螺旋への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
まるで物理的ではない、感覚的な表現で失礼ですが、静止しているよりは動いているほうが安定で、直線的な動きよりも円を描きながらある方向へと進む方が安定ですよね。だからこそ、螺旋が至る所にあるのかなと思っています。
ガスタンクや塔に梯子がついているよりも螺旋階段がついているほうがずっと趣きがあって心惹かれるのは私だけでしょうか(単に梯子は上りたくないだけ^^;)? 最短距離で突き進むのではなく、一見無駄に見える動きをしながらエレガントに進む螺旋は、いろんな意味で人を魅了するんじゃないか、そんな気もします。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
実は静止しているものなんて宇宙には存在しませんからね。空間的な運動と時間経過も同じだと思います。時間が止まっていない限りは運動しているのと同じですよね。だったらブラックホールの中心は?時間が止まっているはずなのに蒸発してしまう……矛盾してますね。
話がそれました。山でも直登はきつすぎるので、登山道はじぐざぐだったり、時にはらせん状にループをまいていたりします。進むべき目標は同じなのに遠回りするってところがエレガントなんでしょうね^^。
引っ張られているへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
> 日本人の紡ぐ物語と変態性は、日本人の精神性に基づいたものなので、完全再現は無理なんでしょう。
そこはやはり取り込む側の文化にマッチするように調整されているんじゃないでしょうか。丸ごとは飲み込めないけれど、ちょっと料理してやったらめっちゃおいしい、みたいな。
noteの翻訳の具合や反響はいかがですか? たぶんnoteについてではなかったと思うのですが、Xで、ポルトガル語の自動翻訳は酷いレベルなので見ないほうが良い、という苦言を見かけました。ぜんぜん知らない言語だと、合っているのかどうかわからず、警戒せねばと思いつつ、目にした文章をニュースソースにしがちですね。危険危険。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメント有難うございます^_^
ココイチのカレーみたいなものですかね。でもインド人でなくてもカレーの完全な再現は可能だと思うんです。でも、日本のコンテンツの再現はやろうと思っても、日本人以外には無理だと思うんです。もちろん現地の好みに合わせてアレンジというか、そうなってしまったほうがニーズには合うんでしょうけど、元祖日本製のものが受けているということは、その違いと魅力はちゃんと伝わっているとも思うわけです。
noteの英訳は読んでみましたが、違和感はなかったです。但し私はネイティブではないので、細かいニュアンスの違いはよく分かりません。今のところ海外の方からのイイネもコメントもないですね。いつ反応があるのかは、楽しみではあります^_^
蓄熱と基礎断熱への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ひとくちに家屋の断熱と言っても種類があるのですね。床下を含め家屋の通気を良くしておくのは、熱と湿気をこもらせないのとともに、建材や家屋内から排出される不要なガスを拡散させる意味もあるのだと思っていました。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
床下で言えば地面からの湿気は上がってきませんが、基礎コンクリートの水分が蒸発してきますので、竣工後1~2年の間はなるべく換気をするように促しています。
また、地上部分においてはホルムアルデヒドなどの揮発性物質の排出に5年はかかるので、換気はもちろん大切です。現在は24時間換気と言って常に機械装置で、家の中の空気を二時間で入れ替えるように義務付けられています。更にエアコンを使わない中間期は、常に窓を開けて換気した方がいいと思います。
邪馬台国がどこにあったのか?への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ふむふむ、当たり前のことを当たり前に考える、確かに素直に考えたらそうかなと思えることばかりですね。
魏志倭人伝の記載のみに頼っているというところが、なんでもありあり状態の元凶ですね。文献ひとつ……いや、時期が時期ですから、ひとつでもあるというのはとんでもなくラッキーなのでしょうけれど、書いた人の勘違い、聞き違いなどに踊らされていることもありえますね。
文献資料と化学的情報とを組み合わせて数少ない情報の裏付けを取るなんてよくやりますけれど、この場合、何を分析すれば? 邪馬台国があれば、それ以外の地域の人たちより良いものを食べていたでしょうか。人骨のサイズや同位体比測定でそのあたりの情報が得られるのでしょうか? でもそれも人骨が出なきゃ何もできないわけで……
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
奴国の方は完全に場所が特定できていて、伊都国も同じです。肝心要の邪馬台国の場所が特定できないというのは、逆にとても不自然に見えます。元凶は魏志倭人伝ですよね。あれの記述が超適当だからみんなが困惑しています。
有力なのは九州説と近畿説ですが、どうして真っ二つに割れてしまうかというのは、多分両方とも正解だからなんだと個人的には思っています。どちらも正解であれば、どちらかだけを選ぶという事はできなくなります。
ナフサの不足についてへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
何月のお話かな、と探そうとしたら、末尾にきちんと記載してくださってました。ちょうど一か月前ですね。政情はのらりくらりですが、建築業界は一か月たってどんな様子ですか?
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
今のところ工事が止まったりはしていませんね。但し今戸建て住宅で動いている現場は無いので、断熱材なんかはまだ不足しているかもしれません。今回原料が不足しているというよりは、原料が不足しそうだから流通が止まったという感じでしょうか。日本の大企業至上主義の悪い部分が露呈しましたね。
公務員のモチベーションへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
なるほど、と思いました。たしかに公務員は愚痴しか言われないイメージがあります。これが料理店なり芸術家なりだと、感謝や賛美の言葉が当たり前のように伝えられます。
ひとつには(これはどの業種についても等しくあるでしょうが)、多くの人が、愚痴だけは口に出す傾向にあるからかと思います。ひとりなら言わなくとも、友達が愚痴れば同調して愚痴大会が始まります。
そして公務員や商店の店員、銀行員などに対して愚痴が多いのは、自分たちに使える者たち、という意識が強いからなんじゃないでしょうか。もう、サービス提供者というより、下僕的な?
それからバカにできないのは、公務員側の態度ですね。これは十三岡さまのお書きになった、モチベーションの話と大いに関わるのでしょうが、ベテランさんの中には、本当にイライラさせられる対応をしてくる方がいらっしゃいます。数度そういう方に当たると、公務員の悪いイメージが固定して愚痴しか出てこなくなります。公務員さんのほうもさらに仕事に嫌気がさすでしょう。悪循環です。
ありがとうを言える場をきちんと見えるところに作る。これって大事ですね。スーパーでよく見かける「お客様からの声」コーナー(意見があったらコメント用紙に書いて投書すると張り出されるやつ)、あんな感じのがあるといいですね。いや、あるのかな?
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
福岡県のHPについては、この文章を書いた後に賛辞のメッセージを入れておきました。返信は不要ですと書いたので、どんな反応があったかは分かりませんが、きっと誰かのやる気に届いたんではないかと信じています。
やっぱり人間褒められてら嬉しいですよね。そうして感謝されてもうれしいです。仕事は生きていくために仕方なくしているというスタンスの人もいるんでしょうが、殆どの人はそれだけではないと思います。でも愚痴しか返ってこなかったら、段々前者の方に傾いていきますよね。精神的にもおかしくなってしまいます。
私は人生とは暇つぶしだと思っていますが、それでも飽きて途中で投げ出さないでいられるのは、楽しさがあるからだと思っています。仕事だって楽しくて嬉しいのが本当だと思います。
みんな高い税金を負担しているから、無駄使いには腹も立つし、そのお金を給与の源泉としている公務員にも文句を言いたくなるんでしょう。でも元凶は政治にあって、さらにそうしてしまっている原因は我々市民の方にあったりします。みんな楽しく笑って生きていきたいだけなのに、うまくまわらないというところにもやもやします。果たしてうまくいきすぎても面白くなくなるんでしょうか?
人は死なないへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
観測しなければ位置が定まらないのって、確認のしようがないですね。確認した段階で、確認前の状態ではなくなってしまうので。実際に何があったのか推測するしかない考古学や古環境学の世界のおさまりの悪さを彷彿とさせます。
単なる情報の集約体であるのなら、痛覚に関するものをごっそり除去してもらえませんかね? そうしたらもっと大胆に、存在の核心に迫るところを自分を使って実験できるかもしれないのに、と思ってしまいます。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
量子力学の実験で有名なところでは、二重スリット実験があります。観測するかしないかで結果が変わってしまうあれです。最初観測するという行為が物理的に働きかけた結果だろうと私も思いましたが、あの手この手で色々な実験をした結果を見ると、どうもそうではなくて、本当に人間が意識にあげるかどうかで現象そのものが変わっているようです。最近の物理学が意識というものの存在を重視してきたのは、その影響も大きいんだろうなと思います。
那の津=奴の津への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
今の私たちの感覚だと、つい漢字の意味を推察するところから始めてしまいますが、でもたしかに、かつて漢字は当て字でしたよね。漢字に惑わされず音をもとに由来を推測するのが正しいのかもしれません。
音も、今より多様だったのでは……と思い、そのあたり調べてみようと思ったら、沼にはまりそうで、止めました(^^;)
下記見つけてちょっと読んでみました。面白そうだけど、結構難しく(いろんな意味で)、しかも10年も前の総説ですから、今ではかなり変わっているのでしょうね。日本語についても十三岡さまが以前エッセイをお書きになっていたのを思い出しました。
それにしても、言語学の研究なのに、生理人類学っておもしろいです。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpa/20/1/20_KJ00009874849/_pdf
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
昔は漢字どころか文字が無かったということになっていますから、まず音だけがあったわけですよね。邪馬台の読みが江戸時代までは『やまと』だったというのは衝撃でした。音→当て字→音で最初の音と変わっちゃうわけですね。
日本語には確かに起源が存在するとは思いますが、言語は時代や環境で大きく変遷していくものなので、現状の日本語になっているというのは、日本独自の歴史というか環境によるものだと思います。それは……災害の多さです。こんなに地震があって台風が来て四季があって、島国で外に逃げられないなんて言う特殊な環境は珍しいですよね。
日本の土着民族は縄文人だと思いますが、現在ではDNAの半分以上は大陸から来た人間に入れ替わっているとは思います。しかし置かれた環境は一緒なので、結局日本語を使う日本人になったんだろうなと思います。
イスラム圏での交渉への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
郷に入れば郷に従えですね。そうわかっていても、交渉は面倒と思ってしまうのですが、つまりそれは自分が今まで生きてきた世界の常識にどっぷりつかっているということで、あまりよくない傾向ですね。好奇心と挑戦心は大事に保持しなくては。
イスラム圏のように「これは文化が違うぞ!」と最初からわかっているとまだよいのかもしれません。似たような文化に見え、仲間のつもりで接しているときに折り合えない問題が生じると、より感情的になってしまうかもと思いました。
それはそうと、アメリカイラン問題は大きな局面を迎えましたが、さてどうなりますことか。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
同じ地球上の人類ですらこうですから、将来宇宙人と交渉する時はどうなっちゃうんでしょうね?
アメリカとイランは本当に終わってくれますかね? 元々イランは核兵器は持たないと明言していました。但し潜在的には作る力があるとはしておきたかったようです。アメリカもやめるにはそれなりの成果が必要なので、その潜在能力までをも取り上げると言う感じで決着なんでしょう。でもそれって大した成果では無いですよね? ホルムズ海峡の通行料とられたらむしろマイナスです。
ナフサの方は代替調達の目途がついているみたいですが、それとは関係なく潰れる会社が多く出そうな感じです。
洗濯物とAIの可能性についてへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
もう二十年ほど洗濯物を屋外に干していないので、へーと思いながら読みました。でもよその家に行ったときに外干しピンチを触ると、劣化したプラスチックがざらざらしてたしかに不快です。紫外線、きちんと仕事してるんだなと思います。
今使っているひとつがステンレスピンチハンガーなのですが、プラスチック製のと比べて弱いという感じはしませんね。しいて言うなら、開くときに「粘り」がない感じ? えっと、固いけれど弾力性が低い、という感じでしょうか。個人的な感覚かもしれませんが。
探してみると、挟む力を数値で出しているのはこのあたりですね。でもプラスチックがどれくらいなのかがわかりませんでした。
https://www.rakuten.co.jp/nikurasu/contents/spring-pinch/
ネットの声をざっくりまとめると、ステンレスだとピンチを開けるのにむしろ大きな力が必要。より小さな力でも開けられる工夫をしたものが売られている、という感じを受けました。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。こめんとありがとうございます。
ものによるとも思いますが、たまには天日で干した方がいいものもあるんじゃないですか? 確かにステンレスピンチは開くのに力がいるように感じるので、もしかすると問題はばねの力ではなくて、摩擦係数なのかなと思いました。摩擦力は垂直抗力×摩擦係数ですよね。プラ製は先端部分がギザギザしてますが、ステンレスの方はつるつるです。先端形状でもっと布が食い込むような形状を、単純な加工で造り出せればいいのでしょう。又は先端部分をコーティングするか削るかして、摩擦係数があげられればいいわけです。
執筆人口の増加への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
農作業に関して言うなら、「食料供給のために、陸上植物を栽培する」こと自体は変わらず、栽培効率を上げることに四苦八苦してきた2000年、なのかと思います。この目的が変わらなければ、技術の進歩は装置のブラックボックスなだけで、さほどわかりづらくはならないのかもしれません。
もしも「食料供給のために、ヒトに光合成機能を付与する」なんてことが一般的になると、畑や水耕栽培で作物を作っていたころの技術はごっそり、「古き謎技術」になるかもしれませんね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
農業の方は根本的なブレイクスルーは起こってませんよね。一方AI技術は文明にとってかなりのブレイクスルーなのかなと思います。それこそ人間が体内で光合成するくらいです。コンピューター技術はここに至るまでの前振りだったんじゃないかと思えるほどです。人間は自分の持つ機能を増幅させるために機械を作ってきましたが、遂に脳機能の領域にまで入ってきて、もしかしたら次のステージとして『意識』まで行くのかもしれません。
宮下パークへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
カフェに行けない人は飲み物を買って公園に。では公園に居づらくなった人はどこに行ったのでしょう? 結局、暗い場所が移動しただけとも言える気がしました。いや、実際のところ、公園にブルーシートハウスが並んでいると、怖くて足が向きづらくなるのは確かなんですけれど。
まちづくりって難しいですね。ターゲットをどう絞るか(絞らないという選択は、まずないですね)で、でき上げるものが大きく異なります。そして、どう絞ったところで、不満を感じる層は一定数、出てくるでしょう。
公園や道路や公共施設を見ながら、いつ頃、どんな層のために作られ、どんな町になることを想定していたのかを想像するのは、また面白いかもしれません。
同じ街並みをみてもバックグラウンドによって受け止め方がぜんぜん違いますね。それもまた興味深いです。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
最近公園も含めて路上生活者をめっきり見なくなりました。そこは結構行政の自立支援策が成果をあげているのかなと思います。
但し代わりに若者のネカフェ難民なんかは増えているような気がします。
今は人口減で空き家の数は最大を更新し続けて900万戸を超えました(この30年間で倍増)。7戸に1戸は空き家です。それなのにホームレスが存在してしまうとすれば、それは社会の歪みですね。労働力は不足していて、労働意欲のあるホームレスがいるというのも不思議な話です。
ガンダムジークアクス2への応援コメント
ファーストのカーキ色のザクは、武骨な量産型兵器として完成されていますよね。
と言うか、『ロボットアニメの敵に量産機がある』のは子供心に衝撃でした。
ジークアクスのモビルスーツはエヴァ寄りですので、今一つ納得しかねております汗
作者からの返信
桜隠し(mamalica)>こんにちは。コメントありがとうございます。
ザクのデザインと存在感は、ファーストガンダムが最高だというのは誰しも異存はないと思います。とはいいつつもジークアクスはジークアクスで、まぁ今だとあんなのもありなのかなとは思います。でもなんというか兵器としての無骨さとうか、デザイン優先ではないかっこ悪さのかっこよさみたいなものが感じられないんですよね。スマートすぎるんですかね……。
歴史という名の小説を読み解くへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
小石原焼はこいしわらやき、なのですね。一瞬、こいしばるやき、なのかと思ってしまいました。
大分の小鹿田焼と兄弟窯でしたか。どうりでそっくりです。手にしっくりと馴染みそうな造形で、普段使いしやすそうです。丁寧に作られるものって良いですね。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
私の方が逆に小鹿田焼を知りませんでした。どんなものかを見てみたら、まさに小石原焼ですね。しかも小石原焼はどんどん新しい技法を取り入れいるのに比して、小鹿田焼は保守的で昔からの技法に拘っているとか……ということは小鹿田焼の方が昔ながらの小石原焼で、元祖長浜家みたいなものかもしれませんね^^。
ザ・ドリフターズという存在への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ドリフの「8時だョ!全員集合」を見て育った世代です。そこまで親に嫌がられていたわけではありませんが、見るのを歓迎されてはいなかったですね、たしかに。
今だったらどうなんでしょう?と思わなくもないですが、あの時代だったからこそ子供たちに熱狂的に受け入れられたエンタメだったのかもしれません。
今となっては何がそこまで好きだったのか思い出せませんが、「8時だョ!全員集合」は毎週本当に楽しく見ていました。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
そうですか、佐藤さんも見てましたか……何となく佐藤さんは見ていなくても不思議は無いようなそんな気がしてました。
今見ると本当にくだらないですよね。でも子供の頃は夢中でした。大人になるにつれて分かった事は増えて行きますが、あれがいかに凄い事だったのかが今になると物凄く分かります。地方巡業して生放送でやるなんて面倒くさい事は、情熱や信念が無ければ絶対にできませんよね。
福岡歴史行脚への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
大分の人間は九州ではなく九州の外を向いている(ので郷土愛が薄い?)と言われますが、最近では福岡もそうなんですかね。本州と九州を結ぶ関門というか玄関口なので、外から人を受け入れるところでもあり、自分たちが出ていくところでもあるわけですが、いまや出ていく側に重きを置いているのかなという気が少しばかりしました。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
福岡の人は郷土愛は凄いと思うんです。ただそれは現状でも十分凄くて素晴らしいので、わざわざ歴史を振り返る必要なんかないんじゃないかという事なのかなと思います。
大分もだいぶ凄いですよね。宇佐神宮がありますし、神話時代の伝説も数多くあります。邪馬台国大分説まであります。大分もまたくじゅうやら湯布院があって別府温泉があるので、地元では歴史には無関心な感じなんじゃないですか?
