【ハル】第23話 強引なパワープレイ
青井ヨウ――二十歳の誕生日は
夜が明けて、朝日が顔を出しても、未だにヨウ君に魂が戻ってきてない。ヒョロヒョロで、力が抜け切った感じだ。棒でつついたら、ころっと倒れちゃいそうなくらいに。
「ヨウ君、昨日は本当にごめんね。あたしが喧嘩したせいでヨウ君まで……」
「ううん、いいの。僕だってあの時に何も言えなかった訳だし……それよりもうすぐ撮影も始まるから、そっちにも集中しないと」
「そうだね……てか、昨日ガラス買うの忘れちゃったね」
「あ、たしかに……大学行く前にぱっと見に行こっか」
「うん……」
会話が噛み合わないってことはない。でも、なんか上手く話せてない感じがする。会話のフォーカスが合ってないと言うか、心の隅の方で相手をしてくれてるように感じる。中心部は今は修復中なんだろうけど、あたしのために見せる仮初の笑顔が、辛い。
今日はヨウ君と目が合わない。意図して避けてるとかではないんだろうけど、四六時中考え事をしているように上の空だ。人間とは不思議な生き物で、注意力が散漫していても意外と事故に遭ったりしない。歩きスマホとか危なっかしくて見てられないけど、怪我をする人は全体的に見たらかなり少ない。多かったら、若者はみんな松葉杖だもんね。今のヨウ君を見ながらそんなことを考えていた。
「先輩、おはよ……って、どうしたの? 悲壮感に満ち満ちた顔をしてるよ?」
「みんな朝はそんなもんでしょ。嫌な一日の始まりだよ」
「そんなことないよ! ルミリは、朝は希望を持って目覚め、昼は勤勉に働き、夜は感謝と共に眠ってるよ!」
「そんな元財務大臣みたいなこと言われても……」
「でもさ、今日の先輩ちょっと変だよ。何かあったの? 愚痴くらいなら聞いたげる」
「いや……何もないよ……大丈夫」
「女の大丈夫は大丈夫じゃないの! ちゃんと話さないと、こちらとしても強硬手段に出るよ?」
「きょ、強硬手段……? てか、僕は女じゃないし――」
「『きゃー! 暴漢に襲われるー!』って、声高らかにぶちかます」
「はぁ、分かったよ……話すよ」
「うし、どんとこい」
ヨウ君は相談……ないし愚痴をルミリちゃんに洗いざらい吐き出した。最近、ルミリちゃんの優秀さが半端じゃなくて、あたしの存在感が薄くなっている。デフォルトで触れないくらい存在感ないのに、これ以上薄くなると消えちゃうんだけど。流石にパワーバランスがおかしくなるから、何かすごい欠点があるんじゃね? そんな邪推が一瞬だけ脳をよぎった。
「――という訳なんだよ! それでモネさんが怒ってさ! おかしくない!?」
「全然。おかしくないよ、先輩」
「はぁ!? なんでよ! おっぱいの好みくらい誰にでもあるでしょ! 巨乳を求めるのは男の子のロマンでしょ!」
「逆に聞くけど、御子息が小さいって言われたらどう思う?」
「え?」
「先生に、『ヨウ君……私、こんなのじゃ満足できないわ……』って言われたらどう? 萎えるでしょ? 二つの意味で」
「まぁそうだけどさぁ……」
「それに試験に落ちて憔悴状態の先生に、そんなこと言うなんてひどいよ。マジ最低」
「ご、ごめん……」
「いや、謝るのは先生にでしょ? なんでルミリに謝るのよ」
男が女に恋愛相談したら叱られる、ラブコメの王道の流れだね。そして、しかられた後に男がごめんって言ったら『なんで私に謝るの?』って女に言われる、ラブコメの王道の流れだね。ここまでは何も問題ない……だが! 一つ留意しないといけないことがある……
それは、略奪! メインヒロインと上手くいってない主人公を狙って、サブヒロインが自分の気持ちを――主人公への想いを爆発させてしまう、これもラブコメの王道の流れの一つだ……。ここからルミリちゃんはどう出るんだ……?
「じゃ、じゃあ早くモネさんに謝りに行かないと――」
「違う! 先輩がすべきことはそんなことじゃない!」
「そうなの……?」
「今すべきことは、特撮だ! 作品を作るんだよ!」
「そ、そうなの!?」
「先輩の想いを……作品に乗せるんだよ! 創作こそ、最も真摯に想いを伝えられる手段だよ!」
『そ、そうなの!?』じゃないよ、絶対に間違えてるよ。猪突猛進で、全力前進で謝りに行くのがマストでしょ。マストに登って、我が式野家に向かって帆を広げなさいよ。とっとと船を進めなさいよ。
「でも……それでモネさんに真意が伝わらなかったら、やばくない……?」
「伝わるか、伝わらないかじゃない。伝えるんだよ!!」
「る、ルミリ先生……」
「良い作品を通じて想いを伝えれば大丈夫! ルミリはそれで成功したんだもん!」
「おぉ! これが本物の恋愛マイスターか……!!」
邪推が当たってしまった。中途半端な成功体験――これが多分ルミリちゃんの欠点だ。あたしは盛大に失敗したから、一応はフィクションとして二次元を消化しているけど、成功しちゃうと、実生活の指針として使っちゃうのかな。
まぁお姉ちゃんも楽しみにしてたから、大丈夫なのか……てか、良い作品を通じて想いを伝えて成功した恋愛って何? すごく気になるんだけど。ルミリ先生、男の落とし方に一癖も二癖もありすぎじゃない? ラノベみたいな恋愛してない? ガチのラブコメしちゃってない?
「そう言われると猛烈にやる気が出てきた! 早く残りのミニチュアも作っちゃって、撮影に入ろう!」
「――実は、マルマルと二人でビル以外はもう完成させてあります!」
「え、優秀すぎません……?」
「二人で喋りながらやってたら、いつの間にか終わってた!」
「これだけの作業を喋りながら……恐ろしい子……」
「異文化交流みたいな? 根本が畑違いの人だから話が尽きないの!」
「女子の喋りたい欲は本当に止まらない……あ、ここの電柱だけあっちに移してもらえる?」
「あ、おっけー!」
ヨウ君とルミリちゃんは口も手も足も動かして、どんどん小さな世界を発展させていく。巨人と言うよりも、神様みたいだって表現するのが一番近いと思う。ただ小さい街を作ってるんじゃなくて、現実の街並みを圧縮しているような――そんな風貌だ。
「ヨウ君、ちょっと散歩してくるね。今日の作業が終わったら、またいつもの場所に来てもらえる?」
『イエス』
丘田さん、そしてお姉ちゃんとの確執。
その二つを、特撮で同時に打破しようとする強引なパワープレイ……嫌いじゃない。オタクの王様を見返して、好きな女もまた振り向かせる――これは男……漢のロマンだ! かっこいい!
出直そう。制作の場に、流石に幽霊は役不足だ。式野ハルはクールに去るぜ……!
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