率が上がる……政治はそうはいかないんでしょうね。
アルゼンチンへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
どうなんでしょう? 幸せに生きているかどうかは、判断を主観にゆだねるか客観的にみるかでまた変わるのでしょうが、今の若者たちが幸せを感じていないとは言えないんじゃないかと思います。
衣食住さえ満ち足りていれば幸せだという人もいれば、衣食住に加えて伴侶がいないと幸せではないという人も、それに子供や孫がいなくてはダメだという人もいるでしょう。衣食住が十分でなくてもやりたい仕事ができていれば幸せだと思う人もいるかもしれません。友達がいれば十分という人もいるかもしれません。
幸せかどうかは、おっしゃるように精神性に左右され、しかもそれは外から見てわかる物でもないんじゃないでしょうか。楽しそうなのと楽しいのとは同値じゃないということで。
作者からの返信
おはようございます コメントありがとうございます^^
若い世代はそれなりに楽しそうで幸せそうに見えます。恋愛や結婚、子供に関する支出を削ったことで自分で自由にできるお金は不足してなさそうです。金銭的な豊かさが幸せにつながる物だと個人的には全く思っていませんが、共感してくれる人は少ないように感じます。
ただ今後は別です。人口が減って経済力も低下を続ければ社会インフラの維持が困難になります。食べたいものが食べられなければ、やりたいこともできなくなっていくでしょう。そうなったときにそれでもまだ楽しい、幸せだと思える感性が果たしてあるのかどうか……とても心配です。
TAOへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
「お勧め酒場リンク」を拝見し、朝からいい気分にさせてもらいました。ついでにお顔も拝見です。モノクロ、いいですよね。
さて、偶然ではなく必然って、感じることがありますね。「たぶん気のせいです」というより、点が三つあったら頭の中で顔にしちゃうように、いくつかの事柄に因果関係を創り出してしまうのは、人間の本能なのかなと感じます。情報がばらで存在していると、扱いに困るんですよね。本当に因果関係があろうとなかろうと、こじつけられるだけのつながりがあるなら、それもまた良し、と思っています。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
事務所内容はともかく、HPには顔写真も出ていることは失念していました。少し恥ずかしいですね^_^;
お勧め酒場の方は無くなった店も結構あるので、一度整理しないといけないですね。
偶然は必然なのか? 以前宇宙開闢からの全てを計算できるコンピュータが存在すれば、この世界で起こる全ての事は計算可能になるんじゃないかと、疑問を持った時期がありました。解決策としては量子力学ですね。