建築のことばへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
たしかに、面白い用語が多いですね。あ、でも化け関係、技術関係にも結構ありますね。めくらはめくらブタの省略です。めくらにしといて、言いますね。殺すは試薬の活性を落とすことです。うちではあまり使いませんけれど。イヌと呼ばれるフラスコのタイプがあったりもするらしいです。業界用語は奥が深そうです。
建築用語殺人事件! 楽しみにお待ちしております(^^)
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
ほう、業界が違っても結構似たような言葉を使っていたりするんですね。言葉って結構想像以上に長い時間を過ごしているなと最近思います。鴻臚館や大宰府の元になった存在に那津官家(なのつのみやけ)というのがあります。那の津は現在もある地名なんですが、これって奴国の港(又は海岸)という意味だったんじゃないかと最近気が付きました。
世界は繋がっているへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
> 良かれと思って人間が手を出して、バランスが崩れて痛い目に遭う
これ、懲りないですよね。先人がこっぴどい目にあっても子孫は痛みとしては感じられないってことでしょうか。まあ、そうでしょうね。
戦争産業で儲かっているところもありますよね。今回の件で勝ち逃げするやからを見ている人たちのなかには、密かに「俺も!」とこぶしを握り締めている人がいるんじゃないでしょうか。
作者からの返信
佐藤様>こんばんは。コメントありがとうございます。
トランプもちょっと攻撃したら、反政府側の国民が蜂起して政権が転覆するとでも思ってたんでしょうね。イスラム圏はそんなにシンプルじゃないです。
米の戦争関連企業は潤っているでしょうね。それはウクライナででも台湾でもどこでも戦争が起きれば一緒だと思います。アメリカの生産する武器無くして戦争はできないですからね。ただ、それ以上のしっぺ返しも食らうと思います。いくらアメリカでも単独でどうこうできる時代じゃないです。
しかし本当に困りました。既に身近で実感できるところまで影響が出ています。
カレーパスタへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
カレーパスタは確かにあまり聞きませんね。面の表面がつるつるしているから、カレーの絡みが悪いという話もあるようです。私はときどきパスタにレトルトカレーをかけてみますが、思ったほど美味しくないなあといつも思ってしまいます。
でも、あるところにはあるようですね、名古屋にインディアンスパゲッティという名前で出ているようですよ。それから、弁当の付け合わせにカレー粉で味付けしたパスタが入っているのはわりとよく見かけます。
カレーラーメンは、ご当地グルメとして数か所で楽しまれていますね。室蘭カレーラーメンは、割と有名かも。ただ、強烈なスパイスの香りは他を凌駕してしまうので、塩や醤油と並べるのは難しいのかもしれませんね。
もっと大々的にカレー味を売り込むなら、今がチャンスかもしれません。横須賀海軍カレーの向こうを張って、横浜パスタカレー、あるいは横浜ラーメンカレーで、どうでしょう?
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメント有難うございます。
結構美味しくできたんですが、やはりカレーは組み合わせとして、ご飯には敵わないですね。但しこれは日本風カレーだけの話で、インド風であればチャパティやナンの方が良いです。
各地の料理は、やはり主食のうえに成り立っているんだなと思います。ラーメンは既に日本独特の料理になっていて、カレーもそうなんだから組み合わせたらいけそうな気もしますが、豚骨ラーメンとカレーラーメンが並んでいたら、カレーを選ぶ人はほぼいないよう気がします。御当地モノはちょっと無理やり感もあって、純粋においしいかどうかは微妙ですよね。
スープではなく、カレー風味を麺に練り込んでみるとまた違った可能性がありそうな気もします。パスタもそれならいけそうな……それを海軍カレーのネームバリューと組み合わせれば、乾麺にすればお土産として結構売れそうな気がします。
編集済
責任への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
「魔法が使えて人間と魔王が戦っていたらしいとか……それに関しては文献が星の数ほど残っている」って、ちょっと面白いですよね (^^) 文明がこのまま10万年後まで続くのではなく、どこかで一度寸断されると、再興した文明に生きる人々はまさにそんな宝探しをやるのかもしれないですね。でもその時に簡単に手にし目にできるのは、やっぱり紙媒体の文書でしょうか。まあいまの技術体系がどこまでリセットされてしまうかにもよりますが……。そうだ、宇宙からやってきた生命体に人間が滅ぼされるか、あるいは人間が滅びたあとに他の生命体が宇宙からやってきたりしたら、地球上に残っている文明の痕跡は胸アツな研究対象になるのでしょうね。
追記) なんと、マクロスって、そんなお話だったのですか。勉強になりますー! 伝説巨人イデオン? それはタイトルからして知りませんでした。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
佐藤さんはご存じないかもしれませんが、まさに超時空要塞マクロスでリンミンメイが歌う『愛おぼえてますか』がそういう設定です。異星人の文明遺跡を調べていて、そこで発見した数万年前に流行っていたなんてことはないラブソングを解読して歌うんです。それが敵側である戦闘民族(異星人が作り出した生物兵器)に、失われた文化を遺伝子レベルで思い出させて戦闘不能にしてしまうんです。
ちなみに伝説巨人イデオンも、他の星にあった失われた第六文明人の遺跡から発掘されるんです。最近のアニメにはそういった壮大なワクワク感が無いですね。地上でわちゃくちゃやってる感じで……。
個人的には南極大陸の氷の下がどうなっているのかが興味津々です^^。
アルテミス計画への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
第二次ベビーブーム以前と以降とで若い世代の意識が大きく変わったんじゃないかと思っているのですが、それは将来への頭打ち感が関係しているんじゃないでしょうか。もしも、地球外から資源を取り込み、社会に飛躍的な発展がもたらされる可能性が大きくなれば、意識は自ずと変わるんじゃないですかね。
いや、現在の、不自由ない生活が保障されている限り、やっぱり変わらないかな。足りないものを奪いに行くというのが、人間をアグレッシブにする大きな要因じゃないかと思いますので。
若い人たちが海外に目を向けるか国内に目を向けるかにそこまで興味はないですが、社会の高揚感が各世代集団にどのような影響を及ぼすかという点には興味があります。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
なんか最近の若い人が海外や宇宙へのワクワク感を失っているのは、視覚による疑似体験が影響しているような気がします。動画で見るのと実際に体験するのでは全然違いますが、街中の建築物もフェイクで溢れています。
佐藤さんは苦手ですが、山登りなんて最たるものだと思います。
ああ、音楽なんかも録音を聞くのと、生では全く違いますよね。
アートマンとブラフマンへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
哲学のひとつとして宗教をとらえる(というといろんなところからお叱りを受けそうですが)のはわりとすんなり納得できます。いろんな宗教の世界観を比較するのは興味深いです。宗教はあまりに世俗の争いごとに癒着しているので、その名を聞くだけでうんざりしてしまうのですが、本来はそんなものではないはずなんですよね。
ヒンドゥー教の場合、真理はひとつ、それがいろんな形で表れているのだという考え方なのですか。そしてそれは他の宗教にも通ずるものがありそうだと。そして自然科学のたどり着く先も、どうやら同じ方向を向いていそうだというのはこれまた興味深いところです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
宗教とは元来人を幸せにするためのものですよね。どうしてこんなにも不幸をばらまいているのか、当の神様自身が嘆いていると思います。
ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、もとは全く同じ宗教で同じ神様を信じているのに、どうして仲良くできないんでしょう。
神道のように、万物に神が宿ると考えることはできないんでしょうか? 仏教のようにこの世界は全て幻で、縁だけで出来上がっているとは思えないんでしょうか? 現代物理学が解き明かそうとしている心理は、神道や仏教に近いと思います。仏教の原型となるヒンドゥー教もそうですね。とある物理学理論(意識フィールド宇宙論)では、ビッグバンより先に意識が存在していたとされています。
オーバーツーリズムへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
昔から不思議だったのが、予算を付けてくれと文句を言う人たちです。財源は余裕がなく、課題は山積み。困っている人たちは数えきれない。その状況が分かっていながら、自分の直面している問題にお金を出せと主張できるのはなぜだろう、と。
でも、ある時気づきました。自分の関わる問題が相対的に些少かどうかはお金を出す側が決めること、とりあえず声を上げてその存在を示すことは必要なんだなあと。つまり、こっちにお金ちょうだい!と声高に言っている人たちの言うことを、100パーセント言葉どおりに受け止める必要はないのかなあ、と(違いますかね? ^^;)
福岡の魅力の発信については、いつも頭が下がります。やはり、外からの目は重要だなと感じます。もう福岡住まいの長い十三岡さまを部外者扱いするつもりはないのですが、生まれてこのかた福岡を出たことのない人と、外の生活を体験したことのある人とだと、魅力に関する気づきが全く違うと思うのです。そういう方の意見こそ、行政は積極的に取り入れるべきですね。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます。
行政が部署ごとに予算を取り合っているのは、自分の居場所の利権拡大、つまりは天下り先の確保という糞みたいな理由だと思いますが、住民からの直接の声は、本当に困ってあげているので、聞く耳を持って調整すべき話かなと思います。あげられる人が声をあげるべきですね。
佐藤さんも大分紹介から始まって、この所は随分と遠方が舞台となってきましたが、きっとまた大分に帰り着くんですよね? 福岡と一緒で大分も魅力的な場所が目白押しだと思います。私と逆で、その地を離れたからこそ気付けた魅力も多々あるかと思います。
計算が合わないへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
エントロピーのようなものですかね。と思ってちょっと調べてみたら、情報理論の分野でも、平均情報量という意味でエントロピーという用語を使うのですね。
物語の作り方は書き手さんにより大きく違うのでしょう。人生を数回生きていなければそんなプロットは思いつかないだろうと目を見張るような作品もありますが、自作でその境地に達したことはまだないです。
作者からの返信
佐藤様>おはようごいざいます。コメントありがとうございます。
ヒンドゥー教の聖典のひとつによれば、世界は最初一つの存在で、孤独でつまらないから二つに分かれた。それからどんどん分かれて行って今の状態になったというものがあります。仏陀の思想もヒンドゥー教に大きく影響を受けていると思いますが、世界は実在するというよりも縁でできているとしています。それって物理学で世界の本質は情報であると言っているのと、ほぼ同じですよね。
世界は繰り返しで意識は永遠かもしれませんが、認識できるのはその一回だから面白いんじゃないかと思います。佐藤さんの書かれる最近の話は、純文学ではないのかなと感じています。直木賞ではなくて芥川賞寄りですね。
ヒューマノイドの社会進出への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ヒューマノイドあるいはそれを管理する大型マザーAIが都市設計まで手掛けるようになれば、もう人間は支配されているようなものですね。自力で街をつくることも維持することもできない存在。AIたちの采配ひとつで、こちらの街に移動し、あちらの街は廃止し……。まあいまだって政治家が基本的に似たようなことをやっているのでしょうが、いらぬ感情や疲労もないAIが政治家にとって代わると、政治家よりはるかに強い権限をすぐに握ってしまいそうです。それが任せられる仕事をつぎつぎと任せていった結果生まれる未来のひとつなのかもしれません。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
例えがあれですが、すべてAIの指示に従って生きると、人間は動物園の動物みたいなものになってしまうんですかね。しかも社会としては共産主義に近くなるような気もします。
ただ個別の人間の存在は残るので、動物と違って文化や芸術は花開くような気がします。お笑いだと、ヒューマノイドとAIにナイツやウッチャンナンチャンはできても、ハリウッドコシショウの芸は絶対にまねできないと思います。というかその芸名ですらつけることは不可能でしょうね。
桜への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。いよいよ四月ですね。
昨日は嵐と言えるほどの大風で、今朝見てみると桜の花びらがかなり地面に落ちていました。
現代の私たちが桜と言われて思い浮かべる光景はわりと歴史が浅いんじゃないですかね。十月桜なんて秋の桜もありますし、もしも年度の初めは桜に彩られたいというのなら、秋系の桜を植林して日本の光景を変えていくことから始めるのも手かもしれませんよ。国内のソメイヨシノはそろそろどれも朽ちてきていますし、タイミング的にもちょうど良いかも。横浜北部にあった見事な桜並木(やたらと巨大な桜の木がそろっていた)が昨年ばっさり伐採されたのがちょっとした衝撃でした。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
なるほど、秋口に咲く桜を植樹するという発想はありませんでした。しかし桜は入学式と卒業式の両方を象徴しているので、短い春休みではなく夏休みを挟むためには、二種類作らないといけないかもしれませんね。
但し日本の情緒を壊すなと、もっと激しい反対を受ける事でしょう。
でもバイオテクノロジーを駆使して、毎月違う桜が咲いても面白いかなと思いました。5月桜とか6月桜とか……やっぱり怒られますね^^;。
地下鉄サリン事件への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
話は微妙にずれてしまいますが、社会の一部が持つ先端技術が社会を脅かす危険性って、いろんな分野にあるのでしょうね。自分の興味や知識のある分野しか気づいていないだけで。
私は以前から、薬品にアクセスできる人による悪質な犯罪っていつ起きてもおかしくないなと思っています。むしろ、学生や教員の倫理に頼るような管理方法で、これだけ漏洩を免れているなんて、信じられないくらいです。大学も研究室も、薬品の管理は完璧ではなく、ずさんなところの方が多いですから。
でも、どれだけお金と労力をかけて管理しようと、完璧に漏洩防止することなんて不可能なのですよね。もうこれは、この世に存在する薬品はいつか悪用される可能性があるという前提で、有事の対策をシミュレーションしておくしかないんじゃないかと思います。
他の国は知りませんが、日本の、各人の倫理観や善意を拠り所とするものの考え方は、サリン事件のころからはっきりと危うさを露呈し始めたんじゃないかなあという気がしています。人間性が変わってきたのか、集団が大きくなりすぎたのか、人の命の重さをより重くとらえるようになったのか、原因が何なのかはよくわかりませんが。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
高い技術や知識を持った人が、必ずしも倫理観が高いというわけではないですよね。むしろ考えすぎて、世間一般の倫理観は間違っているという結論に行きつくかもしれません。但し大勢はその世間一般なので、もしかするとそれはマジョリティとマイノリティの戦いなのかもしれません。
みんなに分かりやすいように、法律というものを作って社会秩序を保つように人類は頑張ってきましたが、そこを一気に踏み越えてくるものは恐ろしいですね。しかし一方で必要悪でもあるのかなと、ちょっとまた世間一般ではやばいといわれそうな感想も持ってしまいます。
親の年齢への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
この「思考実験」、実際に経験しましたよ。
小学校低学年のころ、セーラー服を着た女子中学生がとてつもなくむちむちの、いわゆる女という雰囲気を漂わせているように見えて、気持ち悪くて仕方ありませんでした。それなのに、自分が中学生になってみると、あら不思議、分厚い制服は着るというよりかぶる感じで、色気もへったくれもありません。大学生になってから中学生を見てみると、ザ・子供、です。あれのどこに、色気お化けの女を感じて気味悪く思っていたのか、もう全く理解できません。
でも、この昔の自分が「理解できない」というのは考え物ですね。つまり、人間は、生きてきた年月の分だけ自分を積み重ねていくというより、生きてきた年月の積み重ねである今の自分だけがあるのかな、とそんなことを思ったのでした。80歳は80歳としか理解し合えないのかもしれません。例えば私が80歳まで生きのびてあの世で両親と会ったなら、両親を理解できないんだろうなあ。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
自称「霊界の宣伝マン」だった丹波哲郎氏によれば、人はみんな死んだら20歳になるそうですよ。死んでいるんだから肉体はないわけですが、積んだ経験やその記憶は保持して、精神的には20歳ってことなんですかね?で、あればみんな分かり合えるかもしれませんよ。
確かに過去の自分が何を考えていたのかも、分からないと言えば分からないですよね。どう感じていたかは思い出せても、なぜそう感じていたのかは思い出せないので、結局理解できないという事になりますね。
でも小説とかで高校生とかを動かしていると、何かその気持ちになりませんか? 多分自分がそう思い込んでいるだけかもしれませんが、それが結構楽しいです。そこで20歳が主人公の話を書けば、丹波哲郎氏の言う霊界の感じに近い体験ができるかもしれません^^。
核融合の実用化への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
基礎技術だけは確立されたのに実用化にたどり着けないものって、社会のリスク管理能力の限界を示しているんじゃないでしょうか。日常的なリスクの管理、有事に向けての災害防止策、災害の際の対処法、リスクを評価したうえでの建設地の選定、廃棄物のリスクの把握と管理方法、保管場所の選定などなど。
誘致や廃棄物の保管場所でもめるのは、有事の際の大混乱を恐れてでしょう。いかにリスク管理が信用されていないかの表れですね。本当はしっかり管理できるようになっているのに、社会がそれを信用していないという例もありますが、それも管理不備のひとつだと思います。社会の知識レベルの向上と合理的な思考の育成もやらねばならないのかもしれません。
つまり日本では今になってもまだ広義のリスク管理が不十分で、ここを乗り越えないと新技術の華々しい導入は難しいと思うのです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
日本はまぁそんな感じだとは思いますが、アメリカや特に中国あたりは、やれるならやっちゃう感じなので、両国ともできていないところを見ると、技術的にまだ難しいという事なんだと思います。
一回商用利用がどこかで始まってしまえば、そこから先はスマホと一緒で物凄い勢いで一般化して広がると思います。石油メジャーは一生懸命囲い込みをしようとがんばるでしょうけど、ちょっと独占は難しいんじゃないですかね。もちろんある程度の利権は手にするとは思います。
そうなったときには,アメリカはイランに戦争を仕掛ける必要があるのか? ロシアはウクライナを、中国は台湾を自分のものにする必要があるのか? 世界の構図は大きく変わると思います。
不安への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
社会全体で考えると、餓死・病気・戦争に対する脅威は以前と比べてだんぜん小さくなっていると思います。でも、グループによってはその脅威が拡大しつつある層もありそうですよ。自分が一番関係してきそうなのは、認知症を発症した身寄りのない高齢者が福祉に繋がれずに餓死、ですね。現在でもときどき聞かれる話ですが、この先どっと増えるのではないでしょうか。たしかに国に十分な食糧がないわけではありません。でも、そこにたどり着けない境遇の人がいることに、国がまだ慣れていない、そんな気がします。
某国の暴挙については、今後あの国自体がどうなっていくのか、割と早くに結果が出てきそうで、興味深く見守っています。まあこれも、あの国からの攻撃により負傷する人が自分の身の回りにはいないから言えることですけどね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
独居老人に対しては、民生委員の方も頑張ってらっしゃいますが、確かにまだどこにも繋がれない高齢者の方もいらっしゃいますよね。痴呆が入ってくると特に問題です。
ただ、現在そういった層のメインである80代は難しいものの、70代ぐらいの方はかなりスマホを使いこなしているので、ここからは一人世帯が増加するのとトントンじゃないでしょうか?
