【ヨウ】第19話 春の終わり
忙しない怒涛の春を越えて、夏がやってきました。太陽の光は肌に突き刺さるほど強くなり、セミも毎年恒例の阿鼻叫喚を始めました。あんなに叫んでて、やっぱ苦しいのかな。それか、こういう系は求愛行動が云々ってことをよく聞くからから、あれで異性を引き寄せようとしてるのかな。よく分からないけど、人間に迷惑の掛からないように子孫繁栄して欲しい。特に花粉。ラブホで受粉してくれ。
さて、ミニチュア制作も佳境に入ってきました。先人の知恵も借りつつ、順調に世界が完成してきました。荒野にそびえ立つ都会の抜け殻。キャストの皆々様に暴れていただくには十分な環境だ。しかし、一つ課題がある。
それはビルだ。壊れる時に絶対にかっこ悪くなるのだ。
我が校の映像制作はかなり本格的なので、特撮班も火薬を使ってミニチュアを破壊することが出来る。火薬があるかないかで、本当に大きく変わってくる。爆発して、破片や火花が飛び散るあの鮮やかで、男心をくすぐるような、かっこいい光景はCGでもまだ表現できないものがある。
でも、その破片が問題なのだ。他のミニチュアは基本的に木造建築の建物だから、破片は必要不可欠だけど、ビルは違う。ビルが崩壊してるのに、ただ木がぼろぼろ崩れ落ちる映像を作ってもリアリティがなくなるのだ。
「――という問題があるんだけど、ハルちゃんはどうすればいいと思う?」
「たしかにビルはコンクリートの塊……そこに木が出てきたらちょっと現実に戻らされるよね」
「そうなんだよ。思想性マシマシな作品でもない限り、観客を現実に戻すなんて禁忌をおかす真似は出来ない」
「――骨組みだけでも色を塗ってみるとか? それでなんとかコンクリートっぽく見えないかな……」
「それも考えてみたんだけど、外側は塗れても、内側はそのままだからさ。中身が見えちゃったら終わりだなって」
「うーむ……八方塞がりですな……」
「あのハルちゃんでも解決案がないなんて……これはちょっと本格的にやばいかも……」
「とりあえず明日三人で話してみたら? 三人寄れば文殊の知恵って言うし。一人と一体の脳みそには限界があるよ」
たしかにこのまま考えても、何も思い浮かばないしな。今日はもう寝よう。明日はちょっと早めに起きたいからアラームを……あ、てか、明日誕生日じゃん。小学校の頃はプレゼントもあるし楽しみにしてたけど、大学生にもなると全然関心なくなるよね。
それに明日はモネさんの試験の結果発表もある。一次試験に受かっても、二次試験に受からなきゃ意味はないけど、二次試験は四分の三くらいは通るからほぼ大丈夫って言ってたモネさんの希望的観測を信じて、告白はこの日にした。正直、沸々と燃え滾るこの気持ちを、早くモネさんに伝えたいって意味合いが強い。
まぁ何を考えてもどうせ大した考えは思いつかないので、今日はもう寝よう……と思っても、最近はあまりよく寝付けない。ハルちゃんが隣でアニメを一気見してるからだ。たしかに何時間も寝ずにぼーっと朝を待ては流石に良心が痛むけど……でも、やっぱうるさい。会話のシーンはいいんだけど、戦闘シーンになると急にBGMとSEがバチクソでかくなるアニメあるでしょ? あれは本当にどうにかして欲しい。制作会社には、幽霊と同居してる人のことも配慮して欲しい。
そんな愚にも付かぬことを考えていたら、いつの間にか新しい朝が来た。希望の朝だ。いや、喜望の朝かもしれない。喜びが望める日だからね。
「おはようヨウ君! よく眠れた?」
「うん、戦闘シーンが少なかったから快眠だったよ」
「そりゃ今日は非常に大事な日だからね! たくさん寝てもらわないといけないから、日常系アニメを見てあげたよ!」
「そうだよね、見るなは無理だもんね。ありがとうね、ハルちゃん」
「礼には及ばんよ! さぁ、顔でも洗ってきたまえ!」
深夜で大音量でアクション映画とか流されるよりは全然マシだ。いきなり敵国に武装解除を要求したって絶対に無理なので、まずは停戦しようよと呼びかけることから始めるのと同じ。千里の道も一歩から。静寂の夜も日常系アニメからだ。
そして僕はいつも通りの準備を済ませて、澄んだ空に向かって歩いた。我ながら足取りが落ち着かない。喉から胸まで、緊張のもわもわが詰まってるみたいだ。ちゃんと電卓アプリで計算したはずなのに、予定よりも十分くらい早く着いた。誰もいない――異世界のようにミニチュアが乱立した部屋に。
「あれ? 今日は先輩が一番乗りか。ルミリの連勝記録が途切れてしまった、残念」
「誰もいない部屋っていいよね。別の色味、別の世界を感じれる気がする」
「いいとこに気づきましたな! ルミリもそれが好きで誰よりも早く来てたのです!」
「こんなに良いなら早く僕にも教えてよ!」
「先輩に言ったら、ルミリがこの景色が見れなくなるでしょ?」
「まぁそうだけどさ……」
「結局どんな人間も主観的にしか物事を見れないとルミリは思うの。だから色々な場所から、色んな角度から日常を観察して、なるべく多角的に色んな主観を集めたいの」
「なにそれ、めっちゃかっこいい。色んな主観……アングルってことだよね。なんか特撮にも活かせそうだよね……あっ!! それだ」
「え? どしたの先輩――」
「それだあああぁ!!!」
そうだよ! アングルだよ! 破片なんかが映らない――都合のいいアングルを見つければいいんだよ!