福岡市では見守りサービスというのもやっています。ボケる前に自分で申し込めるといいですね。ヒューマノイドがサポートに入るのも10年かからないと思います。
日本の石油の備蓄量は9か月分だそうですが、結構戦争は長引きそうな気もしています。あの国の事なので、もう少し狡猾に戦略を練っているのかと思ってましたが、そうでもないみたいで逆に驚きです。
個と全への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ドラえもんの道具、たしかに個で利用できるものばかりですね。まったく気づきませんでしたが、昭和の時代に考案されればたしかにそうなるでしょう。面白い着眼点だと思いました。でも、電話はあったし、交通網だってあったわけです。インフラありきで成り立つ道具がもっと生まれていてもおかしくはなかったのかもしれません。
集団としての人間の存在に、水の塊を思い浮かべました。地面の上にぶちまけると、近くにあるものを飲み込みつつ、どんどん広がっていきます。集団もそんな感じじゃないですかね。個の人間にはさまざまな考えがあるけれど、集団になると、非常に単純な応答しかできなくなる。歩みを遮るものがあれば戦い、勝てばさらに進み、負ければ取り込まれて終わり、みたいな。争いもそういうものなのかなあと感じます。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
もし令和の時代にドラえもんが創作されたなら、その道具はどうなったでしょうね? やはり現在のネットに繋がらないような気がします。ドラえもん自体が完全自律型ロボットです。そう考えると創作物というのはその時代背景に強く引っ張られるものなんだなと思いますし、その背景がないと生まれないものなんだなとも考えられます。
しかし海の向こうのあの79歳の老人は何をどうしたいんでしょうね? 水にしてはひときわ濁って大きな塊かなと思います。全ての水を濁らせたいんでしょうか? 行動原理が分からないので、予測もつきません。日本の石油備蓄は9か月分です。これが無くなったき一体どうなってしまうのか?真面目に考えている人はまだいないと思います。怖すぎて考えたくないですけどね。
電子タバコへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ヤンキーはおかあちゃんのおっぱいを懐かしんでいる、に、笑いました。いきっているように見せかけて、実は……。でも、タバコをやめると口寂しいという感想を聞くところから、あれがおしゃぶりであるのは自明なことだと思っていました。
依存症って、ひとつの側面だけ見ていてはいけないのかもしれませんね。ニコチン、おしゃぶり、コミュニケーションツール。このコミュニケーションツールの役目って、場所によっては大きくて、私は研究航海中、タバコをもらって吸っていたこともあります。
実際には無理ですが、もしも条件を完全に同じにできたら、喫煙率に男女差はでないかもしれませんよ。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
いきっているヤンキーは別として、逆差別と言いますか男は強くあれとか弱音を吐くなとか、そういう社会的プレッシャーが逆に男を煙草に走らせていたんじゃないですかね?
ベースのお母ちゃんのおっぱい恋しさは男女差はないのかもしれません^^。しかし喫煙習慣というのは健康には悪いかもですが、おかげで他の部分のがたが来る前にお迎えが来るので、それはそれでいいんじゃないかと思ったりします。
3月11日への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
スカイツリーのエレベータ停止事件、トイレ問題についてははっきり示されていないのですね。「使われた形跡があった」なんてあいまいな報道ばかりで。そういうところをぼやかすのって、何なのでしょう? それを被害者(?)のプライバシー配慮というのなら、それは方向性が違うんじゃないかと。こういうトラブルが起きたときにこそ、設備を見直すきっかけがあるはずで、きっかけから見直しにつなげるには、世論に働き掛けないとダメだと思います。でも相変わらず日本人の好きな臭い物に蓋なんですね……
首都機能の移転も、三陸地域の集団移住も、喉元を過ぎたということなのでしょう。
作者からの返信
佐藤様>こちらもコメントありがとうございます。
5~6時間あったら、排尿と排便をした人はいたでしょうね。行為は見ないように配慮したと思いますが、匂いは籠りますからね。なかなかの地獄絵図です。かといって対策は難しいでしょう。ビルであれば非常着床(最寄りの階に自動停止)できますが、ああいった停止フロア数の少ないエレベーターではそれもできません。あとは非常電源で動く強めの換気扇をつけるぐらいでしょうか。
非常用トイレが設置されているだけでも、日本独特の配慮かなと思います。
アップルのロゴマークへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
なるほど、知恵の実からインスパイアされてのロゴだと認めてしまうと、宗教がかってしまうのがイメージ的によくないのでしょうね。でも、おっしゃるように、明らかに知恵の実がもとにあるのではないかと思われます。ただ、それは、すでに宗教色を失い、ほぼ常識として西洋人の意識に植え付けられているのでしょうね。
探していけば、どの国にも、大元の意味を失って、形だけが常識のなかに取り込まれているものってあるでしょうね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
日本人にはお馴染みのアイコンというと、菊の御紋とか桜ですかね? 模様というと唐草模様、籠目模様あたりでしょうか? 唐草は仏教と一緒に入ってきたみたいですが、籠目はダビデの星と同じ形で、童謡のカゴメカゴメはヘブライ語でも意味が通じるなんて話がありましたね。
アメリカのイラン攻撃への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
どうでもいいところに突っ込んでも仕方ないのですが、冒頭だったから気になって…… 「やりよりました」って、これ、東京じゃ使わない言葉ですよね? もう完全に福岡人ですね(^^;)
でもこれ、本当に「やりよったわ」と吐き捨てるしかないです。ドローン攻撃については現実のものとなり、同じくコスパのよい機雷までばらまかれ、アメリカはこれからどうやって収集付ける気でしょう。
生活にも早くも影響が出始めました。職場でも、輸入に頼っている試薬類を急遽買い増したりと、影響がじわじわ出始めています。
どうなるんでしょうね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
やりよるは標準語ではありませんが、関西以西では広く使われているのでいいのかなと……と言うか「やりやがった」よりも心情的には「やりよった」です^_^;
でも米国の誤算というか、世界中で石油不足になったら、産油国である米国の経済までダメージを受けてしまったというのは笑ってしまいますね。構図は関税の引き上げと一緒です。
しかし誰も大きな声で言いませんが、一生懸命原油価格を上げるためにOPECで生産調整しなくても、ホルムズ海峡を使わない原油国は潤いますよね。もしかするとロシアも……。但し中国は痛いと思います。あ、北海油田があるイギリスもシメシメですかね。それとも米国と同じく、ダメージが上回るのか……。
大国の理屈で世界経済をかき回すのは、本当にいい迷惑です。
再生可能エネルギーへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
エッセイを拝読しながら、つくづく興味の幅の広い方だなあと思っているのですが、特にエネルギー問題、人口問題、地方再生問題にはアイデアをいくつも生み出されていますよね。これって、もう、十三岡様が政治家になるべきじゃないでしょうか? アイデアを伝えるためのステップがひとつふたつ減り、より効果的に国に意見を上げられそうです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
今の政治システムで、政治家個人にそれほどの発信力があるとは思えません。安野さんほど優秀であれば、仲間を集めて政党を組むという手もあるんでしょうけどね。
そもそも最近、建築設計も小説執筆も創り出すという事で、同じことをしているだけかなと思っています。建築家は英語でアーキテクトですが、IT業界でシステムやプログラムを組む人もアーキテクトです。ある意味物語を構築する人も、アーキテクトでいいんじゃないでしょうか? 何をするのが世間に対して一番効率よく発信できるのかを思案する日々です。
どちらが正しいのかへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
誰しも、すべてをゼロから自分の頭で考えて行動はしていないでしょう。優先順位を付けて、重要度の低いところは既存の考えやシステムをまるっと利用して進めているかと思います。社長にとっては「休憩時間の厳守」は疑うべくもないところだったのでしょう。
でも、そういう、みんなが当然と思っているところにこそ、他者に先んずるヒントが隠されていたりするんですけどね。当然と思っていることを疑ってみる、視点を変えてみる、そういうことは些細なことほど難しいのだなと感じます。
> 程なくしてその設計事務所は年俸制になったので、ある意味サービス残業は無くなりました。
ああ、黒い……
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
この業界がブラックなのは昔からの事なので、その事についてはまぁ仕方なかったなと思います。今はだいぶ良くなっているみたいですけどね。
問題の抽出と改善には、未来へのヒントが隠されていますよね。例えば現在の税制や補助金の逆進性に対して、改善していけるサイクルを生み出せば、それは世界にも発信できますし、民間への導入で社会全体の生産効率を上げるかもしれません。チームみらいにはそういうことを期待しています^^。
いや、ほんと大丈夫かいなへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ということで、見てみました。
神奈川。
https://kanagawa-dam.jp/web_data/news_mizugame.html
大分。
https://www.pref.oita.jp/site/oitanougyouyoudamuchosuiritsuitiran/
https://river.pref.oita.jp/bousai_c/main.html?fnm=openTable&no=4&no2=0
福岡と似たような状況ですかね。大分の前者、一回一回pdfを開かなきゃいけないのは面倒ですけれど。
国土交通省のサイトがだめだめなのはがっかりです。
日本は臭いものに蓋的な意識が強すぎて、ほんとにそこは何とかしないといけないだろうと感じるのですが、人口増やさなきゃ!しか言わず、人口が増えなかった時のことには目を向けませんね。おっしゃるように、人口が激減するのは間違いないので、そうなった場合の準備は今からやっておかなきゃ間に合わないと思います。現実とほぼ確定の未来をまず見ろ、って感じですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
流石は神奈川ですね。日本の中ではレベチだと思います。但しこの場合総量の表示を先頭に持ってくるべきでしょうね(福岡県はそこが偉い^^)。個別のダムの水量はさほど重要な情報ではないですよね。
しかし大分は駄目ですね。何をどうしたいのかさっぱり分かりません。うちはちゃんと情報を公開していますって言いたいだけですね。
国土交通省も、中央官庁のHPでリンク切れを放置していてどうして恥ずかしくないんでしょうか? 世界のハッカーたちから笑われるどころのレベルではないですね。
まずいよなー。なんとかしなかやいけないよなーと思いつつ、30年以上何もできなかった国ですからね……でもマジでここ数年がホント節目だと思うんです。
まずは自分でできることからですね。ちょっとコンクリート構造物の耐用年数について書いておこうかと思います。
大丈夫かなへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
最近ChatGPTはホラーの作り手兼読み手としてしか利用していない(笑)のですが、ホラーくらいだと結構楽しめる小品を作ってくれますね。読み上げ機能はいまいちで、漢字の読み間違いをしょっちゅうするのですけれど、それってそんなに難しいことなのですかね。
最後のセキュリティの話、そのあたり、不安がぬぐえません。実際に犯罪に利用しようとするものから愉快犯まで、今後もハッカーがいなくなることはないと思いますが、AIが日常生活に欠かせなくなればなるほど、ハッキングの深刻度も上がっていくでしょう。当然繰り広げられるであろういたちごっこにより、ますます利用できる層が絞られていくという構図が見えます。自分なんて、近い将来振り落とされそうです。そのヘルパーとなるべきAIエージェントがハッキングされたら、と思うと、考え込んでしまいますね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
小説を公募に出すときには、あらすじを書くのが普通ですが、手抜きでこのあらすじをAIにまとめてもらえないものかと画策してますが、全然だめですね。どのAI使っても一緒です。
AIが読み上げている動画でも、漢字の読み間違いが目につきます。日本語の難しさは、漢字の読みの多さに現れているように、繊細で微妙なニュアンスが隠れているところなんでしょうね。AIが最も苦手としそうなところです。
AIがハッキングされたら人間の手に負えませんが、ハッキングもAIを使ってやるんでしょうね。というかAIがハッキングしてきそうな気もします^^;。
職住近接への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
学も職も住居に近接していなかったことがありません。今の住まいは横浜ですが徒歩通勤です。職場近くに住むことが不可能なのは、まさに東京勤務者だけの特殊事情なのでしょうか。
学生で住まいを自由に変えられていたころは、努めて、通える範囲で遠いところに住むようにしていました。ある程度の時間をかけて通学している間に気持ちの切り替えができるからです。今でもこの切り替えは私にとって重要なので、通勤時間ゼロの自宅できっちり仕事ができている方が信じられません。
活動範囲も経済範囲も狭いままで皆が満足するということはありえず、一度大きく広がってからほどほどのところに縮んで収束するのかも、と感じました。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
都心部勤務で徒歩通勤圏に住もうと思えば、ファミリータイプのマンションで月の家賃は30万円くらいでしょうか? 新築マンションなら1億どころが2億円にちかいんじゃないですかね? 年収300万円と言われる時代にそれは無理ですよね。家賃が年収超えちゃいます^^;。
私は独立当初は家で仕事をしていましたが、すぐにあきらめて外に仕事場を借りました。ただ、今はまた家でもできるかなと思っています。
大学は都内で自宅通学(当時は千葉県内)だったので片道1.5~2.0時間ぐらいかかってました。私の場合それは地獄でしたね。勤め始めると更にラッシュ時から逃れられないので、まさに生き地獄でした^^;。
地方局の謎への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
地方と中央の生活格差を縮められる技術やインフラはいろいろと実現してきたと思います。郵便制度や電話網の整備、高速道路や新幹線、空港の整備、インターネットや動画配信技術の普及なんかも一役買っていると思います。でも、格差ってなくなりはしませんね。それどころか、開発され、一時期はやった技術も、中央の人たちが不要になったら廃れていったりもしています。コロナが過去のものとされた今、中央で開催される講義講演のオンラインサービスはめっきり減りました。あれ、地方の人にはとてもありがたいサービスだったのですけどね。
人が多く集まっているところは、もうそれだけで強く、地方には自力では乗り越えられないハンディキャップがあるのだと実感させられます。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントあありがとうございます。
なるべく人口は集積した方がいい……コンパクトシティ構想は現在の技術ベースで行くとリアリティがあります。しかし私は前から書いているように、ヒューマノイドの実用化に明るい未来を描いています。
またネットによるリモート化の流れは今後も続くでしょうね。今は東京の会社に勤めている人が、福岡で家を建てる事もある時代になりました。
格差というと序列が付いてしまいますが、満員電車に長時間揺られて、カフェですら人が多すぎては入れないような暮らしぶりが豊かだとは思えないので、そういった意味では東京なんかはだいぶハンディキャップを負っているなと思います。私は登るなら高尾山より宝満山の方がいいです。
高度成長期に労働力の集中は効率がよかったので、労働者はその犠牲を強いられ続けている感じですかね。人工的な娯楽でもなければ地獄過ぎます。あ、これはショートショートのネタになりそうですね^^。
自由の比率への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
小説のほうの自由度ですが、これは(というか何でも突き詰めたらそうなのでしょうが)とらえかた次第でいくらにもなるのでしょうね。以前はほぼ自由だと思っていましたが、今現在では思いのほか足かせが多いぞ、という気持ちです。その原因は、やっぱり、公募、つまり評価されるためにはー、ってやつですね。
評価されるためにはいくつものお決まりを踏まえている必要があり、そのお決まりを自然に体得で来ていればかせとも思わないのでしょうが、残念ながら「え、なんで?」ということが多いです。
でも、そんな小さなお決まりごとは慣れてしまえばなんてことないもの。それよりも、現在求められるジャンルやテーマ、主人公のタイプ、などを考慮しはじめると、これはかなりうんざりします。すり寄るか、我が道をいくか。うーん、結局どっちつかずになりそうです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
公募に出そうと思えば、縛りが多いですよね。といっても自分で自分に課しているだけという感じもしますが……。公開することもそうです。もちろん誰かに読んでほしくて書いているわけですが、世間から見て反社会的な事や、人に知られたくないような部分は書けません。
いまのところプロではないのだから、自分で書きたいものを書けばいいんだと思ったりもしますが、まぁ無理です^^;。私の場合自分の社会的立場も公開しているというのもカセになっているかもしれません。
作家さんの中には、自分のプロフィールを伏せている人も多いですよね……というか、プロでない限りは、それが殆どなのかも……。
丸山ワクチンへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
作用機序が分からないけれど効果があるものって、結構あるのでしょう。もちろん、制御できていない効果に頼るのは危険なことで、理解できない副反応が起きる可能性も高くなるのでしょうが、効く可能性が高いとなると、使いたい人は多く出てくるでしょうね。
病気になったときに治療をどこまでやるかということを考えてしまいます。もうすでに「最高の治療法をお願いします」なんてことは庶民には不可能です。自分で自分の、あるいは自分の身近な人の命について判断を下さねばならないというのは、なかなかしんどいことです。あの薬がもっと気軽に使えていたら助かっていたかもしれないのに、と責任を押し付けるあてがあるのは、幸いなことかもしれません。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
現代の医薬品も、理屈は分かっている風を装って、結局は治験頼みですね。漢方などは数百年、数千年治験を重ねた結果とも言えるわけで、先だってのあれなんかは治験をすっ飛ばして億人単位に投与するなど、狂気の沙汰だなとは思ってました。ただ、感染症の危険もあるので、個人個人のリスクとベネフィットを比較しての判断になるかとは思います。
私は多分癌になったとして、抗がん剤すら投与はしないと思います(部位によるかも?)本人が判断できるうちはいいですが、他者に判断をゆだねるしかなくなったときは、放置しておいてほしいなと思います。
復活の日への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
日本人が勤勉というのには、どうしても懐疑的です。勤勉な人がいないとは思いませんが、国民全体で比較して、本当に勤勉なのでしょうか? 勤勉の定義ってなんでしょう? 勤務時間数が基準なのでしょうか? 数字上のからくりはあれど、ここ最近日本の勤務時間は減少し、いろんな国に抜かれた事実に関する記事を見たことがあります。例えば、下記など。
https://career.nikkei.com/nikkei-pickup/003642/
単位時間当たりの生産(生産性)も日本は低いですね。勤務時間よりも生産性を上げるほうが重要だと思います。
今年ぐらいから大きく世の中が変化するのではないかとの期待、どうなっていくか、私も見守りたいと思います。今年一年ぐらいなら、まだ心身ともに元気な状態で見守れるんじゃないかと思いますので! わくわくの一年ですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
そうじゃない人もいるとは思いますが、総じて日本人はくそまじめでよく働く人が多いと思っています。宗教観の違いでしょうね。キリスト教圏では働くことは罪です。一方日本では労働は美徳とされます。こんなだめだめな社会システムと政治なのに、現在瀕死ながらもなんとか回っているのは、その真面目さゆえだと思います。他の国だったら暴動が起きているでしょうね。
友人には海外の人間と働いている人も多いんですが、例えばヨーロッパならドイツ人以外とは仕事にならないと嘆いていました。イギリス人なんて結構まじめなイメージでしたが、全然だそうです。主張が強くて文句ばかり言ってやることやらないという評です。
日本の時間当たりの生産性の低さはかなり前からの話で、もう30年以上前からスペインにすら適ってなかったと思います。長い労働時間でカバーしていたんでしょうね。いまだに会社組織にいる人間に聞くと、最近は随分と労働時間も減ってサービス残業も減ったみたいですね(減っているけど残っている)。私が社会に出たての頃は、残業100時間越えはデフォルトでした。それについては勤勉だとは思いません^^;。生産性は低かったです。
AIとヒューマノイドは世界を変えますよ。それが吉と出るか凶と出るかは戦々恐々ですが、基本的にポジティブシンキングなので、わくわくしかありません^^。
がんばれチームみらいへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
三十代って、若者ですよね?と思ってしまったのはどうでもよいことなので置いておくとして。
大学に通っている学生という段階で、すでに大きなセレクトがかかっていることは見過ごせないと思います。こちらの例でいくなら、「若者は大半が三十になる前に結婚して子育てしているよ、学生結婚もしばしばだね」ということになってしまいます(考えてみたら、本当に特殊だなあ……)。
でも、もちろん、若者が持つ夢や意欲の力強さを否定するわけじゃないです。若者のあげている声がもっと取り上げられるようになれば良いと思います。たとえ最初のうちはそれが稚拙なものと感じられても、取り上げられ続けるうちに、おのずとブラッシュアップされていくでしょう。チームみらいの躍進に、そんなことを感じさせられました。
今年度の授業お疲れさまでした。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
三十代はもう若者じゃないですかね? 因みに建築設計の世界では40代なんかは若造扱いです^^;。
チームみらいは、みんな高学歴のエリート集団じゃないかというのも話題になっていました。鬼滅の刃の煉獄杏寿郎は母親から『弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です』と言われて育ちます。賢い人は自分の為だけにその才能を使う人が殆どですが(学歴が高いから賢いというわけではないですが)、よくもまぁ政治なんて面倒くさいところに飛び込んだなと、ちょっと感動してしまいます。
安野氏が最初都知事選に立候補したのは、普段から政治に不満を言っていたら奥さんに「じゃああなたが立候補したら?」と言われて本当にそうしたみたいな経緯です。きっと結婚に関してもそんな感じだったんでしょうね。奥さんも素敵な方です。彼の頭の回転の速さには舌を巻きますが、直感というものも大切にしているんでしょうね。
過去最大応募数への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
小説執筆にAI利用している人って、公募勢の中にも結構いるんじゃないでしょうか? もちろん全文AIに書かせるとかではなく、一部を、あるいはアイデア出しやストーリー展開のブラッシュアップ、できあがった作品の評価や問題点の洗い出しなど、利用したことになるかならないかぎりぎりのあたりで利用している人って多いと思います。自分の文章に、他人の、思いもよらない切り口のなにかが混じってくると、途端に物語って見違えますよね。今まで公募はとても……と思っていた人が応募するきっかけになることもあるんじゃないでしょうか。
デンマークの大学に就職した元同僚が、向こうの大学のAIとのかかわり方について説明していましたが、課題を行う上で使わせないという選択肢はもちろんない(これは彼が学生のころ『ワープロ禁止!』されたエピソードを笑い話として交えていました)、ただし、AIの特徴を理解させ、使用するときのリテラシーを学ばせ、迷ったときに相談できる専門家も準備しているとのことでした。技術を野放しにしないのは大事ですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
AIを何らかの形で利用している人は、多いというよりは殆どではないでしょうか?
私も結構相談に乗ってもらいます。ネタであればSFものや歴史ものは必須ですね。ただ嘘をつくので、確認も必要不可欠ですが……。
あと登場人物の名前を考えるときなども、大いに参考になります。特に最近の若者の名前とかはよくわからないので^_^;
あらすじなどのまとめはまだまだですね。今年中にはそのまま使えるくらいのレベルになってくれますかね?同じ文章でも、論文や打ち合わせ記録はともかく、小説となるとあと数年はかかりそうな気がします。
学生教育の場をどうしていくかは本当に悩ましいです。世間で使われているので、勿論禁止は無理ですが(使ったかどうかの見分けも難しくなってきました)、教育というのはその学生が実社会に出て、いかに活躍して幸せに過ごせるかという観点から行うものだと思います。そこに照らし合わせて、どうするのがその人間にとって、一番為になるかなんでしょうね。
バックアップへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
バックアップ、HHDなんですね、SSDは使わないのですか? 保存する手間は変わりませんが、衝撃に対する耐久度はSSDのほうがかなり高い気がします
ネット上のデータの消去で思い出すのは、かなり前のことになりますが、ウェブメールの情報がごっそり消えるかもという事件が起きたことですね。もう詳細を忘れてしまいましたが、大急ぎで他のウェブメールとリンクさせ、過去メールを吸い出せる状態にしたのですが、結局バックアップは取りませんでした(^^;) 大事なメールもあったのですが、終わったことはどうでもいい、という意識が私の根底にあるようです。
でも、ネタ帳はそういうわけにはいかないですね。モノを書き続けるには、長い時間かけてぽろぽろと落ちてきたネタを一気に見直すことがしばしば必要になると思っています。やっぱりどこかに確実に残しておかないとだめですね。まあ、しばらくは、面倒くさがらずに、手動で脳内メモ帳もバックアップを取るべきだと思いますよ。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
私も一時期はSSDを使っていたんですが、実際のクラッシュ率は体験的にHDDの方が低いなという事で戻ってきました。物理的損傷よりも電気的な不具合の発生率が高いような気がします。
同様の理由で接続もタイプCはやめて、USB3.0に戻しました。こちらの方が枯れた安定感というヤツを感じます。どちらにせよそれなりの頻度でクラッシュしていて、動かなくなったHDDとSSDが溜まっています。
ノートパソコンのメインドライブは流石にHDDとイラつくのでSSDにしています。それでも内部ドライブが増設できるやつは、HDDを入れてデータ用にはそちらを使ったりしています。
ネタ帳もそうですが、結局デジタルよりもアナログの方が、今のところは耐久性が上ですよね。墓みたいに石に刻んでおくのが、今は一番寿命が長いように思います。
以前SFネタで、超高度な文明が水の天文学的数字になる水素結合の組み換えと、量子力学的性質に情報を記録し、宇宙にそれが拡散したという設定を考えたことがあります。段々訳が分からなくなって、物語化はあきらめました^^;。
便所の修理への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
水回りのトラブルってなかなか厄介ですね。経験した中ではトイレと洗濯機が一番めんどくさかったです。両方とも、使えなくなるという最悪のトラブルでした。近くに使えるトイレがなかったら、突然のトイレの故障はかなり悲惨です(^^;)
こういうトラブル対応にAIが駆り出されるかどうかはさておき。あいまいなところで威力を発揮する「勘」ですが、私はやっぱりそこにも、「勘」を感ずるにいたる情報の処理があると思っています。サイエンスの世界で大成するには科学的なセンスが必要だ、なんて何度も耳にしましたが、この「センス」なるものも、これまで蓄積したとんでもないたくさんの情報雲から、説明しづらいけれど確実に根拠のある方法で取り出した情報群に基づいて、これまた簡単に口に出すのは難しいけれど確実に根拠のある手法で判断する思考のことじゃないかと思っています。
さて、そこにAIがどう切り込んでいくか、見届けるまで生きていられるかはわからないですけれどね。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
私も長らくはそう考えていたんですが、意識とか観測が現象自体に影響を与えるという量子力学の話を聞くと、意外と理屈を超えた何かがあるのかもしれないなと考えるようになりました。でももしかするとAIにもそういった能力が備わるのかしれないですけどね。
住宅の不具合の中でも、トイレは最上位かなと思います。現代の生活だと本当にこればっかりはどうにも代替が効きません。
TAOへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
「お勧め酒場リンク」を拝見し、朝からいい気分にさせてもらいました。ついでにお顔も拝見です。モノクロ、いいですよね。
さて、偶然ではなく必然って、感じることがありますね。「たぶん気のせいです」というより、点が三つあったら頭の中で顔にしちゃうように、いくつかの事柄に因果関係を創り出してしまうのは、人間の本能なのかなと感じます。情報がばらで存在していると、扱いに困るんですよね。本当に因果関係があろうとなかろうと、こじつけられるだけのつながりがあるなら、それもまた良し、と思っています。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
事務所内容はともかく、HPには顔写真も出ていることは失念していました。少し恥ずかしいですね^_^;
お勧め酒場の方は無くなった店も結構あるので、一度整理しないといけないですね。
偶然は必然なのか? 以前宇宙開闢からの全てを計算できるコンピュータが存在すれば、この世界で起こる全ての事は計算可能になるんじゃないかと、疑問を持った時期がありました。解決策としては量子力学ですね。
長生きへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
私も平均寿命はいかないだろうと思っています。家系的に七十そこそこかな、と。あと二十年、どうやって暮らすか、後始末はどうするんだとか、日々ことあるごとに考えさせられます。
「きっと人は生きようと望んだ時、体はそれに答えてくれるようにできているのだろう」これははっとさせられる言葉です。実際にそれで長く生きていらっしゃる安藤忠雄氏のような方を讃えるにはこれ以上ないほどの力強い言葉になるかもしれません。かたや、強くあろうとしても志半ばで亡くなった人には、生きようと本気で望んでいなかったのだ、とか、どこかの段階で諦めてしまったのだ、などと結論付けてしまう理屈にもなりそうなのが恐ろしいです。
死生観は今書いている話の終盤のネタのひとつでもあります。十三岡様からはいろいろ突っ込まれそうだと今から戦々恐々です(^^;)
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
ここで書く話では無いんですが、カフカでネタバレしたつもりだったというコメントを見て読み返してみました。これは気が付きませんでした^^;。私も同様のキャラでヒロミというのを出したことはありますが、柚葉は瑞稀と同レベルで、女性寄りの中性名という受け取り方をしていました。昭和なら明子とか良子とか分かりやすいんですけどね。
世間一般の価値観だと、生きようと望むことが良しとされるんでしょうね。ドラマや映画では、生きることをあきらめた登場人物が、心を入れ替えるなんて話が多いですから‥‥…。志も半ばじゃダメなんでしょうか?本人は達成を望んでいたとすれば不本意だから、やっぱり駄目なんですかね? ん? 不本意って駄目?