「――なので、今から理想のアングル捜索隊を結成します。隊長はルミリね。一番の功労者だから」
「分かりました! ルミリ、職務を全うします!」
「あのー、青井? それってミニチュア作りより大事? 時間的にもこっちを先にした方が――」
「我々の情熱を分かち合えないなら……消えろ」
「えっ……?」
「出て行け、要らない」
「そ、そんなリンゴ社の創業者みたいなパワハラをされても……ね? ルミルミ?」
「アングル――画の構図はどんな人間でも見れるし魅せれる、最も重要なポイントだよ。ミニチュアもアングルがちゃんとしていないと、意味がない。だからマルマル、これは今やるべき仕事なんだ」
「そうなんだ……そんなに大切だったんだ。ごめん、詳しくないのに変なこと言っちゃって」
「いや僕もごめん。ちょっと感情的になってしまった――」
「はい、お二人さんそこまで。浮気する気なの、先輩? 喧嘩した後のカップルみたいな会話をしてる暇があるなら、早くアングル探しますよ。時間がないのは事実なんだし」
ルミリお母さんの仲裁が入り、我々は早速アングルを探し始めた。爆破しても破片があまり映らないで、かっこいいアングル――そんな都合のいいアングルは中々見つからない。破片が映るけどかっこいい、破片は映らないけど面白くない。この二つしか見つからない。
「てかさ、このビルってどうやって壊れるの?」
「えっとね、イメージだと下から全て崩れ落ちる感じ。一気にが
ががぁーって」
「あのさ……うちがこの前見た映画の、ビルのガラスが一気に割れるシーンをしたいんだけど、ダメかな?」
「マルマル……それめっちゃいいかも。ガラスを一気に割って、ビルは少しだけ壊してカットする。そうすれば、ビルの壊れるシーンの迫力もガラスで保たれるし、破片も見えない!」
「窓のサイズに合う、小さなガラスを大量に使えば……いける、いけるよ久世さん!」
「え、ほんと!? 結構ナイスアイディア出しちゃった!?」
「ナイスどころじゃないよ! 世紀の大発見だよ! うっかりしてた、ガラスを使えばいいんだよ!」
「ここまでマルマルがオタクの道を極めたなんて……ルミリ、感動……」
「そ、そんなに喜ばしいの!? ちょっと、ルミリお母さん泣かないで……」
久世大明神様の金言のおかげで窮地を脱した僕は、早速ガラスを買いに行った。時刻は、お昼も
「ここにもすっかり慣れちゃったなぁ。ちょっと前まで、ずっと廃ビルにいたなんて信じられないよ」
「懐かしいね、もう三ヶ月くらい前だもんね。せっかくだし覗いてく? 特撮の参考にもしたいし」
「お、いいね。始まりと終わりの場所へ行こう!」
「始まりはしたけど、一応ハルちゃんのおかげで終わりはしなかったから……」
あの時は本当に辛かったけど、今はハルちゃんも、ルミリも、久世さんも、透明先生も、そしてモネさんもいる。生きてて良かったと、僕は心の底から思える。それくらいこの三ヶ月は多くの優しく、温かい感情に触れてこれた時間だった。実際、ハルちゃんには本当に頭が上がらない。
――あれ、何か様子がおかしい。人の流れが急に塞き止められたように、周囲の人々の足取りがどんどん遅くなって、ついには静止した。
「ハルちゃん! 何かあったのかな?」
「この感じ……ごめん、ヨウ君ちょっと行ってくるね」
「あ! ちょっと――」
「心配しないで、すぐに戻るから」
いつになく真剣な顔だった。危機迫るような、命に関わる問題に直面したよう……まさか。咄嗟に空を見上げる。群衆が掲げているスマホの先にいたのは、人だった。ビルの淵に立っている、人だった。
飛び降りだ。ハルちゃんは、僕よりも少し早く勘付いたのだ。人々に囲まれて一切の身動きが出来ない僕とは対照的に、ハルちゃんは無尽蔵の体力で、人の波をかき分けることもなく駆け抜けていった。
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