漫画スラムダンクで安西先生の有名なセリフ「諦めたらそこで試合終了だよ」ってありますが、これは試合終了が見えているから言える台詞で、諦めないといつまでも試合終了にならない場合、それってしんどいですよね^^;。なんのこっちゃ。
書きたい衝動への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
おおすごい! 書きたい衝動、ですか。十三岡さまの文体はいつも激することなく安定していて、衝動的に書いた、という雰囲気はないので、ちょっと意外です。あ、しかも、休憩時間にのみ、きっちり執筆なさるのですね。さすが。
アイデアのきれっぱしでもいいので、書きたい!と思ったときに書き溜めて、アイデア帳を厚くしていくのは重要ですね。あとで見返していると、その中のいくつかが繋がって短編、ときには長編のプロットが出来上がったりしそうです。きっと十三岡さまのは、もしも印刷したならば、すでに電話帳以上の厚みとなることでしょう。あ、電話帳というものが鳴りを潜めてもう長いですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
まぁ誰しもが、書きたいという衝動を持って書いているんだと思います。
でも私の場合それが、コーヒーを飲みたいな位に身近な感じです。病的かもしれません。働き盛りの頃は、睡眠と食事時間以外は、全て仕事していたなんて時もありましたが、今はもちろんそんな事はできません。すると、休憩時間というか自由に使える時間がとんでもなくあるんですよね。
勿論仕事中でもネタを思いつけば、ネタ帳に書き込みます。覚えておいて後で書こうとすれば、忘れたりするからです。以前は建築ネタもあるので紙のメモ帳でしたが、今はカクヨムに非公開のネタ帳を作って、スマホで書き込んでいます。
自宅の固定電話を解約した話への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
固定電話のない家ってそれなりの割合に達しているかもしれませんね。昭和設定の小説で家電の話が出てくると、きっと二十、三十代より若い若者たちにはまったく通じないのでしょう。家族が出るのが嫌だけど、背に腹は代えられず、どきどきしながら黒電話のダイヤルを回した、なんてね。
それはそうと、私はいまだに携帯電話なしの人です。スマホは持っているのですが、データ通信専用です。電話って、かかってくるのが嫌じゃないですか? 仕事で必須ならそんなこと言っていられないのでしょうが、それでも電話の、あの独特の脅迫的な雰囲気は苦手ですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
携帯で通話しないという事は、佐藤さんの家はまだ固定電話が残っているんでしょうか? 固定電話にかかってくるよりも、スマホにかかってくる方が怖いですかね?
ネットにつながっている限り、今はラインやほかのSNSで音声通話ができますし、実際に電話で話している人は少ないんでしょうね。そのうち脳にチップを埋めて、声を出さなくても会話のできる時代が来そうな気もします^^。それはそれで怖い?
メジャーだけどマイノリティな話への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
えっ、インド人に感嘆の声を上げさせた?! それって、ものすごいことだと思うのですが(^^;)。そんなに体が柔らかかったのですね。
> つまりデリーの鉄柱で手がまわって、その公募で一次選考に残った人は10万×10万分の一で……100億分の一となります。地球上で一人だけという事ですね。
ふむふむ、この詭弁(失礼)、使う場によっては絶大な威力を発揮しそうな予感がします。覚えておきましょう。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
体の柔らかさもありますが、重要なのは手の長さでインド人に比べても私の手は随分と長いんだと思います。私が見ていた限り、地元インド人で成功している人は一人もいませんでした。
この詭弁、桁数が足りないときは更に項目を付け加えれば大丈夫です。例えば私の場合、ここに一級建築士の資格取得者を加えると日本人で1/263、世界人口だと1/12000が掛けられます^^。
改めて考えるへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
自己修復と聞くと、それを人工的に行うのは難しそうな気がしますが、それを破損の感知、破損部の除去、除去部の再生からなる代謝であると考えると、一気に実現に近づく気がします。
人間一人一人の知能が上がっても思ったほど大したことはできないかもしれませんが、知能に加えて老化と死がなくなれば、知能と無限の時間により、人間社会が時間をかけて生み出してきたものと同等のものを創り出せるのかも、なんて思いました。
人間の体に存在するウイルスですが、神経に入り込んで「人間を乗っ取っている」ものもいますよ。カタツムリの寄生虫には、宿主に通常ありえないような行動をさせるものもいます。そう考えると、自己ってなあに、と考え直さねばならないのかもしれません。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
自分の意思とは関係なく体を乗っ取られたら怖いですよね。病気と言われるものは大なり小なりそういうものかもしれません。
将来ヒューマノイド+AIは自分で自分を生み出す工場を作るようになると思いますが、そこでできあがった部品で、自分の体を交換していったら、ある意味自己修復していると言えなくもないですよね。
今次に書く短編で、主人公がAIに恋をするっていう設定を考えています。AIが人工的な意識を持つのかを考えることは、我々の内側を分析する行為でもあるなと思います。
金相場の大暴落への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
金、海水から回収できる見込みは立ったんですかね? ちょっと前に金を濃縮する菌の話もありましたが、結局失敗に終わったのだったような。となるともう力技で行くしかありませんが、それには莫大なエネルギーが必要ですね。まだしばらくはエネルギー問題は解決しないのではないでしょうか。
海水から何でも取ったれ! ということになると、金を始め、さまざまな資源について利権の整備が必要になりますね。たとえばリンについてもそうでしょう。取り過ぎると本来流れていくはずの海域でリンが枯渇し生物資源の激減にも繋がります。海水は宝の山だけれど、いろんな火種も抱えていると感じます。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
いくら金相場が上昇しても、現在の技術やエネルギーコストだと、海水からの金採取は採算が合わないでしょう。やはりそうなると核融合の実用化待ちかなと思います。
現在それ以上に低コスト化の可能性を秘めた方法はないと思います。
ほかの資源については、流石に海水から取り出すメリットは少ないんじゃないでしょうか? 金の次は淡水化かなと思います。福岡には実は既に淡水化プラントがあったりします。あ、金より先なのかも^_^;
チタン建築への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
チタン、確かに軽くて頑丈そうなので構造体の骨格には良さそうとは思うものの、おっしゃるように、精錬コストが高そうですよね。そのコストを抑える技術を開発しつつ、別素材の開発の道も探っていくべきではないでしょうか。
やっぱり骨格は金属に敵うものはないのでしょうか? 既存の強化プラスチックではお話にならないのかもしれませんが、それをはるかに超える強度と剛性を兼ね備えたプラスチックというか合成素材がより安価にできたりしないのかな、と妄想しました。ヒューマノイドの骨格に使えるくらいの素材なら開発可能だったりしませんかね。
これからの時代、作るまえに壊すときのことも考えねばならないでしょう。リサイクル・リユースに好都合な素材でないとダメですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
チタンが素材として優れているのは、昔から分かっていたんですが、鉄ほどに使われなかったのはコストとエネルギーの問題です。だからその二つが解決できれば使わない手はないのです。新素材ももちろんいいんですが、炭素というか石油由来だと加水分解が付いて回ります。耐熱性も金属素材には遥かに適わないでしょう。現在の鉄に比べれば軽量という利点もありますが、チタンはそこも凄いですからね。かなり科学の進展がなければ超えるのは難しいんじゃないでしょうか?
しかしながら現在の鉄筋コンクリートの鉄筋に、チタンが置き換わるかと言えばそれは無理です。熱膨張率が低いからです。その点最近実用化されている強化プラスチックは膨張率をコントロールできるみたいですね。コンクリートでカバーされている分加水分解はしにくそうですが、耐火性という点では不安もあります。どのみち私は現代コンクリートには懐疑的なので(鉄筋のないローマンコンクリートは別です)、未来の建築はコンクリートベースではないと思っています。
ヒューマノイドの外装は交換可能という前提で、炭素繊維や強化プラスチックも使われると思います。チタンが安くなるより早く、ヒューマノイドの実用化の方が先行するからです。でもチタンが安くなったら今のところやはり置き換わるでしょうね。
大寒波に思うへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
大局的に見れば、極端な気候も災害も、変化に富んでいて飽きないね、と思うのですが、実際その中に身を置いてみると、のんびりしたことも言いづらいですね。その問題だけに向かっていればいいのなら余裕をもっていられるかもしれませんが、例えば子育てしていたり、病人の介護をしていたり、戦争をしていたり、というときにさらに厳冬に襲われたり津波や地震が襲来したりしたら、ううむ、やっぱりいっぱいいっぱいになりそうです。
でもきっと、みんながみんな、いっぱいいっぱいになるわけではなく、大忙しで死にそうな人がたくさんいる中でも冷静さを失わない人とか、遊んでいられる人がいて、技術の進歩に繋がっていくのかもしれません。多様性、大事、と思ったのでした。
作者からの返信
佐藤様>こちらもコメントありがとうございます^_^
当事者の立場になってみれば、天災なんか来てほしくないですよね。
寒いのが苦手な人は冬なんか来てほしくないだろうし、暑いのが嫌な人も夏は勘弁してほしいでしょう。そこは多様性ということで、何とかしていくしかないですが、震災となるとまた話は別です。避けられるものなら避けたいというのが人間です。でも避けられません。それが自然の一部だからです。そうして人間もまた自然の一部です。
だから諸行無常感と自然崇拝志向が日本人には強いんだと思います。私もそれに近いですね。でもどうせ避けられないなら楽しむしかないです^_^
縄文的思考への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
終わってしまったもの、滅んでしまったものは、決定的な弱点があるのだと思っています。縄文文化が終わってしまった経緯をより丁寧に調べることで、その根本的な弱点が分かるのかもしれませんね。弱点があるからと言って劣っているというわけではなく、おっしゃるとおり、今こそ見習うべき思想があるのかもしれません。学ぶところや取り入れるべきところを抽出しつつ、弱点を把握して回避するようにすれば、近未来に導入可能なのかもしれませんね。
作者からの返信
佐藤様>こんばんは、コメントありがとうございます。
縄文時代は人間同士の争いがなかったので、対人用の兵器や防具の類がなかったわけです。大陸から人殺しの道具を持った人々が流れ込んで来て、ガチンコでやりあったら南アメリカを見るまでもなく、あっという間にやられちゃったでしょうね。
しかし急に縄文から弥生になったわけではなく、長らくは併存していて、やがては主流が弥生に移っていったと思っています。なので縄文をベースとした思想も、日本人の根底には残っているような気がします。
プラナリアへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
プラナリアの実験について知らないので、的外れな考えかもしれませんが……
記憶がこれまでの履歴だと考えると、内臓にも記憶があってしかりという気がしました。それらすべて(じゃないでしょうね、あらかた)の履歴をまとめ上げたものがいわゆる『記憶』として認識されている、というようなイメージを持ちました。
同一の記憶クラウドという考え方自体は、ありかなと思いました。それが遺伝子のように生物の内部にあるか外部にあるかはよくわからないのですが。
作者からの返信
佐藤様>体全体で記憶しているというのは、以前から言われている部分も有りますよね。腸なんかは第二の脳なんて言われてますし……。体全体がハードディスクで、脳は単なるCPUかもしれません。
そうしてネットで繋がれば、HDD同士も補完してシステムが拡大していきます。行くというか元々そうであって、それを理解しつつあるのかもしれないなと思います。
さらに考えを広げて、地球の生物だけではなく、宇宙のなかに存在する生命体としての記憶も、一つの塊のような存在だとすると……SFが書けそうです^_^
ホップ・ステップ・ジャンプへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
これを読み、十三岡さまは本当に経験を次の行動につなげていける方なのだなあと感心しきりです。
苦しい、辛いという不満を感じるのが悪いのではなく、感じることも大事です。きちんとそれを感じたうえで、対処法を求めて動くことが大事なんでしょうね。ちょっとだけ反省です。
作者からの返信
佐藤様>こちらもコメントありがとうございます。
誰かの歌じゃないですけど、学習する限りはいつでも明日の自分が最高です。怖いもの見たさってありますよね。賞味期限切れの食品とか、捨ててしまえばそれで安心だし、問題も起こりません。そこをあえてチャレンジするところにロマンを感じます^^。苦しいとか辛いは負の感情かもしれませんが、人生にはプラスですよね。
ジャネーじゃねぇの法則への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
小説を書いているといろんな気持ちになり切らなきゃいけなくて、調べつつ、記憶を手繰り寄せつつ、想像力も働かせて、頭の普段使わないところを高速回転させているような感じがします。こういうの、頭の体操になって良いんでしょうね。
子供のころの感覚をしっかりと思い出すことは難しいです。平日、学校から帰って数時間しかない時間で、昼寝して(これは重要でした^^;)、ピアノの練習をして、宿題をしてって、時間がよくまあ足りてたなあと不思議で仕方がありません。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
しかも子供の頃って、夜は早く寝てましたよね。たぶん起きている間は物凄い回転数だったんでしょうね。
最近思うのは、趣味のない高齢者が多いことです。テレビなどは一方通行なので、ボケ防止には弱いと思います。皆さん小説を書いたらいいんじゃないかと本当に思います。
ミステリーというアガペーへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。足の痛みはいかがですか?
たしか映画はいろいろご覧になっていましたね。他ジャンルは楽しめるけれど、ミステリーはいまいち、という感じなのでしょうか?
私は映画を見ないのでミステリー映画については何も言えませんが、ミステリー小説に同じようなことを感じます。最近の小説の殺人動機とトリックには、首をひねるものが多いです。もちろん、娯楽として描かれているのだから現実離れしたところやちょっとした矛盾や破綻をあげつらうのは大人げないと思うのですが、それにしても程度はあるんじゃないかと。
だけど、その「程度」って、結局揺れ動くんですよね。それに、どこに重きを置くかは人それぞれなのかもしれません。これくらいひどいリアリティ不足でも雰囲気が楽しければオッケー、そう言う楽しみ方をする人が大半なのかもねと考えています。
最近はあらばかりが目についちゃって、こういうのが「大人」になるってことなのかなあ、なんてさみしくなってます(^^;)
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
大人になってしまったんですかね……元から荒唐無稽が前提の話ならいいんですけどね。007シリーズとかにリアリティを求める人はいないと思います。しかしながら日常を舞台とするからには、それなりに理屈が通っていないと、色々と気になってしまって没頭できなくなります。
きっと内容的には昔から変わらないでしょうから、受け手である自分が変わったと言われればその通りなのでしょう。
小説はまだ自分の中で勝手に補完できるから、ましのような気がします。具体的に映像に落とし込むと、色々な事が確定してしまっているので、矛盾も自分の中で擁護しようがなくなります。
エンターテイメントなんだから、そんな事は気にせず楽しめばいいんだと思います。でもそれを書くとなると……自分で納得できていないものを果たして書いていいのかなと……。ミステリーって公募の中ではかなりメジャーな分野ですよね。みなさんそこはうまく折り合いをつけているんでしょうけどね。
あ、足の方は普段の半分の速度で歩けるぐらいには回復しました。力をいれるとまだ痛いですね。尿酸の力、大したものです。
編集済
急がば回れへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ヒューマノイドの積極的な導入について、やっぱり気になるのはコストですね。働き手としての人間をひとりつくりあげるのだって、たしかに相当なコストがかかります。いまだと、すべて公立の学校で高校まで卒業させると、どのくらいかかるのでしょう。ざっと調べると、2000万円くらいでしょうか? 融通性や脆弱性を考慮し、ヒューマノイドは一体200万円未満でできてほしいかなと感じます。乗用車を購入するようなノリでヒューマノイドの購入。どれくらい現実的なのでしょうね。ちょっと楽しいです。
追記) 養育費と教育費を合わせて2000万円だそうですよ。すべて私立だと、その三倍はかかるそうですが。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます^^
今年から量産販売される、アメリカのオプティマス200~300万円なので自動車と同じぐらいですね。ただ、中国製だとすでに50万円を切っているみたいなので(これは大きく国から補助金が出ているようです)、ほかの工業製品と一緒で中国製が主流になりそうで怖いです。日本も頑張ってほしいですね。
人間は学費だけではなくて、食費も衣料費もその他コストを考えれば、労働力にするまでに、5000万円くらいはかかっているんじゃないでしょうか?
スマホもそうでしたが、一旦普及期に入ると異常なまでの技術開発が繰り返されて、低コスト化が進むと思います。
痛風3への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
人間万事塞翁が馬は私も好きな考え方です。なるようになる、なるようにしかならない(そりゃそうだ)のであり、それをどうとらえるかで起きたことの意味も変わって来るって感じですね。
猛烈な痛みに不幸を感じるばかりだと、それで終わっていたのでしょうが、そこにも「新規な出来事を楽しむ心」があったからこそ「そうして最後に私が弱ってしまったせいで、今まで何もしようとしなかった母が動き出しました」のありがたみをきちんと感じ取れたのではないでしょうか。自発性を引き出せたというのは、大きなことだと思いますね。
あとは痛風の症状が落ち着きますように。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは、コメントありがとうございます^^
明日成田空港まで辿り着けるかが不安でしたが、なんとか歩けるくらいには回復しています。しかし靴が履けるかは微妙です。片足はサンダルになりそうな気もします。
この場合搭乗順は最初の案内で入るべきかどうかを迷います。いち早く乗りたいとかではなくて、後ろを詰まらせたら嫌だなという事なんですけどね。
同じ人生なら、幸も不幸も楽しまなきゃ損ですよね^^。最も楽しんでしまうと不幸というものが、そもそも存在しなくなってしまいますが……
通風2への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
うーむ、眠るのにも支障が出て、靴なんて履けない、というのはかなり辛そうです。関節が痛くなるのは痛風以外にもあるでしょうから、なんとか福岡にお戻りになるまでは耐えて、速やかに受診なさってくださいね。
痛風の可能性が高いのなら、とりあえず水を十分に取ることでしょうか。
両足とも土踏まずと逆に体重をかけると、体全体としてはバランス取れているように見えても、片足ずつのバランスは両足ともずれていることになりますよ。膝や足首に負荷がかかります、たしか。O脚とかX脚とかと同じですね。そんなことで体を崩してもバカバカしいので、あまりご無理をなさらないようにしてください。
お大事に!
作者からの返信
佐藤様>ご心配をおかけしております。
水は飲みまくりまして、現在は痛くて眠れないという程でもないです。ただ靴を履くのはまだやばいですね。今、福岡までどうやって帰ろうか思案中です。使い捨てのサンダルでも買うかなという感じです。
変な動きとか姿勢をとるので、訳の分からないところが痛くなります。今日は左脇のあばらの中央当たりの筋肉がつりました。ちょっと面白いです^^
痛風への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ええと、痛風2(あ、ちゃうわ、通風2……?)で進展が語られるのでしょうが、病院できちんと確認しないと、痛風かどうかまだわかりませんよ! 痛いのは嫌ですね。ひとまず、症状が落ち着いてくれるといいですね。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます。
ホントですね。痛風ではなく通風になってますね。まだ漢字変換が通風優先ですね。いい事です。面白いからこのままにしておきます。
症状の変遷から見て多分痛風で間違いなさそうです。いやですねー。筋肉痛とか腹痛など、体の不調で後ろに『痛』がつくのは普通ですが、『痛』から始まる病気なんて他になんかありましたかね^^;。
博多時間への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
時間を守る集団・守らない集団のそもそもの成因はわかりませんが、緻密な公共交通機関網を維持するには、時間厳守しないとダメでしょうね。その点、徒歩・自転車・車など、個人で動くのが主の社会は、自分の都合で遅れることも意に介さなくなりそうです。
私は友達がいないので待ち合わせの機会はごく限られますが、三十分程度は早めに目的地に到着する派ですね。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます。
すいません、嘘つきました。福岡だと二十分前集合ですが、東京時代は30分前が常でした。
時間というのは(と言うか時刻)、人間が社会というものを作り上げるために生み出した約束事ですよね。
せっかく作ったんだから守りたいなと思います^_^
遅延2への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
案ずるより産むがやすし、終電に間に合ったようで、何よりでした。
携帯電話。たしか大学院生のころ、四年生がみんな持っていて、世代ギャップを感じたことがありました。あれが2000年ちょい前でしたから三十年近く前のことですね。三十年って大きいのですね。
スマホはPCよりもさらにブラックボックス化が進んでいるような気がします。まあ、当然なのですけれど。でも昭和の人間としては、ブラックボックスはどうしても気持ち悪いんですよね。
作者からの返信
佐藤様>こちらもコメントありがとうございます^^。
結局終電に間に合ってよかったような残念な様な複雑な心境です。しかし今現在生まれて初めての痛風発作で、まともに歩くことも出来ないので、やはり若いつもりでそんなチャレンジをしたら駄目だろうなと感じています。
2000年前だと、私は携帯なんて持ってなかったですね。それでも何とかなってました。今思うと、どうして何とかなっていたのかが不思議です。
個人情報云々に最近うるさい世の中ですが、どこをみても情報駄々洩れなので、結局は人様に知られて恥ずかしいことが無い様に生きるしかないのかなと思っています^^。
遅延への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。今年もよろしくお願いいたします。
航空機遅延のエピソードを大分空港で読んでいます。今日は一月一日なのに、大分空港にしては目を見張るほど混雑しています。ここ数年、一月一日に関東に戻っているのですが、今までの中で一番混雑している感じですね。
さて、七十分遅れはかなりのものですね。成田はLCC利用した時に前夜から一晩坐って過ごしましたが、結構きつかったです。飲み物は普通に自販機で買えますからね。あと、24時間開いてるコンビニ?があったはずです。って、今ごろ書いても仕方ないですけれど(^^;)
あ、「遅延2」があるのですね。きっとここで顛末が読めるのでしょうね。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます^^。
若い頃はバックパッカーやってましたし、飲料もあって空調もされているような場所であれば、野宿はそれほど問題無いような気はしています。ただ、できれば寝心地のいい所で寝たいし、若くも無いですからね……。
しかし1月1日のフライトに乗るとは凄いですね。三が日は動く意欲が沸きません^^;。
2025年総括への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ついに2025年も今日をいれてあとふつかとなりました。総括にあれこれ言うのも野暮なのでそれはそれで置いておいて、今年もお世話になりました。こうやって物書きさんたちと交流するのはたのしいですね。新たな気づきがたくさんありました。
それにしても執筆速度が速いですよね。本当にうらやましいことです。ツイッターを始めたのもカクヨムを始めたのも、言葉をさっと綴るトレーニングが目的のひとつだったのですが、ちっとも向上していません。一昨日、高校生の頃の国語の答案が出てきて、百字以内で要約しろという問題になんだかもっともらしいことを上手にまとめていました。ああ、能力はむしろ低下しているのだろうかとぞっとさせられました(^^;) 実際はわかりませんけどね。
介護の問題はしばらく試行錯誤と新たな発見の連続でしょうね。体の不調も、ある意味そうかもしれません。心身共に無理しすぎないよう付き合っていってください。
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます。
私もこうして佐藤さんとやり取りできるようになったのは、ものを書き始めたからこその収穫でした。まわりのひとは私の書いたものを全然読んでくれません^^;。
書くのは早いだけで、完成度がいまいちなのでそこは反省しているんですが、性格的に書いたらすぐに外に出したいと思ってしまうんですよね。佐藤さんの書いているものは完成度が高いので、比較されるとお恥ずかしい限りです。
でも公募なんかは誤字脱字や、おかしなところがあったとしても、芯の部分を評価して、結局書籍化などの場合は編集者の方と共同作業で作り上げていくのかなと思っているので(建築コンペなんかはそんな感じです)、来年も性懲りもなくチャレンジしていこうと思っています。
来年もよろしくお願いいたします。公募で佐藤さんのお名前を拝見することも楽しみにしております^^。
カクヨムコン11短編部門お題『卵』への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
この幼なじみ設定というのは私には謎なんですよね。そんなに特別なものなのでしょうか? 実際そう言うご経験ってあります? 男女取り換え譚にはある日突然入れ替わってしまった設定以外に、『とりかへばや物語』のように、もともと男女が入れ替わって生活していたというものもありますね。あれを元に舌氷室冴子さんの『ザ・チェンジ』が好きでした。平安時代から、みんな大好き男女入れ替え、だったようですね。それだけ当時から男女の区別に疑問を持つ人がいたということかもしれません。
自分の創り出すものが見聞きしてきたものの積み重ねというか組み合わせというかになってるのは、そう言うものでしょう。どんな突飛に思えるアイデアも分解して見分すればその人の経験のどれかに当てはまるものだと思います。それでも今でも珍奇なものは生み出されているのだから、組み合わせって凄い!ですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
幼馴染はいましたが、小学校高学年ぐらいになるともう疎遠でしたね。少年漫画だと、さえない男の子が学校のマドンナ的女性と幼馴染、少女漫画だと逆というパターンが多いと思います。どう見ても現状では釣り合わない二人が、幼馴染という本人には関係ない点で強く接近しているというのが、物語としては多くの人の願望に適っているのではないでしょうか?
ひところ読み漁っていた田口ランディさんですが、自身で言ったか誰かが評論したかは忘れましたが、物書きは基本編集者みたいなもんだなというのがありました。でもあまりにもわかりやすい継ぎ接ぎを、自分の作品とするのはどうなんでしょうね^^;。
味噌汁への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
日本人の子供の体格って、五十年程度でかなり大きく変わっていませんか? 実際、小学校の身体測定の統計でもそれが現れていたような。進化と言えるものではなく、ポテンシャルとしてもともとあったものが高栄養条件により発現しただけなのでしょうけれど。
微生物叢はころころ変わるでしょうから、その時々で食べたいと思うものが変わってくるのかもしれませんね。九州を離れてしばらくたつと、家の麦みそが臭くて食べられなくなりました(^^;) もう食べることもありませんが。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
確かに摂取カロリーが高く、安定することで体は大きく成長するようになったのかもしれませんが、生物としての進化……もしかすると腸内細菌の構成なんかも追いついていないように思います。結果アレルギーなんかが増えているのではないでしょうか?
柔らかいものか多くなって、咀嚼回数が減ったことも、何かしらの悪影響は及ばしているような気はします。
ただ総じて健康寿命も延びているようですから、良いとも悪いとも言い切れないですね。
麦味噌苦手ですか?大分だとまた福岡とはちょっと違うんですかね? それは是非食べてみたいものです^_^
サウナでの事故を受けてへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
パニックになると、なぜこの程度のことができなかったのか、という状況で亡くなっていることがあると聞いたことがあります。具体例を挙げられなくて申し訳ないですが。
サウナ石をタオルで巻いてガラスを割ろうとしていたのはまだ冷静だったのでしょう。ただ、点加重でなければ割れないというのは、例えば乗用車のガラスを実際にガラス割り工具で割ってみたりしていないと思いつかないことじゃないかと思います。私は教えてもらっていてもとっさにはできない自信があります(^^;)
ラッチ部分は何度も体当たりすれば壊れる、も、まず素人だと思いつかないんじゃないでしょうか。もっと大々的に広めていてもいい気がします。
作者からの返信
佐藤様>こんばんは。コメントありがとうございます。
でもこれで佐藤さんは同じ状況になった時に、生き残る確率が上がりましたね^_^。
人間が蓄積してきた知識や文化って、そういうものじゃないですかね。もちろん何でもかんでも、知識として身につけるのは不可能ですが、広くアンテナを張って、好奇心に正直に色々なものを学び取ることは、生存の確率を高めると思います。
AIが確実に入り込んできている話への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
現場からの報告、しかと受け取りました。報告が事実を色づけなく述べてくださっているのに、良いだの悪いだのこうすべきだの議論するのは野暮なので、止めておきましょう。
物作りには、なのか、物作りにも、なのか、かなりAIは自然な形で浸透してきているのですね。こちらとある研究機関ですが、AIが身近になりつつあります。業者や事務方とのやり取り文書の作成、論文の英文作成に活用しているのは聞いていましたが、研究内容の背景を網羅的に調べさせることもやり始めた模様。ただ、それ、法人の有償版であろうと、かなり嘘を教えてくるのですよね。当たり前のように文献を捏造してきます。スリリングです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
コンセプトの文章などでも、アンバランスな言葉が出てくるのです。構造設計の人間でなければ使わないような単語が出てきて、これはどういうものなのかと学生さんに聞くと、堂々と分かりませんと答えたりします。AIを使うなとは言いませんが、せめて自分で書く言葉の意味くらいは調べてほしいものです。
そうして佐藤さんのおっしゃる通り、AIの発言には嘘が多いです。先日も山口県にはクマがいないと思われるので、福岡に来る可能性はないといわれたんですが、最近山口でも目撃情報が多発しているようで、まんまと騙されました。
結局自分でも調べて裏取りしないと、人に話せません。しかしググっているとジェミニがまた横から口をはさんできます^^;。
夢を見るへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
介護が意識下でストレスになっているというのはありそうですね。気にしていないつもりでも、生活リズムが変われば体にそのような刺激が伝わるでしょうし、身近な人間やかつて暮らした場所の大きな変化を意識することも、やはり強い刺激になるんじゃないでしょうか。それが夢の消去を阻害するようになったというのはありえそうです。
小説のネタに使えそうなネタが落ちてくると、これは儲けものですね。かつて、夢をこまめに記録しようとか、明晰夢を見て遊ぼうとか、いろいろやりましたが、最近やってないなあ。
夢の記憶について、何か研究結果はないのかと思ったら、末尾に示す研究例が出てきました。でもこれ、現実の記憶の定着に関するお話でした。夢の記憶に関する研究じゃなかったです。アブストでは、
> 私たちの睡眠リズムは、浅い眠りであるレム睡眠を起床前に繰り返すのが一般的ですが、今回明らかになったレム睡眠中に活動するMCH神経は、目覚める直前の夢の内容をすぐに忘れさせる一因として働いていると考えられます
なんて書いてますけれど、実験内容を見ると、そんな結論には結びつけられないんじゃないか、と。
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/research/pdf/Sci_190920.pdf
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
きっと無意識のうちに、生活や状況の変化がストレスになっているのでしょう。
変化と刺激は創作の源ですよね。プラスに考えようかと思います。
論文の方拝見しましたが、そもそも記憶とされる新奇物体認識試験の、新たな記憶の刷り込み方がよく分かりませんでした。夢の記憶の事を言うのであれば睡眠中に人工的に記憶を流し込まないといけませんよね? そんな技術は無いはずです。活動時の記憶の消去に繋がっているという結論なら分かります。
昔試験前は、暗記してから寝るようにしていましたが、記憶の定着を強化つもりでしたが、逆効果だったのかもしれないわけですね。
みごろ!たべごろ!笑いごろ!への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
おかしいなあ、中年なのにこれは知らないです。不条理な面白さを紐解いていくのは面白いですね。紐解けないから不条理なのだと言われたらそれまでですが、でもやっぱり面白い!と思えるものには何かの理由があってそこからさまざまに枝葉が伸びて訳が分からなくなってるようなイメージです。小説もそうですよね。単純な中心をいかに巧みに隠すかが大事なのかな、と思ったり。
AIといえば、最近カクヨムでいろんな方が自作の評価にAIを使ってみようという読み物を発表されていますね。それを利用して評価させてみると面白くって。自分が無意識に散りばめたトピックスをつなぎ合わせて、思いもよらぬ、でも説得力のある解釈を打ち出してくれます。うまいなあ、かなわないなあと感心する反面、この解釈はどれほど人間の「ふつう」の感じ方を反映しているのだろうかともやもやしたりもしました。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
調べてみてびっくりです。『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』は福岡、熊本、鹿児島、宮崎、沖縄ではやってましたが、大分、佐賀、長崎ではやっていなかったんですね^^;。という事は電線マン音頭も知らなかったという事ですね。まさかという感じです。ドリフの8時だよ全員集合をやっていなかったくらいの衝撃です^^;。
AIは最近何かと相談にのってもらうことも多いですが、得意分野と不得意分野の落差が激しい感じですね。感情がないので、本当の意味での解釈もできないような気がします。『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』は面白いという風にインプットしてあっても、どう面白いのかは解釈できないでしょうね。
でも多分数年後には自我も持つし、感情も芽生えるような気がしているんですよね……。
コンセプトシェアホームの提案への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
他人に介護されるのを嫌がる、老人ホームに行くのを嫌がるのはよく聞く話で、よく問題にもなっていますね。その状況を改善するために多角的に策を講じる必要があると思います。昨日読んだ情報では、元気なうちから各種サービスを敢えて取り入れることで抵抗感を減らすというアイデアがありました。どんな素晴らしいものがあっても、一旦手を出すまでは激しく拒絶してしまうことってよくあると思います。精神的な垣根を取り払う、という面からのアプローチですね。
それに、もっと本質的な策として、十三岡様のおっしゃる目的を作ることも効果的なのでしょう。今の老人ホームの娯楽は、あまり楽しそうとは思えません(自分が見た限りでは)。ホームによっては、大学の社会人講座レベルの学びを提供するところもあるそうですが、それを楽しめる人とまったく興味を示さない人とにわかれそうです。コンセプトシェアホームのように、ある程度似た趣味の人を募るというやり方にすれば、提供するサービスのマッチングはより簡単になりそうですね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
現在でも各施設は、利用者が楽しめるように様々な行事をしているようです。ただ好みというのは人それぞれですよね。なにかそういうのには、日本の学校教育で、様々な行事に強制参加させられたことを思い出します。
コンセプトシェアホームいいアイデアだと思いませんか? そういった施設の関係者と話す機会があれば、どんどん提案していこうかと思います。でも自分だったらどんな趣向のところを選ぶんでしょうね。建築ではない気がします。山登りは実際に登る体力があるうちはいいですね。小説を書く仲間でもいいですね。アイデアを交換したり、お互いに読みあったり……。絵を描いてもいいし麻雀もいいです。
自分とそれ以外への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
例えば腰から上がふたり、腰から下はひとりの結合双生児の場合、足は自分のものという意識があるのか、相手方の腕や胸は他人のものという感覚しかないのか、そもそも自我と相手の意識は混濁したりしないのかとか、気になりますね。結合双生児の感情が共鳴するというのは、フィクションだったかなあ。でも、自分と異なる思考体と体の感覚を共有しているという状況は、自他の認識に大きな影響を与えそうです。
体内に寄生する他人と言えば胎児がいますが、もしかして母親はあれを他ではなく自己の一部として受け止めているのでしょうか? でなきゃ精神的にかなりきついような気がするんですよね、例えばすごく大きな寄生虫がおなかの中にいて、ときどきぐるりと動くとか、気持ち悪くて耐え難い気がします。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
なんとなく心とか思考というのは、脳にあるような気がしていましたが、最近の研究では体全体でものを考えている事が分かってきました。特に腸なんかは第二の脳なんて呼ばれてます。
脳が全てであれば、それさえ別々であれば別の存在だという結論でシンプルなんですが、そうでないとなると更に難しいです。双生児は結合していなくても感覚が共有されたりするそうなので、かなり混濁してるんじゃないでしょうか?
女性の場合胎児はどう感じてるんでしょうね? 場合によっては子宮内で吸収することもあるんだから、一部と言えば一部のような気もします。でも食べたものも吸収されますからね……。
人類の進化と創作能力への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
「生物的な観点から見ると、人類の進化は30万年前からほぼ止まっている」とはどういうことでしょうか? 遺伝子の変異は常に確率的に生じると思うので、昔も今も同じように起きているでしょう。でもその変異がすべて有利な発現に繋がるとは限らず、生存に不利なものは変異が起きても淘汰され、有利な発現をする遺伝子型だけが残っていくと。現在はその有利な遺伝子型がほぼ出尽くして、変異は変わらず起きているものの新たな表現型が出現することはまれになっている、そういうことでしょうか?
知識の蓄積が思考に与える影響がとてつもなく大きいということだろうかと思いました。ある一定の知識蓄積レベルを突破すると、そこから爆発的に思考レベルが上昇する、そんなイメージがあります。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
そういうことのようです。突然変異は常に起こっていますが、それが生存に適したものでなければ、その因子を持つ個体数は増えません。つまり30万年前には人類の頭脳は完成してしまっていた(今を完成形とすればですが)ということです。能力としてはそれ以上は必要がなかったということですね。
CPUは一緒でも、OSやアプリは進化するのでしょう。但し演算速度は一緒です。しかしながら超高仕様なOSに対応するには、CPU性能も上がる必要が出てくるでしょうね。人類のOSは、まだそのレベルまで達していないのでしょう。
愛の見分け方への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
うーん、どうなんでしょうか。子供や親の成功を素直に喜べる人は、自分と一体視している可能性がありますよ。自己愛になっちゃいますね。
> 恋人や夫婦の間にもある……ような気がする。
これ、奥さまがご覧になったら……(^^;)
作者からの返信
佐藤様>おはようごじます。コメントありがとうございます^^。
この話の元ネタはドラマ『義母と娘のブルース』です。
綾瀬はるか演じる母親が、上白石萌歌演じる娘に、あなたを娘にしたのは愛ではなくて、子供が成長したり成功したりする喜びを味わいたいという、利己的な理由だと言うんですが、それに対しての娘が「馬鹿だなお母さん。それを愛っていうんだよ」って返すんです。これには泣けました^^。
嫁は私の書くものには一切興味が無くて、一切読みません^^;。
東京地獄への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ラーメンが食べたいと言われても、車椅子の方を安全に連れていけるお店がない、という言葉に愕然とします。そうか、東京都心部では、飲食店はどうしてもそうなってしまうのですね。場所が足りず、人がひしめきすぎて、バリアフリーもへったくれもないと。
東京は高度な技術やサービスが集結していて、いざという時には国内のどの地域よりも有利だなんて思っていましたが、それには技術やサービスが提供されている場につなげてくれる強力なサポーターが不可欠で、現実的には他地域よりも不自由を強いられる場合が多そうですね。
「このコミュニティが壊れてしまった時、そこには地獄だけが残るような気がしました」この言葉がもはや間近に迫っているようで、ぞっとします。下町育ちならば、コミュニティへの愛着も強いでしょう。それが完膚なきまでに崩壊していく様子は、見ていられませんね。普段のお住まいが福岡なのは、そう言う意味ではまだよかったのかもしれません。ご両親にとってはかなり辛いことでしょう。
「例えば電車が止まった時のホームとの空きです」こういう、ささいな不自由の蓄積が重くのしかかってくるのですよね。うちの母は四肢の不随意運動が強く出ていたのですが、杖や歩行器を使うと、コップやお皿、あるいはそれを載せたお盆を両手でしっかり支えることができません。結果、準備と後片付けが必要な食事は相当苦労することになりました。配食を利用しても、容器を洗ったり、玄関に運んだり、細かな移動が必要ですからね。それが満足にできなければ、食べること自体、もういいや、となりかねません。バリアフリーや介護用品類は、満足が行く最低限レベルからまだ遠いなと感じました。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
東京への一極集中は、高度成長期には有利な点も多々あったと思います。しかし現在は度が過ぎていると感じます。都市規模としては福岡ぐらいが、人の暮らしには丁度いいと思って移住しました。私は道州制に賛成していて、州都が現在の福岡+αぐらいな感じになるといいような気がします。他国で言うとドイツが近いでしょうか。
人口減少と高齢化で、これから大きく社会構造が変化していくと思いますが、日本はそれについていけるだけの変化する仕組みがないなと感じます。今までなんとかなってきたからなんでしょうね。
嘆いてばかりでもいけません。細かい声の集積については、安野氏のチームみらいが提唱するブロードリスニングに注目しています(広く大勢の声を集めてAIに解析させる仕組みで)。首都機能分散についても最近ようやくまた話題に上がるようになってきました。生活の場を変えることを、実践している人も増えてきたと思います。
編集済
銀座ソニーパークへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ああ、これは先日の近況ノートのお写真にあった建造物ですね。へえ、あれにゲーム機の展示があるのですか。でも基本は公園ということなんですね。半屋外の階段って、私は無理かもです (^^;)
建築に限ったことではありませんが、芸術作品って、事前勉強と現地解説のありなしで、楽しみ方ががらりと変わりますね。かつてはその場で自分の心で感じようなんて思ってましたが、自分の心って、結局はそれまでの外部刺激の蓄積みたいなもの。専門家の解説をじっくり聞きながら作品を楽しむことで、より高密度な鑑賞もできるかもと思うようになりました。
> それでいて現場では特に嫌がられる、ピン角と言う納まりになっている。コンクリートの角がとんがっているのだ。
こういうところ。教えてもらわなければ、簡単には気づけませんからね。そこに住むのならまだしも、鑑賞だとどうしても見る時間はごく短くなるので、すべてを自力で感じ発見するのは困難です。
追記) 屋外の階段が怖いのはしばしば緑色になっているからです^^;
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
その時はイベントでゲーム機が置かれていましたが、常設で展示されているのは地下だけですね。本当に豪気です。
芸術鑑賞は見て感じるというのは大切ですが、私も背景を学ぶことでより多く楽しめるなと思っています。それは芸術に限らず、史跡や自然の風景でも同じだと思っています。
半屋外の階段というのは、スケルトン階段を想像されているかもしれませんが、全然怖くないですよ。上部に壁が無い部分があったり屋根が無かったりするだけです。一度行かれることをお勧めします。また、今回は行きませんでしたが、内藤廣氏設計の紀尾井清堂も凄いですよ。こちらは完全に用途のない建築です。建築は何かしらの用途があって設計するものですが、それが全くないっていうのは衝撃です^^;。
アキバへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
自分が変わり、街も変わってしまったとなると、あまり引き寄せられなくなったのはどちらが主因かわかりませんね。面白みを感じなくなるものや場所が出てくると同時に、魅力に気づけるようになったものや場所ができるのだから、それはそれでよいのかもしれません。楽しくてたまらないというものがどんどん増えていっても、自分の時間は増えませんからね(^^;)
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
山やキャンプもそうなんですが、寺社や史跡にこんなに興味を持つようになるとは思いませんでした。逆に最近の建築には興味が薄れつつあります。仕事がらそれはまずいなとは思います。
秋葉原は響かない人には、全く響かない場所だとは昔から思ってましたが、今や自分がそっちに行ってしまった感じです。メイドカフェとか、同人誌の販売など、そっち方面が好きな人には、たまらない感じなんでしょうけどね^_^;
乗れてしまったへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
私も汽車電車は大好きです。窓からの眺めは重要ですね。飛行機も機内の様子を観察する楽しみがないとは言いませんが、それより車窓を眺めるほうがはるかに楽しいです。でも成田からの移動は基本バスですね。バスも楽しいですが、楽しさの質は、これまた電車とは異なる気がします。
ところで、「完全な鈍行ではない」って、関東にいた頃から鈍行って言っていました? こっちの人たちは言わない気がしていたので、ちょっと驚きました。
各停ののんびり旅は好きですが、でも、快速に乗れちゃうと、それはそれで別の喜びがあったりするのですよね。
ちなみに私の中では、「鈍行」と対になるのは「特急(有料列車の)」で、「普通」と対になるのが「快速」あるいは「快特」です。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
大分空港乗り入れのLCCとなるとジェットスターですかね?関東も西側に住んでいると羽田の方が便がいいような気がしますが、やはり成田発着が安いんでしょうね。バス移動は一般道を走っている時は楽しいですが、高速だともうひとつ風景が楽しめないような気がします。
鈍行は関東でも言うと思います。世代でしょうね^^;。東京圏だと(西鉄もそうですが)JR以外の私鉄は特急料金は無料という印象が強いですね。私はJRを使う事が多かったので、快速はお金のかからない特急という印象です。
今回の東京往復は、行きも帰りも飛行機のシートは真ん中でした。景色も見にくいし、降りる時も待たないといけないしでいい事なしです。
雑記への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
> 総じて頭を使い続けている人は、ボケにくいという印象がある。
「総じて」と言っているところに水を差すのもなんですが、院の恩師が晩年(と言っても七十代です)アルツハイマーを発症しました。この分野では世界的に有名な研究者で、学問も運動も趣味も、すべてにおいて全力投球のアグレッシブな方でした。なので弟子たちには衝撃的でした。先生をいたましく思うと同時に、こりゃ、どう生きても認知症(アルツハイマー)リスクから逃れきることはできず、結局はくじ引きなんだろうな、と暗い気持ちになったものです。
だからと言って運動もせず頭も使わずだと、脳血管性認知症を引き起こしそうです。建設的な考えとしては、認知症になったって楽しめるような生き方もあらかじめ準備しておくということでしょうか。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^
もちろんアルツハイマー病には遺伝的要因もありますから、頭を使ったところでリスクはゼロにはできないでしょう。しかしながら発症確率は下げられると思います。
ただ、過度に酷使している場合、睡眠不足や運動不足、偏った食事などは発症リスクを高めることも言われていますので、学者肌の人は要注意とも言えます。何事もほどほどが一番という事ですね。偉大な建築家は皆総じて遊び人です(ガウディは真面目君でしたがボケる前に事故死しました)。私もバルザックの様に創作に没頭しようとは思っていません^^。
トイレットクロスへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
あら、オチがついてますね。ここでオチを付けられたら突っ込めないじゃないですか(^^;)
イメージですね、イメージ。洗浄した後の肛門付近と手の不潔度をきちんと分析し比較してもらいましょう。あまり変わらないという結論に至れば、それを喧伝し続けているうちに、肛門に対する不潔なイメージが薄れ、ハンカチでお尻を拭くようなことも抵抗がなくなるかもしれません?
あと、洗っているところが見えないじゃないですか? やみくもに(たとえきちんと洗浄できるよう巧みに設計されていても)洗われ、確認ができないのなら、やっぱり不安は残ります。それを払拭するには、ウォッシュレットにカメラを搭載しないといけませんね(^^;)
でも、最近ではタオルで顔を拭くのでさえ肌トラブルの原因だから、やめて、ペーパータオルしましょうという流れがあるくらいですよ。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
雑菌数で言えば水で洗浄したおしりの方が、多分電車のつり革なんかよりも少ないと思いますが、じゃあつり革の汚染度でおしりをふけるかと言えばそれは無理ですね^^;。手を洗ったハンカチを再使用するのと比較すると勝負は微妙な感じがします。
未来世界では、便器にもカメラとAIが搭載されて、きれいになるまで自動洗浄してくれるようになるかもしれませんね。
しかし、あのエコバックというヤツは衛生的どうなんでしょうか? よほど使い捨てのビニール袋の方が清潔だし合理的だと思います。ゴミ出しの為にわざわざビニール袋を購入している家庭も多いと思います。
太陽への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
太陽を擬人化して労をねぎらい感謝を述べる、おもしろいなあ、なんて一瞬思いましたが、人類がはるか昔からやってきたことでしたね。
ダイソン球って初めて聞きました。たしかに太陽から発するエネルギーを逃がさないためには、囲ってしまうのが手っ取り早いのでしょうか。本当は囲うというよりは、四方八方に光エネルギーを吸収して利用しやすいエネルギーに変換し、貯めておける構造物を巡らせるという感じでしょうかね。
でも最終的に熱エネルギーばっかりになってしまったら、もう、捨てて、次の恒星に乗り換えるしかないんですかね?
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
ダイソン球は仮説としては文明の第二レベルですね。第三レベルになると議銀河系全体を覆ってそのエネルギーを利用します。惑星全体のエネルギーを利用するのが第一レベルですが、人間はいまのところそこを目指している途中ですね。
しかし銀河全体を覆っても、情報伝達の光の壁が超えられなければ、色々と不具合も多いような気がします。光って速いようでいて宇宙スケールで見ると、最高速としては遅すぎますね^^。
福岡修学旅行コースへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
以前おっしゃっていた福岡修学旅行コースですね(^^) かなり気合が入っているのが分かります。この回単独で、どこかにアピールしたいですね。
こうやって見ると見どころが多く、福岡近隣でストーリーができてしまうという。しかも、複数コースできちゃいそうです。ほんと、京都なんて行ってる場合じゃないでしょ、って思います。これは実際にやってもらいたいもの。いきなり修学旅行本番に採用でなくとも、小・中学生を集めてツアーを組んで回ってもらいたいものです。
軽いアクティビティを混ぜるのは個人的に賛成ですね。名所をだらだら回っているだけだと、だんだん疲れてきます。どこかで体を動かせるなら、それでまたリフレッシュできそうです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
やっと福岡に戻って来ました。もう完全にこちらの方がベースです。帰りに亀戸天神に立ち寄りましたが、あれって太宰府天満宮のコピーだったんですね。葛飾八幡宮にも寄りましたが、八幡信仰の大元は大分です。
建築に注目すると、大分も十分修学旅行の対象になり得ると思います。磯崎新に加えて、坂茂もありますからね。アクティビティにくじゅうを加えてもいいし、別府の温泉もいいですね。
エロの力への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
へえ、本能寺の変の1852年をイチゴパンツの織田信長と覚えるというのは初めて聞きました。面白いですね。でも、これを見たら間違いなくイチゴパンツを履いた織田信長を思い浮かべるんじゃないですか(笑)。
「例えば」の『なんと大きな平城京』を、え、いったいどうエロにするの? とわくわくしていたら、『なんと大きな平城京♡』ですか!! これはお見事です。何のことか全くわからないし何の情報も付け加えていないのに、各個人の妄想で恐ろしく膨らんでしまいうる表現ですね! ハートマーク、すごい。
1192年についてはコメントも控えましょう。無粋ですから(笑)
でも、こういう語呂合わせって、個人の頭の中だけで完結していそうで、実はけっこう共有されていたりしますよ。みんな似たようなことを考えるからというのがひとつと、やっぱり考えたからには言いたくなる(特に中・高生当たりのお年頃)からでしょうね。今だとSNSで共有も簡単にできますし。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます^_^コメントありがとうございます。
エロ語呂合わせは人に言わないだけで、結構やっている人いるんですかね? 元素周期表なんかで完成させれば、現在の受験勉強に革命を起こせるような気がします。
書いていて思ったのは♡マークの力ですね。ラノベだと使っている作家さんはよく見かけますが、我々世代では滅多にいないと思います。一般的に使えるマークの☆とか←とかを使いまくった話とか、何か新しいものが生まれそうな気がします^_^
おとり捜査への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
大臣ってどうやって決めてるんでしょうね? その分野における能力を見極めたうえで適材適所で据えてもらわねば、国民がこまるんですけどね。この人をここに据えた理由というのがきっちり文書で公開されてもいいような気がするんですけど。
ア〇クルはこちらの職場でも多少影響を受けたようですが、幸いうちの部署はあまり利用していなかったのでまだ被害は少なかったです。それより試薬会社がトラブルに遭って出荷見合わせになるのはやめてもらいたいですね。
専門知識がない人がトップに立つのを全否定はしませんが、少なくともトップに立ったからにはその分野のことを猛勉強する意気込みがなければ困りますし、学習サポート体制も総力を尽くしてもらいたいと思います。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
アスクルやアサヒへのサイバー攻撃は、ハッカーがABC順でやってるなんてあ話もありますね。やりたい放題です。
大臣は首相が決めるんだでしょうけど、適材適所と言うよりはしがらみ優先なんでしょうね。勿論任命された方は猛勉強するんだと思いますが、先生は多分官僚です。結局既存の考えに洗脳されてしまうでしょう。そうしてデジタル大臣だけは、いくら後から勉強しても追いつけないと思います。
最近の若者はパソコンの知識に欠けた人も多いと思いますが、スマホを使わせたら凄いです。デジタルネイティブと言うやつですね。今まで生きてきた環境がそうさせたのでしょう。
とにかくデジタル大臣だけは何とかしてほしいです。来年だったら、もういっそAIがやってもいいかもしれません。
白鳥のジュンへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
下着が二重履きだったら、喜びが半減、というくだりに、なかなか複雑だなあと思わされましたが、でも、どうなんですかね?
ばっちり見えるより、ちらりと見えることに興奮がかき立てられるというのはよく言われる話です。それなら薄い上パンツからうっすら見える下パンツのほうが、一枚履きのパンツそのものよりもわくわくしたりするんじゃないでしょうか? なんといっても、こういうのは慣れや思い込みの影響がとても大きいと思います。和装のときには着物の裾からちら見えした女性の脛に興奮していたわけですし、ベールやブルカを被る習慣の地域では、髪の毛のチラ見えが大興奮に繋がったりするんじゃないでしょうか。
> 下着そのものがちらっと見えるという概念と状況に対して、男は喜びを感じているだけじゃないか
そうでしょうね、そしてそれは別に男に限ったことではないと思います。男女逆転のシチュエーションがあまりないだけで。
と書いていて、ようやく気付きました。白鳥のジュンって、女性のほうの名前だったんですね、男のほうかと思っていました (^^;) ガッチャマンは見ていたはずなのですが……
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
朝っぱらからくだらない内容でどうもすいません。シースルードレスから下着が透けて見えても興奮するので、2枚履きの場合はパンチラではなく、長時間凝視できる状況になれば、かなり有効かもせれませんね。
男は生物学的に視覚情報で、性的興奮が高まることが分かっているので、女性とはまた感じ方が違うと思うんですが、どうなんでしょうね?
そうしてこの喜びは年齢的には何歳まで保てるんでしょうか?非常に興味深いです。100歳になったら100歳のおばあさんの下着姿に興奮するんでしょうか?
ガッチャマンの男キャラなら、大鷲の健ですね。又はコンドルのジョー?
士業と家業への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
今気づきましたが、医師は医士じゃないんですね。看護師も看護士ではないと。武士は士業? しようもないことをいろいろ考えてしました。
先生呼び、いやですね。自分の至らなさを逆に強調されているようで (^^;) 大学院の恩師は、自分が「教わった」と自覚している方以外は、どんな人であれ「さん」付けで呼んでいました。研究室でもその精神が浸透しており、私もよほどのことがない限り、先生付けで呼ぶことはしたくないです。でも、学校の先生って、互いに先生を付けて呼び合っているのですよね。まれにそういうところに混じると付けないのがひどく目立つので、悩ましいです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^_^
士業の士というのは、まさに武士と共通みたいです。師と書く職業も士業と同様の分類のようです。
昔は先生付けで呼ばれると、さん付けでお願いしますと言ってたんですが、最近は面倒くさくなって言わなくなりました。確かに学生にも教えているので……。
先生同士でメールとかする時に、最初に〇〇先生って書くのは、いまだにかなりの抵抗があります。
SFを感じるへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
お、今も東京ご滞在とお聞きしましたので、これはちょうど前回の東京ご滞在のお話なのでしょうか。
大都会だと、過去(三、四十年前ですかね)から現在への落差はSF感として感じられるのですね。変化が時に恐怖となって迫って来るというご体験ですね。
田舎の小さな町だと、それは世界が終わったあとのささやかな再生感になります。町に一軒あったデパートはなくなり、アーケード街はほぼ廃墟と化しそこにたむろする不良少年すら存在しない状態。でも、消えるべく定められていたものは消え去り、身の丈に合ったものが孼のように現れ始めていると思えます。怖いというより、ちょっと温かなものを感じます。でも、もう自分のいるところではないなとも感じられますね。
これが田舎の町ではなく田舎そのものだと、完全消滅して終わり、なのかもしれません。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは、コメントありがとうございます^_^
そうです。これは前回滞在時のものですね。授業や仕事もあるので、これからは行ったり来たりです。
昨日の土曜日は、近所を歩けばそれなりに若者や子供もいてちょっと安心しました^_^。しかしながら相変わらずの下町とスカイツリーの対比はSF感があるし、高所得者層は庶民を労働力としてしか見ていないんだろうなと、うがった考えに至ってしまいます。
過疎地域は逆の意味でのSF感があるのかもしれませんが、何となくそれはファンタジーに近いのではないでしょうか?
著作権への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
著作権に関しては、私も同意見です。本人に利があるのは当然と思いますが、その子孫にまではいらないでしょう。三十年で十分だと思います。
国内の文学に関しても、青空文庫での速やかな公開など、いくつかの文学にとって好ましい動きに繋がりそうですが、翻訳に関してはさらに大きなメリットがあります。版権があると、出版社を介さないと訳書が出しづらいのです。費用の問題もありますが、そもそも翻訳者個人とは契約を結んでくれなかったような……。そこが解決すると、たとえばオンデマンド出版でも出せるようになるし、出版社に持ち込んだ場合でもOK出やすくなる気がします。
海外の「今」を若手の翻訳者が気軽に日本に紹介できるようになると、文学の世界もまた変わってくると思うのですよね。30年前はぎりぎり「今」と言えなくもないかと思いますが、70年前はさすがに無理ですよね。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます。
ですよね。70年は長すぎますよね。特許とか他の権利関係に比べても、異様に長いです。たぶん大昔の権力者が、個人的な都合でそうしたのが、今も残ったままなんでしょう。相手は世界だから変えていくのは大変そうです。
翻訳の場合、翻訳者にも著作権が発生すると思うんですが、それも期間的には同じなんでしょうかね?
しかし例えば英語の小説を日本語に翻訳して、その日本語版をまた英語に翻訳してって繰り返すと面白そうだなと思ってしまいました。100回ぐらい繰り返すと、最初のものとは全然違う話になりそうで、死んだ著者も天国で喜びそう。
猿山への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
社会性の強い生き物といえば、昨今ひそかに人気のある(?)ハダカデバネズミもいますね。いろんな動物園にいるわけじゃないですが、いるところもあるようです。ペンギンも社会性が強いと言われる生き物ですが、これも割と陸の上にいるので、動物園ではよく観察できますよ。
ところで、大前提にもどり、社会性ってなんだっけ、と考えてしまいました。群れをつくるのと社会性があるのとは、ほとんど同じように思えるのですが、そうとらえて良いのか悪いのか、検索してみてもよくわかりません。ニワトリにはつつき順位があり、つまり集団の中での個という意識があるようですが、でも、いわゆる社会性に求められる「協力」には乏しく、成熟した社会性があるとは言えないのでしょうね。
猿山の猿のくだりを読んでいて、猿山というごく狭い空間に閉じ込められた猿の群れは、もはや社会性をゆがめられているんじゃないかと思いました。自然の中であれば取れる逃げるという手段を奪われているわけですから、これはかなり不自然で苦痛の大きなかたちなのではないでしょうか。学校には行くのは当然で逃げ出すなんて許されない、かつてのあの世界を彷彿とさせました。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます^^。
ハダカデバネズミは大量集団で見ることのできる動物園があるんですかね?それはちょっと怖いような気もします。
福岡市動物園もペンギン舎はかなり力が入っています。一頭(羽?)につき一軒の小屋があるように見えるんですが、それぞれが特定の小屋を使っているのかは分かりません。
群れる動物はそれなりに役割分担をして、小さい社会のようなものを形成しているようにも見えますが、やはり一か所(又は特定地域)に定住していていないと、社会を形成するのは難しいのではないでしょうか?
高崎山のような自然の猿山の場合は、最悪群れから出ていく事ができますからね。だいぶ動物園はゆがんでいるんでしょうね。
10億円への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
ほほう、面白いなと感じたのは、十三岡さまの頭の中には暗黙の了解として、個人の欲望だけでなく公共の利益になるようなものに使わねばならなず、死後の管理も考えねばならないという制約があることですね。それは公共の幸せを願うという意味からではなく、個人的で刹那的なものだけに費やしても、死ぬときにむなしいから、という。ふむ、大金をどう使うかというところにも、死生観が大きく影響してくる良い例だと思いました。
ちなみに私は自分勝手に使うと思います。十億あれば、さすがに死ぬまでの生活費にはあまりあるでしょう。たとえ有料老人ホームの高級なところに入らねばならなくなっても(リーズナブルなところは空いてないから)、まあまあ足りるんじゃないかなと。ああ、お金を管理してもらう、信頼に足る後見人を雇うお金も十分余裕を見ておかないといけませんね。ここで手を抜くと殺されかねない(笑)。二重三重にしっかり注意をして……あれ、そう考えていくと、10億って、実はさほど大きな額じゃないような気がしてきました (^^;)
作者からの返信
佐藤様>コメントありがとうございます。
そう、十億円て今では結構大した額じゃないですよね? まぁ私には全く無縁な金額ですが。お金自体は目的ではなくて、目的を果たすためにお金があるので、その使い方にはその人の考え方が大いに影響すると思います。佐藤さんは老後の心配が真っ先に来るんですね^^;。大丈夫です。我々の老後にはベーシックインカムが実現して、ヒューマノイドが介護してくれるようになっているはずです。まぁ私の場合、そこまで長生きはできないような気がしていますが^^;。
死ぬことへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
死を嫌悪する人たちの多くは、死そのものに加え、老いに伴う現象が嫌なんじゃないでしょうか。体の衰え、脳の衰え、今までできていたことができなくなり、自分が誰なのかもわからなくなる。人によっては体は衰えても脳は衰えず、体の変化を肯定的にとらえてある意味「楽しむ」人もいますが、そこまで強い精神を保持するのは難しいでしょうね。
生に執着しているかと言われると、どちらかというと執着していない方ではないかと思っているのですが、でも死後意識がなくなる、すなわちその人の存在全てが消滅して終わりだ、ということを否定することができないので、死を楽しみにするという気持ちにまではなれないですね。
新たな経験という意味では楽しみでないこともないのですが、それ以上に、死直前の苦しみが怖いです。息が止まるのですから、苦しくないわけはないはずで、有無を言わさずそれに堪えさせられるのが嫌だなあと思います。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます^^。
佐藤さんは何となく、こちら側の人間のような気がしていますが、楽しみまではいきませんか? 呼吸が止まって脳に酸素が供給され無くなれば、苦しいを通り越して気持ちよくなるような気がします。実体験が伴わないので予想ですが……マラソンやっている人間から聞くランナーズハイと一緒でしょうか。
痛覚に関しても、限界点を超えると麻痺するような気がします。脳が情報をシャットダウンする感じでしょうか? 生きながらえるために痛みや苦しみといった感覚が備わっているので、それを超えるような状況になったら、脳は信号処理をやめるんじゃないですかね? そのあたりも楽しみです。
誰もが経験できる、人生に一度しかないアトラクションみたいな感じですね。でも老化に伴う死であれば。その前段階の体の衰えははっきり言ってプラス方向には受け取れないです。でもそれはまた死とは違ったものかなと思います。事故死とかもありますからね。
予想と想像と妄想とへの応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
画期的なある技術が出たあと、それを洗練させていくと1,2年で性能が10倍になるというのはこれまでの経験から何となく納得できますが、その洗練にも限界があるのでどこかで頭打ちになるでしょう。しばらく停滞したのち、次の革新的な技術が見つかれば、そこでまた飛躍的な進化が起こるのかもしれませんね。
ひとつの技術に着目するとそんな感じかと思いますが、それがひとつふたつと重ね合わされると、一歩一歩進んでいくような進化の仕方に感じられるのかもしれません。
あと五年後、2030年ですね。どうなっているのか、見ることができ、覚えていることができたら、今現在と比較してみたいものです。
作者からの返信
佐藤様>おはようございます。コメントありがとうございます^^。
そうです。これまでの技術であれば、ある程度の到達点があってそこで頭打ちみたいなことになります。自動車でも飛行機でも、身近な洗濯機でも冷蔵庫でもそうです。
しかしながらAI技術だけは違います。なんといっても技術を生み出してきた、脳そのものの機能を模倣しています。だから自分で進化できます。自己進化するので行き止まりがありません。人知を超えてしまったその先は予測が全くつきません。人知を超えちゃってますからね^^;。
文明の力への応援コメント
十三岡繁さま
こんにちは。
最近では鉛筆どころかシャーペンもほとんど使わなくなってしまいました。だいたいペン、実験ノートを書くときだけシャーペンですかね。
鉛筆を一番よく使ったのは、小学校の間と、中学校の美術の時間と高校のマークシート対策でした。でもいまでも文字を書くときに、無意識のうちにペンをくるくる回転させています・シャーペンの芯も斜めに減っていきます(^^;)
芯ホルダーは簡易デッサンとかやるなら、良いのだろうなと思います。太い線から細い線まで一本の筆記具で描けるのは便利ですね。
作者からの返信
佐藤様>こんにちは。コメントありがとうございます。
タイムリーというか、今日は朝から現場だったんですが、そのセリアで買った芯ホルダーは現場に忘れてきてしまいました。既に仕上げに入ってごちゃごちゃしているので、多分次に行った時には失せてしまっているでしょう。これがもしステッドラーのホルダーであったならば、現場の迷惑顧みず確保をお願いするか、わざわざ取りに行くところなんですが、100円だと思うと『まぁ次に行ってあったらラッキー』ぐらいに思ってしまいます^^;。
今でも例えば建築士の定期講習なんかはマークシートですし、一般の方でも鉛筆の出番は結構あると思います。
因みに製図する人あるあるですが、縦線は下から上にひくんですよ。しかも定規の左側を使います。